聖女にTS転生したつよつよ死霊術師は、かつての仲間を曇らせる。   作:モツゴロウ

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至高の死霊魔術師、ネロ・ヴァーミリオンの人生

 

 突然だが、私は転生者である。

 前世の名をネロ・ヴァーミリオンという。

 死霊魔術を極め、そして屍王と恐れられることになった……まぁそれなりに有名だった男だ。

 

 しかしどうやら死霊魔術は人間にとって禁忌であったらしく、私は最果ての地へ追放されてしまう。

 

 全く、死霊魔術の素晴らしさが分からないとは。勿体無いかぎりだ。

 

 だから私は、私だけの理想の国を作ることにした。

 アンデッドだけで構成された死者の国を。

 

 そうして約1000年ほどの年月をかけ、ついに私は理想の国を作り上げることができた。

 

 私はその国を【死者の楽園(エリュシオン)】と名付けた。

 

 その国は人間からすると()()のような――つまり、私にとってはまさに()()のような国だった。

 

 死者ならどんなものでも受け入れ、仲間とした。

 ――それがかつて邪神と恐れられたものであっても、身一つで国を滅ぼした精強な戦士でも、魔女と恐れられた至高の魔法使いであっても、だ。

 

 彼らと過ごす日々は平穏で、暖かくて、かけがえのないものだった。

 

 だがしかし、そんな安寧の日々は終わりを告げる。

 

「ネロさま……死なないでくださいネロさまぁ……!」

 

 床に伏せる私を、たくさんの仲間たちが悲しそうに見つめている。

 涙を流しながら私に縋り付いているのは、ネフィ―リアだ。

 彼女との付き合いは特に長かったから、私も別れが名残惜しい。

 かつて災厄の魔女として恐れられたネフィ―リア。そんな過去も、ここ【死者の楽園(エリュシオン)】では関係がない。一人の仲間として、私は彼女と関係を深めてきた。

 

「泣き止みなさい、ネフィ―リア。そんなことではネロ様が安心してあちらに行けないでしょう」

 

 そう言ってネフィ―リアを窘めているのはツバキ。

 かつて東方の果てにあるとされる国の、たった一人の生き残りだ。

 普段は真面目でなにごとにも動ずることのないツバキだが、その瞳は不安そうに揺れていた。

 

「泣くな、二人とも。……ゴホッ」

 

 咳と同時に、赤い血が手のひらを染める。私はそれを二人に見られないようにそっと隠した。

 死霊魔術を極めたとはいえど、私は普通の人間だ。寿命には逆らえない。

 人としては長生きをしたはずだが、それはあくまで人間として。彼らは永久を生きるアンデッドである。

 

 そんな私たちに別れがやってくるのは、必然と言えた。

 

「人間としての寿命がきただけだ。いつかきっとまた逢える……」

 

 身体を起こそうとしてみるも力が入らない。そんな私の痩せ細った手を取り、ネフィーリアは涙を流した。

 

「いつかっていつですかぁ……うぅぅぅっ……」

「必ず会いに行きますからね、ネロ様」

 

 死霊魔術を極めた私でも、ついに死を乗り越えることはできなかった。死にたくないわけではない。死への恐怖などとっくに克服していた。

 

 ただ一つ。

 仲間たちとの別れだけが私の心を苦しめた。

 床に伏せる私を悲しげに見つめる仲間たちの瞳が、なによりも辛かった。

 

 もう一度、彼らと会いたい。

 そう願った私は死の間際、ひとつの魔術を完成させた。

 

 それは世の理を少しだけ捻じ曲げた、輪廻転生の魔術。

 魂をもう一度現世に引き戻し、新たな生を得られるという、死霊魔術の真髄とも言える魔術だった。

 

 今世では死を乗り越えることはできなかったが、私は諦めていない。

 次の人生では必ず、究極の死霊魔術を完成させ、そして今度こそ永遠の楽園を作り上げてみせる。

 

 そんな決意を持って、私の――ネロ・ヴァーミリオンとしての()()人生は幕を閉じた。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「リリシアさま、起きてください、朝ですよ」

 

 声がする。

 ()()名を呼ぶ声だ。

 

「……ぅぃ」

 

 その声に、懐かしい夢から醒める。

 目の前には澄ました顔のメイドが立っていた。

 

「今日は朝から神聖魔術の訓練と、お昼からは孤児院への慰安がございます」

「ぁぃ」

 

 ぼんやりとメイドの言葉を聞きながら、思考を整理する。

 

「……もう、しっかりしてください。神託の儀式が終わって、正式に聖女として認められたのですから、そんなことではいけませんよ」

 

 ――ああ、そうか。

 私が生まれ変わったのは()()なのであったな。

 

「ぅぃ〜」

 

 寝ぼけ眼を擦りながら返事をする。自分で言うのもなんだが、消え入るくらい小さな声だった。

 仕方がないだろう、私は人間が嫌いなのだ。返事をするだけでもありがたいと思いたまえ。

 

