――時は、イツキが意識を取り戻した一週間後に遡る。
この日はシャーレのオフィスから離れられない先生の計らいで、二人の見舞い客が訪れることとなっていた。
瓦礫を吹き飛ばした際、既にイツキは気絶同然の意識混濁を起こしていたため、彼女にとっては実質これが二人との初顔合わせだった。
「……あまりに変わりすぎていて、病室を間違えたのかと思いましたわよ」
狐耳を生やす整った顔立ちの和装の少女が、自らの艶やかな長い黒髪をいじりながら呆れたようにそう言った。
「あっはっは……私も最初分かんなかったよ。誰こいつ?って。見せられたのが大きな鏡だったなんてさ」
純白のベッドに横たわる少女が苦笑いする。
「私は今のイッちゃんのほうが可愛いと思うよ! ……起き上がれるようになったらその髪、いじらせてほしいな? 暫く病室で暇なんだし、いいでしょ?」
もっと可愛くしてあげるから☆ と、淡いピンクの長髪を綺麗に編み込んで整えた可憐な少女が、白い羽をパタパタ揺らしながら身を乗り出してイツキに迫る。
これは断れない雰囲気だな、と動かない両手にかわって心の中でお手上げのポーズをとるイツキは、初めて姿見で変わり果てた自分を見せられた時のことを思い出す。
あの事件が起こるまでの自分は、茶色の混ざった黒髪をろくに手入れもせずボサボサに散らし、目が隠れるまで前髪も放置している有り様だった。毛先が肩につかない程度に適度に散髪はしていたが、それは毎日髪を洗うのが面倒くさかったというだけだ。
先生に救われて恋をしてから、ようやく邪魔な前髪を切るようになった。シャーレで先生と親しげに会話する美少女たちの見事な長髪が羨ましくなって、敵うはずないのにと思いながら髪も伸ばすようになった。
それでも、その他大勢のなかに埋没するような地味な容姿のままで、自覚もあった。
だから、意識を取り戻した翌日、姿見で見せられた自身の姿には開いた口が塞がらなかった。
【セトの憤怒】由来の四肢が適合した後に次第にこうなったとのことだが、何故そうなったのかという説明はない……というより分からないので出来ないのだという。
まず髪の色が地味な黒髪から激変、鮮やかな【薄緑】色へ変わり果てた。
周囲の皆と変わらぬ茶色だった筈の瞳は、テレビの芸能人の中にさえ見たことが無い「オッドアイ」になっていた。右目が青紫で左目が青という組み合わせである。
新たな四肢も元々あったものより若干長くなってしまったとのことであり、身長は5cm伸びて160cmに。スラリとした長い脚の御蔭で見た目の大きさは実数値より更に大きくなっている印象。
昏睡状態をいいことにコスプレさせてドッキリって、何か面白いのかよ!!! ……と叫びたくなったが、洗えば落ちるコスプレどころの変化ではなかった。
動けるようになったら逆に髪染めとカラコンで隠そうかと真剣に考えてしまう位、にわかには受け入れがたい派手な【変身】だったのだ。
「二人の事は先生から聞いてるよ。……ありがとう。私と、先生を助けてくれて」
自力で瓦礫を取り除く力さえなかった自分一人では、例えこの命を犠牲にしようと先生は救えなかったと、イツキは心からそう考えていた。
しかし、彼女自身にとっては当然の謝礼の言葉を向けられた二人は、一瞬目を丸くして呆けた後、揃って苦笑いした。
「……全く。私(わたくし)達が何の為に今日ここに来たと思っているんです?」
「あははっ、こういうコだから咄嗟に動けたんだろうね」
「……???」
「まだ分からないのですか? ――私は、あのお方を救って頂いた御礼を伝えに来たのです」
常に身に着けている面を外して素顔を晒しているのは、イツキに対するワカモとしての最大の誠意の表れであった。
「私達の到着まで、その身を賭して先生を護り抜いて下さったこと。このワカモ、貴女に心よりお礼を申し上げます」
「私からも……。先生を守ってくれて、本当にありがとう、イツキ。貴女がいなきゃ、今頃は冷たい石に話しかけていたかもしれない」
「――ミカさん、想像するのもおぞましいことを仰らないで下さい」
