連絡を終えて、一つ息を吐く。キョウヘイ君の安否が確認できたのはいいことだ。ただ一つ、問題があるとすれば……
「……勢いで言っちゃったけど、良かったのかな?」
日程も何も決まっていない、ただの口約束だ。そもそも、次の連絡はどうしよう。それとも、キョウヘイ君から連絡して貰えるだろうか?
イッシュ地方に戻ってきた時、真っ先に頭に浮かんだのがキョウヘイ君の安否だった。マネージャーや他の人が近くにいないタイミングを見計らって1分でもいい、どうにかして連絡を取ろうと思っていた。だけど、私だけじゃなくて、キョウヘイ君も忙しいらしかった。
「……あれ?」
ジムバッジを集めているなら、各地のジムを巡っているはずだ。洞窟などに籠っていない限りは電波が通じている筈だから一覧に出てきてもいい筈なんだけど……仕方ない、と切り替えて次の仕事の準備やポケモン達の毛繕いをしながら休憩時間を過ごしていた。
だけど、それはカントー、ジョウト地方で仕事していた時からずっとなのだ。考えれば、考えるほどに嫌な予感が増していく。どうして、キョウヘイ君の名前だけが出てこないの?
「え……え?」
まさか、連絡がないから嫌われちゃった……?
慌てて連絡先の一覧を確認する。やっぱり、キョウヘイ君の連絡先は確かにあった。ということは、キョウヘイ君が忙しいだけ……そう、だよね?
彼はポケモントレーナーとしてジムを巡っている。若いのにかなりの実力があって、バッチも8つ集められるようなトレーナーだ。ポケドルの私とは全く違う世界に生きているのに、私のミスから出来た不思議な出会い。
ポケモントレーナーなら忙しなくポケモンと共に旅するものなのだろう……でも、気になる。画面の先の彼は今、何をしているんだろう。
私のように他の地方にいるから、電波は通っているけど違う規格の電波なので使えない状態だったり、使わない時は電源をOFFにしている訳ではないと思う。今までの連絡を振り返ってみたけど……そんなことは無かったはず。
なら、単純に電波の届かない洞窟や何処かの地下……例えば、ライモンシティにあるバトルサブウェイという所へ挑戦しているんだろうか。
そんな私の都合のいい考えが違うと確信したのは、後輩のポケドルと話していた時だ。その日のレッスンが終わり、次の現場へ向かうまでの空いた時間を使って、スマホロトムでイッシュ地方の情報を調べていた時だ。
「ルッコ先輩、お疲れですね」
彼女は駆け出しのポケドル。芸名もまだ知られていない子だけど、その前向きさと物怖じしない性格は学ぶところがあると感じている。因みに、テンマ君のファンクラブに入っているらしい。
「うう、分かっちゃうかな?」
「テンマ様もですけど、あんな事件が会った後に、少しでも画面に映ることでテレビを見ている人を安心させたいって、地方営業している時に別の仕事も熟すなんて凄いですよ!」
そ、そんなに買い被らないで欲しいなぁ……
「あー……そ、その、イッシュ地方の一大事で……私に出来ることって考えらたらそれしか思いつかなくて……」
「ああーいいなぁ。それとも、ルッコ先輩もテンマ様もそういう姿勢だから評価されたのかなぁ……」
あー……何か、変に崇められても困るんだけど、なぁ……
「そうだ。私、昨日イッシュ地方に戻って来たばかりなんだけど……今はどうなっているの?」
「片耳程度の話ですし、ルッコ先輩も知っていると思いますよ?」
「だとしても、聞いておきたいの。いいかな?」
彼女から話を聞いてみたところ、殆ど知っていることだった。ソウリュウシティを襲った船が最後に発見されたのはセイガイハシティ周辺らしい。そこから更に北に飛んで行ったというけど、何処に行ったんだろう。
「そっか。まだ脅威が去った訳じゃあないんだね」
「そうです。ただ、噂によると……2年前に話題になったあの集団が関わっているんじゃないかとか……」
「それって、まさか……」
名前を出すのも憚れる集団の名前だ。それは、イッシュ地方では良くも悪くも馴染みのある……ポケモンの解放を謳った集団。
「はい、そのまさかです」
だとすれば、とても、とても危険な相手だろう。後々の発表でポケモンリーグを襲撃したという集団だ。その集団が相手なのだから、メディアも報復を恐れているのかもしれない。
「ただ、ニュースになっていた話だと、凍りついたソウリュウシティではシャガさんと一緒に戦っている少年がいたみたいですし、ヒオウギのジムリーダーも関わっているとか。だから、野放しにされている訳じゃあないと思いますよ!」
まさか……戦っている人が、ジムリーダー以外にもいるなんて。
