聖女にTS転生したつよつよ死霊術師は、かつての仲間を曇らせる。   作:モツゴロウ

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呪いではなく、呪い

 

 私が聖女リリシアに生まれ変わってしまったのには理由がある。

 

 輪廻転生魔術によって魂だけの存在となった私がこの世界にやってきたとき、まだ子供だったリリシアは闇魔術による呪いによって死の危機に瀕していた。

 

 それは大した呪いではなかったが、幼いリリシアにとっては避けられない死をもたらすものだった。

 

 事実、もう先は長くないと周りの人間は諦めていた。

 半年ほど寝たきりだったらしい。意識もなかった。

 

 ちょうどそのタイミングで、この時代に私の魂がやってきた。そしてリリシアにかけられた闇魔術に引き寄せられるように、その肉体に宿ってしまったのだ。

 

 目が覚めたとき、私は驚いた。

 なにせ聖女に生まれ変わっていたのだ。

 

 普通ならそんなことはありえない。

 だが、リリシアは聖女でありながら神聖力を持たなかった。だから、闇属性たっぷりの私でも憑依できてしまったのだろう。

 

 それが今から三年前ほどのことだ。当時リリシアは十歳だった。

 

 にも関わらず、死の危機から脱したことを喜んでいたのはアイリスとファリィだけ。どうやらリリシアは家族にあまり愛されていなかったらしい。……その点は人間嫌いの私にとって好都合だったが。

 

 呪いによって深刻なダメージを受けていたリリシアの魂は一度私が封印し、反魂の魔術によってゆっくりと解呪と治癒を試みている。

 私にとっては大した呪いではないのだが、リリシアのまだ未熟な魂にとっては別である。いきなり解呪をしてしまうと、間違いなく魂ごと砕け散ってしまうだろう。

 

 ……全く、世話の焼ける。

 だがあと数年もすれば完全にリリシアの魂は快復することだろう。そうしたら、私はリリシアにこの肉体を返し、他の肉体に乗り移るつもりだ。

 

 この肉体は、死者の王の肉体にはふさわしくない。

 死者の国の王は、もっとこう、おどろおどろしくて……誰もが恐怖するような存在でなければならない。決して小柄な女ではないのだ。

 

 そして、この世界に生まれ変わって気づいたことがある。

 

 どうやら私が生きていた時代に比べて、闇魔術がかなり衰退しているようなのだ。

 反対に、神聖魔術はかなりの発展を遂げていた。少なくとも私が生きていた頃には、欠損した身体を再生させるような治癒魔術は存在しなかった。

 

 ――私が死んだのがリーン暦789年のことで、今が1901年。

 

 ()()()千数百年の間に、いったい何があったのだろうか。

 まあ、わざわざ調べる気はないが。そもそも調べる方法もない。

 

 私にとってリリシアは仮宿のようなもの。

 私はエリュシオンさえ再興できればそれでいいのだ。

 それ以外のことなど、まったく興味がない。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 久しぶりの慰問で疲れ果て爆睡していた私であったが、外の騒がしさに朝早くに目が覚めた。

 

「ふぁぁ」

 

 廊下の方からたくさんの足音と声がする。

 普段は不気味なくらいに静寂が漂っているというのに、いったい何事だろうか。

 

「……まぁいい、寝るか」

 

 身体を起こししばらく考えた末、私はもう一度ふかふかの布団に潜り込んだ。

 

 どうでもいいし、今出ていくと面倒ごとに巻き込まれそうな気がする。私の予感はよく当たると評判なのだ。前世でもよく当てていて、みなに感心されていた。

 

 おそらく、第六感というやつなのだろう。エリュシオンで生者は私一人であったから、この感覚自体が珍しいものであったという可能性もあるが。

 

 まぁ、なんにせよ平和が一番――

 

「大丈夫ですかリリシアぁぁッ!!?」

「!?!?」

 

 その声に私は飛び起きた。

 

 お、思わず心臓が止まりそうになったではないか。あやうく二度目の死を体験することになるところだったぞ。

 

 バクバクと高鳴る心臓を抑えつつ起き上がると、そこにはパジャマ姿のアイリスが息を切らせて立っていた。鼻からは血が垂れている。来る途中で転んだのか?

