東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【最終話】好敵手(しんゆう)との青春

「――でさ、結局ネルちゃんが怒った理由って何だったの?」

 

 

キッチンカーのイートインスペース。

注文を終えたミカ、ワカモ、イツキの三人は簡素な丸テーブルを囲んで座ると、ミカが切り出した質問から雑談を始める。

非番の為白いブレザーとスカートに空色ネクタイというミレニアム制服姿のイツキは、お手上げのポーズをとっておどけながら真相を語った。

 

 

「取材の為にネル先輩の盗撮と盗聴をしてたんだってさ。隠れて追跡できるカメラとかも使って24時間。『伝説の不良が近未来的な世界観で無双する』ゲームを作る為だったとか。私が大至急派遣されたのは、証拠隠滅の前に捕まえる為だったみたいだよ」

 

「無断で乙女のプライベートを覗くなど論外、憤怒も止む無しですが……それを加味しても余程見られたくない何かがあったのでしょうね。その辺りのことは何か聞いていませんの?」

 

「何も。探ったら私が殺されちゃうし。……吹っ飛んだ建物のことで、ゲーム開発部に加えてカメラを提供したのがバレたエンジニア部、後先考えずぶっ放した私、ぶっ飛ばしてでも捕まえろと私に命令したネル先輩まで怒髪天のユウカ先輩を前に全員正座って状況でさ……理詰めで反論を袋小路に追い込んで完璧に潰してくユウカ先輩、格好良かったあ……♡」

 

「……もう弁護の余地なしに気持ち悪いですわよ、あなた」

 

「あはは、イッちゃんも私たちにツッコミさせること増えたよね」

 

 

当時の光景を思い越しているのかあらぬ方向を見てだらしない笑顔をさらすイツキを、ワカモは辛辣な一言で断じるも話が聞こえていないかのように応えない。

 

 

「お待たせいたしました、デラックスパフェ『クインスイートキャッスル』でございます」

 

 

キッチンカーから3つ振舞われたのは、スポンジケーキを土台に山盛りの真っ赤な苺と生クリームとチョコレートアイス等が城を象るように盛られた豪勢なパフェ。

見た目だけではなく、苺は全て『女王の甘露』を意味する名を付けられた高級ブランドイチゴ『クインスイート』。本来はトリニティのお嬢様ご用達の高級店等にしか卸されないそれを、店主が己の腕前にて契約を勝ち取り、不可能とされてきたキッチンカーでの提供を実現……というのが、この店の売り文句。

 

 

「本当にいいんですか? お礼だからって此処で一番高いのをタダでなんて……」

 

 

イツキが困ったような表情を浮かべると、店主であるブルドッグの男性はニヤリと笑って続ける。

 

 

「安いものです。お三方のお陰で安心して商売が出来るようになりましたので。今後定期的に立ち寄って頂けるだけでもありがたい」

 

 

イツキの三度目の入院後の和解時にミカが口にした「すっごく美味しいパフェの車」とはこの店のことだった。

そこから何故、店主直々に一番高いメニューを無料で振舞われることになったのか……それを説明するには先ずキヴォトスのキッチンカー商売の事情を語らなければならない。

 

最低限の設備が車一台で済むために参入が手頃なキッチンカーだが、当然ながら販売スペースは有限であり、治安が良く人通りも多い理想的な場所は古参の同業者に占領されている。

そうなれば新規参入者の商売場所の選択肢は、人の気配がない地区か、人は居るが治安の悪い地区のほぼ二択に絞られる。

九割以上が賭けに出て人のいる後者で店を開くのだが、早々に抗争に巻き込まれて店を破壊されたり、店そのものに強盗に入られ廃業に追い込まれるケースが殆どである。前者を選んだ場合も儲からず廃業になる者ばかりで、始めやすさとは裏腹に非常に厳しい、というのがキヴォトスのキッチンカー商売の実情。

この店主も訳あって治安の悪「かった」地区に店を出した一人だったのだが、ここを目に留めたのが多少の治安の悪さ位ものともせず「いつもの道」に出来てしまう強さを持ったミカだった。

売り文句である高級ブランドのイチゴのことも偽物なのではと人々に警戒されていたが、トリニティのお嬢様であるミカはそれを本物と見抜く審美眼を持ち合わせており、早速気に入って好敵手の二人を誘うと決めたのである。

 

しかし、三人そろって舌鼓を打っていたその日に事件は起きた。付近で始まった抗争から飛び出した流れ弾が、三人のパフェを悉く台無しにしたのである。

激怒した三人によって抗争は一分とかからず『喧嘩両成敗』されたのだが、何物にも代えがたい「友達とのスイーツ巡り」を滅茶苦茶にされたイツキの怒りは収まらず、ここら一帯の【C&C(cleaning and cleaning、徹底的な大掃除)】をすると言い出す。

