【第一話】 その掌はカミナリ
開発中の建設用多脚型ロボットが暴走し、ミレニアムの学区内から脱走しようとする事態が発生。
現場近くに居たC&Cの二人が緊急任務として対応に当たっていた。
『こちらコールサイン03。05へ報告、近隣の生徒達の避難および準備完了』
「05了解、対象は依然として前進中!」
ロングスカートのメイド服を纏った少女は薄緑色の長髪を靡かせ、路線バスより大きい蜘蛛のような多脚型ロボットと並走していた。
乗り物に乗って、ではない。
乗用車並みのスピードで爆走するロボットと並んで自らの足で駆け抜けながら、息一つ乱していなかった。
『プランの変更は必要無さそうですね。それでは予定通り、所定のポイントで一時的に動きを止めます。その後は作戦通りに願います』
「05了解、お願いします!」
やろうと思えば、今この場で飛びついて動力部の破壊を試みることも出来る。
それをしない理由は2つ。
1つは進行方向が狂うなどして何処へ向かうか分からなくなり、想定外のリスクが発生する可能性がある為。
もう1つは、このロボットが「ミレニアムの最先端技術の結晶」である為。常人にはそれがどうしたという話だが、コールサイン05「東戸イツキ」にとってその意味は途轍もなく重い。
(雑に原型も残らないような壊し方をすれば、復元が難しくなる……この手でミレニアムの未来に後れを生じさせるわけにはいかない!)
『作戦遂行迄、残り十秒。…………五秒。四、三、二、一』
並走していたイツキがロボットから離れるように飛びのいた直後、
『――点火!』
地面からの起爆音と共にコンクリートが大きく裂けるように割れ、ロボットは開いた穴に勢いのまま脚を突っ込んで体を沈ませていく。
しかし、深さはロボットの高さと同程度のようで、早くも脚の1つが穴の外へと伸び、体を引き出そうと試みていた。
「――セティ!」
だが、イツキにはこの一瞬程度止まっていれば十分だった。
自ら動きながら出すことの出来ない制限を抱える、しかしながら莫大な雷のエネルギーで出来た『巨大な三本指の手』がロボットの頭上に顕現し、間もなく叩きつけられる。
迸るエネルギーが電光となってロボットの体全体を駆け巡ったかと思うと、ロボットの稼働を示す正面のメインカメラのランプが消灯。
僅かに煙を立ち上らせるだけの、地盤に沈んだ鉄の置物と化した。
「人的被害ゼロ、建物の倒壊ゼロ。元から地盤の緩くなっていた道路の損害こそありますが、その他の被害は軽微。学区外へ出るリスクと天秤にかければこれも許容範囲かと」
「っ、えーっと、つまり……?」
事後処理の引継ぎと報告が済んだ後、ミレニアムの学区内にあるカフェの席で二人のメイドが向かい合っている。
緊張した愛想笑いを浮かべるイツキの前で、黒縁眼鏡をかけストールを纏ったロングスカートメイド服の少女は柔らかく微笑んだ。
この事件でイツキと組んで事態解決に動いていた、コールサイン03こと室笠アカネである。
「お手柄ですよ、イツキちゃん。これならユウカにも、大手を振って報告出来るでしょう」
「――良かったですー! っあ、そうだアカネ先輩、ロボットの方は!? 電撃で大事な回路が炭になってたりとかしませんでした!?」
「そちらも心配いらないそうです。決して無傷とはいきませんでしたが、これで済んだのは奇跡だととても感謝していました。その件でどうしても、直接お話をしたいことがあるそうですよ」
程なくして、丸眼鏡をかけたミレニアム制服姿の少女が合流。
彼女は自身が件の多脚型ロボットの製作責任者であることを告げ、挨拶もそこそこに深々と頭を下げてきた。
「こ、この度は私のプログラミングミスでとんでもないご迷惑を……!!」
「私達は任務を果たしたまでですし、責任に関するお話はセミナーの方で詰めて頂ければ。それよりもイツキちゃんにお話があるのでは?」
席に座るよう身振りで示しつつアカネが促すと、跳ねるように急な動きでイツキに向き直る。
「はい。……っそ、その、サインを……」
「…………………………?」
忙しない動きでテーブルに置き、ズイと差し出したのは色紙とサインペン。
少女の言っている意味もやっている意味も分からないイツキは、暫しそれらを無言で見つめた後、後ろを振り向くが誰も居ない。
これは自分越しに後ろの誰かに向けられたものだろうと、本気で思っていた。
「あの、『死闘の00』全部見てまして、ファンなんです! ネル先輩とのバトルすごくカッコよかったです! それで、いきなりですみませんが、ここに何か書いて頂けたら……ほんと、何でもいいので!」
後ろには窓しかないと、実際に見て知るまで。
「…………え? ……あ、あた、あた……っわた、わたし? わわ私、の???」
「ひ、人違いじゃなかったなんて……」
責任者の少女と別れ、カフェを後にした帰り道。
あの時、本当にこれでいいのだろうかと困惑している前で、少女は大喜びで色紙を胸元に抱きしめていた光景をイツキは未だ信じられずにいた。
色紙とペンを受け取ってもどうしたらいいか分からなかった。結局どこかの飲食店に飾ってあった色紙を思い出しながら、自分の名前を紙いっぱいに埋まるよう大きく描いただけなのだ。
「――自分がどう思っているにせよ、イツキちゃんが他に真似できない力を見せつけたり、任務の成功を重ねて皆の信頼を勝ち取っていったのは事実です。その背中を追いかけたり、憧れる人が現れるのは当然のことなんですよ?」
「へ? っす、すみません。アカネ先輩が何言っているのか分からない、です……!」
「ふふっ、今すぐに理解しろという話ではありませんよ。それでは、また明日」
自分達のそれぞれの寮へと続く分かれ道で、戸惑うイツキを残してアカネは微笑みを向けるとその場を後にする。
これまでまともに部活に所属したことが無く、一年生に至るまで全てのミレニアム生を尊敬しているイツキには、そのことを素直に告げる事しか出来なかった。
ミレニアムに所属する迄――否、先生と出会うまで、イツキはいじめられるか孤独かのどちらかだった為に、そのような存在は決して、あり得ないものだったから。
「――ええ。今送った映像が原本になります。特急で編集を進めておりまして30分以内には……はい、いつも通り送信いたしますので同志に回して下さい。迫りくる"神の掌"、よく撮れているでしょう? 細工した甲斐があったというものです。――いえ、報酬は結構。既に得たものがありますので……」
夜も更けた頃、とある学生寮の一室。
開発者の少女は、ディスプレイに映し出された『巨大な三本指の手』の映像を編集しながら、肩と頭に挟んだ携帯端末に話しかけていた。
「……はい、私も「その日」を心待ちにしておりますので、是非とも連絡をお願いいたします。それでは。――Heil Baal」
通話を打ち切ると少女は躊躇なく肩を下げ、頭との間に挟んでいた携帯端末を床に落とす。
固い音を立て床を滑る端末のことなどお構いなしに、少女は血走った目で、さっきまで胸の前に立てかけていた「色紙」を乱暴に両手で掴む。
掴んだまま両太腿の上に乗せ、色紙に書かれた名前を見下ろす少女は「狂笑」と言う他ない、顔面を割くような凄絶な笑みを浮かべていた。
「――必ず、お迎えに上がります。暫しのご辛抱を」
ある程度ですが指針が決まりましたので、【ゲヘナ疾雷編】始動いたします。