ロボットアニメにはまった幼少時から更に前。
"ねじりばね"で飛び出す「ビックリ箱」が、イツキの思い出せる一番古い記憶。
ものを作る、なんて言葉も分からなかった位の話だ。
その記憶が、何故か蘇った。
ミレニアムに復帰した後。
もっと強くならなければと、焦っていたあの時に。
あの日、彼女は自室で思い詰めていた。
(他の全てで、誰に負けたって仕方ない。だけど、強さだけは諦めたくない)
多くの人に迷惑を掛けた自分が、収監もされず、ミレニアムに復学出来た意味。
それは全てのミレニアム生を、降りかかる火の粉から守る為なのだと信じていた。
例え襲い来る脅威が、ネル先輩以上に強い相手だったとしても。
鍛錬の質の向上は望めない。
ミレニアム最強のネル先輩の直弟子。強さを求める者として、これ以上の立ち位置など存在しない。
スケジュールは既に今、使える時間を全て使い切っているような過密さだ。
なら、どうすればいいのか?
鍛錬に費やす時間が自分を強くしてくれるのを、忍耐強く待つしかないのか?
何か自分に残っていないのか?
くべられる燃料、
捧げられる、
何か……
(……………………)
視線を落とした先にある、己の四肢。
自分が捧げられるもの。
とっくの昔から、この体を差し出すことに躊躇いはなかった。
ただ、意味のある捧げ方が分からなかっただけだ。
己の矮小な自尊心、その唯一の砦である改造人間の肉体を、無意味に消費する事等あってはならない。
直後、唐突に頭に過った、幼い頃の思い出。
びっくり箱の"ばね"のことが、何故か頭から離れない。
『――あなたの筋肉は、類稀なバネと柔軟性を秘めています』
【死闘の00】の後、あの試合を見て名指しで会いに来てくれたスミレ先輩は開口一番にそう告げた。
運動理論に造詣が深い彼女との対話は、この身体の更なる可能性と素質への自覚を促してくれた。
時間が無くてトレーニング部への勧誘は断らざるを得なかった。
それでも基礎体力の向上メニューに関しては知恵を貸して貰えるし、希望すれば今でも飛び入りでトレーニングに参加させてもくれる。
(……類稀な、バネ……)
バネとは反発力。
それはつまり、縮めればその分だけ反発するエネルギーを得られるということ。
直線距離を瞬時に詰める必殺の「踏み込み」の時も、自覚なくその力を使っていた。
(……なら、もっと縮めたら)
イツキは躊躇なく己の足の関節を幾つか外し、両手で一方向に捻じってみる。
元に戻ろうという力は両手に感じるも、すぐに骨が邪魔で捻じれなくなった。
(……足りない)
この程度の反発力では全然足りない。
もっと捻じって潰さなきゃ。
そうすれば、更なるエネルギーが得られる。
ビックリ箱の、ねじりばねのように。
これは無闇矢鱈な破壊ではなく、強くなる為の試みなのだ。
筋肉のバネとは、そのねじりばねの事ではない。その事はバカな自分でも何となく分かる。
でも、構わず捻じる。
「……ッ!!」
その時に聞こえる軋みと破砕の音は、決して自分の体から聞こえてはならない音なのだと本能が察する。
関節を外した時とは比べ物にならない痛みで、意思に関係なく涙がボロボロ溢れてくる。
それでも尚、「やらなきゃよかった」なんて感情は出てこない。
「……あは」
それどころか、笑いがこみ上げてくる。
「……いたい……くるしい……」
あってはならない方向に、絞った雑巾のように捻じれ曲がって赤黒く変色した足を見ても、笑みを作る口元の攣りは止まらない。
涙が笑みの形に割けた唇を伝い、顎へと伝って床に滴り落ちる。
「……いたいのが……ある……!」
ずっと取り付かれていた思いがあった。
先生を庇って力尽きてから、今も自分は病室のベッドで寝ているだけなのではないかと。
これまでの全てが、自分の妄想が成した夢なのではないかと。
目が霞んで叫び出しそうなこの激痛が、これが自分にとって都合良く作られた夢ではないのだという自信を与えてくれる。
幸せに怯え疑い続ける彼女の狂気の前では、この行為も頬を抓って現実を確かめるのと変わらなかったのだ。
(そして……もう治りつつある……!)
足を「ねじりバネ」の如く捻じり潰し、それが元に戻ろうとする力を利用して、必殺の踏み込みに更なる推進力を与える。
この暴挙こそが己の活路だと信じてしまったイツキは止まらなくなった。
「……ははっ……!! あはははははははっ……!!!」
試合開幕直後。
ネルは怒りに震えていた。愚行と称する事すら生温く思える、弟子のしでかした暴挙に対して。
跳躍の瞬間、己の脚を自ら捻じり砕き潰す所を、何の前触れもなく目の当たりにしたのだ。
再生するから良いとか、そういう問題ではない。
顔の皮のあちこちが独りでに引っ張られ、怒鳴り散らして吐き出すことを忘れる程の憤怒。
一方、イツキはそのような師の感情には目もくれず、今しがた自らが生み出した土煙を眺めていた。
強すぎる突撃による反動で、スタジアムの屋根に届かんばかりの空中に投げ出された姿で。
(……まさか、これで終わりじゃあないよね?)
コンクリート製の建造物が砕ける強さで一発叩きつけられた位で、ゲヘナ最強が倒れるわけがない。
そして、空中に投げ出された今の自分は格好の的だ。
この絶好の反撃の機会を、ヒナが逃す訳がない。
必殺の踏み込みの為の過剰な集中を解いたイツキは、そんな己のピンチを的確に理解しながら不気味に笑う。
撃たれることを、その痛みを望むかのように。