東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第五十一話】引き金にかかる指

C&Cの任務で、ネルと対等以上に戦える敵が存在する任務などほんの一握り。つまり相手は彼女より格下であることが大半である。

その相手が逃亡や苦し紛れに一矢報いる手段として、手軽に広範囲の相手の視界を奪える閃光手榴弾に頼ろうとすることは多かった。

この事を場数を踏み学んだネルは、イツキのことを知るずっと前から徹底的に対策をしていた。

具体的には、一般市場からブラックマーケット迄全ての閃光手榴弾の形状の把握。

更に大きさや重さ等の観点から、どういった衣類や武装に幾つ備えている可能性があるかについて、実体験の統計と合わせての算出。

これらで得た知識に彼女自身の追随を許さない反射神経が合わさることで容易に予備動作を見抜き、少なくとも見える範囲で閃光手榴弾を使おうとした者たちは、全て目を閉じたり覆われるなどして避わされ期待する結果を得られることなく仕留められた。

 

 

(っっそがぁっ!! ……アイツ、何しやがった!?)

 

 

故にネルは、強烈な光で目を潰された事実そのものは瞬時に把握しつつも、まんまと視界を奪われた己の失態を信じられずにいた。

確かに手投げ弾を始めとする道具の持ち込みはルール違反ではないし事前に可能であることを伝えてもいる。しかし何度記憶を遡っても、イツキがそのようなものを取り出す光景は無く、光は突如虚空から出現し爆発するように広がっていたように見えた。

不器用な弟子の付け焼刃の小細工に、その手の対策を積んできた自分の反応が遅れるなどあり得ない。普通あり得ないやり方で、閃光手榴弾と同じことをしたとしか考えられない、とまで及んだ思考は自然にセトの力の可能性にたどり着いていた。

しかし今は、あの閃光の正体が何なのかを考察している場合ではない。

未だ弾の入った銃を持つ相手が、たどたどしい足取りで正面側から固い靴音を立てている。

その音が少しずつ大きくなっている。

だが見えなくとも正面側に向けて塗りつぶすように弾幕を張ればどれかは当たる、同じく満身創痍の相手に避ける余裕はない筈。と即座に握りしめた銃を持ち上げようとして、

 

 

「っは、……やっぱ、こうなるかよ……」

 

 

ビクビクと痙攣するばかりで言う事を聞かない自分の腕に気づいたとき、乾いた笑いと共に独り言が零れ落ちる。

人体は鍛錬で電撃に耐性を得られることはない。リオの言っていたことが証明されてしまった形だった。

イツキの額に弾丸を打ち込んだあの奇襲は、電撃を浴びて間もなく痺れが完全に行き渡って無かったからこそ為し得た『痺れの間隙にごく一瞬のみ体を動かす』一度限りの荒業だったのである。

――否、痺れが回りきる前にもう一度くらいは続けて成し得たかもしれないが、それを先程の閃光に潰されたのだ。

こうなっては、あちらの攻撃を許すより早く痺れを解く以外に活路はない。事実、電撃を浴びてから一秒でも早く痺れを解く鍛錬も積んでいる。

だがその鍛錬は、掠っただけで隙を晒さないようにする為という所が大きい。

彼女に勝つためには、他の何を代償にしても、セトの腕をまともに食らう事だけはあってはならなかった。

しかし凄まじい攻防と、イツキ自身がこの土壇場まで一度もセトの召喚を使おうとしなかった立ち回りがこれを忘れさせたのだ。

幾度も自身を「約束された勝利」に導いてきた己の分析力が冷酷に告げている。

――痺れを解くより早く、イツキは此方に辿り着くと。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……体が、痛い……頭も……!!)

 

 

視界を奪う強烈な光『だけ』を顕現させる賭けには勝ったが、その代償は間もなくイツキを襲っていた。

徹夜を繰り返した時のものを倍にしたような頭痛。

加えて今まで食らってきた銃弾の痛みがここにきて全身へと一斉にぶり返している。

更に『顕現』による精神の摩耗も、腕を出した時ほどではないもののゼロとはいかない。

意識を途切れさせ体を休めようとしている己の体が、苦痛の無い安らかな眠りへと誘おうとしているかのような感覚。

あの時と同じだ、とイツキは気づく。

先生を瓦礫から庇い四肢を失った、己の運命の大きく変わった日と。

潰された四肢と己を押しつぶそうとする瓦礫から生じる激痛は、ある時からふと薄れていき、そのまま妄想と現実の区別がつかなくなり――そこからベッドで目覚める時までのことはよく覚えていない。

状況が変わらないにも関わらず痛みを感じなくなったのは、現実の意識を手放しつつあったからなのだろうと今なら分かる。

 

 

(――だったら、手放、すな……この、痛み、をっ……!!)

 

 

痛みから逃れる道を選べば、直ちに気絶し敗北する。

それを理解したイツキは体を蝕む激痛に逆に感謝しながら足を前へと引きずり出す。この痛みに縋っている間はまだ戦えるのだから。

セトの光の顕現が止めとなったのか、引き金を引ける程度の握力は何とか残っているものの、銃身を地上に水平に構える力はもう残っていない。

両腕が鉛のように重い。地面に銃口を向け、持ち上がらない腕ごと垂らすような姿で歩くのが精いっぱい。

とっくに本来のショットガンの射程に入ってはいたが、この状態で弾丸をネルに届けるには、自ら零距離まで近づくしかない。

 

 

(――着きさえ、すれば……!!)