 

「い、生きてますよね?」

「ぅ、ぅぃ?」

 

 肩をがっしり掴まれる。いきなりどうした。

 確かに寝起きの私は生気がないと評判だが、死を疑われたのは初めてだぞ。

 訳がわからないがアイリスの目が血走っていて怖いのでとりあえず首を縦に振る。するとアイリスは安心したように息を吐き出した。

 

「よ、良かったです。リリシアになにかあったらと思うと……うぅ」

 

 全く事情は飲み込めないが、とにかくなにかあったことだけは分かった。おそらく危険なことであろうこともなんとなく察することができる。

 

 とはいえ、ここは厳重な結界で守られているし、滅多なことは起こらないはずだがな。よっぽどの緊急事態なのかもしれない。

 

「大丈夫ですかリリシアさまぁっ!!?」

 

 と、今度はファリィが部屋にやってきた。アイリスと同じようにパジャマ姿だ。普段はしっかりと身だしなみを整えているファリィのこんな姿は初めて見た。

 

 ……まったく、一体なんなのだ。

 私なら大丈夫だというのに。

 

 二人が落ち着くのを待って、話を聞くことにした。

 

 

 

 先日アイリスから聞いた森の異常は、どうやら闇魔術師によるものらしい。

 

 二人からの話を総合すると、そのような結論に落ち着いた。

 

 どうやらこの時代では闇魔術というのはかなりの脅威らしく、起きてすぐにメイドからその情報を聞いた二人は、真っ先に私を心配して急いでやってきたという。

 

 いやいや、私はネロ・ヴァーミリオン。

 至高の死霊魔術だぞ。闇魔術くらい、どうとでもなるわ。……と言いたいところだが、もちろん言える訳もないので黙っておく。

 

 しかし、私が生きていた時代では闇魔術なんてものは珍しくもなんともなかったのだが、時の流れというのは恐ろしい。

 

 なんにせよ、リゼガルド神聖帝国の近くで闇魔術を行使するというのは宣戦布告に近いことである。

 

 そんな命知らずがいるとは思えないが、事実として闇魔術が使われたとなると、いよいよ私が外に出るのは難しくなりそうだ。くそぅ。

 

「……?」

 

 と、そこで私は一つのことに気が付いた。

 アイリスの顔色が悪いのだ。

 

 訓練ばかりしているから疲労が出ているのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 

 ――これは【呪い】だ。

 それもかなり高度の。

 私が転生する前にリリシアにかけられていた呪いと同じ類のものだ。同じ術者がかけているものとみえる。

 

 闇の魔力というのは、独特の波長がある。

 使い手によってそれはそれぞれ異なり、同じ術であっても効果や効果範囲などが違ってくる。

 

 普通ならそのような微妙な波長の違いなど分からないが、私は違う。闇魔術を極めし私であれば、些細な違いも当然分かる。

 

 アイリスにかけられている呪いは、【生命簒奪】の呪いだ。じわじわと生命力を奪い、最終的には魂までも壊す。

 私が生きていた頃でもあまり使われることのなかった魔術だ。かなりの技量と知識が求められるし、呪いをかけるための条件も厳しいためだ。

 

 とはいえ、私にかかればこのくらいの呪い、どうということもないが……。現にリリシアにかかっていた呪いも私が解呪したし。

 

 しかしこの時代、闇魔術が衰退していることもあって、どうやら闇魔術に関する知識や対策も忘れ去られているようだな。

 

 王都に張られている防護結界も、呪いに対しては脆弱性があるらしい。確かに呪いなら、条件さえ満たせば遠隔でかけることができる。

 

 それに神聖魔術の使い手であるアイリスでも気付かないとなると、呪いという概念自体が馴染みのないものなのだろう。

 

 ふむ、仕方がない。ここは私がひと肌脱ぐとしよう。

 

「……リリシア?」

 

 私はゆっくりと立ち上がり、アイリスに歩み寄った。よく見るとアイリスの髪は寝癖だらけであった。起きてすぐに私の部屋にやってきたというわけか。

 

 私はアイリスにかがむように指示した。アイリスは頭に疑問符を浮かべながらしゃがむ。

 

 目には目を。

 歯には歯を。

 そして、呪いには呪いだ。

 

 私は身体の中で闇魔力を練り上げていく。表に出してしまうと防護結界が反応してしまうからな。

 

 呪いというのは、祝福と表裏一体だ。

 マイナスのイメージを持たれがちだが、本来は呪いというものは人の役に立つものであった。

 

 (のろ)いではなく、(まじな)い――

 

 闇魔術というのは、負の一面だけでなく、正の一面もあるということを私が示そう。

 

 魔力をたっぷり練り上げた私は、かがんでいるアイリスの頭をゆっくりと抱きしめた。

 

「……っ!? …………!?」

 

 私のお腹の辺りに顔を埋めたアイリスがもがもがとなにかを言っている。こういうときくらい、少しは大人しくしたまえ。別に取って食おうというわけでもない。

 

 身体を接触させたのは、闇魔力の飛散を防ぐためだ。これをしないと例によって防護結界が反応してしまう。全く、面倒なことよ。

 

 もがいているアイリスに集中を切らせることなく、ゆっくりと、私の魔力をアイリスの身体に流し込んでいく。

 じわりとお腹の奥が熱くなる感覚がある。女性の場合、魔力器官は子宮の近くにあることが多い。

 

