【第七話】返事は「はい」か「YES」
「うえっ!? 何、雷!?」
「うおっと……え、あんた知らないの?」
ミレニアムサイエンススクール、特別訓練施設から鳴響く轟音。
驚き、快晴の空から落ちるはずもないものを連想した生徒に、連れ立って歩いていたもう一人が話しかける。
「毎週この時間、『00(ダブルオー)』のネル先輩と『雷鳴』のイツキが訓練でやりあってるんだよ。今のすんごい音、雷鳴が"跳んだ"時の音らしいよ?」
「跳んだだけで……?」
「雷鳴がネットにMOB名義で上げてた動画でも見れるし、本当だと思う。流れ弾とか凄く危ないから見学できないんだって」
「わーお……人間の一人か二人が出していい音じゃないよねこれ……うわっ、また!?」
「あたしの教え通り、持ち味を生かした立ち回りが出来るようになってきたな。初っ端の突撃一辺倒な時より余程やりづらくなったぜ」
「はっは……そりゃどうも」
「……でもやっぱりお前、その『踏み込み』に頼りすぎたまんまだな。んな単純な連発じゃ、一発目で消し飛ばねえ雑魚でもなけりゃ何れ見切られちまう。だからこうなるんだぞ?」
両手を挙げ仰向けになるイツキに跨った体勢でサブマシンガンを突きつけるのは、ミニスカートのメイド服にスカジャンを羽織った格好をした、小学生とも見紛いかねない小柄な体格の少女。
だが燃えるような橙色の髪が映える非常に険しい人相は、150センチに満たない体躯が何ら枷にならないほどの威圧感を醸し出している。着替えた運動着をボロボロにしたイツキに対し、ネルはスカジャンの袖1つ汚れていない。
「……アレを初見で躱せるネル先輩みたいな人、そうそう居ませんってー……」
「甘えてんじゃねえぞテメエ。"愛しの先生"を狙う敵が、あたし以上に強かったらどうすんだ、ええ?」
「ミレニアム最強の先輩以上とか考えたくないって言うか……あと何度も何度も言ってますがその先生ネタは勘弁シテ下サイ、半年タッテヨウヤク叫バズニ堪エラレルヨウニナッテキタバカリナンデス……!!」
両手で顔を覆うイツキを呆れたように見下ろすと、美甘ネルは愛銃を肩に担ぐように持って立ち上がり、彼女を解放する。
「ま、今日の演習はこのへんにしとくか。次はもっとあたしを『揺さぶる』ように立ち回れ、迷わせるとか誘うとかな」
「揺さぶるったって……訓練場には利用できる障害物とかもないですし、どうすれば……」
「それを考えるのも訓練のうちだ、宿題って奴だな。……が、どう考えりゃいいかの参考に1つだけ助言してやる。自分がお前の『踏み込み』を知っている敵だったらと想像してみろ。『踏み込み』の音が聞こえたらどう動く?」
「それは……目の前にくるからガードするか、迎撃するか、距離を取るか……」
「つまり、それらの行動を『誘える』とは考えられねえか? ただその場で『踏み込み』をしただけで」
「――ああっ、成程!!」
「分かってると思うが、勿論これだけじゃ勝てねえぞ? 手段は無限にあると思って山ほど考えろ。体が小さいとか頭が悪いとか、そういうハンデは数を重ねて補うんだぜ、体を鍛えるのと同じようにな」
ネルを先輩と呼ぶイツキだが、実は同年代である。
本来は三年生に相当するのだが、学力の問題で一年生からの編入となっているのだ。
留年ともとれるこれを本人は嘆くどころか、「あと2年以上学べる」と感激している。そのため3年生のネルは勿論、年下の2年生だろうと「先輩」と呼んで敬うことに何の疑問も戸惑いも感じていないのである。
「――ありがとうございます、ネル先輩」
「あ? 何だよいきなり。あたしが鍛えてやるっつった時は散々逃げようとしやがったくせに」
