聖女にTS転生したつよつよ死霊術師は、かつての仲間を曇らせる。 作:モツゴロウ
ネフィーリア・ミドガルズは、森深きエルフの里に生まれた。
その里にとって子どもが生まれるのは、実に五百年ぶりのことであった。エルフは長寿ゆえに生殖本能が薄く、長い人生で子どもを産むエルフの方が珍しい。
ゆるやかに絶滅に向かう彼らにとって、ネフィーリアの誕生は喜ばしいことのはず――だった。
しかし、その生は祝福されることはなかった。
ネフィーリアはエルフと人間の間に生まれたハーフエルフだったからである。
外界との交流を完全に絶っていたその里では、ハーフエルフの存在は到底認められない存在だった。
「悪魔の子め」
「けっしてあの子には近づいてはダメよ」
外からの災厄をもたらすものとして、ネフィーリアは物心がつく以前から迫害され、里を追い出さた。
そして一人、里から遠く離れた山奥の小屋で暮らし始める。
彼女は愛を知らずに育った。
両親すらも彼女を見捨てた。
だれからも関心を向けられることなく。
静かに生をつなぎ続けた。
――それが悲しいことなのかすら、ネフィーリアには分からなかった。
いつしか彼女は一人で生きていく術を身につけた。食べられるものはなんでも食べたし、使えるものはなんでも使った。
しかし、誰にも頼ることなく生きることは簡単なことではない。
彼女は何度も命を落としかけた。
そんな孤独な日々を過ごす中で、いつしか彼女は独学で魔法を身につけていた。
元々エルフは魔法に対しての適性が高く、それが彼らの誇りでもあった。しかし、誰にも教わることなく魔法を習得することは不可能とされている。
なぜなら魔法は、数々の天才たちが長い歴史の中で磨き上げてきた技術の結晶だからだ。
独学で魔法を身につけることは、いわばその魔法の歴史を
魔法をなによりも尊ぶエルフたちに見捨てられた彼女は、皮肉にも魔法の――それも、歴史を紐解いても他に類を見ないほどの天才だったのだ。
そうしてネフィーリアが生を受けて百年ほどの月日が流れたころ。
エルフの里を人間が襲った。
突然のことだった。里の誰もが、それを予見していなかった。
里を襲ったのは、正確には人間ではなく、彼らが操る魔物──ゴブリンたちだった。
本来、魔物は人間と敵対する存在である。
知能も、社会性もない魔物が人間の言うことなど聞くはずがない。
しかし、とある錬金術師が創り出した魔物を操る魔道具が、それを可能にした。
人間の底知れぬ欲望と悪意が生み出したその魔道具は、今となっては歴史からは抹消されており、その存在を知るものは少ない。
「逃げて――ギャッ!」
「どうしてここに魔物が……!?」
魔物の中でも下級の存在であるゴブリンの戦闘力は大したことはない。しかし、その数はあまりに多すぎた。
倒しても倒しても無限に湧いてくるゴブリンの軍勢に、エルフの里は大混乱に陥る。
家々から上がった火の手が、夜の闇を赤く染め上げていく。
(一体何が……?)
里の異変にいち早く気付いたネフィーリアは、無意識のうちに里へ足を向けた。
しかし里にたどり着いた彼女を待ち受けていたのは、変わり果てた里の姿だった。
地面に力無く転がる、たくさんの死体。彼女の視界には、生きているものは誰一人映らない。
「ギギィ……」
「マダイキノコリガイタノカ」
「コロ……ス」
醜悪なゴブリンたちの瞳がネフィーリアの存在を捉える。血に酔った数百の怪物が、新たな獲物を見つけて一斉に殺到した。
その光景に、しかしネフィーリアは怯まなかった。
思考するよりも早く、彼女の細い指先が虚空を弾く。
――轟ッ!!