 アイリスは次第に大人しくなった。

 抵抗することをやめて、スーハースーハーと息を深く吸い込んでいる。心なしか息が荒い気がするが、気のせいだろう。

 

 むしろ私の呪いは、落ち着く効果があるはずだからな。

 

 私はしばらくの間魔力を流しつづけ、アイリスの中にある呪いをゆっくりと溶かすように解いてゆく。

 あまり焦ってしまうと、魂まで傷をつけてしまいかねない。ここは慎重に、ゆっくりと。

 

 

 ――よし、こんなものだろう。

 

 アイリスの頭を解放してやる。

 

「ぷはぁっ」

 

 よほど息苦しかったのか、アイリスの顔は真っ赤になっていた。すまん、文句ならここに張られている防護結界に言ってくれ。

 

「……大丈夫?」

「は、はひぃ」

 

 大丈夫じゃなさそうだ。

 

「疲れてそうだったから、疲れのとれるお呪い」

「……確かに、なんだか頭が軽くなったような」

 

 確認するようにアイリスは首を回した。顔色も良くなっている。

 ふむ、どうやら解呪は成功したらしい。

 

「ず、ずるいですアイリスさま。私もやって欲しいです」

 

 そう言って頭を差し出したファリィを無視して、私はベッドに潜り込んだ。

 

 ふぁぁ、疲れた。

 もう一眠りすることにしよう。

 

 

 

 ◇

 

 

 

 その日の深夜。

 いつものように食堂で夜食のおやつを貰って、自室に戻る途中のことだった。

 

「はっ……はっ……」

 

 訓練場の前を通りがかると、神聖魔術の訓練をしているアイリスの姿が見えた。

 

「あ、アイリス様……そろそろお休みになられては……?」

 

 隣に立つメイドはオロオロと心配そうにしているが、アイリスはその言葉を無視してもう一度杖をかざした。

 

「大丈夫……私はまだやれます……!」

 

 荒い息を吐き玉のような汗を流しているのにも関わらず、その声には力があった。

 神聖力が切れかかるとかなりしんどいはずだが、アイリスの精神力はかなりのものらしい。

 

 この光景を見るのは何度目だろうか。

 基本的に毎日、アイリスはこうやって夜遅くまで訓練をしている。今日も体調が悪かったというのに、訓練は欠かさないあたり、アイリスの真面目さが窺える。

 

 全く、そんなに神聖魔術が大事なのだろうか。私には分からない。……だがまぁ、私にとっての死霊魔術のようなものだと考えれば、共感できなくもない。

 

 とはいえ、あまり無理をしても非効率になるだけ。私は長い経験からそのことをよく知っている。

 

 よく休み、そしてよく訓練する。このバランスが大事なのだ。特に魔術に関しては、時間をかければ良いというものではないのである。

 

「……リリシア?」

 

 と、そんなことを考えていたらアイリスに私の存在がバレてしまった。

 

 わざわざ隠れている理由もないので、私は扉から顔を出す。というか顔も見ないでよく私だと分かったな? 

 

「どうしたんですか? こんな夜中に。早く寝ないとアンデッドが出ますよ?」

 

 訓練を中断し、こちらに歩み寄ってくるアイリス。

 距離が縮まったことで神聖力がもうほとんど残っていないことがより分かった。

 

 よくこんな状態で訓練をしていたな。下手をしたら死んでしまうぞ? まぁそうなったら私がアンデッドにしてやろう。

 

 アイリスは口うるさいが、別に嫌いではない。

 特に魔術に対する姿勢は素晴らしい。ここまで自分を追い込んで魔術を訓練できる人間はほとんどいないだろう。

 

 とはいえ無理は良くない。本当はイヤだが……。うむ、仕方ない。

 私は先ほど貰ったばかりのおやつの半分をアイリス差し出した。

 

「あ、ありがとうございます……。でもいいんですか? これってリリシアが好きなお菓子ですよね?」

 

 お菓子を受け取りながらアイリスが言う。

 今日はお菓子を少し貰いすぎたから、このまま部屋に戻ってもファリィに没収されるだろうし別に良い。本当だぞ?

 

「ふふっ。リリシアは本当に優しいですね。本当ならあなたのような人が聖女にふさわしいのに、どうして神様はミトス姉様に才能を与えたんでしょうか」

 

 いやいや、私ほど聖女に向いていないものはいないぞ? 私は偉大なる死者の王なのだからな。

 

「さ、早く寝ましょうか。私も訓練を終えることにします。無理は良くないですからね」

 

 アイリスは私を部屋まで送ってくれた。

 そして私のおやつはファリィに没収された。

 ……くそぅ。次はちゃんと隠して持ち帰ることにするか。

 

 

 




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