東戸イツキは改造人間である   作:空巳平吉

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【第十五話】 再会

空崎ヒナにとって、脅し文句とは耳にタコが出来るほど聞き慣れたものだった。

これまで追い詰めた数多の問題児達の最後の悪足掻きは、皆似たようなものだ。

それ以上近づけば撃つ、爆破する。

要約すればこれで済む内容を、格好つけと風紀委員への逆恨みからくる悪口雑言で薄っぺらに塗りたくっただけの言葉ばかり。

あまりに見聞きしすぎたせいか、ヒナには一瞥しただけでその言葉が真実か見抜けるようになっていた。

要は自分が一矢報いたり逃げ出す為の出まかせなど、百戦錬磨の風紀委員長には一切が通用しないということ。

言葉に限らず、どれほど迫真のポーズや殺気でも、それが虚仮脅しなら彼女の引き金の指を一秒止める事すら叶わない。

 

 

そんなヒナ自身の勘が告げている。

――背後にいる彼女の殺気が、タチの悪い冗談や見せかけの類ではないという事を。

 

 

(この子、本当にここで戦う気か)

 

 

銃社会のキヴォトスといえど、公の場で銃を抜いて損壊や人的被害を出せば罪となる程度の秩序は持ち合わせている。

正当な理由なく銃弾で他者を傷つけることも当然傷害罪だ。

やらかせば彼女が慕っているであろう先生や所属する学園にも迷惑をかけることになる。

それを承知でろくな理由もなく発砲するなど正気の沙汰ではない……と、否定する理由を並べても、膨大な経験からくる勘がこれをハッタリではないと繰り返し訴えかけてくる。

 

 

(……来ると決まっている大会を待たず、ここで戦わなければならない理由はない筈)

 

 

しかし、この突発的な事態にもヒナは冷静だった。

こちらの都合などお構いなしに起こる事件に一々動揺していては、三大学園で最も治安が悪いとされるゲヘナの風紀委員長は務まらない。

 

 

(なら、これは策略ではなく暴走)

 

 

後先考えず、己の欲望に身を任せて此方に仕掛けようとしているのだろう。

背後の脅威をそれと認識した途端、ヒナの思考は『業務』を遂行するものへと切り替わる。

後でやらかした本人が後悔する暴走タイプも、これまでの『業務』で掃いて捨てるほど取り締まってきた。

 

 

「自分を持てとは言ったけど、己の欲望に流されていいと言った覚えはない」

 

 

最後通牒のつもりで、ヒナは告げる。これが最後の砦どころか、開幕の合図にしかならないだろうと内心分かっていながら。

返事は言葉ではなく、粘ついた液体が蠢いているような醜い音となって耳に届いた。

それは野蛮な獣がご馳走を前に立てる、涎を啜り舌なめずりをする音――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――イツキ?」

 

 

数発食らってでも、愛銃の連射に巻き込み釘付けにして制圧を試みる。

そこに至るまでの道筋を瞬時に複数通り組み立てていたその時、後ろから唐突に現れた第三者の声にヒナは思考を中断させられた。

 

 

(この声、どこかで……いいえ、誰であれ今は――!!)

 

 

すれ違った友人に話しかけるような、決して大きくない今の声が届くほど近くに居たら、間違いなく直後の砲火の巻き添えになる。

秩序を守る者の長としての思考が、背後の相手を仕留めることから、誰だか分からない更に後ろの人物を守る為どう動くべきかと目的を変える。

しかし、声をあげて遠ざけるかイツキを強引に捕まえ逃がす時間を稼ぐか、その決断を済ませようとした直後。

既にその必要は無くなっていると知る。

己が『下品な殺気』と称した此方への殺意が、初めから無かったかのように霧散していたのだ。

 

 

「……あ、ぁ」

 

 

直後の第一声は、獲物を狩る肉食獣はおろか、それに睨まれ動けなくなった小動物の鳴き声のようだった。

毒気を抜かれたヒナが振り返ると、イツキは依然同じ姿勢で立ったまま動けずにいる。

青ざめ震えているその視線の先に居た少女は、不思議そうに小さく首を傾げ、その足先程もある長い黒髪を揺らして問う。

 

 

「大丈夫ですか? もしかして、お腹が空いて状態異常が……」

 

 

少女が一歩近づいただけで、イツキは目に見えて大きく取り乱した。

 

 

「わたっ、わたし、なな、何、何てこと……!! ほ、本当にすみません!! 失礼、しますっ!!!」

 

「っえ、ちょっと」

 

 

素早く、しかし深々とヒナに頭を下げ、轟音と電光を残してイツキは消えた。

最高速度の「踏み込み」を突如繰り出されては、ヒナも捕まえる手を伸ばす時間も無かった。

 

 

また、逃げられてしまいました……」

 

 

稲妻の如く消え去った先を見ながら悲し気に呟いた直後、少女は遅れて笑顔を作り、ヒナの方に向き直る。

身長ではヒナを僅かに上回っているものの、制服の上からブカブカのウインドブレーカーを羽織る着こなしはその姿を一回り小さく見せている。

空より明るい青い瞳を湛えたあどけない顔立ちは、対峙する者が怯えて逃げ出す容姿には程遠い。

 

 

「……会えて嬉しいです。レベルカンストガチ勢の、ゲヘナ風紀委員長」

 

 

己の体格程ある規格外のレールガンを背負う彼女は、予感した通りヒナにとって見知った少女だった。

かつての世界の危機、第三サンクトゥムで共闘した「ミレニアム学園:ゲーム開発部」の一員。

 

 

「――天童、アリス」

 

 

人や物事をゲームに例える独特な喋り方も、当時と変わらない。

しかし、あの危機的状況でも揺ぎ無かった天真爛漫さが、今は影を落としているようにヒナには見えた。

 

 

「聞き間違いでないなら、さっき『また』逃げられたと言ったわね?」

 

 

共通の相手と戦ったとはいえアリスとはそれまでの関係でしかなく、イツキに至っては今日が初対面だ。

この二人の素性や関係が分かる立場ではない。

それでも、たった今目の前で見せられた光景が異常に感じたヒナは、思わずそう切り込んでいた。

 

 

「さっき、先生にイツキの行先を聞いてここまで来ました。アリスも知らないうちに、何か悪いフラグを立てたのか、それが何なのか聞きたかったんです」

 

「……何故か避けられているか距離を取られていて、その原因を尋ねようとしても本人が逃げてしまう、ってこと?」

 

「ネル先輩とイツキが戦ったあの時位までは、まだ皆と同じでした」

 

 

自身も多少ゲームを嗜んでいるヒナは、何とかその言い回しにもついていけた。

小さく頷くと、アリスは目の前で指を絡めた自身の両手を見つめながら続ける。

 

 

「モモイ、ミドリ、ユズに対しても、ミレニアムの皆さんに対してもイツキは変わりません。……アリスを見る目だけが、変わってしまったんです」

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