「うーん、だってそうじゃん? 拳銃一発でも危ない先生なんだよ? イッちゃんの支え抜きでアレの下敷きになってたらそれはもうグッチャグチャの」
「お黙りなさいっ!!」
「は~い☆ 病室ではお静かにね、ワカモちゃん?」
「誰のせいでっ……!」
狐坂ワカモと美園ミカ。
先生から聞くところによると、これまではシャーレ所属という以外に全く接点がなかったらしい。
つまり知り合ってまだまだ浅いにもかかわらず、この漫才のようなやり取りである。
破壊と略奪を好む危険思想の持ち主ではあるが、根は律儀で真面目なところのあるワカモ。元トリニティのトップの一角でありながらある意味ワカモの同業ともいえるワケアリであり、思ったことをすぐ口に出しがちなミカは絶妙にかみ合うところがあるのかもしれない。
「……オホン。それでは、イツキさんは私達からの謝礼を受け入れて下さった、ということでよろしくて?」
「え? あ、うん。勿論」
「ありがとうございます。――それでは、次に参りましょうか。私にとってはこの宣言こそが本題なのです」
「宣言?」
「ええ。これから私達は、分かち合えぬものを求めて争う好敵手――ライバルになるのですから」
これまで大和撫子然とした穏やかな印象だった黒髪の少女の顔に、獲物を目にした狐を思わせる凶悪な表情が浮かび上がる。
「先生と結ばれるのはこの私、狐坂ワカモです。努々お忘れなきよう、よろしくお願いしますわね?」
天真爛漫な笑みを絶やさなかったピンク髪の少女にも、この瞬間だけ他を威圧するかのような攻撃的な笑みが浮かび上がった。
「そういうわけ。ちなみに私も立候補だよ~。なんたって私、先生の"大切なお姫様"だからね☆」
「……。ええっと?」
戸惑うイツキ。
その反応を見たワカモとミカは顔を見合わせると、共に気恥しそうに頬を赤らめて続ける。
「先生から伺いました。卒業まで、あのきっ、っきゅ、求婚はっ、少なくとも卒業するまでは、受け入れるつもりはないと。ならばまだ私達にも望みはあるということですわ」
「お付き合いすっ飛ばしてプロポーズまでされちゃって、大きくリードされたのは間違いないけどね~。でも、イッちゃんの卒業までまだまだ時間はあるし、ワカモちゃんも私も諦めてないから。横からかっさらわれないよう、せいぜい気を付け……」
そもそもライバルとさえ思われてないとしたら中々の強敵だな、と内心で思いながら牽制の言葉を続けようとしたミカは、イツキの様子がおかしいことに気付いて話を止める。
「…………、求こ……。…っ、ぷろ、ぽ……」
寒空の下に放り出されたようにガチガチと歯を鳴らし、湯気が漂わんばかりに顔が熱を帯びて真っ赤になっていた。
「……イツキさん?」
「……イッちゃん?」
意識を取り戻してから一週間。
あの「大惨事」を知ってからまだ一週間しか経っていないのである。
――キヴォトス全土配信の公開プロポーズという、消せない現実を再び直視する羽目になったイツキの思考が爆発した。
「…………あ"あ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"ァ"!!!!!」
その後、必死に宥めようとする二人の努力も空しく騒ぎを聞きつけた看護師が駆けつけ、そこにテロリストのワカモ(更に言えばエデン条約クーデター首謀者のミカ)が居たことであらぬ誤解を誘発。
(しかもイツキはその時、「殺し"て"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"エ"!!」等と拷問と結びつくような悲鳴をあげていた)
おまけにセトの四肢に関わっていた研究者までも、暴走したセト(イツキ)を抑えねばと勘違いで火に油を注ぐ行動を起こし、病院全体ですら収まらない大騒動が発生。
――誤解が解けて騒動が収まった翌日、病室にて「二人とも微妙な立場なんだから、こっそり会えるよう取り計らってあげたの分かってる?」と先生に説教される三人が居たという。