土煙の中から現れたヒナのミニガンは、空中のイツキに正確に狙いを定めていた。
互いの姿は、その土煙で見えなくなっていたにも関わらず。
跳ね返るように跳びあがる一瞬の姿から、飛距離と落下位置を予測しその先に狙いを定める。
戦いが日常になる程の激務と経験則から為す、凡人には未来予知にしか見えないような離れ業である。
(早くも、想定を超えてきたか……)
何かしてくる予感はあったが、引き金を引くよりも速く突撃してくるとは考えもしなかった。
根拠も前例も存在しない、人間に有りえない挙動を予測できる筈がない。
鍛錬によって可能になる領域を逸脱しすぎている。
撃った銃弾に後から追い付いていたかもしれない速度だったと、ヒナは冷静に分析する。
恐らく何か代償を払ってこの一瞬に賭けたのだろう、という所まで即座に推測していた。
そうして敵の情報をアップデートしながら、手は止めない。
それ程の速度で体当たりを受けたにも関わらず、彼女の体に与えられたのは、土埃の汚れと僅かなかすり傷だけだった。
(……けれど、被害は軽微。ここで蜂の巣に出来れば御釣りが来る)
如何に速くても、宙に浮いている今移動手段はなく、重力に任せて落下するしかない。
ジェットパックの類は持ち合わせておらず、身に着けていたとしても使いこなせない位不器用だということも把握済みだ。
この間に削るのが最善と、今度こそ引き金を引く。
忽ち眼前に弾幕が展開され、最適な偏差射撃を実現したそれは的確に標的へと向かう。
だが、そうして発砲した瞬間、ヒナは微かな違和感を感じ取る。
(今の発砲音……)
その瞬間ヒナの思考が、周囲が緩慢に見えると錯覚するほどに加速する。
聞き慣れた発砲音に、不快な雑音が混じったような気がした。
自分と共にゲヘナで脅威として数えられるほど、苦楽を長らく共にしてきた愛銃。
だからこそ、それが耳をつんざくミニガンの発射音であっても違いは聞き逃さない。
整備不良とは考えづらい。日々の手入れを欠かしたことはなく、昨日までに似たような不調を起こしたことはないのだから。
なら、あの一瞬の接触で銃に何かされたか? それも考えられない。体当たりするだけで手一杯の速度で、その上彼女は不器用だ。
(……銃声じゃ、ない……?)
発砲音の異音ではないのでは、と気づいた途端、ヒナの胸の奥から全身に冷たい感覚が広がった。
この状況、何かあった筈だ。絶対に見過ごしてはならない何かが。
アコにも依頼して徹底的にかき集めた筈の、イツキの情報の中に。
一発一発が只では済まない【終幕:デストロイヤー】の弾丸をモロに食らいながら、こちらを見つめるイツキは不気味に笑んだまま――
自分の頭の中で、自分の声が轟いた。
――逃 ゲ テ ! ! !
何が起きているのか頭の中で言葉になる前に、ヒナは有利な間合いを自ら潰す前方へと駆けだしていた。
最早何の音なのか分かってしまった以上、見えなくても分かる。
発砲音に重ねられ、惑わされた。銃弾を喰らってでも、こちらの判断を僅かでも遅らせる為に。
稲妻の迸るような、炸裂音――あの掌の出現の合図を。
(やられたっ――!!)
振り返ることなく、ヒナは尚も前方へと駆けつつ大きく飛び上がる。
瞬間、足元を青白い稲妻が迸った。
己の背後で地面に叩きつけられているであろう、雷で出来た巨大な掌から。
もしも迎え撃とうと振り返っていたなら、間に合わず直撃を喰らっていただろう。
(あれを出す間は動けない、だったら動けない時に出してくる……分かっていたはずなのに……!!)
セトの腕。
その大きなデメリットは、使用中にイツキは一歩も動けない事。
更に腕輪を攻撃すれば、そのダメージはイツキにもフィードバックされること。
故に、強力だからと矢鱈に出してくることはない。むしろあれを出すように此方からわざと誘い、攻撃のチャンスにすべきだと考えていた。
だが、動けないという事実に目晦ましをされた。
攻撃できる隙を、フリではなく本当の隙として目の前にぶら下げることで。狙いを定めることで視野も狭くなり、察知を遅らせた。
そして、銃を撃たされたことによる反動を制御しながら跳躍するには、自身の銃口を見ながら跳ぶ他なかった。
それはつまり、イツキから目を離したという事。
直線距離だけなら美甘ネルを上回る、最速の改造人間から。
(地上に降りたら不味い――!)
ダメージで動けなくなるような甘い相手ではない。アレは手足が千切れようと笑いながら好機を獲りに来る狂人だ。
事実、視界の端にかろうじて捉えていたイツキの影は轟音と共に消えている。
先読みで銃口を向け返り討ちにするには情報が足りない。
ヒナは片翼が自分を上回る巨大な翼を展開、強く羽搏いて更に地上から離れる。
空中で視野を広げ、飛行手段を持たない相手を見つける為に。
間髪入れず、もう一度強く羽搏く――
「――何故」
左翼の広がった先に、奴の悍ましい狂笑が――
眉一つ動かさず冷静で有り続けていたヒナが、ようやく目を剥き驚いた仕草を見せてくれた。とイツキは手ごたえを感じる。
どうしてこの絶好の位置に、先を読んだかのように跳躍しているんだ、とでも言いたげなヒナの顔。
イツキにとっても、飛ぶ方向迄は賭けだった。運が無ければ見当違いの空中へ無防備に浮かび、今度こそ蜂の巣にされ巻き返せなくなっていただろう。
だが、初めから狙いは羽を出させることだった。
(全部対応してくれると、信じてたよ)
長距離狙撃を受けてもビクともせず、逆に狙撃手の位置を特定し反撃できるほどの防御力と精神力。
ショットガンによる銃を直撃させたところで、まともに削れない懸念があった。
だから、標的と作戦を絞ったのだ。
被弾したところを見た事が無い翼へと。その翼を使う為、広げるようにと。
(本当に、ヴェリタスの先輩達は凄い。私の欲しい映像を、大会まで全部見きれないくらい、部活の片手間で集めてくれて……)
ミレニアム屈指のハッカー集団に対価を支払い注文したのは、「ヒナが自らの翼で飛び立つ所を収めた映像」を可能な限り。
あっという間に届けてくれたそれを、最近のものから数年前に至るまで、時間がある限り全てを頭に叩き込んだ。
要するに、ヒナと同じことをしたのだ。敵の戦い方、動きの分析。
どの姿勢の時に、どの方向に飛ぶことが多いかを。
(――遅いよ)
否、十二分に速い。こちらを撃ち落とそうと、銃口を向けようとする速度は。
でも、ずっと訓練を続けていた相手は、近接戦闘最速のネル先輩なのだ。
高威力故に取り回しの悪いミニガンでは、残念ながら彼女程に機敏に動けていない。
(――ごめんなさい)
イツキは思わず心の中で呟いた。
誰に謝っているのかも分からず、狂気に満ちた笑みを消す気にもなれないままに。
戦車の装甲板を軽々剥がせる手が、ヒナの左翼を握りしめた。