あの事件から半年以上が過ぎ、正式にミレニアム生となったイツキは自由に動き回れるどころかそこらの武装集団では相手にならない、テレビの特撮主人公のような凄まじい戦闘能力を身に着けていた。
暴れる際には手足に雷のようなエネルギーを纏い、鳴響く落雷の如き轟音を以ての踏み込みは、相応の実力者でなければ消えたと錯覚する程の高速機動を実現する。これは生来の不器用さからくる壊滅的な命中率の低さを間合いを潰して補えるよう、イツキのポテンシャル(あと見るに堪えないクソエイム)を黙って見ていられなかった『ミレニアム最強』美甘ネルから伝授された戦闘スタイルである。
この戦闘スタイルから、後述する事情で配信者を引退したことで廃れつつあった『MOB』の異名の代わりに、『翡翠の雷鳴』といつの間にか名付けられ恐れられるようになっていった。
「翡翠」の名の由来である(と思われる)鮮やかな薄緑色に変化したイツキの髪は、伸びるのが早めの女としても異常な位早く伸びた。
お洒落に関心が無かった頃はあちこちボサボサに散らして放っていたが、今では毎日手入れし、艶やかなロングストレートを保つ努力をしている。
前髪ぱっつんのロングストレートヘアから生まれる清楚な雰囲気は、青と紫のオッドアイのミステリアスな魅力を引き立ててくれて効果的。――これは、強敵(しんゆう)にして、お洒落の師匠であるミカからのアドバイス。
仮にも魅力を競い合う敵に塩を送るなんて、とワカモは難色を示していたが、「この程度のことで先生が落ちるようなら、どのみち私達に勝ち目なんてないよ?」とミカに言い切られると「それはそうですが……」と押し負けていた。
女として大幅に出遅れた自分ではワカモの足元にも及ばないというのに、彼女は何を焦っているのだろうとイツキは首を傾げていた。
――こんな雰囲気で、彼女達とは度々会って話をしたり、その場で見かけたスイーツを買って食べたりする交流を繰り返している。それはかつて孤立しいじめられ、人の気を引きたいあまりに迷惑系配信にまで手を出したイツキが夢と同じくらいに渇望していた「友達」だった。
イツキはこの日、その友達と取り合っている「先生」に呼び出され、シャーレを訪れていた。
「――それって、『MOB』の配信を止めろってこと? 先生」
"……君はもう、ミレニアムサイエンススクールの生徒なんだ。万一、動画で問題を起こした場合、君をそこに入学させようと心を砕いてくれた皆にも迷惑をかける可能性がある。気を付ければいいとか、そういう問題じゃない。事が起きてからでは遅いんだ"
分かるよね? と言うかのように、優しげだが有無を言わせない眼差しでじっと見つめられ、イツキは想い人に対する動悸で思わず胸元に手を当てる。
その時触れたのは、ミレニアムの生徒の多くが身に着ける、爽やかな青空色のネクタイ。
見下ろせば目に入る、己が身に纏う白いブレザーとプリーツスカートの制服。
――人に恵まれなければ、不器用でバカな自分が袖を通すことなどある筈がなかった『憧れ』。
「――分かった、先生の言う通りだよ。もう配信は止める」
"ありがとう。――それと、動画でやっていた私的制裁そのものも、これからは控えて欲しい"
「う。……そっか、そうだよね。分かったよ」
"……イツキ?"
歯切れが悪い反応を怪しんだ先生が名を呼ぶと、イツキは失敗を誤魔化す時のような笑いを浮かべて語りだした。
「ごめん、先生。でもさ、やっぱり勿体ないって思っちゃって。だって、こんな凄い体になったからには、誰かを助けたり悪を懲らしめる為に活かさなきゃ意味がないじゃない、って」
"――っ"
「それに、見てよ先生。このショットガン――ミレニアムの皆から入学祝いで貰った、世界で1つしかない私だけの特注SG【WAS(ウアス)】。不器用過ぎて照準合わせが出来ない私のために、それを補うカスタマイズまでしてくれてる……あっ、話逸らしてごめん。やっぱり先生のほうが正しいし、これからは大人しくするからさ」
"――いや、イツキの言う事も一理ある。誰かの為に使おうとする意思まで、私に奪う権利は無い。……だから、提案したいことがあるんだ"
その後提案された「シャーレの業務(先生の指揮下)専属となる契約」をイツキは二つ返事で受け入れた。以前から先生の提案でシャーレには属していたものの、当時は戦闘能力も支援適正も低く戦闘任務には入れて貰えていなかったのだ。
本音では怖いと思っているネルに師事し厳しいシゴキに耐えていたのも、強くなって先生に戦いで頼ってもらいたいという一心でだった。
"――こうすることしか、できなかったのか?"
