「お三方のお陰で、迅速な解決と相成りました! 感謝いたします!」
ヴァルキューレ生の現場担当長は、背筋を正した啓礼を見せる。
慢性的な人手不足もあって、立てこもり事件は丸一日がかりやそれ以上になることも多いという。
それを応援要請をしてから一時間も経たずに解決できたとあってか、謝礼を述べる声も晴れやかだった。
"役に立てたのなら良かった、後は任せても大丈夫なんだね?"
「はい、我々が責任を持って遂行いたしますので! それでは本官も加勢して参ります故、失礼いたします!」
事後処理の為戻っていくヴァルキューレ生達を見届ける。
"二人も、協力してくれてありがとう"
「先生の指揮があってこその成果よ。私一人だと周辺への配慮だの調整だの煩わしいけど、あなたならその辺も引き受けてくれるから」
「え、でもヒナせんぱ……ヒナも凄かったよ! 伏せて合図送った後に頭の上を紫色のビーム? がヴァーッ、って通ったと思ったら、壁も何もかもその形に穴が開いてて……!」
イツキは直後に起きた出来事について、なけなしの語彙力を絞り出し熱を込めて捲し立てる。
銃撃らしからぬ高音と爆発音を伴い、ビームと形容する他ない紫色の光が頭上を薙ぎ払った直後。
保護した人質二人に伏せたまま動かないよう念押しした後、イツキは慎重にビームの出先側を覗いたのだが……そこからヒナが見えたのだ。
外まで何枚もの部屋と壁に隔てられている事は、ダクトから侵入せざるを得なかった事実も示している。
――たった一薙ぎで、近代的な建造物の壁を纏めて消し去る破壊力。
個人が扱う火器としては破格というレベルではない。
「褒めている余裕があるのかしら? そう遠くないうち、次に焼き払われるのはあなたなのだけど」
初対面では怯えられていたのに、破壊力を見せつけた直後の今のほうがイツキの距離が近くなっている気がする。
普通逆に慄いて更に距離を取るものでは? と違和感を覚えたヒナは、軽く試す位の気持ちで脅かすようなことを口にする。
「……っあー、それもそうか。食らって即敗北、なんてことになったら試合にならないしね」
「……?」
その返答も、何かズレているような、とやはり違和感を拭えないものだった。
では何が? と考える必要性も感じなかったのでそれ以上追及もしなかったが。
"それじゃあ、私は反対側だからここまでで"
「ええ、また何かあれば呼んで頂戴」
「またね、先生」
帰り道が反対側にある先生と別れ、駅までの帰路が被っているヒナとイツキは何と無しに連れ立って歩くことになる。
後の試合で戦う相手がそうしている状況は奇妙にも映るが、元々互いに悪印象はなく、所属する学園間で確執があるわけでもない。
僅かな時間とはいえ、先生の指揮の下で共闘も出来た。
その事実は確実に、二人をある程度打ち解けさせていた。
「でも、あなたこそアレは凄い特技だと思う。私がゲヘナで手を焼いてる連中にも、出来る奴はいないもの」
狭い場所に潜入する為に関節を外す技のことだ。
直接言葉にはしなかったもののすぐに伝わり、イツキは恥ずかしそうに引き攣った笑みを浮かべる。
「いやー、褒めてくれるのは嬉しいけど。銃撃戦じゃ役に立たないし見た目キモいし、変わってるだけだと思う」
「確かに撃ち合いには使えないかもしれないけれど。私は、あいつらの誰かがもし出来たらと考えたくはないわね」
捕縛しなければならない風紀委員側に対し、場数を踏んだ問題児側は当然その動きを利用しようとしてくる。
逃亡、潜伏、奇襲諸々、悪い使い道が幾らでも思いつくあの特技をもしその誰かが会得してしまったら。
取り締まる為襲撃を仕掛ける側としては、その可能性を想定することを常に強制されてしまい、対処が増々面倒になるだろう。
「それ、どうやって出来るようになったの? 生まれつき出来るものなのかしら」
聞いたのは、悪い可能性を想定する習慣からの軽い気持ちだった。
仮に訓練次第で誰でも出来るようになるなら、いつか自分が取り締まる奴らに覚えられては嫌だなと思ったという位の。
「後から出来るようになったほうだよ。自衛のためっていうやつ?」
「自衛?」
「もうずいぶん前のことなんだけど、よく骨とか折られてたんだよ」
同調するように軽くイツキから返された言葉を、ヒナは暫く吞み込めなかった。
買い食いしたお菓子の感想を述べるような気軽さで口に出来る内容とはとても思えなかったから。
「銃の的とか新技の実験台とか言われて殴られたりで。昔、いじめられっ子だったもんで。元からしぶといほうだったし、バカな上に独りだったから丁度いい標的だったんだろうね」
骨を折るとは慣用句か何かの比喩の事だろうかと疑る思考を、後に続いた言葉が否定していく。
絶句されていることに気づいていないのか、イツキは尚も同じ調子で笑いさえしながら語り続ける。
「タイミング合わせて関節外して、折れたことにして痛がるフリしたらあっちも満足して勢いも止まったからさ。まあ少し経ったらそういうの自体飽きられてぐちゃぐちゃに汚される方に変わったから、しばらく使う機会もなかったけど」
ここまで話して、目を見開いた真顔でこちらを見上げるヒナに漸く気づいたイツキは慌てる。
「――あっ!? なんだかごめん、余計な話まで聞かせちゃって」
「……いいえ。私こそ、嫌なことを思い出させてしまって」
知らなかったとはいえ、過去のトラウマをほじくり返すような真似をしてしまったことを詫びるヒナだが、
「嫌なことって?」
「――え」
心底何のことか分からないと言いたげに返され、また言葉が出なくなる。
何かがおかしい。
耐えて気丈に振舞っているのではなく、本当にそれを嫌なことと思っていないような。
「……えっと。ああ、そっか。確かにあの時は悔しいとか辛いとか思ってたこともあったっけ。いじめにあっていたことなら、もうずいぶん前に終わった話だし平気だよ?」
「――っ」
先の会話での違和感の正体を、ヒナはここで初めて察して愕然とする。
あの時、イツキは焼き払われると脅かされたことに対して、自分の身ではなく試合が終わってしまうことを心配していた。
(……この子……。痛みや自分が傷つくことに対する恐怖が無いか、平気で受け入れられるんだ。狂ってるとしか思えない位、どこまでも)
イツキが先生を庇い四肢喪失の重体となったあの事件。
最期まで先生を守り抜こうと耐え抜いた精神力は本物で、賞賛すべきことであると思うのは変わらない。
しかし、「気づいてしまった」今のヒナは、その行動に隠されていた彼女の狂気を垣間見てしまった。
これと決めた相手や物事に、命も尊厳も躊躇なく捧げられる「狂信」。あの日はその対象が先生だったのだと。