「じゃ、位置に付いたら連絡するね、先生」
数分後、ジャケットとネクタイを外した姿で更衣場所を出たイツキは、先生と軽く打ち合わせると通気口の中に入っていった。
(本当に入った……)
蛇が潜り込むように軽々と、女子高生の体が頭から足先まで小さな穴に消えていく。
その異様な光景にヒナとヴァルキューレ生は驚愕を禁じ得ない。
一方で彼女の特技を改造前から聞いて知っていた先生は、特に反応を見せることなく見送ってから切り出した。
所持しているデバイスから、建物が簡略化されて描かれた立体映像が展開される。
"それじゃあイツキが持ち場に向かってる間に再確認。今度の作戦は、【人質の安全確保】【立てこもり犯の制圧】の2段階に分けて実施するよ"
つい先程現場に居合わせたばかりの先生が司令官のように立ちまわっている形だが、これに異を唱える者は先に現着していたヴァルキューレ生を含めて誰も居ない。電話で協力を要請してきた者もこの状況を望んでいたのだから。
会ったばかりの生徒が「この人の指揮で戦いやすくなった」と口を揃える、先生の非凡な能力については周知の事実だった。
"ヴァルキューレの皆には、こことここの辺りまで逃げ道を防ぐように布陣。今おさえたポイントはヒナの射程範囲ギリギリだから、はみ出したら巻き込まれるから気を付けて。――向かい側の避難はできているかい?"
「向かい側も商業施設で、従業員含む全ての民間人は退避しています。指示通りの布陣も完了済みです」
その能力とは、例えて言うなら【離見の見】。
ある舞台演劇を大成した人物が唱えた、「自らの身体を離れた客観的な目線をもち、あらゆる方向から自身の演技を見る意識」。
己自身を遥か高くから俯瞰するが如く、本来自分の目で見ることのできない背後や自分自身をも『見る』ように認識できる能力だ。
シャーレの先生が指揮能力に長けているのは、この能力が極めて高水準だからというのも理由の一つである。
建物の図面や地図を見ただけで即座に現実と照合し、自ら足を踏み入れたことのない地形までも立体映像の如く脳内に思い描ける程の域に達している。
"イツキが人質の二人を確保して、安全な姿勢を取ったら再度合図が来る。そうなれば第二段階を開始、ヒナの出番だ"
「了解。――今日の"見え具合"はどのくらい? 先生」
"バッチリだ。人数、建物の詳細、武装、敵の目的……今回は初めからこれだけ分かっているからね。少なく見積もっても、二秒先までなら見えるよ"
更に人物や武器といった情報が集えば、数秒程度の未来予測をも可能とし、集まる情報が詳細になる程その精度も上がる。
ここまでくると超能力にも映るが、身体能力に大きく劣る事もあり自身を戦闘要員に変えられるものではない、というのが本人談。
"ヒナは建物の中の事は気にせず、問題児達を取り締まる時と同じ感覚で撃ってくれればいい。いくら強いからって、正面から突っ込ませる指示は気が引けるけど……"
「ゲヘナでは日常よ、何を今更。この程度の人数なら、被弾しながらのゴリ押しが手っ取り早い」
『位置に着いたよ、先生。今、人質を閉じ込めてる部屋の天井にいる』
デバイスからイツキの囁きに近い小声が発せられる。
"状況は見える?"
『うん、人質二人と見張りっぽい敵が一人。扉は締め切られてて他の誰かには見えない。これならセティの「手」で黙らせてから降りるだけで、一段階目はクリア出来る』
こう聞いてみれば敵側の監視を杜撰に感じるがそうではない。
部屋の中に最低限の見張りだけを置いて出入口を抑えるのは無駄がなく、その分の人員を他に割く采配は賢明ですらある。
――
"それなら発砲音を立てないで済むね。準備はいいかい?"
『いつでも』
"よし、始めてくれ"
この直後、見張りは突如出現した「雷で出来た手」に薙ぎ払われ気絶させられるという、目覚めてもそれが現実だったのか信じられなくなるような訳の分からない悲劇に見舞われる羽目になった。
怯える二人の人質の上から降り立ったイツキは、地面に伏せて安全な姿勢を取るよう二人に指示して先生にクリアの合図を送る。
その後の展開は早かった。
人質を巻き込むのを恐れて容易くは攻め込んで来れないだろうと考えていた犯人グループは、何の警告も無く正面から巨大なマシンガンを放ちながら近づいてくる
無謀にも迎え撃とうとした輩の末路は語るまでもなく、人質を頼ろうと監禁部屋に向かった者は扉が開かず足止めされる。作戦通りにイツキが内側から鍵をかけているからだ。
壁を焼き菓子のように割り抜いてその先の敵をも穿つ【終幕:デストロイヤー】による制圧に、立て直す時間も心理的余裕も与えて貰えない。
攻め込んできた相手がゲヘナの最大戦力たる風紀委員長という絶望的な事実が広まると混乱と狼狽は更に加速する。どこぞの時代劇の「殿がこんなところに居られるはずがない」という作り話と同じくらいあり得ぬはずの悪夢。
破れかぶれの反撃は偶に命中しても、紫色の冷たい眼差しの眉一つ動かすことすら叶わなかった。
遮蔽物が意味を為さない弾幕をばら撒かれ、反撃は足止めにもならない相手に逃亡を選択する比較的冷静な判断をする輩も居たが、そちらは逃亡を予期して配備されていた多勢のヴァルキューレ生に制圧されていった。
※先生の能力は、任務や総力戦等でリトライしている(予め敵などがどう動くか分かっている)プレイヤーのことを元ネタにしています