その後、決着が周囲に伝わるまでは暫く時間がかかってしまった。
傍目には目を開けたままのイツキは健在に見え、ネルも終わったことで一気に疲労がこみ上げ、体の痺れと合わさって動けなかったからだ。
数分後にようやくコトリが状況分析に乗り出し、任意で対象のバイタルサインを解析する装置を起動したことで状態を把握。
「な……、なんということでしょう……! イツキ選手、立ったまま気絶しています! ……た、対戦相手の気絶により、本イベント【死闘の00】勝者は、美甘ネル選手です!!」
司会進行の役割だけは何とか果たそうと声を上げるシノンだが、もう開幕のように盛り上げようと煽るどころではない。
否、普段なら歓声が上がるような挑発的な文句を口にしたところで、今の静かなざわめきがゆっくり広がっていく観客席には響かなかっただろう。
互いの刃を喉元に触れさせたまま終わったような決着。
立ったまま銃を構えた姿での気絶は、意識を失って尚戦おうとしているかのようだった。
迫力ある戦いという娯楽に数刻前まで沸き立っていた筈の観客の血は、歴史上の人物の立ち往生のような結末を目の当たりにし、畏敬や戦慄の感情を抱いて急速に冷え切っていた。
興が冷めたなどという生易しいものではない。魅入られるあまり、興奮の感情すら忘却の彼方へと去ってしまったのだ。
「と、闘技場のロックを解除いたしました! 医療スタッフは速やかに両選手の救護をお願いいたします!」
担架を抱えたミレニアム生達が場内に入り、それぞれの理由で動けない二人の選手の収容に取り掛かっていく。
「惜しかったね……、イッちゃん」
担架に乗せられ運ばれていく二人の中継を眺めながら、ミカは寂しげにも見える表情でつぶやく。
「例えトリガーの指一つの差であろうと、負けは負けですわ」
隣で断ち切るように言い放つワカモだが、言葉に反して同じくその声色は寂しげだった。
倒れることすら己に許さず戦い抜いたイツキがどれほど勝利を渇望していたか、想像するに余りあると言わんばかりに。
"……あの時と同じだな、イツキは。逃げたって誰も責めやしない最後の最後まで、ずーっと踏み止まって。気を失っても、本気で戦い抜こうと……"
「……先生」
「……あなた、様」
言葉を詰まらせる先生の方を振り返ったミカとワカモはその姿を見て絶句する。
彼は前屈みになって片手で握りしめるように目を覆っており、指の隙間から透き通った水が零れ落ちていた。
脳裏に浮かぶのは、あの日夥しい瓦礫を背に自分に覆いかぶさった、かつての地味な茶髪とセーラー服姿のイツキ。
『"ミレニアムに入学する君には、学ばなきゃならない事が山程あるんだ!!"』
『「そうだね、分かってるよ先生。私、頭悪いから、人の何倍も頑張らなきゃ追いつけない……」』
気を保たせようと必死に呼びかける先で、冗談めかして笑って返す彼女の姿は昨日のことのように覚えている。
血反吐を吐きながら意識を混濁させ四肢を失ってなお、瓦礫が先生を押し潰すことを許しはしなかった。
肉体の限界を精神力が上回ったかのような奇跡は、最早「頑張った」などという言葉で片付けられるものではない。
それが誰にも真似できる事じゃないと彼女自身は今も気づいていないのだろうか。
立ち往生するイツキの姿は、あれが何かの間違いやマグレなどではない、彼女自身の力だったことを改めて示しているようだった。
"心から、誇りに思うよ、イツキ……!"
一途に全力を出し切ろうとした姿に心を打たれたのか。
『あの日』己を守り切ってみせたイツキへの感謝の想いが此処にきて沸き起こったからなのか。
溢れて止まらない理由は分からないまま、覆った手に収まらない涙は滴り続けた。