モモトークで悩みを打ち明けた翌日、ゲヘナとミレニアムの親善試合の開催とその内容が公表された。
だが、代表として戦うと発表されたイツキの通学後の日常に、これといった変化は訪れていない。
理由は単純、同じクラスに話し相手がいないからだ。
とはいえ、本人もその事実を入学以来一度も悲観したことはない。
(本来、私如きが同じ学び舎で授業を受ける事すら烏滸がましいんだ)
同級生から仲間外しをされているわけではなく、授業終了後に遊びに誘ってくれたことも何度かある。
しかし、それらは補習やC&C・シャーレの任務を口実に全て断っていた。
何て心の広い方々なんだと感謝し、同時にその誘いを蹴る事に罪悪感を抱きながら。
補習必須なほど頭が悪く、任務や修行に忙殺されているのは事実。
強さが衰え任務もろくに果たせなくなれば、いよいよ自身がミレニアムに居る価値など1つも無くなってしまうのだから。
そんなわけで同じ教室の生徒との会話は、必要最低限に留まっている状況が続いていた。
(ネル先輩との決闘で、見苦しい顔も晒しまくってドン引きさせてしまっただろうし。せめて、行動で示さなくてはね。貴女達の学びの邪魔をすることだけはしないって)
イツキは今日もそんな考えを内に秘めながら、教室の後ろの隅の席で静かに授業を受ける一日を過ごしていた。
付き合いの悪い、補習常連の劣等生として、空気扱いしてくれるのが幸いだと心から思いながら。
「……どうする?」
「……何が?」
休み時間、反対側の後ろの隅の席。
頬杖をついてため息をついているイツキの姿を横目に、コソコソ喋る二人のミレニアム生が居た。
切り出した側は女子にしてはガッシリとした体格の活発そうな少女、応じたのは丸眼鏡を掛けこじんまりとした如何にも研究者といった容貌の少女だった。
「何が、って。おあつらえ向きの話題が出ただろ? 愛しのイツキちゃんに自然に話しかけるチャンスじゃん。『ニュース見たよ! ゲヘナ最強の風紀委員長と戦うんだって!?』って感じでさ、あと5分ちょいなんだから行ってこいやさあ早く」
「むむ、無茶言わないでよう……!」
「じゃあ何時なら出来るってのさ。もっと話してみたいんでしょ? カツアゲされそうになってたのを助けてもらってからずっと」
「っそ、その時はちゃんと御礼だって言えたしぃひゃいひゃい!!」
活発そうな少女が目くじらを立て、丸眼鏡の少女の頬を思いきり抓って引っ張り上げる。
「オイ本当にいい加減にしろよお前。そこでウジウジされまくった挙句にノロケ同然の観察日記聞かされ続けてきた身にもなれや。今やってることただのストーカーだって自覚ある? 本人にチクんぞマジで」
「ぐう……。そんなこと言ったって、何時も凄く忙しそうなんだよ? 凄腕エージェントのC&Cのコールサイン持ちで、多忙な任務の合間に00(ダブルオー)のネル先輩の一番弟子として修行をつけてもらってて、シャーレからも特別な任務を受けているって話だし。忙しすぎて勉強に集中できなくて、補習で自由時間が殆どない、そんな人の束の間の休み時間を私なんかとの会話に付き合わ」
「ああああああやめろやめろ詠唱すんなうるせえ!!(小声) 一言話しかけるよりそこまで調べ上げる方がよっぽど時間も手間もかかりまくってんだろどうかしてるわ!」
「……ねえ」
「……あんだよ」
「……代わりに話しかけてくれない?」
「だから
それじゃ
意味がねえ
っ つ っ て ん だ ろ ! ! !」
……等と、漫才じみたやり取りをしているこの丸眼鏡の生徒程極端なのは稀だが、他の同級生のミレニアム生から見たイツキの印象も概ね同じだった。
そもそも常軌を逸した戦闘能力は『死闘の00』でネルに惜敗まで迫ったことで証明済、C&Cのコールサイン持ちであることも、ネルの直弟子であることも全て事実なのである。
C&C所属前の辻ヒーロー、自警団紛いの行動も、全てミレニアム生や彼女らの創造物を守るために行われていた。
イツキ本人は彼女らに比べれば自分の身の無事など毛の一本程の価値もないと本気で考えているのだが、そうして見返りを求めず去っていく「ヒーロー」を助けられた側が当然のことと受け入れられる筈がない。
つまるところ、本人が「劣等生だから空気扱い」されていると思い込んでいるこの状況の真実は、「畏れ多くて話しかけられない」という真逆の尊敬からくるものだったのだ。
補習の常連であることも、「忙しすぎて勉学に力を注げる時間がないのだろう」としか思われておらずバカにされてなどいない。
それを知る由もない本人はというと、ただ机に座ってゆっくりと息を吐き、ボーッとしているだけ。
(……はあ。今日の授業も凄かったなあ……これがミレニアム……千年問題に本気で挑もうという人々の学び……)
ハイレベルな授業に追いすがろうと必死だった頭を、一秒でも長く休憩させようとしているだけだ。
だが。只それだけに過ぎない所作も、オッドアイというミステリアスな要素と、ミカ直伝のお洒落で整えられた容貌が「悪さ」をする。
丸眼鏡に色の付きまくった少女には、その様が誇り高き騎士の憂いのように見えてしまうのだ。この手で守り切れない平和を憂いているように。
「っ……!! と、撮れた、ついに。完っ璧ぃ~なタイミングで! 太陽をバックに淡い緑の髪が輝く物憂げな眼差s」
「おう一線超えたな歯あ食いしばれ」
直後、盗撮に手を出した愚か者をスマホごと制裁する、鈍い打撃音が鳴り響くのであった。