東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第七話】 当番 其の一

翌日。

当番としてシャーレビルを訪れていたイツキは、執務室の扉を開けた直後の眼前の光景にひっくり返りそうになった。

 

 

「……あの。先生?」

 

"何だい?"

 

 

後ろ手に閉めた扉の前から動けず立ったまま、イツキはいつも通りコーヒーを傍らに置いてパソコンに向かっている先生に問いただす。

着任して以来多くの生徒がシャーレ所属となり、現時点でも100人は超えている。

そこに学び舎ごとの格差や制限などはなく、確執のあるトリニティとゲヘナの生徒が一堂に会することも少なくはないという。(敵対感情を抱いたままの生徒も複数居るが、彼女らもシャーレで争わない程度の分別は備えている)

その為、一日に当番の生徒が複数人来ている日の方が多く、他の生徒と対面する事自体はよくある事なのだが。

 

 

「昨日ネル先輩から、C&Cと先生で例の件は調べる、って聞いたんだけど」

 

"そうだね"

 

「……では、そちらにいらっしゃるお方がどなたか教えて戴けませんか? 私の知っている人の双子のお姉さまか何かで?」

 

 

普段先生に対してはため口のイツキが思わず畏まった口調になるような【事態】が、当番生徒用の机に書類を積み上げ仕事を始めていた。

一般的な成人を想定されたデスクに合わせたオフィスチェアに座して足が浮くほどの小柄な体躯と、ウェーブのかかったボリュームたっぷりの白髪。

それらの一見幼く見えそうな要素は、明るい紫の瞳を抱く、抜身の刃のような冷たい眼差しに塗りつぶされる。

亀裂が龍の鱗を形作るように入った禍々しい四本の捻じれ角も、恐ろし気な風貌を引き立てていた。背に生えた蝙蝠のような羽も見た者を畏怖させる悪魔と結び付けさせる。

黒と濃紺で統一された軍服のようなゲヘナ制服をきっちり着こなした姿は、彼女がその恐ろしいほどの威圧感を以て『秩序側』に立つ者であると物語っているようだった。

 

 

"……空崎ヒナ。ゲヘナ学園3年、風紀委員長"

 

(気は確かか?)

 

 

互いに大怪我させかねない勢いで殴り合う予定の相手と、こんな形で引き合わせるとは先生は何を考えているのか。

戸惑いと恐怖でイツキが狼狽えていると、書類を処理する手は止めないままヒナが口を開く。

 

 

「目の前で別人と疑うとは、とんだご挨拶もあったものね」

 

 

口調と裏腹に眠たげにも聞こえる穏やかな声色だったが、初対面の印象を損ねてしまったとイツキは青ざめる。

 

 

「すっすみません……、ゲヘナの風紀委員長とこのような所でお会いするとは思わずとんだご無礼を」

 

「ヒナでいい。堅苦しい敬語も息が詰まるからやめて欲しいんだけど。あなた、ミレニアムの学籍は一年だけど、私と同年代でしょう」

 

「それはそうですが……そうだけど……」

 

 

イツキは指示通り言い直すが、本人が対等な口の利き方でいいと言ったからと気持ち迄即座に対等にはなれない。

 

 

「取り掛かりやすい書類はその隅にまとめて積んであるから、引き取ってもらえるかしら。失礼だけど、こういう仕事はあまり得意ではないのでしょう?」

 

「はっはい、分かりました。ありがとうございます、得意でないというのも全く以て仰る通りで」

 

「堅苦しい敬語はやめて、って言ったの、聞こえなかった?」

 

「ひっ」

 

 

穏やかな声色にほんの少し、要望が伝わっていないことへの不満が漏れてしまった。

ヒナ本人としてはその程度の事で怒りなど感じてはいなかったが、イツキや先生にはその僅かな強張りが過剰に受け取られてしまう。

 

 

"お、落ち着いてヒナ……"

 

