東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第八話】 当番 其の二

「先生、今転送してくれた電子申請書だけど。下から六行目の申請理由。この書き方じゃ通らないかも、当事者じゃないと分かりづらい」

 

 

ダブルチェック体制で進めていた電子書類について、ヒナが先生に意見を述べる。

 

 

"うーん、やっぱりヒナも無理があると思う? でもこれ以上いい表し方が思いつかないんだよね"

 

「風紀委員で似たような案件に覚えがあるから、私が直してみる。出来次第送るから確認してみて」

 

"ありがとう、助かるよ"

 

 

大人である先生と、対等以上の事務処理能力を発揮するヒナの姿。

 

 

(凄い……先生にあんな風に頼られて……)

 

 

目の前の比較的易しい内容の文面と必死に睨めっこしてる自分との格の違いを、イツキは否応なく認識させられた。

 

 

「ヒナ、こっちも頼まれた分は終わりま……終わったよ」

 

 

尊敬の念もあってまたも敬語になりかけるのを何とか修正し、書類を持ってヒナに報告する。

 

 

「ありがとう。そこに置いといてくれたら確認しておくから、次はこの山をお願い」

 

「分かりまし……分かった」

 

「……威圧してるつもりはないのだけれど。私に砕けて振舞うの、そんなに辛い?」

 

 

新たに指示された書類を取ろうとしたイツキの手が直前で止まり、掌が汗ばむ。

その言葉に怒気や苛立ちは感じられなかったが、「言われたことができていない」と咎められたように焦ってしまう。

 

 

「っこっこれはその……ヒナ、だから、とかいうことじゃなくって! 元々、気の小さい私の性根みたいなものなんで! っと、とにかくごめんっ!!」

 

 

半分は嘘だ。

元々気が小さく卑屈なのは本当だが、ここまでのシゴデキぶりを見せられた後では同等のように振舞う事など烏滸がましい、と思っていた。

 

 

「本当に? 配信で見たあなたは、もっと気安い雰囲気だったと思うのだけど。私にも、ああいう感じで構わないのに」

 

「配信?」

 

 

一体何のことだろうと真剣に思い返す位には、配信の事はイツキにとって過去となっていた。

当時は忘れるどころか、何もないと思っていた自分の縋っていた唯一のアイデンティティだったのにも関わらず、である。

 

 

(『イエーイ!皆ー!みってるー? 今日はヘルメット団が詰めてるこの廃ビルをドカンと一発やっちゃうよー♡』)

 

 

思い出した途端に顔に熱が集まり掘り返したことを後悔する、過去と言う名の黒歴史として。

当時の自分に縋らなくていい位今が充実している、ということの証左ではあるのだが。

 

 

「あのっ、あの時の私は動画配信者になり切ってたというか、視聴者に媚びる為にキャラ作ってたってだけで!」

 

「演技だった、ってこと? 顔が真っ赤だけれど大丈夫? まさか熱でも出たんじゃ……」

 

「そそそうっその通り! 演技! っとと、書類持っていくね! 私は大丈夫だから!」

 

 

体調を気遣ってくれる優しさが、逆に羞恥を加速させた。

積みあがった書類の一山を抱え、逃げるように席に戻る。

 

 

(分かっちゃった、私が書類仕事苦手そうだと思われてた理由! MOBとして爆破だの私刑執行だのバカやってた時の配信まで見られてた! そりゃあアレがデスクワークなんざ出来るように見えるわきゃねえっ!)

 

 

苦手意識のある書類仕事だが、今は取り組むべきものが目の前にあることが有難い。

イツキは過去の恥ずかしい自分の幻影を打ち払わんとばかりに書類の活字を注視、仕事に没頭する。

 

 

(……やっぱり、怖がられてしまっているのかしら)

 

 

一方のヒナは、これまでの己の経験から、イツキの挙動不審気味な態度について少しズレたことを考えていた。

とはいえ普段は悪党に怖がられることが仕事、とでも言うべき風紀委員の長である以上、そう仮説を立てるに至るのは無理からぬことではあった。

 

 

 

 

 

"――ありがとう。二人ともお疲れ様。星が見えるより早く一区切り付けられたのは、久しぶりだ"

 

 

先生の言う通り、本日の案件に区切りを付けられた頃。

シャーレの大きな窓ガラスから見える空は、既に日は沈んでいるもののまだ夕焼けが残っていた。

 

 

"今日はそちらからいける日を教えてくれたけれど、風紀委員の方は大丈夫だったの? ヒナ"

 

「問題ない。少しずつだけど、私が不在の日を意図的に作るようにしてるの。問題児達が好き勝手するのは気になるけど、そうでもして他の風紀委員も鍛えていかなくてはね。私も、いつまでも居られないもの」

 

 

風紀委員長が不在ならば好き勝手できる、という風潮がゲヘナの問題児の中では冗談抜きの事実として蔓延している。

これは自治区全体を網羅出来る彼女の超人ぶりを評していると同時に、自治区の治安維持を彼女一人に依存しているという皮肉でもあった。風紀委員に優秀な生徒は他にも数多く在籍しているが、ヒナを除いた彼女達が束になっても追いつかない程、ゲヘナは問題児の数も騒ぎを起こす頻度も多すぎるのである。

 

 

"そうか、後進の育成も必要だよね。応援するし、何かあったら私にも相談してほしい。どんな些細なことでも。私で及ぶ限りの力にはなるよ"

 

「ええ、頼りにさせてもらう」

 

 

終始仏頂面気味だったヒナの表情が綻んで、優し気な笑みが浮かぶ。それを見つめる先生の表情も穏やかながら、視線には確かな信頼が込められているように見える。

 

 

(いいなあ……二人とも……)

 

 

互いの実力を信頼しあっているからこその会話を眺め、イツキの胸の中に妬ましさがモヤモヤした感情となって湧き上がる。

しかし、嫉妬の感情はすぐさま霧散する。それ以上に、「本当に先生を想うなら、ヒナが先生のパートナーになれるよう応援すべきなのかもしれない」と思えてきたのだ。

しかし、そんな風に自ら身を引くのは本意ではないし、競い合うと誓った二人の親友の事をある意味で裏切ることになる。

でも、こんなもの見せられて敵うと思う筈が、とまで考えてイツキは我に返った。

 

 

(やば……ネガティヴの悪循環入ってきちゃってる。今日の所はさっさと帰って切り替えた方が良さそうだな)

 

 

病院を脱走してしまった時も、こんな風に思い詰めた挙句に早まった行動に出てしまったんだと、イツキは己を省みる。

 

 

「それじゃ先生、私はこれで! ヒナも色々教えてくれてありがとう、またね!」

 

 

焦って多少早口になっていると自覚しながら、イツキはそう言い切ると背を向け足早に退室しようとする。

 

 

"待ってよイツキ、夕食がまだだろう?"

 

 

しかし先生に呼び止められ、続けて思わぬ申し出を受けることになった。

 

 

"私もお腹がすいたし、三人でシャーレの食堂で何か食べていかないかい? 勿論今日のお礼も兼ねて奢るし。ヒナもすぐ戻らなきゃいけないわけじゃないんだろ?"

 

「そうね、私も適当に済ませるつもりだったし……だったらご相伴に預かろうかしら」

 

 

――ゲヘナ風紀委員長との交流は、もう少し続くらしい。

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