聖女にTS転生したつよつよ死霊術師は、かつての仲間を曇らせる。   作:モツゴロウ

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蠢動する闇

 

 目覚めると自室のベッドの上だった。

 神聖力切れでぶっ倒れた私を誰かが運んでくれたらしい。ファリィだろうか。彼女はああ見えて力が強いからな。だから逆らえないんだが。

 

「目が覚めましたか、リリシアさま。これ、お水です」

 

 ぼんやりと天井を眺めていると、水をお盆に乗せたファリィが心配そうな顔でやってきた。

 

「あのぉ。お昼からは孤児院への慰問ですけど……いけます?」

 

 水を渡しながらおずおずと口を開くファリィ。

 ふむ、慰問か。私の一番嫌いな時間だ。ただでさえ外は嫌いだというのに、人間とも会わなければならないのだ。苦痛極まりない。

 

 それに今日は疲れた。

 よし、サボろう。うむ、それがいい。

 

「…………無理。しんどい。絶対に無理」

 

 今にも死にそうな顔を作ってそう言うと、ファリィはゆっくりと近づいてきて私の額に手を当て、

 

「はい、大丈夫そうですね」

 

 と、バッサリと言い切った。

 リリシアはもともと呪いのせいで虚弱体質だったから私も虚弱キャラを演じてきたのだが、長い付き合いのファリィにはもう通用しなくなってしまったらしい。

 

 昔は「だ、大丈夫ですか? ゆっくり休んでくださいね?」と心配されたものだが。ファリィよ、変わってしまったな……。

 

 だがサボりたい気持ちは変わらない。

 どうして私がわざわざ外に出向いて人間の子どもに笑顔を振り撒かないといけないんだ。せめて夜にしてくれないか。

 

「いやだいやだいやだいやだ」

 

 ベッドに転がりながら布団にくるまり、今日はもう動かないという姿勢を見せると、ファリィはため息をついた。

 

「もう、リリシアさま。嘘ばかりついているとエリュシオンに連れて行かれますよ?」

 

 ……なんだって? エリュシオンだと?

 私の耳がおかしくなっていないなら、ファリィは間違いなく私の愛した国の名前を口にした。

 

「ファリィ。エリュシオンとはなんだ?」

「え? 知らないんですか、リリシアさま。おとぎ話に出てくる死者の国ですよ」

「死者の国?」

「はい。エリュシオンというのは大昔に存在した死者の国で、嘘つきや悪いことをした人はそこに連れて行かれるんです」

 

 ほう、なるほど。

 どうやら子どもに言い聞かせるようなおとぎ話の中に、エリュシオンの名前が登場するらしい。

 まさかそのような形でエリュシオンの名が残っているとは、なかなか感慨深い。

 

「そこにはたくさんの悪魔や死神がいて、人間の魂を食べてしまうんです。リリシアさまもそんなふうにダラけてばかりいたら、エリュシオンに連れて行かれちゃいますよ?」

 

 だが……なんだろう。悪いイメージのほうが先行していないか?

 エリュシオンには嘘つきや悪行を為した者など一人としていないが? それに人間の魂など食べたりもしない。あんな不味いもの、誰が好んで食べるというのだ。

 

 というか、子どもに言うような話なのではなかったか? まさか私のことを子ども扱いしているなんてことはないだろうな?

 

 そんな私の気持ちを無視して、ファリィは続けた。

 

「――その中でも一番恐ろしいのが……【屍王】と呼ばれる死者の王です。名前を呼ぶだけでも不幸が降りかかるとされていて……」

 

 そこまで言うと、ファリィはぶるりと身体を震わせた。

 ほほう、どうやらこの時代では私は恐怖の対象になっているようだな。

 ……まあ、名前くらいは言ってもいいのではないか? 別に私は不幸を振りまいたりはしないぞ。

 

「というわけで、サボりはよくありません。それも仮病なんて」

 

 いや、サボっているだけでエリュシオンに行けるなら、私はそれが本望なのだが……。

 

 それに仮病ではない。真剣に、真面目に面倒くさいのだ。訓練で疲れてもいるしな。

 が、わがままばかり言っていても仕方がないのも事実。私は重い腰を上げ、布団からのそのそと這い出て準備をすることにした。

 

 クローゼットの前に立つと、ファリィがお気に入りの真っ黒なドレスを着付けてくれる。

 周りからは聖女らしくないと不評だが、私は黒が好きなのだ。これだけは譲れない。黒、カッコよくないか?

