流水に曝しながらウロコ引きでヌメリとウロコを落とし、まな板に載せて出刃包丁で頭を落とす。
腹にある小さな穴を目印にして刃を入れる。
内臓をなるべく傷つけないように、頭があった方向へ切り裂く。
その後内臓と赤黒い肉「血合い」を取り除き、全体の水気をキッチンペーパーで拭き取って【水洗い】は完成。
「後は三枚に卸して柵取り……」
口の中でブツブツと呟き、次の工程を反芻して間違えないようにしながらイツキは今しがた下処理したイナダ(ブリの若魚)の三枚卸に取り掛かる。
ある日曜日の昼。努力の成果を見せる為にご馳走すると言って、自身の住む寮にワカモとミカを招いたイツキ。
各々の前に並ぶは、飯・味噌汁・漬物・刺身・天婦羅が四角形の黒い盆に揃う「御造り天婦羅定食」。
御造りはマグロ赤身・イナダ・アナゴの三種の刺身で、最初から柵だったマグロ以外は魚の姿から捌いたものだ。
天婦羅は余ったアナゴとナス・カボチャ・サツマイモ等の定番の野菜を揚げたもので構成されている。
天婦羅は竹籠、刺身は黒い長角皿に盛られており、見た目を彩る食器まで気遣いはぬかりない。
「……わーお……。これって、百鬼夜行自治区の料亭とかで出てくるやつなんじゃ……イッちゃん、いつの間に……!?」
「……まさか、此処までちゃんとした手料理を頂くことになるなんて」
自他ともに認める不器用で料理も苦手と公言していたイツキ。
振舞われた二人は手料理に関してはアドバンテージがあると考えていたこともあって、まともを超えて格さえ感じる料理が目の前に現れたことに驚きを隠せない。
「私自身が驚いてるよ。でも、壊そうと思って材料を見ると、何となくどの角度から包丁を入れたらいいかとか分かるんだ。アカネ先輩達にも鍛えてもらえて、この位ならなんとか出来るようになった」
家庭料理レベルの天婦羅なら、私でも衣に包んで揚げるだけで何とか作れるし。とイツキは自分で捌いたイナダの刺身を口にしつつ苦笑いして付け加える。
しかし、百鬼夜行の出身で和食に造詣の深いワカモは、余裕の欠けた真剣な表情で既に口にした御造りの1つに目を向けている。
(私でも難しいと感じるアナゴの御造りまで……!? この魚は血に含まれた血清毒のせいで、僅かでも身に残れば非常に不味くなる。美味しいのは捌きと下処理が完璧である証拠。この子の「破壊」に関わる物事への集中力が並外れていることは知っていましたけど、それを捌くことに応用したということ……!?)
「うっわフワフワサクサクでおいしっ……、渋いって言い方は失礼かもだけど、何ていうか意外?なチョイスだよね。もしかしてイッちゃんの好物?」
天婦羅のアナゴに舌鼓を打った直後、ミカが問う。
そういえば好き嫌いが大してないこともあって、好物について話したことは無かったなとイツキは思い出す。
「うん。小さい頃は百鬼夜行自治区の辺りで育ったから、天婦羅とかお寿司とか、カステラや饅頭のような和菓子なんかも好き。学校は全然違う所に行ってたから、シャーレに百鬼夜行の知り合いは居ないけどね」
退学して居場所を失ってからは明日の食事にも困るような暮らしだった為、イツキ自身それら好物を口にする機会は何年も無かった。
「……そっか、今ならやろうと思えば良いお寿司とか食べにいけるんだ。あのお金をそんなことに使うのは気が引けるけど」
今では先生を助けたことへの謝礼や実験に体を使われた迷惑料等で莫大な金額が口座に振り込まれており、金銭面で生活に困ることは無くなっている。
住んでいる寮もミレニアム学園や駅、スーパー等の各種販売店が徒歩圏内の好立地にある高級アパート。改造された四肢の経過観察がしやすいからという名目で半ば強制的に引っ越しさせられた所だ。三大校やそれに準ずる学校からの紹介状がなければ幾らお金を払っても入居できない所らしい。
当時は3、4桁ほど間違っているとしか思えない金額が謝礼だとして振り込まれたことに、悲鳴を上げ貰い過ぎだと固辞した。
しかし先生に次のように告げられ、頭を床に擦り付けられては断る事等出来る筈も無かった。
("――戸惑う気持ちはよく分かるよ。でもこれは、あの日何も出来なかった自分に代わり、身を挺して私を救ってくれたことに何らかの形で礼を言いたいという生徒達皆の気持ちなんだ。あの子たちの気持ちに区切りをつけてあげる為にも、受け取ってもらえないかな")
「あんまり金額釣り上げても困るだけだから程々にね、ってナギちゃん達には釘を刺しておいたんだけど……それで控えめにしたつもりの金額だったのかもね。トリニティ以外でも、先生にお世話になってる名家や大金持ちの子はたくさん居るし」
(――先生を狙ってるとしたら、イッちゃんに対する示威行為も兼ねてるかもしれないけどさ)
ある程度事情を知っているミカは、トリニティに残してきた友人たちを思い浮かべ苦笑いする。
「改めて、とんでもない人を好きになっちゃったんだなあ、私……」
「何を今更。道が険しい事など初めから分かっていた筈でしょう? 席はたった1つで、この私達が好敵手なのですから」
「全くだね……っと、ごめん」
一言断りを入れてイツキが通知音の鳴ったスマホを取ると、モモトークにメッセージが入っていた。
「……あれ、ネル先輩からだ」
「あら、もしかして緊急のご用事ですの?」
「えっと……いや、明日の放課後に話があるってだけだった」