聖女にTS転生したつよつよ死霊術師は、かつての仲間を曇らせる。 作:モツゴロウ
その日の夜。
深夜に起きた私は、こっそりと部屋を抜け出した。
神聖魔術を習得し、外出の許可をアイリスから得るという方向性は諦めることにした。
どうやら私には神聖魔術の才能はないようだし、いつまでかかるか分からないからな。
……決して、神聖魔術の訓練が面倒というわけではないぞ? いつかは極めてみせる。いつかな。
静かに扉を開け廊下に出てみる。
そこには昼間とは違う、静寂と暗闇に包まれた空間が広がっていた。
ほう。いかにもアンデッドが出そうでテンションが上がるではないか。
ここに大量のゾンビを配置して、死の回廊として改造したら素晴らしい空間になるのは間違いない。
にやける顔を抑えつつ、私はゆっくりと廊下を進む。
しばらく進むと、暗闇の中を光が動いているのが見えた。ランプを持った巡回騎士だろう。
深夜ということで警備も緩くなっていると期待したが……まぁ仕方ない。
廊下の角に隠れ、私は魔力を練る。
アイリスの呪いを解呪した時に分かったことだが、どうやらこの国に貼られた結界は身体の中の闇の魔力までは検知できないらしい。
念のため、極小の魔力だけを練り上げてから、私は小さく呟いた。
「――小さき骸よ、影を駆け、我に告げよ。
――どろり、と。
空間の温度が下がったような感覚。
同時に、床に浮かび上がった魔法陣から何匹かの小動物が召喚された。
前世ではネフィーリアが得意としていたこの死霊魔術は、私の目となり耳となる眷属を呼び出す召喚魔術だ。
彼らは生きた骸。生きてはいないが私の命令を忠実に聞いてくれる、可愛い奴らだ。
ネフィーリアは聖属性寄りのエルフに生まれながら、死霊魔術の適性があったのだ。エリュシオンでは一番の古株であったが、私にとってはいつまで経っても子供のような存在であった。
私がこの魔法を気まぐれに教えたら、すぐに習得していて驚いた記憶がある。
今ごろ何をしているのだろうか。
寂しい思いをしていないだろうか。
ああ、心配である。
泣き虫なネフィーリアは、私が死ぬときも一番悲しんでいた。
「キュキュ」
感慨に耽っていると、先ほど放った眷属たちが戻ってきた。拾い上げると、脳内に彼らが集めてきた情報が流れ込んでくる。
――見回り騎士たちは三人。この先の突き当たりに一人と、残り二人は休憩室で仮眠中キュ。
なるほど。
これなら見つかることなく抜け出せそうだ。
私はなるべく足音を立てないように、ゆっくりと屋敷から抜け出した。
王都から歩いて20分ほどの距離に、異変があったという例の森はあった。
詳しい場所は知らなかったが、わずかに残された魔力の残滓を辿ることなど、私にとっては朝飯前である。
「ほう、なかなかいい雰囲気ではないか」
目の前には漆黒の闇に包まれた森。
いくつかの魔物の気配を感じる。
大した魔物ではなさそうだが、出くわすと面倒だ。もう一度眷属を放ち、情報を集めることにしよう。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
にしても、ここは素晴らしい場所だな。
地脈的にここは闇の魔力が集まりやすい場所らしい。いるだけで力が湧いてくる。久しぶりの闇魔力。――ああ、ゾクゾクするではないか。
人が立ち入った気配もほとんどない、まさに未開の森だ。なにか悪いことを企んでいる者が身を潜めるにはまたとない場所だろう。
「ふむ」
感覚を研ぎ澄ます。
すると森の奥の方から、
「これは……」
一つは、全てを切り裂く剣のように研ぎ澄まされた、高濃度の闇魔力。
これほどの使い手が現代にいるとは。私の人生でもほとんど出会ったことのないレベルである。
そして――なぜか、ひどく懐かしい。
なぜだろう。
そしてもう一つは、取るに足りない小さな魔力だ。比べるまでもない。というか、凄い方にかき消されそうだ。
二つの魔力はそれほど離れていない。
いやむしろ、どんどんと近づきつつあるな。
一体、森の中でなにが起こっているのだろうか。
私は疑問を胸に、漆黒の森の中へ足を踏み入れた。
◇
「ああ、神よ! 狂おしき神よ! やっとここに顕現をしてくださったのですね……!!」
深き森の奥。
暗い闇の中で、歓喜の声が上がった。
声の主は、漆黒のローブに身を包んだ一人の男。
