これは、イツキがミレニアムに入学して間もない頃の話。
「本当に、君はそれでいいのかい? イツキ」
ミレニアムサイエンススクール、エンジニア部のラボ。
淡い紫色の長髪をストレートで伸ばし、黒い短剣に似た形状のギアを角のように浮かせた少女は尋ねた。
「はい。入学が決まってすぐにお誘いを頂けたことは、とてもとても幸せでした、ウタハ部長。でも、私はエンジニア部に入るわけにはいきません」
心配そうに眉を顰めるエンジニア部部長、白石ウタハに対し、イツキは晴れやかな笑顔を浮かべてきっぱりと言い切った。
「何故なんだ、他の部活に入るのでも、機械が嫌いになったわけでもないのに。――まさか、不器用なことを気にしているのか? 些細なことだぞ。私を含め、失敗は誰だってするし、偉そうに言えることじゃないが……その程度が些末事になるような問題だって、数えきれないくらい起こしている」
事あるごとに自分を「バカ」「不器用」と称する彼女だが、それをフォローする為の嘘ではない。エンジニア部の技術力と実績は学園随一だが、この学園の九割以上を占めるトラブルの温床であることも事実である。シャーレの先生にも、ゲヘナで破壊活動を行っている美食研究会や温泉開発部に匹敵する問題児集団と見られている位だ。
イツキの「破壊」の才能も、見学や体験入部の際から不備の発見や効率的な分解に活かされているのを目の当たりにし、この部で活かし得る場所は山ほどあるとウタハは高く買っている。
このラボ内の光景丸ごとを大好きと言い切る彼女が、この期に及んで入部を辞退する心理を理解できない。
「仰る通り、私は今でも機械が大好きです。皆さんが新しいものを考え、組み立てているこの光景を見ているだけで幸せです。……だからこそ、貴方達の一員になることは出来ません」
数十年前の古い手法で作られたという、あるSFアニメの再放送。その中で生き生きと描かれた未来都市と生き物のように動くロボット達を目の当たりにした出来事が、東戸イツキの憧れと進む道を決めた1つの特異点だった。
いつかあんなものを作りたいと志したことを忘れたわけではない。
しかし、いざその夢が手の届く範囲に降りてきた時、イツキは初めて気づいてしまった。
自分如きが、彼女達の仲間を名乗る事等とても出来ないということに。
「……分かった。事情の全ては知れないが、意思は固いようだね。でも、ここにはいつでも遊びに来てくれたらいい。私もヒビキもコトリも……ここにいる皆、君のユニークな才能を歓迎する準備は出来ている」
「ありがとうございます。――入学祝いに下さった『WAS』のことも」
「またその銃のことかい? 偶然見つけた未開発のものを押し付けてしまったようなものさ。感謝の言葉はお腹いっぱいだよ」
(……あそこは。私という「ここに在る筈のない」不純物が、汚してはいけない世界)
有り体に言えば、イツキは憧れの世界を神聖視するあまり、行き過ぎているほどの敬意をミレニアムサイエンススクールの全てに対して抱いていた。
学園や部活動、それに関わる生徒達一人一人にまで。
イツキにとってあの勧誘は、修道女が拠り所としている神に「お前を我々と対等の神にしてやる」と告げられたような状況に近かったのだ。
(先生、ウタハ部長、ミレニアムの皆さん……私なんかを受け入れようとしてくれて、本当にありがとうございます。私は、この学園の一員になれたという事実だけで、この先も幸せに生きていける)
自室で、姿見の前に立つ。
生まれ変わったような薄緑の美しい長髪を手に入れても、鏡の前でいつも初めに幻視するのは短い茶髪の醜い自分。
――ゴミを投げつけられ、トイレの水を頭から被らされ悪臭を漂わせていた頃の姿。
瞬きの後には霧散し、鏡は真実の自分を映し出していた。
その程度の微かな幻覚。
しかし、己がこれ以上「聖域」に近づいてはならないと、自戒するこれ以上ない理由だった。
(……恩に報いる為、私はせめて火の粉を払おう。この目に届く範囲だけでも、憧れの場所が脅かされないように。力だけの汚い私には、その位しか出来ないから――)
その後、イツキは改造人間となって得た力を使い、自警紛いのことを始めていくことになる。
ミレニアム生からは一定の距離を取り、孤立した学生生活を自ら望んで送り、そんな自分を心から幸せだと感じながら。
「何だ、テメエのバカ丸出しな戦い方は!!」
「ひっ……」
ミレニアム最強と謳われる少女に、胸ぐらをつかまれ無理やり引きずり込まれるまで。