妖精に転生したわたしが氷の第二王子に飼われながらメイドのフリして後宮に潜むスゲー怖いバケモンと戦うまでの話 作:賢い妖精
「どうしたもんかなあ……」
街道沿いに空をふわふわ飛びながら、リラはぽつりとつぶやいた。
女王に言われるがまま森から出てきたわけだけれど、このままはいそうですかと王都に向かったところでいい未来が待っているとも思えなかった。
それどころか、死出の旅になるかもしれぬという予感すらあった。
王宮に仕えるというのは方便でしかなく、最悪、王都に着いたが最後、見せしめのために処刑!
あえてまともな羽妖精を寄越させて見せしめとして殺し手打ちとする。
王族を亡き者にしようとしたことを考えればこれでも軽い。
甘すぎるのだ。
リラの心配はそこにあった。
女王の言葉を信じないわけではなかったけれど、自分たち羽妖精がしでかしたことに対して、その罰がいくらなんでも軽すぎる。
暗殺未遂をしておきながら、まともな羽妖精をひとり奉公によこせば許してやるだなんて、普通はありえない。
よっぽど慈悲深くて優しい王子様なのかしら?
いやいや、リラ。そんなの希望的観測が過ぎるでしょ。
…………。
「うーんめんどくさ~! もう逃げちゃおっかな~! ワッハッハ」
本当に逃げる者はそんなことは言わない。
やりたくないがやらねばならぬ。そのような気持ちである。
リラにとって女王アルストロメリアには、知らない世界に、しかも人間ですらない身体でいきなり放り出された自分を慈悲深く導いてくれた大恩がある。
だから、基本的にどれだけ無茶ぶりされようと嫌だと言えないのが現実だった。
そんな風にモヤモヤしたまま、昼も夜も天気も関係なく、疲れたらその辺に生えている手ごろな樹の枝に寝そべって休み、朝露を口に含み、赤く熟した草苺の実を齧り、目覚めたら飛ぶのを繰り返すこと7日。
リラは、王都ルミナ・ハロウへと到着した。
※
明星の王都ルミナ・ハロウ。
ルミンディア王国南端の湾岸に沿って扇型に建造された、王国最大の城塞都市である。
過剰な光属性の魔素が渦巻くこの地には、夜の闇が存在しない。
太陽が沈んだあとの深夜であっても、空には明け方や夕暮れのごとき深い青が広がる。
ゆえに明星の王都、光の都、などとも呼ばれる。
かつて名も無き古い天使が降臨した地といわれ、魔素の属性が異常に偏った理由として挙げられているが、確証はなく、魔法学会において長年の難題のひとつとなっている。
※
「白ッ! 白すぎない!?」
そうやって声に出してみても、リラの言葉に振り返る人間はいない。
せいぜいが「ああ、田舎から来たお上りさんね」という生暖かい視線を向けられるだけである。
正確には、白と緑だった。
はるか向こう、湾岸の手前に見える王宮らしき巨大な城から、目抜き通りに立ち並ぶ小さな商店や宿屋に至るまで、白で統一された建物が立ち並んでいた。
そして地面を見れば、白大理石らしき石畳が惜しげもなく一面に敷き詰められている。
道の端には垂直に立ち上がった街路樹が整然と等間隔で並んでいて、通り沿いにある階段を登れば、色とりどりの花が咲き乱れる花壇が広がる公園が現れた。
中心には滾々と水を吹き出す噴水があり、子供たちがその中で水遊びをしている。
知り合いらしきふたりの母親がずぶぬれになる我が子を見て、揃ってため息をついていた。
芸術のように美しい街である。
その中でも人の営みはたいして変わらないことに、リラはすこしほっとした。
そしてリラは石造りのベンチに腰を下ろしてその様子を眺めながら、スカートのポケットに入った折りたたまれたメモを開いた。
『ルミナ・ハロウへ到着次第、直ちに朽葉通り5丁目カフェ・フォックスフェイス、最奥のテーブルに来られたし。時刻は問わない』
リラが女王から受け取った書簡には王子宛の公式文書だけではなく、王都に到着後の指示も含まれていた。
でも、その指示の内容が変だった。
既に何度も確認したその文面を見たリラは首を傾げた。
まずは王宮に召喚され、平身低頭のもと王子に謝罪、およびその深い慈悲に感謝の言葉を申し上げねばと思っていたのである。
まさかカフェの席で王子様と対面するわけではないでしょうに。
さすがに貴人に拝謁する場所としてはカジュアルすぎるとリラは思う。
それでもただ、指示されたカフェに来いという。
時刻は問わないってことは、もしかして深夜でも構わないってこと?
