鈍い破砕音。
己の肉体から聞こえてはいけない音だ、とヒナの本能が察した。
左翼はイツキの握り砕いた点を軸に、今まで見た事が無い角度に捻じ曲がっていた。
(折られた……! もう、飛べない……)
右翼は無事だが、片側の翼だけでまともに飛ぶ事等できはしない。
この試合中、飛行は出来なくなったと判断せざるを得ない。
撃たれることとは比較にならない激痛が迸るが、ヒナは状況把握も実際の手も一切を止めない。
こちらが飛べなくなったところで、相手も今空中にいるという事実は変わらない。
初めから飛行手段を持たない相手が空中に居る。
それはつまり、今こちらの攻撃は避けられないということ――
「……逃がさない」
――地上に降り、撤退する余地など与えるものか。
終幕:デストロイヤーから、生半可な遮蔽物など物ともしない暴風が放たれた。
紫色の光を纏う鉛玉の嵐。
拡散された中の一部で有ろうと、浴びれば並大抵の相手は瞬時に再起不能になる威力を誇る。
それが零距離で放たれ、拡散する前の全ての弾と光を食らったイツキが、耳を覆いたくなるような爆発音と共に地上へと吹き飛んだ。
(今のを生身で食らって、立ち上がれる生徒は風紀委員にも居ない)
扇形に拡散させ、複数の敵を一網打尽にするのが通常の使い方である。
それらが収束された一撃をたった一人に浴びせるなど、本来ならそれだけで度を超えた蹂躙。
客観的な事実としてこれを理解していながら、地上に落下するヒナは追撃の手を緩めない。
イツキが吹き飛び激突した地上へ、雨霰と弾丸をばら撒き続ける。
(……でも。あなたは違う)
容赦がない、と。無慈悲な追撃を眺める観客のゲヘナ生達は、己が制圧された時の恐怖を思い起こし身震いした。
仮に受け答えの余裕がこの時のヒナにあれば、そのような声に対し、何故容赦をする必要があるのか、と言っただろう。
今攻撃の手を緩めてしまえば、着地の瞬間の隙を晒してしまうのは此方だ。
ヒナの読み通り、イツキは決して小さくないダメージを負いながらも身のこなしに精彩を欠いてなどいなかった。
弾丸の嵐に薙ぎ払われた勢いのまま、地上に叩きつけられる瞬間に自らも地面を叩いて更に加速、ヒナから距離を離すことに利用する。
間合いが広ければ射程距離の広いヒナが有利とはいえ、距離が開けば単純に弾1つ1つの攻撃力の低下は免れない。
着地したヒナが、引き金に掛かる指を緩める。
距離・威力・命中率を考慮し、これ以上は無駄だからと射撃を止めた。
無論、油断なく銃口をイツキに向け牽制も抜かりない。
イツキも弾が止んだからと更なる突撃は敢行せず、足を大幅に開いた前屈みの体勢でヒナを睨みつけ静止する。有事の際はいつでも「四つ足」で駆けられる構えだ。
見た目に出る程ではないものの、ノーガードで繰り返し浴びた弾丸のダメージは、無視できない程蓄積している。
もう先程までのような、只無謀な突撃のカードは切れない。
「改造人間。少しばかり、その認識を改めなければならないようね」
互いに、下手に動けば隙を晒しかねない膠着状態となった直後、ヒナが話を切り出す。
「……どういう意味?」
イツキは警戒しつつも、その話自体に殺意じみた意図が無いことを感じて、仕掛けることなくそのまま応じた。
「最初の突撃。アレは改造された時点で出来ていた芸当ではないのでしょう? でなければ、突撃の直後に変化した、あなたを見る『師匠』の激怒の感情の説明がつかない」
(……私と戦いながら、そこまで見えていたのか)
ネルが自分のしでかしたことを見て激怒しているのは、イツキも知っていた。
それどころか、このやり方を思いついた時からこうなるだろうと想定していた。
賞賛されることは100%ないと分かっていて、それでも披露したのがあの脚を捻じり砕いての突撃だ。
ヒナには当然のように、戦闘に関係ない筈の観客席の人物の表情まで見えている。
彼女は戦いながら、そこまで広大な視野を維持できるのだと知ったイツキは舌を巻く。
セトの腕で死角を突いたあの作戦は、どうやら相当危ない橋を渡っていたようだ、と。
「トリニティの戦略兵器に次ぐ再生能力、それも見たことで確信した。あなたは失った手足を外付けして驚異的なパワーを手に入れた、それだけの改造人間ではない」
風紀委員の力を動員した情報収集。
それでも実体を捉えきれずにいたイツキの狂気の形が、ヒナには今ここではっきり見えていた。
「あなたは自分を自分で壊し、組み立て、改造し続けている。自傷と言う言葉すら、生温いやり方で」
呆れとも哀れみともとれる声色でヒナが告げると、睨みつけ強張っていたイツキの顔色が変わる。
顔を横に切り分けるように大きく裂けた、気色の悪いと言わざるを得ない笑みへと。
「……流石ですね。全てあなたの言う通りです」
「……敬語は止めろと言ったのを忘れたのかしら」
「ご期待に沿えず、私も残念です。でもやはり、あなたは私にとって、見上げるべき遥か高みにいる。対等な口は聞けません」
屈んで頭が低くなっているため、イツキは自然と上目遣いになる。
だがそれは、子供が甘える時のような愛らしいものではない。
「だからこそ、私も全てを出し尽くすことが出来る。心置きなく、バラバラに分解しにいける」
苦しむ患者が白目を剥いているような目つきに等しい、悍ましいものだった。
ヒナは彼女の左右で色の違う瞳を、冷めた目で臆することなく見つめ返す。
「あなたの期待なんてどうでもいい。――けれど忠告しておくわ。あなたは1つ、致命的な勘違いをしたままでいる。それに己で気づけなければ、望みは叶わない」
「言っていることが分かりませんが。どうやら、捧げものが足りなかったみたいですね」
「――その捧げものを、履き違えている。私から言ってあげられるのはここまでよ」
何かを盲信し、盲信する自分に酔ったまま嬉々として破滅していく者達。
かつてヒナが「終わらせた」彼女達の面影が、眼前の改造人間に重なった。