無詠唱。
予備動作すらなく放たれた暴風の刃が、先頭集団の首をまとめて刈り飛ばした。
「ガァッ!?」
「ナ、ニ……!?」
鮮血が舞うなか、ネフィーリアは踊るように腕を振るう。
彼女の周囲に展開されたのは、十を超える魔法陣。属性も系統も異なる術式を、彼女は呼吸をするように同時並行で構築していた。
炎の槍がゴブリンの心臓を正確に貫き、氷の蔦が足を縛り上げて圧し潰す。
独学ゆえの荒削りさは微塵もない。それは純粋な魔力の奔流であり、洗練された殺戮の嵐だった。
彼女が森で生き抜くために磨き上げた魔法は、獲物を確実に仕留めるための技術。
瞬く間に、ネフィーリアの周囲にはゴブリンの死体で山が築かれていく。
その殲滅速度は、歴戦のエルフの戦士ですら到達し得ない領域にあった。もし里の者が見ていれば、恐怖すら覚えただろう。忌み子が振るう、そのあまりに強大な力を前にして。
――だが、それでも。
敵の数はあまりにも多すぎた。
「オオオオッ!」
「コロセ、コロセェッ!!」
仲間が挽き肉に変えられようとも、後続の群れは怯むことすらない。恐怖心さえも魔道具によって抑制された彼らは、死体の山を踏み越えて泥流のように押し寄せてくる。
百を殺しても、二百が湧き出る無限の悪意。
「はぁ、はぁ……ッ!」
ネフィーリアの額に玉のような汗が滲む。
魔力の残量はまだある。だが、幼い肉体が限界を悲鳴を上げていた。脳が焼き切れそうなほどの魔力行使に、意識が霞み始める。
天才の魔法といえど、終わりのない消耗戦には抗えない。
わずかに反応が遅れたその一瞬の隙を、死兵たちは見逃さなかった。
「シネェッ!」
死角から伸びた短槍が、ネフィーリアのわき腹を抉る。
激痛に顔を歪めた刹那、防御の魔法障壁が砕け散った。
雪崩れ込んでくる暴力の波。
「かはッ……!」
ネフィーリアの胸を、無慈悲な刃が深々と貫いた。
燃え盛る里に、ゴブリンたちの哄笑が響き渡る。
熱い血が溢れ出し、代わって急速に体温が失われていく。
(……ああ。ここまで、か)
膝から崩れ落ちたネフィーリアの瞳から、光が失われていく。
自分の足元に転がる無数の死骸。それだけの抵抗を示してもなお、運命を覆すことはできなかった。
助からないことは、誰よりも自分が理解していた。
黒い大地に、彼女の赤い命がゆっくりと染み渡っていく。
その時だった。
「ふん。……これが、人間の下した結論か」
薄れゆく意識の淵に、一つの影が映り込んだ。
(だ、れ……?)
最期の力を振り絞り、顔を上げる。そこには、漆黒のローブを纏った人影が佇んでいた。
ゴブリンの群れを前にしても揺らぐことのない、夜そのもののような男。
その姿を見て、なぜかネフィーリアは懐かしさを覚えた。
男が纏う、濃縮された闇の魔力。それは恐ろしいものではなく、孤独な夜を共に過ごしたような、奇妙な温かさを帯びていた。
「ん、まだ生き残りがいたか」
ネフィーリアの視線に気づいた男が、興味なさげに呟く。
その瞬間、ネフィーリアの全身が柔らかな闇に包み込まれた。死の冷たさを、男の魔力が優しく塗り替えていく。
「とりあえず眠っておけ」
――男が、どこか優しい響きで放ったその言葉を最後に、ネフィーリアの意識は深い闇へと沈んでいった。
◇
懐かしい記憶。
ネフィーリアは深い森を進みながら、ネロと初めて出会ったときのことを思い出していた。
「……ああ、ネロ様……はやくあいたいです……」
ネフィーリアは小さく呟く。
あの日、泥と血に塗れていた少女はもういない。
ネロと永遠にも思える別れを経験し、それでもネフィーリアは諦めなかった。
長い長いときを、ネロと再び会うためだけに費やした。
すべては、もう一度あの人に会うために。
今度こそ、血の一滴もあの人のために使うために。
「いま参ります……こんどこそぜったい離れませんから……」
――その瞳には、数百年の時を超えた、どろりとした深い情熱が宿っていた。