アパートの自宅に転がり込むように帰ってきたイツキは、乱暴に洗濯機に脱いだ服を投げ込むと、シャワーのレバーを最大に開く。
勢いよく噴出した冷水が、肩口と足の付け根に赤黒い接合跡のついた裸の全身を流れていく。
温水装置は作動していないが、今のイツキは冷たい水で全身を叩きたかった。
ここまでずっと「呑み込み続け」垂れ流すことだけは防いできたが、そうする必要の無いプライベートな空間に辿り着いたことでその我慢も決壊する。
崩れ落ちるように床タイルに手を突くや否や、
「……あ"ぶえっ……!! はあっ……!!」
荒げる息を止め切れず開いた口から透明な粘液の塊が零れ出て、ベチャリとタイルの上へと落下し潰れる。
へばりついたそれは程なくして出しっぱなしの冷水の勢いに負け、押し流されて排水溝へと消えていった。
(クソッ……今日のは、特に、酷い……!!)
呼吸を整え、尚も過剰に分泌される唾液を啜って飲み込む。
(やっぱり……あの子の姿を見るわけにはいかない……! あの子を……アリスさんを、見ると……っど、どうしようもなくぅ……!!)
冷水の雨が降り注ぐ下、イツキは長い薄緑色の髪が床の上に散らばるのも厭わず四つん這いになり、床のタイルを舐る奇行に走り出した。
わざと気が触れたような行動を取ることで、自分は今頭がおかしいのだと自覚させ、逆にこれ以上の暴走を抑えたいが為の行動だった。
もしも自分が狂っていることすら分からなくなれば、もう自分で考えて自分の凶行を止めることが出来なくなる。
『首輪』を利用し他者の手でこの体を止める手段はあるが、それも全自動という訳ではない為、発動する前に被害を出さない保証はない。
「……っ、うじゅるっ、るれっ…………はぁっ……はぁっ……!」
過剰な心臓の動悸はまだ続いているが、ようやく衝動が収まってきたと自覚したイツキは半身を起こし、浴室出入り口の扉に背を預ける。
「っああ……、っはあっ……」
見ただけでどうすれば壊せる、解体できるかが分かる「破壊」に関わる予知のような能力。
これが病理のような異常を来し始めたのは、ミレニアム学園に復帰して少し経ってからのことだった。
「……ば、バラバラに、ぶ、分解、したい、してみたいっ……!!」
生物・有機物より物体・無機物の方が詳細に「視える」のは以前からのことであり、これで視えてしまった為にアリスが造られた存在……アンドロイドであるということには出会った当初から気づいていた。
驚くと同時にそのオーバーテクノロジーに興奮したものの、これが公表されていないことから指摘するべきではないと察し、これまでずっと知らないフリをしてきた。
アンドロイドであろうと尊敬すべきミレニアム生の一人、それを機械とみなした「もの」を見る目で見るなど失礼極まりないと考えていたからだ。
尊敬する人物に己の欲求を満たす為の眼差しを向けるなど、盗撮犯と大差ない唾棄すべき所業だ、とも。
ところが、無邪気で人懐っこい彼女は一度知り合った此方に自ら近づいてくることも多く、その度にイツキは「バラした」光景を視てしまい罪悪感を抱きながら素知らぬふりで会話をしていたのだ。
他の事をしているよう誤魔化しながら、可能な限り目を逸らして。
「……、れん、ず」
――しかし、腹の中に本心を秘めながら、同学年の知り合いとして適度に接する……ということも長くは続けられなかった。
先程までの怨嗟の悲鳴のような声とは一転、眠りから覚めたばかりの呆けた老人のように呟き始める。
「あの目は、レンズ……、涙を流す、機能すら備えた、本物の目玉と変わらぬマシン……」
誰も聞いていないのをいいことに、イツキは己の悪辣な欲望を敢えて口にする。
頭の中に抱え込まず、吐き出し切り離す為に。
「眼窩の側が、見てみたい」
青空のような瞳、眼球の役割を成すカメラの後ろ側を、見てみたいという欲望を。
「重さは? 手触りは? 味は?」
抉り取ったそれを捕食者同然に弄びたいという欲望を。
「レンズを、もっとよく視たら、分解の仕方も、わかる、かな……?」
これまでに、重い装甲に覆われた戦車やパワーローダー辺りなら、今まで何度もその壁を突き破り苦も無く破壊してきた。
例え相手が未知の合金を複合させた、強固な装甲に覆われていようと壊せないとは思わない。
己の『分解』の力があれば。
二つのカメラを抱く頭部も、四肢も。
もっと、そのずっと先も、綺麗に、丁寧に……。
「……っうううっ……!! ヴぅ……!!」
口にした言葉に引きずられそうになる理性を唸り声と共に食い止め、イツキは左肩口を鷲掴みにして躊躇なくその指を食い込ませる。
鋭い痛みと共に温かい血が枝分かれして二の腕を伝い始めると、意識から外れていたシャワーの水の冷たさを体が再び感じ始める。
「……、っふう……っ、あぁ……」
漸く衝動を散らせることに成功すると、食い込んでいた指を抜き、投げ出すように両側に腕を垂らす。
ここまで破壊の欲望に呑まれると危機を覚えた事は、イツキにとっても初めてだった。
小水を我慢する程度の衝動で済んでいたものが、今回のソレは一際強烈な嘔吐のようだった。ここに辿り着く迄、腹を思いきり殴られた瞬間の強く鋭い嫌悪感が、いつまでも続いていたようだった。
(――タイミングが、悪すぎたのかもしれない)
ヒナを相手に戦闘への欲望を滾らせ昂っていたその時に、アリスの姿を目にしてしまったのが不味かったのかもしれない。
(やっぱり、これからも距離は取るべきだろうな……)
洗いざらいこの本性を周囲に公表し、その結果アリス本人や彼女を大切にしている人々に気味悪がられたり嫌われるのは別にいい。
しかしそれ以上に、あの無垢な少女が「こんな醜い欲望を自身に向ける輩が実在する」と知ってしまうのが我慢ならなかった。
世の中は、知らないで生きていけるならそれにこしたことはない、という残酷な現実で満ちているのだから。
「……あ。シャワー……浴び、なきゃ……」
この部屋の本来の使い方を始める為、よろよろと立ち上がって温水装置の電源を入れる。
少し時間を経て温水が流れ出すと、肩に開いたままの穴は気にせず髪の手入れを始めていく。
長い髪が整えられる頃には赤黒い瘡蓋が剥がれ落ち、付けられていた傷口は跡形もなくなっていた。
【イツキ(臨戦) 性能】
武器種:SG
遮蔽物:〇
攻撃:分解
防御:特殊装甲
役割:STRIKER
ポジション:FRONT
クラス:アタッカー
学校:ミレニアム
市街適正:A
屋外適正:D
屋内適正:A