「うん、ありがとう。ちょっと、元気出たよ」
「いえいえ。確か、次も収録でしたっけ。頑張ってください!」
「そっちも次のステージ、頑張ってね!」
後輩のポケドルと別れ、次の現場の準備を進めていく。
「……そっか」
今も少なからず抵抗している人達がいる。それだけでも、自分がやっていることが無意味ではないと感じられたことは大きかった。
「そう言えば、シャガさんと一緒に戦った少年がいるって言っていたっけ?」
流石に映像は残っていないだろうけど、そういった勇気ある人もいるんだね、私も頑張ろう。
「…………」
ふと、ライブキャスターが気になった。少しだけ時間があったので楽屋へ戻り、連絡出来るリストを確認していく。
「……え?」
ソウリュウシティの襲撃以前は、ライブキャスターを開けばキョウヘイ君の名前がいつも表示されていた。なのに今に限って、キョウヘイ君は電波の繋がらないところにいた。先ほどの話が、頭でハイパーボイスのように反響する。
「…………」
マネージャーの指示もあり、ライブキャスターを返してもらった後は、基本的に自分から連絡しないことに決めていた。けれども、街を氷漬けにしたという事実から、身の安全すら確認出来ないキョウヘイ君のことが気になってしまう。
イッシュに戻ってからは集中力がない、とマネージャーに叱られたのが記憶に新しい。
「でも、移動しないと」
荷物を持って、移動に使う車に乗る。仕事の内容はいつもの番組だから慣れたものだけど、どうしても頭にはキョウヘイ君の声と顔が過っていた。
収録を終えて、仕事を終える。
「ふぅ……ようやく終わった」
持ち番組の仕事だからか、慣れたものだ。とは言え、ちょっと上の空だったらしい。番組の途中、司会進行の方から疲れていないか、と言われてしまったくらいだ。マネージャーからは特に何も言われなかったけど……早い内に解決する必要がある。そんなことを考えながら、ルッコの衣装とセットを取って、ルリへ戻る。
「……今日は帰るだけ、か」
いつも通り、ライブキャスターの電源を点ける。今日も仕事の合間にお母さんからの不在着信が入っていた。最近のイッシュ地方の事情と仕事のせいで帰りが遅くなっているから、心配しているんだ。
だけど、今はお母さんへ連絡する気分になれない。せめて、安否が分かればいいんだけど……
そのまま連絡先をスクロールしていくと、キョウヘイ君の連絡先に電波のマークがついていた。
「あ……!」
ふと、周囲の様子を伺う。この時間なら、楽屋の周辺も人が疎らだ。
「今なら……」
楽屋を出る前に、思い切ってライブキャスターで連絡を取ってみようと画面を見る。マネージャーも帰っている筈だから、バレないだろう。
「……電波は通っているけど、通話に出られる状況じゃないのかな?」
残念なことに、キョウヘイ君からの反応は一向に無い。電波が繋がっているのに出られないのは、疲れているんだろうか。夜の9時を過ぎているけど、ポケモンの世話をしていたらまだ起きていると思っていた。
結局、繋がることはなく、仕方なくお母さんへ家へ戻る連絡をいれた。キョウヘイ君は随分早く休んでいるみたい。自分と同じくらいか少し若いくらいの男の子だから、色々動き回って疲れているのかもしれない。
「でも、電波が繋がる場所にいるってことは、元気ってことだよね」
うん、今はきっとタイミングが悪いのだろう。それに、私も仕事で疲れていてるから早めに帰って寝てしまおう。分かったことは、キョウヘイ君は電波が繋がる環境に移動出来て、今はタイミングが悪かった。
そう割り切って帰宅したはいいものの、移動の最中もキョウヘイ君のことで頭が一杯だった。繋がらないことが、連絡すら出来ないことがこんなにも苦しいと思ったのは、初めてだった。
翌日、午前中はステージでダンスと歌を披露、その後はレッスンと番組への参加だった。キョウヘイ君との繋がりがまだ消えていない、そう思えたから午前中のステージやレッスンも問題なく終えられた。後は番組への参加が残っているが、その前に遅めの昼ご飯を兼ねた休憩時間。お弁当を食べた私は、次の予定を確認しようとマネージャーの部屋へ脚を運び……切羽詰まった声を聞く。
「え、ソウリュウシティを襲撃した船が再び空に現れた?」
思わず体が硬直する。前に聞いた子の情報では、その船に乗っているのはあの集団だと言う。楽屋へ走り込んで、ライブキャスターの電源を入れる。そして、キョウヘイ君に電話を繋げようとして……
「あ、帽子帽子……」
慌てて帽子を被ったものの、もう一つの問題に気付く。
「あ、い、衣装と髪のセット……」
しまった。このままじゃ出られない!