「これは私の勝手な暴走だから、二人は帰ってくれていい」と告げるイツキに対し「前々からこの辺りでコソコソしている蛆虫共は目障りでしたので、いい機会ですわ」と同じく怒りが収まっていなかったワカモも同調、自らの立てたスイーツ巡りの企画を滅茶苦茶にされたことで腸が煮えくり返っていたミカも青筋を立てた笑顔で参戦。

暴れ出せば単騎で避難警報が発令される災害規模の被害を叩きだす【災厄の狐】、単騎で三大校の一角トリニティ総合学園の抑止力扱いもされる攻撃力と耐久力を兼ね備えた【トリニティの魔女】、単騎でブラックマーケットの勢力を次々壊滅させミレニアム最強とも互角に渡り合う【翡翠の雷鳴】。

この三人が争うどころか手を組み、しかも戦術・戦略に精通したワカモの現場指揮の下息の合った連携プレイで急襲してくるとなれば止められる筈もなく、塵芥を箒で掃くように後ろ暗い連中は掃討されていった。

最後は通報を受けたシャーレの先生の説得に応じる形で矛を収め三人仲良くお咎めを受けることになったが、この頃にはイツキの言い出した【大掃除】は達成されていた。

通常なら空いた所に新たな犯罪グループ等が入り込むものだが、三人の大暴れについて大勢の目撃者が居たことで、彼女たちの逆鱗に触れることを恐れてブラックマーケットの住人や悪徳企業も手が出せない。

復興したその地区はいつの間にか、ワカモ(W)・イツキ(I)・ミカ(M)の頭文字を取って【WIM(ウィム)エリア】と称され、彼女たちの怒りを買わないよう小競り合い1つも厳禁とされる非常に治安の良い地帯に生まれ変わっていた。

 

 

「それで、これほどの腕を持つあなたが何故こんなところで商売を始めたのか、そろそろ教えては頂けませんの? 大方、イチゴを奪われるのを嫌がる老害共から圧力があったのでしょうけれど」

 

「困りましたね、その件はノーコメントでお願いいたします……いらっしゃいませー」

 

 

思わず頬に手を添えるほどに口内に響き渡る甘美の共鳴を楽しみつつ、ワカモは店主へ問いかけるも苦笑いと共にはぐらかされる。

女子生徒の行列を忙しく捌いていく店主やスタッフを横目にパフェを味わっていたミカは、一人の手が止まっていることに気づいた。

 

 

「あれ、イッちゃん食べないの?」

 

「えと……こんな山盛りで見た目もすごいパフェ初めてで。食べたことあるのはグラスに収まるくらいのものばっかりで……そもそも、ミカに誘われるまでパフェとか食べた事なかったし……」

 

「そんなに考えすぎなくても大丈夫だって、パフェの食べ方にルールなんてないよ?」

 

 

どこから手をつければ、とスプーンを持ったまま悩みどんどん声が小さくなるイツキに、ミカが助け舟を出す。

 

 

「ただ、なるべく形を崩さないようにするなら、手前から掬い取って食べるといいよ。そうしたら手前のスペースが空くから、後はそこに周りからちょっとずつ崩し入れて食べていくの。見た目にもパフェの形が長く残るし、食べやすいしで一石二鳥ってね? 試してみて!」

 

「う、うん。ええと……手前、からっ」

 

「そうそう、そんな感じ!」

 

 

言われるがまま手前から掬い取って口にする。

ベタつきを感じさせない生クリームの羽毛のような舌触りから、イチゴに歯を立てた途端に上品且つ強い甘みが口に広がり、ビターチョコレートアイスの落ち着いた甘みと苦みが主役のイチゴの美味を更に引き立てる。

喉を通ればそこにイチゴの残り香が濃厚に漂い、更に一口その香の主を口に入れたくてたまらなくなる。

 

 

「……っあ、おっ、美味しいっ……!」

 

「うんうんっ☆ 後は空いたスペースに周りからちょっとずつ、だよ」

 

 

こうして何とか食べ始めることが出来たイツキが、巨大なパフェの三分の一ほどを食べ進めることが出来た頃。

『シャーレの先生』で設定していた着信BGMが鳴り、イツキは即座にスプーンを置いてスマホを取る。

他愛のない話や急ぎでない用件ならモモトークで済む話であり、直接電話をかけてくるということは急ぎの案件だと言っているも同然だった。

 

 

「先生、どうしたの?」

 

「"ごめんねイツキ。緊急事態だ、手を貸してほしい"」

 

 

その言葉を聞いたイツキは直ちに音声をスピーカーに切り替え、同席する二人にも聞こえるようにする。

二人はとっくにスプーンを置き、イツキが手前に差し出すスマホに顔を寄せていた。

 

 

「いいよ、こっちには今ワカモとミカもいる。二人も今聞いてるから、状況を教えて」

 