 私を起こしにきたこのメイドは、ファリィという。

 今世で心を許している、数少ない人間だ。

 

 そして、私の名はリリシア。

 リリシア・リゼガルド。

 リゼガルド神聖帝国の第四王女にして、聖女(見習い)である。

 

「さ、着替えますよ。ほら起きてください」

「……ぅぃ」

 

 起き上がると、テキパキと服が脱がされていく。

 朝は苦手である。だから身の回りのことはファリィに任せている。

 

「はい、終わりましたよリリシアさま。そろそろ起きてください」

「ぅぃ〜」

 

 仕事が早いファリィのことは気に入っている。

 いや、人間は嫌いなのだが、それはそれとして使える人間は使うのが私の主義なのだ。

 

「それじゃ参りましょうか」

 

 重い足を引きずりながら、ファリィに連れられて部屋を出る。これから向かうのは神聖魔術の訓練だ。

 

 豪華絢爛な装飾で飾られた廊下を渡り、通りすがる兵士たちから様々な感情が込められた視線を向けられながら歩く。

 

 窓から差し込む朝日が眩しい。前世では常夜の国で生活をしていたから、いまだに太陽の光は苦手だ。

 別に消えてなくなったりはしないが、積極的に浴びたくはない。私は夜型人間なのだ。

 

「さ、着きましたよリリシアさま」

 

 訓練場に到着したころ、やっと目が覚めてくる。

 ファリィの方を見ると「やれやれ」といった風に首を振っていた。

 

 ……くそ、やはり人間は苦手だ。私を侮っている気がする。貴様のような人間など、私にかかればあっというまにゾンビなのだぞ?

 

 そんなどうでもいいことを考えていると、一人の人間が部屋に入ってきた。

 

「おはようございます、リリシア。……相変わらず眠そうですね。ちゃんと寝れていますか?」

「ふぁぁ」

「大丈夫ですアイリスさま。リリシアさまはただ朝に弱いだけですので」

「ならよいのですが……」

「ほらリリシアさま、欠伸で返事をしないでください。ではアイリスさま、今日もよろしくお願いしますね」

 

 ファリィはぺこりと頭を下げると、後ろの方の席に腰掛けた。彼女はいつも訓練が終わるまでああやって待ってくれている。

 

「さて、今日も訓練を始めますよ。ほら、しっかり目をあけてください」

 

 そう言って教壇に立ったのは、この国の第二王女、アイリス・リゼガルド。

 私の神聖魔術の先生でもある。

 

 切り揃えられた銀髪と少し吊り目な瞳が、やや冷たい印象を抱かせる。

 いわゆる美人……なのだろうが、あいにく私には人間の美醜が分からない。

 

 ちなみにアイリスは17歳で、私は13歳だ。少し歳の離れた妹といったところだろうか。そのせいもあって、アイリスは過保護ぎみである。

 

「ほらリリシア。まずは杖をかざしてください。……聞いているのですか? ほら、こうやるのです」

 

 アイリスに支えられながら、私は愛用の杖をかざす。

 正直、神聖魔術には興味がないしやる気もない。だからいつも適当に授業を受けているのだが、アイリスはめげずに教え続けてくれている。

 

「むむむ」

「いい感じです、リリシア!」

「むむむぅ……」

 

 言われた通りに杖に魔力を込めてみる。

 すると杖の先のクリスタルからぼんやりと癒しの光が溢れ出した。……ほんの少しだけ。

 これでは乾燥した唇が潤いを取り戻すくらいの効能しかないだろう。

 

 だが、そんな私のしょぼい神聖魔術をアイリスはまるで天才かのように褒めてくれる。

 期待されても困る。私が極めたいのは神聖魔術ではなく、死霊魔術なのだ。

 

 見ての通り、私に神聖魔術の才能はない。というよりは、聖女なら持っているはずの神聖力が致命的に少ない。

 

 アイリスにつきっきりで教えてもらっている今でも、せいぜい小さな切り傷を癒すくらいの治癒魔法しか使えない。

 熟練の神聖魔術師は欠損部位すらも再生するというのだから、私の才能のなさが分かるだろう。

 

 三人の姉たちはどうやらみな神聖魔術の天才らしい(もちろんアイリスも)。

 

 要するに、私は聖女として落ちこぼれというわけだ。

 

「リリシア? もしかして寝てませんか?」

「…………」

 

 本当であれば神聖魔術ではなく、死霊魔術の訓練をしたいのだが、困ったことにこのリゼガルド神聖帝国では死霊魔術を使うことはできない。

 

 いや、出来ないというと少し違うのだが。

 

 この国に貼られている防護結界は闇属性の魔力を感知する。

 小さいころそのことを知らずに死霊魔術を発動させたときは、ちょっとした騒ぎになった。それもそのはず、一番厳重な防護体制が敷かれている王宮のど真ん中で闇魔術が行使されたのだ。

 