 

 

例え目が見えなくてもネルには自分が正面に居て、サブマシンガンを正面に大雑把にバラまくだけでこちらの意識を刈り取れる位消耗していることも知られているだろう。

にも拘わらずそれをしないのは、『しない』のではなく『できない』から。

痺れは今度こそ全身の動きを封じ込めている。

更に歩みを進めると、電撃を浴びていない筈の自分の足が痙攣を始めた。僅かでも油断すれば、この震えに足を取られて転倒につながりかねない。

此処で倒れたらもう立ち上がる体力は振り絞っても無いことが自分でもよくわかるが故に、焦燥に駆られながらも慎重に一歩ずつ進むしかない。

銃を象の鼻のようにぶら下げた前屈みの姿勢で、また一歩。

棘だらけの綱を握りしめよじ登っているような激痛の中を進む。

 

銃声も爆発音も枯れ果てた闘技場を囲む観客席も、最初に二人の殺気にあてられた時のように静まり返っていた。

己の立てた音が大爆発を引き起こすのではないかという妄想が無意識に頭を支配し、声が出ない。

固唾を飲み込む音さえ大きく頭に響く。

 

 

(先に、一撃……! 一撃入れた方が、勝つ……!!)

 

 

言葉で状況を伝える仕事をすべき実況席のシノンも、言葉の出ない唇を震わせ汗ばんだ手でマイクを握りしめ、戦いの結末を見守る客の一人と成り果てていた。

 

 

 

 

 

 

(……糞ッタレ……!!!)

 

 

ネルは自分自身に悪態をつく。

足音と肌に感じる空気の流れだけでも、既に目の前に立たれてしまったことは分かる。

ここまでイツキが撃たなかったのは、銃を普段のように持ち上げる体力もなく『撃てなかった』のだろうことも察した。

しかし、ここまで近づかれていては関係ない。

銃口が下を向いたショットガンでも、この距離なら地面に座り込んだ自分を撃つ位は可能だ。

グリ、と額に固い感触が押し付けられ、状況を悟る。

振り払おうという選択肢は今のネルにはない。やったところで触れる位に近づいた『WASの銃口』からは逃れられない未来は変わらないのだから。

 

 

(……やっぱ、セトの腕を食らったのが致命的だったな。あたしにそいつを忘れさせる位、こいつは強くなったってことだ)

 

 

王手をかけられたと認識した瞬間、ネルの中で血の気が急激に冷めていく。

諦めの悪さと根性は誰にも負けないと自他共に認める彼女でも、それらでどうにもならない状況を正しく理解する知能と理性はある。

それでも、自ら敗北を認め幕を引くことは「これまで鍛錬を積み重ねてきた自分」「自分を倒すため全力を尽くした相手」双方を侮辱する行為だと考えている故に、自ら降参を口にすることはない。

それどころか未だ反撃を諦めてはいないのだが、痺れは取れる気配は無いままだ。

引き金を引かれ意識を刈り取られる未来を受け入れながら、反撃し逆転することも諦めていないという矛盾した感情が今のネルの中では蠢いていた。

 

 

(……来い、イツキ……!!)

 

 

この時、閃光に潰されていた視界は戻りつつあった。

自らの前に立ち、零距離で此方にショットガンを突き付ける己が弟子にして対戦相手の姿が、黒い影法師として視界に滲みだしたのを皮切りに次第に輪郭を成してくる。

それを認識すると共に、未だ引き金を引かれていないことをネルは訝った。

もう互いに小細工の余地はなく、先に攻撃を放った方が勝つ状態だということは分かっているだろうに、次の瞬間訪れるだろう頭への衝撃が来ない。

その力さえ失せたのだろうか、と疑うネルの視界に明らかとなっていく、己に突き付けられた銃身。

その引き金に添えられた指は、力を込めようと震えている気配も感じられない。

一体何をしているんだ、と苛立ちさえ芽生え始める中、輪郭が鮮明になった彼女の姿が色と形を取り戻していく。

 

 

(……ざけんじゃねえぞこのバカ、この状況で今更ビビってんじゃあ……!!)

 

 

次など考えられないここで今引き金を引かないのは、臆病風に吹かれて躊躇っているとしか思えない。

短気な己の性根が思わず顔を出す中、にらみつける前でようやく相手の顔が見えてきた。

青と紫の瞳は、己が構えた銃の先を見つめたまま微動だにせず、怯えに支配されている様子は感じられない。

これでは撃つ気配がない理由がますます分からない。

――と、次にネルの目についたのは、薄く開いたまま動かない唇と、僅かに口の端から漏れ出ている唾液。

 

 

(……お前……)

 

 

これらを見て全てを悟ったネルは、イツキが今、銃の先を見つめている『わけではない』ことを知る。

否、ほんの数秒前までは見つめていて、散弾を放とうとしていたのだろう、と。

厳密に言えば、頭に銃口を押し当てたその瞬間まで。

 

 

(……お前って、奴は……!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

――イツキは、ネルに銃を突きつけ、銃口の先を見つめたまま意識を失っていた。

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