 

「それじゃ行きましょうね〜。ほら、手を繋いでください」

「…………」

 

 やはり子供扱いされている気がするが、まぁ良い。私は寛大な死者の王。このくらいで目くじらを立てたりはしない。

 

 それにまぁ、ファリィには普段からお世話になっているからな。やりたいようにやらせよう。わざわざ人間の機嫌を損ねることはしないのが、前世から学んだ私の流儀なのだ。

 

 

 

 ◇

 

 

 

「あつい……溶ける……」

 

 準備を終え外に出ると、太陽の光に立ちくらみがした。

 まぶしい。ああ、どうしてこの世界はこんなにも明るいんだ。

 

 私は太陽から逃げるように、準備されていた馬車にさっさと乗り込む。ファリィは私の隣に腰を下ろし、取り出したハンカチで私の額に流れる汗を拭ってくれた。

 

 そのまま身を任せていると、馬車が動き出した。ゆっくりと窓の外の景色が流れていく。

 

 私が訪問しているのは、王宮から一番近くの孤児院だ。だいたい十分ほどで着く距離にある。

 

 訪問はだいたい二十分ほどで終わるのだが……まぁその間がとにかく辛い。なにせ私の嫌いな人間がたくさんいるのだ。

 だから私はいつも適当に突っ立って、ただ時間が過ぎるのを待つことにしている。

 

「着きましたよ、リリシアさま」

「ぁぃ」

 

 しばらくぼんやりと流れて行く景色を眺めていると馬車がゆっくりと停車した。どうやら着いたみたいだ。

 

 馬車を降りると、一人の修道女が出迎えるように孤児院の前に立っているのが見えた。

 

「ようこそおいでくださいました、リリシア様。今日もよろしくお願いいたします」

 

 そう言って頭を下げたのは、この孤児院を運営しているリィンという修道女だ。私が名前を覚えている数少ない人間でもある。

 

「あ、リリシアさまだーっ!」「ホントだ! リリシアさまー!」

 

 孤児院の扉を開けて中に進むと、孤児院の子どもたちがわらわらとやってきて私を取り囲んだ。

 リィンは必死に「こら、みんな落ち着きなさい」と声を掛けているが誰も気にしている様子はない。

 

「ぅぐぅ」

 

 そのまま子どもたちに取り囲まれ、私は揉みくちゃにされる。いつものことながら、子どもたちの勢いがすごい。

 私の背丈が子どもたちと変わらないせいで、抵抗もできない。年齢は私の方が上なはずだが。私の成長期はどこへ行ったのだ……。

 

「リリシアさまは今日もかわいいね!」「今日も真っ黒だけど、それも堕天使みたいでかっこいい!」「髪もサラサラ〜」

 

 私を取り囲んでいる女児たちが騒ぐ。反対に、男児たちは遠巻きに私を眺めているだけだ。どうやらそれなりに分別があるらしい。

 

 黙って立っているだけなのにこの盛り上がりようなのは、さすがは聖女といったところか。この国での聖女人気がよく分かる。

 

 私が落ちこぼれ聖女であることも、子どもたちには関係がないらしい。

 聖女は聖女、ということなのだろうか。……いや、単純に背が小さいから舐められているだけなのかもしれないが。

 

 それに、堕天使さまみたいだと言われても何も嬉しくはない。褒めるなら「悪魔」だとか「死神」だとか「魔王」といって欲しいところだ。

 まぁ、センスは認めてやらんでもないが。

 

 そのあとはいつものように黙って突っ立って子どもたちをやり過ごし、一緒に歌やら食事やらをして時間が過ぎるのを待つ。

 

 きゃいきゃいとはしゃぐ子どもたち。そしてその輪の中で無言で立ち尽くす私。なんだこれ。

 

 ふと、かつて私の周りにいた仲間たちのことを思い出した。彼らはいつも私のそばにいて、苦楽を共にしたかけがえのない仲間たちだ。

 

 ああ、懐かしい。

 彼らの顔は今でも鮮明に思い出せる。

 

「リリシアさまが笑ったーー!!」

「ほんとだ!?」

「すごーーい!」

 

 周りの子どもたちが騒ぎ出す。

 どうやら自分でも気づかないうちに笑っていたらしい。ふん、そんなに私の笑顔が珍しいか。せいぜい脳裏に焼き付けるのだなぁ……!

