異質な雰囲気を纏い、四つん這いで構えて此方を注視するイツキ。
しかし、その歪な眼差しに曝されるヒナは威圧しようともせず、気だるげにも見える表情でミニガンの狙いを付けている。
有象無象を鎮圧する、「仕事」に取り掛かる風紀委員長としての姿と何ら変わりない。
奇妙な光景に惑わされることなく、只必要な情報だけを余さず吸い上げる為の眼差し。
(開幕と同時に、被弾してでも強引に射程距離に潜り込もうとしている。――フェイクの可能性は、現在0%)
物事を数値で表して判断する。
ヒナのそれは、事実を見ずに理論に固執しているような浅はかなものではない。
1つ1つの戦闘経験を残さず拾い上げ続け、その判断基準は今なおアップデートを続けているのだから。
仮に相手が土壇場で狙いを変更したとして、その際の相手の視線や体、表情の揺らぎといったものを彼女は一切見逃さない。
(――脚に稲妻を纏った。此処から狙いを変更するなら……視線や体の何処かに、あからさまな変化が必ず現れる)
相手の周囲に青白い稲妻を現れたのを見て、最早この予測が揺らぐことは無く、仮に揺らげば逆に此方が付け入る隙に出来ると確信。
(とはいえ、此方が最善策を取っても無傷では済まないでしょう。数秒、浴びせたところでアレは落ちない)
改造人間になる前から、苦痛に耐える異常なまでの精神力を備えているのは明らかだ。
ネルに鍛えられる前は、その頑丈さでゴリ押しする強引な突撃で勝利を重ねていたという情報も得ている。
それがこれから、精神力相応の肉体を得て突撃してくる。つまり、怯えや痛みで止められると考えることはできない。
(真正面で向き合い、同時に始まる事が決まっているこの試合で、接近戦に持ち込まれる前に倒す手段は無い)
――残り十秒。
(それなら、流れの掌握に全てを注ぐまで)
ヒナは自分自身をも撮影して分析し、どの方向にも瞬時に動ける且つ、見た目で何処に動くか分からない「構え」を独自に編み出していた。
相対する者にとってそれは、運よくヒナの動きに合わせられない限り、ミニガンの斉射を直撃させられることを意味する。
鉄道の車体をもケーキのスポンジ同然に貫く、「終幕:デストロイヤー」の弾丸を。
――三秒前。
目を開けたまま事切れた屍のように表情筋を凍り付かせるイツキ、その中心に照準を合わせ引き金に指をかける。
語るまでもなく、開始と同時に斉射する為。
地獄を眼前に顕現させる凶弾の嵐にて、獲物を削る為。
――二、一、
ミレニアム製の電子機器と音響が、競技に相応しい演出を以て初めからカウントダウンを行っているのだが、二人の耳には届いていなかった。
――否。聞こえているが、数字しか認識していない、というのが正しい。耳に入る賑やかな音から、必要な情報しか抜き出していないのだ。
――試合開始
合図の音をかき消すように、落雷の如き轟音が轟く。
ヒナはその音が耳に届く前に、背後に跳びつつ引き金の指に力を込める。
重量級の得物を抱えながら高速戦闘をもこなすヒナの脚力は、一跳びで十数メートル背後への移動を実現する。
「構え」で方向を悟られない分、膝を曲げるような助走を付けられない状態で、である。
(あなたの間合いには付き合わない)
これよりもイツキがこちらに迫るスピードは上であり、追いつかれることも分かっていた。
だが、追いつく迄の弾丸は全て、ろくな防御も出来ない体勢でまともに浴びて貰うことになる。
――引き撃ち。
アリス達に出会う前から趣味でゲームを嗜んでいたヒナが、得物との相性もあって入学時から自然に取り入れていた戦法。
間合いで不利な相手は、危険を承知で相手が引く以上のスピードで接近しなければならない。
近づかなければダメージを与えられないが、近づけば相手の射線ど真ん中に飛び込むことになる。その理不尽を理解していようとも。
ダメージを嫌って直進を避ければその間に距離を稼ぎ、強引に直進してくるならその分相手を削る。
(後者なら無傷では立ち回れないけど、その分此方は大きく削らせてもらうだけのこと……!)
相手がダメージ覚悟で間合いを詰めることに執着すれば、それを利用して戦いの主導権を握れる勝算がヒナにはあった。
相手に選択肢を作り出す隙を与えず、こちらが選択肢を与え・選ばせる。
こうして不確定要素を排除できれば、戦いの経験で上回る此方が後れを取ることはない……
青と紫の瞳を湛えた、仮面のように凍り付き、喜怒哀楽の何れも伺えぬ表情。
それが誇張の無い目と鼻の先に、音もなく現れた。
落雷の如く激しく踏み込む音が全く聞こえなかった。
これが何を意味するのかを察して対策を打つには、時間が足らな過ぎた。
――開幕と共に指を掛けた筈の引き金は、未だ引けてもいなかった。
突如、二人の姿が消えたと思ったら。
雷が落ちたような轟音と共に二人の姿が消え、彼女らから数十メートル離れているヒナの後方側の客席前方が、小型ミサイルの直撃を受けたかのように爆発した。
曲がりなりにも荒事慣れしている観客のスケバン「武龍陰破流守」総長も、此処まで理解することが背一杯だった。
呆けた頭に、無謀にも客席前方で度胸試しを試みていた不良たちの悲鳴が染み渡り、手に負えない化け物の所業を目の当たりにしてしまった恐怖が、じわりじわりと滲みだす。
さっきまで軽口を叩いていた二人の構成員たちも同様に、声をあげる事も出来ず爆発の方向を見つめて凍り付いていた。
「……何だ、あの脚は」
彼女らから離れた観客席で全てを視界に捉えていた「師匠」は、底冷えするような静かな声で呟く。
同じく彼女の弟子の「異常」を目の当たりにしたトキは、日ごろ目立つ怒声とは比べ物にならない怒りを察知し身震いする。
「あんな馬鹿を、修行に入れた覚えはねえぞ、イツキ……!!」