「落ち着いてる。今みたいな下からの話し方をされると息が詰まるし、「ここ」でも風紀委員長として振舞わなきゃいけないって言われてるみたいで嫌なの」

 

 

――「ここ」でも風紀委員長として。

それを口にするヒナが、イツキには不意に雰囲気をガラリと変えたように見えた。

問題児たちが恐れる秩序の最終兵器から、小学生で通じかねない背格好相応の、いじける少女に変わったように感じたのだ。

 

 

(そっか……。この人、仕方なくで来てるわけじゃないんだ)

 

 

ヒナが先生に向けた視線に、信頼を超えた感情が含まれていた事もイツキは見逃さなかった。

その感情の正体を、イツキは知っている。

何故なら、自分が先生に抱いている感情と同じだから。

 

 

「……わかっ、た。ごめん。すぐに始める、よ。ヒナ」

 

 

つい改まってしまいそうになる口調を慎重に崩しながら話す。

さっきまで遠くから目を見る事さえ怖かった少女に、任された書類を取る為近づきながら。

 

 

「ええ。お願いね、イツキ。ごちゃ混ぜにせず、上から順番にやることを勧めるわ」

 

 

指示された書類を空いた机に置いて目を通すと、「取り掛かりやすい」と称されたことに違わない、座学の不得手なイツキでも何とか調べて処理できそうなものばかりだった。

更に片付けていくにつれ、それだけではないと分かってくる。

 

 

(さっき処理した書類の内容が、今終わらせようとしてる確認事項について判断する為の知識になってる……!? これで何回目!? 偶然なんかじゃない! そこまで計算ずくで仕分けられて、順番に積みあがっているんだ……!)

 

 

膨大な書類仕事を少しでも効率よく済ませる為の知識と経験が、誇示された訳でもない仕分け方一つ一つだけからでも伝わってくるようだった。

彼女が戦闘能力だけで風紀委員長の立場に座しているわけではないと理解するには十分すぎた。

 

 

(……でも、何で私が書類仕事苦手って知ってたんだろう? 先生はそういう誰かの悪い所を簡単に言いふらす人じゃないし。そんなにバカっぽく見えたかな……、見えるよね、うん実際超絶バカだし。きっとそれでカマかけられたんだな)

 

 

自問自答し一人納得すると、余計なことは考えずに手を動かさなければとイツキは頭の中を仕事の事でいっぱいにする。

一方でヒナは没頭しているようにしか見えない速度で手元の仕事を片付けながら、今しがた仕事を割り振った当番生徒を密かに観察していた。

 

 

(あの子が東戸イツキ。同時多発襲撃事件における先生の命の恩人。例の動画や美甘ネルとの戦いぶりから大胆不敵な猪武者と思ってたけど、逆に小心者に見える……戦闘で豹変するタイプで、本来の性格は今の感じなのかな)

 

 

親善試合が決まる前……更に言えば救援を求めて拡散された実況動画もリアルタイムで見て、直ちに先生救出の為動こうとした一人だった。当時は自身の位置と現場が離れすぎていた為、自ら駆け付けたい気持ちを抑えて現場近くにいる部下の指揮に徹していたのだ。

とどのつまり、ヒナは以前からイツキのことを独自に調べていて、得手不得手もその過程で知ったというのが真実だった。

 

 

(四肢を失う重体となってまで身を挺して先生を守り、求婚までした【強敵】。先生は立場上受け入れるつもりはなさそうだけど、誰もが躊躇ってしまう一歩を踏み出せる行動力は侮れない……!)

 

 

エデン条約や列車砲シェマタを巡る騒動、ゲヘナの社交パーティーといったイベントを経て、ヒナは先生に対し確実に敬愛以上の重い感情を抱いていた。

これまで接触してこなかったのは、ミカやワカモのように堂々と宣戦布告するタイプで無かったのと、自分自身が先生に異性として好意を持っていると確信できていなかったからに過ぎない。

親善試合の対戦相手について知るという別の建前を得たことで、ヒナは別の意味での強敵でもある改造人間のことを見極めようとしていた。

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