「"ありがとう。――警察が摘発しようとしていた詐欺グループが戦車やら装甲車両やらを隠し持っていたらしくて、彼らが自棄を起こして暴走してしまった、合計5台。でも道路の幅の問題でこれから通るだろう道は1つしかない。――五分も掛からないうちに、イツキ、君達のいる所に来る"」

 

 

居場所を特定されていることに驚きはない。リオ会長謹製の首輪で、イツキは万一の暴走に備えてミレニアムの管理下にあるからだ。

プライベートが侵されていると感じるのが常人の感性だが、イツキはこれを憧れの会長と想い人である先生に「見守られている」としか考えていない。故にこんな事態の為にも積極的に活用してほしいとイツキから二人に脅迫に近い熱量で願い出ている。

むしろ先生とのつながりであると認識されてワカモやミカからはそれを羨まれていたりする。

 

 

「分かった、その戦車を大人しくさせたらいいんだね? 向かってくるのは――」

 

「――西から、ですわね? 確かに、無粋な喧騒の気配が近づいてきていますわ」

 

「おっけー☆ 私も協力するよ先生。――ねえイッちゃん、念の為、店主さんたちにも避難してもらっておこうか?」

 

「必要ないよ、ミカ。此処が戦場にならないように、こっちから行くから。――パフェが温くなる前に、終わらせる」

 

 

その台詞の直後。

青白い稲妻と、落雷のような轟音がした頃には、既にその場にイツキは居ない。

 

 

「もーっ! 私も協力するって言ったのに!」

 

「やはりこうなりましたか……ミカさん、骨折り損かもしれませんが私達も追いかけますわよ」

 

「分かってるよ!」

 

「"だから、急だけどこれから三人は私の指揮下に――イツキ? ……イツキ!!??"」

 

 

骨折り損。

諺「骨折り損のくたびれ儲け」の略。

この場では、「私達二人が苦労して追いついた頃には、既に終わっているかもしれない」という意味。

 

 

 

 

 

 

「ボス! この先は本当にヤベエっすよ!? WIMエリアに入っちまいます! 私は嫌です!! あのバケモノ共怒らせたら私らムショ入りじゃ済まないですって!!」

 

「うるっせえ!! あの三人さえ居なけりゃ只の平和ボケした道路だろうが!! つべこべ言わずにアクセル踏みきりゃ――」

 

 

ヘルメット団が怒声を浴びせ合い今にも仲間割れしかねない険悪な雰囲気の中、表情の伺えないフルフェイスメットから覗く首筋までも青ざめさせた団員が叫ぶ。

 

 

「ボス、前方に人が!! このままじゃ轢いちまいます、殺人罪まで被るのは本当にヤバイですって!」

 

「うるっせえっつってんだろうがあ!! 捕まることが決まってるみてえなことをさっきからグチグチと!! 止めやがったら私がお前をぶち殺すぞ!? 轢きゃあいいだろうが!! たかだか人一人、高っけえ金出して買った最新の戦車が当たり負けるわけねえだろおおおおおお!!!」

 

 

ヘルメットの中で目を血走らせ唾をまき散らすのも構わず叫んでいたヘルメット団団長だったが、次の瞬間他の乗組員共々前方に体を投げ出され全身を強打することとなる。

ヘルメットのお陰で気絶はかろうじて免れたものの、戦車を止められ、慣性でそうなったのだと理解するまでには至らない。

操縦桿を握っていた団員も、慣性で跳ね飛ばされた位置に横たわったまま、全身を強打した痛みで立ち上がれない。

 

 

「――普通の人間なら、轢くなり跳ね飛ばすなり出来ると思ったんだろうね」

 

 

流石に五台はキツいな、とボヤきながら、青と紫のオッドアイの少女は四肢に青白い稲妻を纏い、つんのめるように後輪を持ち上げる形となった戦車を素の両腕で押しとどめていた。

その後ろで玉突き事故を起こした残りの戦車が左右に捌けたような格好で留まっている。

 

 

「でも残念でした。私は、普通の人間じゃあない。そう、この私は――」

 

 

 

 

普通の人間でなくなったことに、未練など初めから存在しない。

 

普通の人間ではない力を持つ自分に、その力を必要としてくれる人が居る事に、誇りを持っている。

 

いつか一緒になりたいと思う人が居る。

 

ずっと一緒に居たいと思う、好敵手(しんゆう)が居る。

 

こんな自分を一員として受け入れ必要としてくれる、組織がある。

 

愛して止まない憧れの学園が、私に生徒としての居場所をくれた。

 

これら全てを、自分如きには過ぎた『幸せ』をこの手につかみ取ることが出来たのは、この体を手に入れたからこそだと、今では胸を張って言える。

 

高々と宣言する。

 

普通以上に素晴らしいこの体を手にした、誇りと幸運への感謝を胸に。

 

 

 

 

 

「――東戸イツキは、改造人間である!!」

 

 

 

 

 

 

~【第一部 完】~

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