 

「ひいいい」

「こわいよぉ!」

 

 ――いかんいかん、気を抜くとつい邪悪な笑みになってしまうのだった。聖女らしい笑みを心がけないと。

 

 

 

 

「本日は本当にありがとうございました。子どもたちのあんな笑顔は初めて見ました」

 

 長い長い、永遠にも思えた慰問を終えぐったりしていると、リィンが私に近づいてきて礼を述べた。その顔には優しい微笑みが浮かんでいる。

 

 私は無言で頷いた。ふん、私にかかれば人を笑顔にするなど朝飯前よ。だから次の慰問は一年後でお願いします。

 

「ぜひ、またよろしくお願いしますね」

 

 そう言い残して、リィンは孤児院の中へ戻っていく。また? またとはいつだ?

 

 疑問に思っていると、上機嫌そうなファリィがやってきて、

 

「おつかれさまでしたリリシアさま。次の慰問は一週間後ですよ」

 

 と言って私の手を握った。

 

 ――ああ。

 この世界はどうして、こんなに私に厳しいのだろう。

 

 絶望と共に、私は馬車に乗り込むのだった。

 

 

 

 

 ◇

 

 

 

「このあたりか? 異常があったというのは」

 

 深夜。

 数人の騎士がランプの灯りだけをもとに、夜の森を進んでいた。

 

 彼らは、森で発生した異常の調査のために派遣された調査団だ。

 

 率いているのは、リゼガルド聖騎士団第二師団隊長、クローウェル・アンバー。若くして師団長まで駆け上がった、新進気鋭の騎士である。

 

「はっ。先日、ここでシルバーウルフの腐乱死体が発見されました」

「三日前だったな?」

「はい。あの木の下です」

 

 部下の騎士が、大木の根のあたりを指差す。

 

「他の魔物に食われたのではないのか?」

「いえ……。私は直接見ていませんが、どうやらその死体は異常だったようで」

「異常、ねぇ……」

 

 クローウェルはかがみ込み、死体があったとされる場所を検める。ランプでそこを照らすと、異常さが浮き彫りとなった。

 

「これは……」

 

 ――死体があったであろう場所の雑草だけが、不自然に枯れている。さらに土は何かが焼かれたように黒ずみ、どろりとしたぬかるみのようになっていた。

 

 その異様な光景にクローウェルは顔を顰める。

 

「死体は回収したのか?」

「いえ、回収しようとしたのですが、その……」

「なんだ?」

「……触れると同時に、跡形もなく崩れていったのです」

「崩れて……?」

 

 クローウェルは顎に指を当てて考え込む。

 腐乱した死体。枯れた草、腐敗した土。それらの事実から、クローウェルは一つの考えに思い至った。

 

「恐らくだが、ここでなんらかの闇魔術が行使されたようだな」

「なっ……!?」

 

 その言葉を聞いた隊員たちはどよめく。

 神聖なる王都の近くで、闇魔術が行使された。その事実は彼らを動揺させるに十分だった。

 

 その中で唯一、クローウェルだけが落ち着いていた。

 彼はまだ若いが、知識と経験は豊富だった。特に魔術については、士官学校で主席の成績を修めるほどの秀才。

 

(それだけじゃない。これはかなりの高位魔術だ……。これだけ時間が経っているのにも関わらず、魔力の残滓が残っているのはおかしい……)

 

 これほどの闇魔術が行使されたという例は少ない。

 クローウェルは記憶を遡る。思い当たるのは、今から7年前の、王宮内で黒魔術が行使されたあの事件のことだった。

 

(あの時と同一犯なのだろうか……?)

 

 闇魔術の使い手は、この時代にはほとんど存在していない。現にクローウェルも、闇魔術を実際に目にしたことはなかった。だから彼はそう予想したのだった。

 

 ――これほど近くに、闇魔術士がいる。それもかなり高位の。

 

 クローウェルの背筋に、冷たい汗が流れる。

 

「隊列を組み直せ。最警戒で城に戻るぞ」

「は……はッ!」

 

 クローウェルの一声で、隊員たちは夜の森を引き返していく。彼らの胸の中を満たすのは、言い知れぬ不安だけであった。

 

 …………

 ……

 

 ――どろり。

 彼らが立ち去ったあとの夜の闇に、影が蠢く。

 初めは不定形の影だったそれは、まるで生き物のようにウネウネと地面を這い回り、やがて一つの形を取り戻していく。

 

 それは人型の影だった。

 吸い込まれそうな、暗い闇。

 周囲の地面は腐敗し、濃い瘴気が空気に混じりだす。

 

「ああ、ネロさま……」

 

 女の声だ。

 地獄の淵から響くような、凍てついた声。

 だが、その声は悲しみの色を含んでいた。

 

「どちらにいらっしゃるのですかネロさま……会いたい……ネロさまに会いたい……」

 

 ――影が発した声は、誰の耳にも入ることなく夜の森に溶けていった。

 

 

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