明日までの課題がヤバい位残っているからとイツキが去った後、先生は己の決断について思いを巡らせていた。
口にしたことに嘘はない。一人の大人に過ぎない自分に、人に迷惑をかけてるわけでもない生徒の「やりがい」を奪う権利など無いと考えていることも事実だ。
……それはそれとして本音では、イツキを戦いから遠ざけたいと思っているだけで。
今でも時折眠ると見て、目覚めれば汗にまみれるあの悪夢。
銃で撃たれても痛いだけで済んでいた生徒を見過ぎたせいで、感覚がマヒしていたのかもしれない。彼女の手足を叩き潰した瓦礫から染み出す血を見ても、その中の手足は案外無事なのではないかと、当時の自分は全力で殴りたくなるほどの浅はかな現実逃避をしていたと思う。
――引きずり出された体は、そこに何がついていたのか分からない程ボロボロになっていた。血の海に沈む指のような肉片が本当に指だったのか考えたくもない。粉々に砕かれて散らばる白いものが骨か瓦礫か分からない。
思考が止まった木偶の坊でしかなかった自分に対し、一番に駆けつけたミカとワカモ、後から駆け付ける皆の対応は迅速で的確だった。
「この娘を死なせないでくれ」――そう口にするしかできなかった自分は何様のつもりだったのだろう。どうして未来のあるあの娘が手足を失って、口だけの自分は瓦礫の破片で僅かな切り傷をつけた程度で済んでいるのだろう。
一命を取り留め、今後の日常生活にも後遺症は残らないと聞いた時はようやく安堵できたものの、それが『セトの憤怒』絡みの人体実験によるものと聞かされると一転して絶望に変わった。
意識が無いことを都合よく利用して己の研究の為に利用する……これが、子供たちの為に責任を負う大人のやることなのか。他に助けられる術を提示できなかった自分には、この事に憤る資格さえない。
自分にあるのは、大人として責任を取る義務だけだ。
恐らく死を覚悟していたであろう彼女は意識を失う寸前、熱烈な求婚の言葉を口にした。仮にそれで全ての責任が取れるのなら、この職を追われることになろうとも迷わず受け入れていただろう。
だが、あの場で受け入れることは彼女の好意に甘え、彼女の人生を捻じ曲げた責任から逃げることにしかならない。子供の好意を利用し搾取する、己が最も嫌う大人の姿だ。
≪――だって、こんな凄い体になったからには、誰かを助けたり悪を懲らしめる為に活かさなきゃ意味がないじゃない、≫
普通ではない髪と瞳の色に「変わってしまった」イツキにこう言われた時は言葉を返すことが出来なかった。
今なお研究者にその後の経過のデータを取られている『凄い体』になった彼女は、最早キヴォトスにおける年相応の少女に相応しい平凡な暮らしは望めない。四肢を取り除けば良くて手足のない不自由な暮らし、最悪の場合絶たれたその場で即死することも有り得るのだ。
「あなたのせいでこんな体になった」と責めてくれたほうがどれほど楽だっただろう。逆にすさまじい力を得たことに喜ぶ彼女は、進んで銃弾の雨に身を晒しキヴォトス中の鉄火場を駆け巡っていると聞く。
それを止めようとしているのは、本当に己がイツキの身を案じているからなのだろうか?
――否。彼女の人生を狂わせた自分から目を逸らしたいだけなのだろう。
彼女の意思を尊重し、その先を見届ける責任を果たす。
先生にとって、イツキのシャーレ専属契約はその為の第一歩だった。
――自らの指揮で彼女が望む戦いをさせつつ守るために。
――戦いで傷つく彼女から目を逸らさず、全ての責を負う為に――。