ここって中世ファンタジー系異世界だよ? コンビニじゃあるまいし、そんな時代に24時間営業してるカフェなんてあるのかしら。
それに、いつわたしがカフェに行くかもわからないのに、誰がどう対応してくれるというのだろう?
あとさ、王子様は本当に分かってるのかな。
だってわたし、どこからどう見ても人間じゃないんだけど。
人とほとんど姿も大きさも変わらない鍛冶妖精《ドワーフ》ならともかく、羽妖精の姿でカフェなんて入れるわけないじゃん。騒ぎになるだけだって!
うーん、もしかして天然なのかな?
まあ自分を殺しに来たヤバい種族に興味を持つ時点で、相当な変わり者かもしれないね……。
「ま、別に方法はあるからいいんだけどさ」
今更だが、リラは魔法で変身している。
人間の姿に。
自分の姿を透明にしてこっそりと王都の人混みを観察しながら、ちょうど目についた女の人たちの顔や恰好を適当に混ぜ合わせてそれっぽい姿に変身したのである。
今のリラの見た目は地味な町娘にしか見えない。
この雑踏の中ですれ違っても、誰の印象にも残らないだろう。
人間たちはあずかり知らないことだが、姿を消すことも、何か別の姿に変身することも、羽妖精ならだれでもいとも簡単にできることだった。
あるいは女王がすでに羽妖精の魔法について王子に伝えているから、このような指示が与えられたのかもしれなかった。
「おっお嬢ちゃん、揚げパンひとつどうだい?」
「いただきます。お代はこれで。あの、つかぬことをお伺いしますが、カフェ・フォックスフェイスをご存じですか?」
女王に持たされた銅貨を支払いながら、公園で通りすがった露店の店主に問う。
買い物をするついでに聞けば快く教えてくれる人も多いだろうという狙いだった。
ちなみに羽妖精は特に飲み食いしなくても生きてはいけるけれど、かと言って何も口にしないわけではない。
美味しいものを食べれば気分はよくなるのは人間と同じだった。
要は、リラは気晴らしに買い食いをしたくなった。
気が重すぎてやってられないんですけど!
おいしいもの食べて現実逃避したいんですけど!
そんな気持ちである。
「狐の顔……? いや、聞き覚えは無いな。お嬢ちゃん、もしかして外から来た口かい?」
「あ、はい。ついさっき初めて来たばかりで」
「そうかあ、そりゃ驚いたんじゃねえか? このとおり、王都は信じられんくらいデカいだろ? 喫茶店なんて数えきれんほどあるから、探すにしても名前だけじゃ難しいかもしれねえなあ。大まかな場所は分からねえのか?」
「朽葉通り5丁目、とのことなんですが……」
店主は信じられないように目を丸くした。そしておおげさに肩をすくめる。
「朽葉通りだあ? やめとけやめとけ! あそこは王都でも指折りのろくでなし達のたまり場だ! あんたみたいな若い娘さんの行く場所じゃない!」
「ええと、治安が悪いってことでしょうか」
「それもあるが、まずあんたが知らんでいいような店がたくさんあるとだけ言っておくよ。あんなところにカフェだって? 十中八九、ろくでもないメニューを出す場所だろうよ」
不快そうに言う店主を見て、リラはなんとなく察した。
若い女が知らないでいいような店、ってことは……。
「なるほど、つまり売春宿や娼館がたくさんあるってことですか」
「おいおい、それ言っちゃあおしまいだぜ。お嬢ちゃん」
そう言うと店主はばつが悪そうに薄くなった頭を掻いた。
言ってから、確かに女の人の前で口に出したくない話題だろうなあ、と気づく。
残念なことにリラは妖精たちと暮らす中で行間を読む力が低下していた。
「とにかく、俺が言いたいのは、危ないってことだ。わかるだろ?」
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ。そういう場所は慣れてますから」
「慣れてるってあんた……」
リラがにっこりと笑って見せると、店主はあきれ顔になった。
訳ありの女だと勘違いされたかもしれない。
もちろん嘘である。
リラはそんな後ろ暗い地域に行ったことはない。
でも、どれだけ治安が悪かろうが、羽妖精にとって普通の人間の暴力など問題にならない。特に
それにしても、リラはよけいに分からなくなった。
王宮に奉公するって聞いてるのに、呼び出された場所は王都でもとびきり治安の悪い場所だという。
最初は処刑されるかもしれない不安があった。
けれど、それとは別に「なんかいろいろおかしくない?」という気持ちがそれ以上に膨らんでくる。
まあ、行けばわかるか……。
揚げパンは口に含むとシナモンの香ばしさがいっぱいに広がって、とても甘くて美味しかった。
甘い物の力を借りて、リラはおっもいおっもい一歩を踏み出す。
機会があればまた食べにきたいなあ。
処刑されなければ、の話だけど。とほほ。