直後、イツキの思考が加速する。
出口まで直進するルートは立ち位置上、アスナに塞がれた形になってしまっている。
強引に突撃を敢行すれば彼女を扉に叩きつけるか脇へ突き飛ばすことになる。避けてくれる可能性もあるが期待するべきではない。
(アスナ先輩とカリン先輩の間の空間を抜けた直後、軌道を少し斜めに修正して出口に到達、これしか――)
出た後のことを考えている時間は無い。
イツキは、即座に行動を――
「よう、何処へ行くんだ?」
――開始する直前、ネルに手首を掴まれる。
手の届く距離に居る相手が悪すぎた。
この場で立ったままでいるつもりなら必要のない、ほんの僅かな重心の変化をネルは見逃さず、00(ダブルオー)の初速はこの場の精鋭全ての上を行く。
「……ちょっと、お手洗いに」
「一言も無しにか? ここで認めたら、今の嘘吐きは聞かなかった事にしてやる」
力で上回るこちらならこの手を振り払える、そんな考えは泣き黒子の映える美麗かつ満面の笑みを前に屈服した。
短気で沸点の低い彼女が、快いと言えない状況で晴れやかですらある笑顔を見せる意味。
それはこの後の選択肢を1つ間違えるだけで大爆発を起こし、全ての惨事をこの身一つで引き受けることになるということ。
普段なら一言の断りもなく部屋を出る事等ありえない、と苦し紛れの言い訳さえ潰されたイツキはヘナヘナと跪く。
「……そんな、ここまで本気で捕まえなくたっていいじゃないですかあ……! ええそうですよ嘘でしたよ! この流れで何させられるか察して速攻で逃げ出そうとしたんですよ!!」
写真のコユキのような泣き顔で逆切れ気味に白状するイツキに、ネルが体勢を合わせて肩を組む。
「最後に全部吐いた潔さだけは褒めてやるぜ。どの道、お前が所属した頃からアカネはアレを用意してたしな、遅かれ早かれってやつだ」
「ええ、後は切欠だけでしたので。さて、観念したのであれば先ずはその服を脱ぎましょうか、イツキちゃん?」
顔を上げれば、先程の微笑みを浮かべたままのアカネ、楽し気な笑みのアスナがこちらを見つめている。
トキは相変わらず考えを伺い知れない無表情だが、片時もこちらから目を逸らさない。
カリンだけは同情するような目で見ていたが、これに縋ろうとすれば彼女に迷惑がかかるだろう。
「…………はぃ」
メイド服を着せられる時もこんな感じだった気がするな、とイツキは今の自分を遠い何処かの誰かのように思い返していた。
何処からともなくアカネが運び出してくる、緑色のバニーガール衣装一式を見つめながら。
「あははっ! すっごく可愛いよ、イツキちゃんのバニー!」
「……」
兎のものを象った長耳つきのヘアバンド、蝶ネクタイつきの襟、ボディスーツ、ハイヒールまで深緑色に統一されたバニーガール衣装。
特にボディスーツは艶めかしい光沢を帯びていて、パーティー会場で女性が己を飾り立てるカクテルドレスのような上品な色気を醸し出している。
大胆なハイレグカットからは鍛えられ引き締まりながらも女性らしい丸みを帯びた両足が、網タイツに覆われつつ覗く。
しかし、当の着用者はアスナに褒められてもピクリとも動かない。
「……おい」
「……」
兎でないほうの耳まで顔を真っ赤にして蹲っているイツキに、苛立ち交じりにネルが声をかけるも反応はない。
「……このままウ●チ座りでやり過ごそうってか? 着替えたんならさっさと立てや、いつまでも終わんねえだろうが」
「その通りです。今回の目的は、C&Cで一番バニーガールが似合うメンバーの審査です。立ち上がり、その全貌を曝け出さねばイツキの審査を行うことが出来ません」
トキも淡々と援護射撃を行うが、声をかけられた側は何やら口をパクパクさせた以外に反応はなく蹲ったままだった。
この期に及んでまだ先送りに出来ると期待しているかのような行為に、ネルの苛立ちが倍々に高まっていく。
「5秒以内に自分で立つか、あたしにケツを蹴り上げられて無様に立ち上がらされるか選べ」
こめかみに青筋の浮き出たネルにドスの効いた低音でそう告げられると、イツキは固く閉じた唇と両脚をぶるぶる震わせながら漸く立ち上がる。
組み込まれたワイヤーボーンで体に密着しているためボディスーツがずり落ちる心配はないのだが、それを恐れているかのように胸元を両手で覆ったままだった。
「……その、イツキ」
ここまで黙って心配そうに見守っていたカリンがとうとう見かねて口を開く。
「恥ずかしいのは分かるが、いっそ開き直って堂々とした方がいいと私も思う。こんなことを言いたくはないが……そうやって隠そうとすると、かえって……すまない、いかがわしく見えてしまう。見てるこっちまで恥ずかしくなってくる位に」
可能な限り慎重に言葉を選んだが、最終的にはそうはっきり言わざるを得ない。周囲から見たイツキはそれ程の状態だった。
吊り目気味の猫目の青と紫のオッドアイが羞恥の涙で潤み、困り眉で頬を桃色に染めた恥じらい顔。
大胆にカットされ谷間まで覗いた胸元は、隠そうとする両手のせいで逆にそれでも覆いきれない豊満な胸とくっきり覗く谷間に周囲の視線を吸い寄せてしまう。
自信の無さを示す背を丸めた体勢も、垂れ下がるほど胸があることを示すポーズになってしまっている。
股間を隠そうとするように内股気味にピッチリ合わせた両脚も、反対にボディスーツの股間部分を太腿の膨らみで覆ってしまい、下半身の際どすぎる露出度を強調している。
ボディスーツと合わせた色の艶のあるハイヒールまでも、両脚の色気の演出に一役買っている有様だった。
その上で揺れる長い兎耳は可愛らしさに華を添え、魅力を厭らしさ一辺倒にしないことに一役買っている。
「……そ、そんなこと言われたって……」
「こっ……、これが「恥じらい」というものですか。流石我が相方、何という破壊力。何故かこの私が真似しても及ばぬ領域」
「そりゃお前が恥知らずなだけだろ」
珍しく焦ったように唇を噛むトキの言葉を、ネルは呆れを隠すことなく一刀両断した。
「……そういえば。言い出しっぺの私としたことが、これでは審査する人が居なくなってしまいますね。流石に自分で自分を一番と評価して終わり、となってはフェアではありませんし」
そう語るアカネは、うっかりしていたという内容とは裏腹に余裕たっぷりの目をしていた。
まるで、続くアスナの言葉が予定調和だと言わんばかりに。
「それなら、ご主人様に決めてもらおうよ! 皆もバニーに着替えてさ、ねえイツキちゃ――」
先生に見られる。
その危険を察知した緑の兎は、轟音と電光を残して忽然と部室から姿を消した。
「……マジで逃げやがったよあのバカ。自分が何着てるか分かってんのか?」
その後ミレニアムの周辺で、緑色のバニーガールの格好をした怪異の噂が少しの間話題になった。
あまりの速度にそれがイツキだとはっきりと視認出来た者は誰も居なかったが、その速度と後に僅かに残った電光で、何人かはその正体を察したという。