「そりゃあいきなり戦闘現場に乱入してきて敵軍団を戦車ごと一人で『掃除』するの見せられて、初対面で「何だテメエのバカ丸出しな戦い方は!」ってブチギレながら胸倉掴み上げられたら誰だって怖がりますよ……。でも、何の御返しも出来ない私なんかを気にかけてくれて、こうして強くしてくれてるのは事実ですから、せめて感謝の気持ちくらいはって」
粗暴な態度と迫力ある顔立ちにどうしても怯えてしまうが、その実面倒見が良いところにもイツキは気づいていた。何の見返りも期待できない自分を気にかけてくれていることに感謝しているのも本心である。
だが、ネルは邪悪ともとれる笑みを浮かべたかと思うと、イツキにとって何を聞き間違えたのかと焦るようなとんでもないことを言い出した。
「へーえ、そうかそうか。これまでの御返しがしたいってことか。じゃあ取り敢えずC&Cに入ってその分働いてもらおうか?」
「……、ええと、流石に冗談……ですよねえ?」
『Cleaning&Clearing』通称C&C。
ミレニアムサイエンススクール屈指の戦闘能力を秘めた生徒のみが所属する、凄腕のエージェント集団。
皆の尽力で末席に加わらせてもらったと自覚しているイツキにとっては、エリート中のエリート、雲の上の存在。
学力すら基準に達していない自分が間違っても並んでいい組織ではない、と顔が凄絶に引き攣る。
「あたしとアスナは来年卒業でいなくなるし、更にもう一年経てばトキ一人になっちまうから、後進の発掘と育成は急務なんだよ。お前はどうした、やりたくない理由でもあるのか」
「いやその、私、メイド服はちょっと……って」
冗談ではなかったことに焦って思わず口からこぼれた本音を聞き、橙色の生え際のこめかみに青筋が浮き立った。
「……ちょっとって何だオイコラ。ずーっとあたしらの格好が可笑しいと思って見てたのか、あァ!!?」
「ちち違います逆ですって!! ……ネル先輩も含めて、皆メイド服を着こなせるぐらい、綺麗でカッコいいじゃないですか。そこに私なんかが並ぶのは肩身が狭いっていうか……似合わないんですよ」
目を伏せ困ったように笑うイツキを「こいつは何を言ってるんだ?」と一瞬呆けたように見ていたネルは、つまらなそうな表情になって指摘する。
「――そうかお前、イジメられてたクチか」
「……どうしてそれを?」
「っと、嫌なこと思い出したなら悪い。初めて会った時から、妙に卑屈な奴だとは思ってたからな。「お前は俺より下だ」とか理由もなくほざくボンクラ共に虐げられた奴は、その通りだと思い込んじまって何でもかんでも自分を卑下するんだよ」
厳しい物言いや鍛錬は、困難に打ち勝てるよう育てようとしてくれている優しさの裏返し。
己をバカだと自認しているイツキも、ネルの言葉が「もっと自信を持っていい」と気にかけてくれているという意味なのはすぐに分かった。
「……その言葉と、お誘いを頂けただけで十分です。それでは、また来週もよろしくお願いしますね」
「っと、言い忘れていたが」
有耶無耶にしてそそくさと退散しようとしていたイツキが扉を開けると、
「さっきの話、アタシら全員の総意だからな?」
――余裕の笑み、冷静な無表情、エトセトラ。それぞれの「仕事の顔」で立ちはだかるメイドが4人。
「……ご、ごきげんよう、C&Cの皆様方……」
――ここに居てはマズイ。何だかわからないが返事が「はい」か「YES」しか許されない流れに巻き込まれる気がする……!!
「言っとくが、『踏み込み』使いやがった瞬間から素敵な5対1の鬼ごっこが始まるぞ?」
口の端をヒクつかせながら、そっと腰を落とし構えようとしたイツキの背後から先んじてネルが言い渡す。
「先ずは『制服』に袖通してもらおうか、未来の05(ゼロファイブ)さんよ。とりあえず忙しさでブチ殺してやる、似合わないだとか下らねえこと考えられなくなるぐらいにな!」