 クーデターだの、邪神の復活を目論むカルト教団の儀式だのと色々な説が流れたが、まさか聖女である私が闇魔術を使ったなどと誰も思わなかったらしく、犯人は見つからないまま事件は闇に葬られた。

 

 しかしそのあと王宮の警備はさらに厳しくなり、この国では死霊魔術の研究はおろか、練習すら出来なくなってしまったのである。辛い。

 

 そんな過去の失敗を思い出しながらしばらく無心で訓練を続けていると、アイリスが「そろそろ休憩にしましょうか」と切り出した。

 ちょうど神聖力が切れかかっていたので有難い。はぁ、疲れた。

 

 私はゆっくりと杖を下ろし、近くの椅子に腰掛けた。

 それを見て、ファリィがすぐさま机の上におやつを準備してくれる。ふむ、なかなか美味そうなお菓子だ。

 なにを食べても美味いことが、今世に生まれて唯一良かったことかもしれない。半分アンデッドになっていた前世では、味覚がほとんど失われていたからな。

 

 私は焼き菓子をつまみながら、窓の外を眺める。

 窓からは近くの森が見えた。あそこはリゼガルドの結界が及ばないらしく、魔物やアンデッドが出るらしい。

 

 素晴らしいではないか。ぜひ住んでみたいものだ。

 

「そういえば最近、近くの森の様子がおかしいみたいなんです」

 

 いつのまにか隣に座っていたアイリスが、心配そうに呟いた。顔だけをそちらに向けて、続きを促す。

 

「なんでも、魔物の変死体があったとか。アンデッドも活性化しているみたいですし……」

 

 ――なに、アンデッド!?

 それも活性化しているだと!?

 

 思わずガタッと立ち上がる。

 それを見たアイリスはなにを勘違いしたのか、「ご、ごめんなさい、怖かったですよね」と私の頭を優しく撫でた。

 

 いや、怖がってなどいないが!?

 アンデッドに興味があるだけだが!?

 

 と、反論したくなる気持ちを抑えつつ、私はもう一度窓の外を眺めた。

 

 言われてみれば確かに、なんらかの闇魔術の残滓を感じる。それもかなり高度で、緻密な術式だった。私でも気をつけないと分からないくらいだ。

 

「リリシアは絶対に行っては行けませんよ? 貴女はまだ浄化魔法が使えないんですし」

 

 そんなアイリスの小言が聞こえないくらい、私の胸は高鳴っていた。

 まさか、こんな近くに我が【死者の楽園(エリュシオン)】の足がかりがあったとは……! 灯台下暗しとはまさにこの事である。

 

 ああ、あの森に早く行ってみたい。

 アイリスに頼み込んだら連れていってくれないだろうか。

 

「ねぇおねえちゃん、私あそこに行ってみたい」

 

 私は猫撫で声で言ってみる。アイリスはそんな私を見て目を見開いていた。普段ほとんど話さない私がいきなり話したことに驚いているのだろうか。

 ちなみに今世ではなるべく怪しまれないように、普通の女の子のような話し方をしている。あまりにも違和感があるから、普段は無口なのだ。

 

「……ほんとうに話、聞いてましたか? アンデッドがたくさん出るんですよ? そんなところに連れて行けるはずないでしょう」

「そこをどうにか」

「無理なものは無理です。せめて浄化魔法が使えるようになってからじゃないと連れて行くことはできません」

「ぐぬぬぅ」

 

 私は唇を噛んだ。

 よし、やるか神聖魔術。

 私にかかれば神聖魔術など余裕で覚えられるはずだ。

 なにせ私は魔術の天才。死霊魔術を極めしものなのだからなぁ……!

 

 

 

 

 

 

 ――そう思っていた時期が私にもありました。

 

「ふんぬぅぅぅ」

 

 あれから数日。私は訓練場で必死に訓練をしていた。

 

 全力で杖に魔力を込める。

 ……が、杖から出るのはほんの少しの光だけ。これではネズミのアンデッドくらいしか浄化できないだろう。

 

 ――おいおい、神聖魔術とかいう魔術、むずすぎないか?

 こんなのよっぽど才能がないと、使えるようにならないのではないか?

 

「やっと私の気持ちを分かってくれたのですねリリシア……ぐすっ」

「リリシアさま、すごいですぅ……!」

 

 訓練している私の隣では、アイリスとファリィが涙を浮かべていた。

 いや、聖女になるつもりなんてないが。ただ私はあの森に行ってみたいだけで。

 

「ぜぇ……ぜぇ……」

 

 ダメだ、視界が暗くなってきた。このままだとぶっ倒れてしまいそうだ。

 神聖力は生命力の一部。切らしてしまうと恐ろしいほどの虚脱感に襲われる。

 

 でも諦めるわけにはいかない。

 私はなんとしても【死者の楽園】を再建しないといけないのだから。

 

 みんなとの約束を、必ず果たす――

 

「ちょ、大丈夫ですかリリシアさまっ!?」

「リリシア!?」

 

 ――その日私が見た最後の光景は、二人が全力で駆け寄ってくる姿だった。

 

 

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