「ゲヘナ学園のトップが、あの時私を解放することに反対したってことか。でも、危険なものを解き放つことを嫌がるのは普通だと思うけど?」
"当時のマコトが反対した理由も、そういう感じの理屈だったよ。この親善試合の開催理由も、友好関係を築くための外交を建前とした「力を制御できていると我々に証明して見せろ」というものだ。……恐らく、本当の狙いは別にあるんだろうけどね"
建前の中に本音が覗く開催理由。しかしその本音さえブラフだと先生は言っている。
「アレは権力欲の塊だ、欲に目が眩んで大失態を繰り返している位のな。その上「自由と混沌」を校風とする学園のトップ。そんな奴がイツキの解放についてどうでもいい素振りで賛成するどころか、真剣に反対したらしい。……別にあたしは奴さんと知り合いじゃねーけどよ、変だとは思わないか?」
マコトの日ごろの振る舞いと矛盾する行動を指摘する意見をネルが述べると、それを受けてイツキは尋ねる。
「……セティ。いや、セトについて、ゲヘナの議長さんが何か知ってるってこと?」
この問いは、己が話についていけているか確かめる目的も兼ねていた。
"そう仮定すると筋が通るね。実は当時、私からもそれとなく聞いてみたんだけど、はぐらかされてしまったよ。あの子はキヴォトス全てを支配するために私と手を結びたい、とずっと言っているけど……その件を対価にできるとチラつかせてみてもダメだった"
「あの議長サマが世界征服の為の謀略を一休みする何かがあるってことかよ。増々キナ臭えな」
つっても情報が無さ過ぎて何から考えりゃいいかサッパリ分かんねえ、とネルは苛立ち交じりに吐き捨て頭をガシガシとかく。
(……セティは、何か心当たりある?)
頭の中で、今や奇妙な相棒のような関係になった存在にイツキは問いかける。
『何かと言われても回答できかねる。先ず、羽沼マコトという存在に覚えはないな』
「今、セティに確認してみたけど……ごめん、こっちの情報源も期待できなさそうだね」
「お前、そんな軽いノリでアレと会話できるのかよ……ついでだイツキ、テメエにめっちゃくちゃに叩きつけられてしこたま電撃浴びせられた件、いつかたっぷり礼をしてやるって奴に伝えとけ」
イツキの初任務での暴走事件。
その事件の犯人――己を不意打ちからの立て続けの攻撃で気絶にまで追いやった張本人と意思疎通が出来る機会を得たネルは、ここぞとばかりに言い放つ。
イツキとの関係は例の死闘で決着がついたが、その体を操っていたお前のやらかしの清算はまだ終わっていない、と。
『我へ物理的な報復を望むということは、必然的に東戸イツキの肉体を傷つけることになるのだが。具体的にどうするつもりなのか気になるな』
(セティ。今後乗っ取ったりしないって話は信用してるけど、間違ってもその話ネル先輩に伝えちゃダメだからね? やれるもんならやってみろって具合に滅茶苦茶煽ってる感じになってるから!?)
短気なネルに、デリカシー以前に他者の神経を逆撫ですることを何とも思わない(そうしてる自覚があるのかすら怪しい)セティと話すような状況が今後生まれないことをイツキは切に願った。
"まあ、この場で答えが出るとは初めから思っていないよ。目的は情報共有とすり合わせだから。完全に不意を突かれるのと、狙いが分からないなりに情報を集めて身構えておくのとでは対応速度も大きく違ってくると思う"
「確かに、何時までも此処であれこれ考えたところで進展は無さそうだしな。今日の所はお開きにするか、先生?」
"そうだね、ゲヘナの動きについては私の方でも網を張っておくよ。何かあったら連絡する。……何だか、こう話しているとゲヘナと敵対しているみたいで『先生』としては気が引けるけどね"
「気にしすぎだろ、隠し事なんざして不安を煽ってる向こうが悪い。……そういうわけだから、イツキも一応ゲヘナの手の奴らから接触があるようなら気を付けろよ。後で考えすぎだったと笑い話に出来るなら、それに越したことはねえ」
「分かりました。もしもの時は二人にも知らせます」
ネル、イツキ、先生の三人がこのような話し合いをしていた頃。
ゲヘナ風紀委員会、特別牢に繋がる扉の前に珍しく足を運んだ者が居た。
「空崎ヒナは居るか?」
「お前っ、マコト……ぎ、議長!? 何をしにここに来た!?」
銀の長髪を黒いリボンでツインテールに纏め、左腕に風紀委員会の腕章を身に着けた褐色肌の少女は、赤い瞳の吊り目を更に吊り上げ怒り交じりの警戒の表情を形作る。
権力を笠に度重なる嫌がらせを所属する組織に繰り返している人物が、不躾に自分達の上司を訪ねてきたとあっては良い気分ではいられない。
風紀委員会所属2年、銀鏡イオリは仮にも目上にあたる万魔殿の議長に対し、真っ向から疑いの感情を叩きつけるように訪問の理由を問いかけた。
「フン。何をしに、だと? 呼びつけられているのは此方なのだがな」
対するマコトは、噛みつかんばかりの勢いのイオリに興味無さげな冷たい眼差しを返す。
普段風紀委員会に嫌がらせや仕事の押し付けをする時のような、人を食ったような笑みではない。
見慣れぬ様子に戸惑い何も言い返せなかったが、少なくとも自身はここに羽沼マコトが訪れるとは聞いていない。一体誰に呼びつけられたのか聞くため口を開こうとする直前、扉が開いてその上司たる委員長、空崎ヒナが現れる。
「来たわね、こっちよ。――イオリはそこで見張りをお願い、この扉の先には誰も入れないで。例え『先生』だろうとね」
「え、委員長!? 一体何を――ま、まさか議長を呼んだのって」
「……見張り、頼んだからね」
ヒナはそれだけ言うと、マコトと共に特別牢に繋がる階段を下りていく。
扉が閉まりイオリに声が届かなくなったのを確認すると、後について階段を下りてくるマコトへとそのまま足を止めず告げた。
「……先日、取り締まって特別牢に入れていた生徒が、奇妙な行動を見せた。あなたの懸念している輩と関係があるかもしれないわ」