彼の名前はユリウス。
邪神ゼミスを崇拝する邪教徒の司祭である。
彼らはかつて存在したという邪神の復活を目論み、そのために邪魔となる
その人数は十人ほど。教団の核となる幹部たちだ。彼らは力を合わせ、聖女の一人であるアイリスに呪いをかけることに成功した。
そんな折、森の中で高濃度の闇魔力が生まれた。その調査のために、ユリウスはここへやってきたのだった。
彼は今まさに、歓喜の絶頂にいた。
目の前で蠢く影。
この高濃度の闇魔力。
間違いなく尋常の存在ではない。
彼の仲間たち……いや、上位の役職のものにさえ、これほどの闇魔力の持ち主は存在しなかった。
邪神ゼミスそのもの……もしくは、眷属たる存在。彼は確信した。凍えるような冷たさを放つ魔力を受けながら、彼は喜びに打ち震え、呪言を唱え続ける。
そうしてしばらく。
不安定であったその存在の輪郭がはっきりとしてくると同時、蠢く影から声が響いた。
「ネロさまに会いにいかないと……」
ずるり、と。
影が形を成し地面を這うように進んでゆく。
その姿形は人の形に近づきつつあった。
「お待ちください!」
その前にユリウスが立ち塞がる。
もしこの影がゼミスに近しい存在なら、なんとしてでも意思疎通をせねばならない。
「貴方様は、ゼミス様なのですか!?」
「……」
ずるり――ずるり――。
影は応えない。
「で、では、ゼミス様の眷属様なのでしょうか?」
影はユリウスの存在に気づかないように動き続ける。
迷いのない動き。どうやら意思はあるらしいとユリウスは判断した。
ならば、どうにかしてここで繋ぎ止めないと。
どういう存在であれ、間違いなく邪神復活に役に立つだろう。
そして、私はこの成果をもって、上に行くのだ。
もっと、上に。
ゼミス様のために。
そんなユリウスの思いを知ってか知らずか、影は動きを止めた。
その姿は、もう影ではなく。
はっきりと人の姿をしていた。
「――ねぇ」
冷たい声が響く。
ユリウスは体の底から震え上がるような感覚を覚えた。これほどの怖気は、感じたことがない。
――これは、死そのものだ。
「あなた、
影はユリウスをじっと見つめている。
観察するような、しかしユリウスをまるで見ていないような。そんな虚ろな瞳であった。
(ネロ……?)
ユリウスは思考した。
邪神ゼミスの眷属に、そのような名前はない。
いや待て、確か、子供に言い聞かせる御伽話にそのような名前があったか……?
ああ、間違いない。
《屍王ネロ》。その名前は知っている。
知っているが……あれはただの御伽話。子どもを怖がらせ、言うことを聞かせるための方便に過ぎない。
だが、なぜ御伽話の中の存在のことを?
疑問に思いながら、ユリウスは口を開く。
「……屍王ネロのことでしょうか」
同時に、空気の温度がさらに下がった。
呼吸をするたびに体温、いや、生命力が奪われていくような感覚。
なにか間違ったのだろうか。
ユリウスは口を震わせながら続ける。
「あ、あれはただの御伽話。空想では?」
「……くう、そう?」
虚ろな瞳がユリウスを捉える。
「あなたはネロ様が空想だと言うの?」
ユリウスはゆっくりと頷く。
彼にとって、いや、教団にとってネロの名前はあまり面白くないものだ。
なぜなら、ゼミスこそが至高の存在だからだ。御伽話とはいえ、彼らは屍王ネロがまるで恐怖の象徴のように扱われることを良くは思っていない。
だから、ユリウスはこう続けた。
「ネロなどではなく、ゼミス様こそが至高の存在――」
しかし、ユリウスの口からその続きが出ることはなかった。
「ゼミス? ネロ様の功績を奪っただけの小物と、ネロ様を比べないで」
影が初めて感情を伴った言葉を発した。凍えるような怒気。
――どろり。
目に、鼻に、口に。影から伸びた高濃度の闇魔力がユリウスの顔を包みこむ。
「ぁがっ――」
そのまま、ユリウスの意識が落ちる。
「――小さき骸よ、影を駆け、我に告げよ。
ガクガクと痙攣をしながらどさりと地面に倒れこんだユリウスを気にも留めず、影が詠唱を発すると、魔法陣から
彼らは森の外へと一斉に向かっていく。
「ああ、ネロ様……そちらにいらっしゃるのですね……」
ゆっくりと。しかししっかりとした足取りで、影が森の外へと向かう。
――その瞳には、希望の光がともっていた。