「で、でも……!」
ただ、場合によってはキョウヘイ君の命の危機かもしれない。
「……待ってて」
気がつけば、しんそくのような速度で衣装と髪のセットをルリへ戻し終え、ライブキャスターを腕へセットしていた。
「お願い、繋がって……!」
幸い、電波は弱いが繋がっている。何度かコール音は鳴ってはいるものの、一向に繋がる予感はない。今日も繋がらないことに落胆しつつ通話を諦めようとしたその時、接続に成功する音が鳴った。
「もしもし、キョウヘイ君?」
努めて冷静に、だけど久し振りの会話に少し気持ちが弾む。
「はい、キョウヘイです。珍しいですね。ルリさんから電話するなんて」
「えっと、うん。最近、イッシュ地方で物騒なことがあったから心配になって……でも、中々電話できる状態じゃないから、遅くなっちゃったの。それで、大丈夫だった。さっき、ソウリュウシティを襲撃した船が浮上したって聞いて……」
「あ、あ~……」
どうして、そんな困ったような反応をしているんだろう。心配なんだよ、君の事が。それから……キョウヘイ君は、今どこにいるの?
「えっと……もう、大丈夫なんじゃないですか。ソウリュウシティの事件以降、被害が出ていないと聞きますし、何より……そんな危ない集団が、長く活動出来る訳ないじゃないですか」
能天気とも言える言い方だけど、明らかに何かを隠している。それと、近くに誰か……いる?
「そ……そうだよね。でも、ちょっと前まで他の地方に行っていたから心配だったの。やっぱり色んな地方へ行っても、ジムバッジを集める男の子って多いから……そんな中で、街を凍結させるような集団との事件に巻き込まれたら心配になって……」
「あー……心配かけちゃいましたか」
画面が動く。キョウヘイ君がちょっと俯いて、頬を指で掻いている。でも、こうして話せたから少し安心した。キョウヘイ君は無事なんだ、と。
「うん、とっても。普段から色々助けて貰っているのに、あの事件で連絡が取れなくなったら怖いな……って」
「心配かけちゃって、ごめんなさい」
ちょっと我儘を言いたくなった。これだけ心配したのに、本人はけろっとしているんだから。少しくらい、言ってもいいよね?
「今度……」
「え?」
「今度、時間を作ってくれるかな」
あ、休憩時間がもう……
「ごめんなさい、もう時間みたい。そろそろ仕事に戻らないと……じゃあ、またね」
一方的に切る形になったが仕方ない。急いで今からルッコの衣装に戻らないと……!
「ルッコ~?」
「はい、いきまーす!」
今はでんこうせっかの速度で衣装と髪型をセットしないと……!
その後、次の番組に向けた打ち合わせを終えた後、スタジオまで移動している時にマネージャーが話しかけてきた。
「……で、さっき私が貴女の部屋へ来た時、何をしていたの?」
「え、えっと……マネージャーが言ってたことが気になっちゃって」
「何か言ったかしら……?」
あ、そうか。マネージャーはあの時私が部屋の前にいたのなんて知らないよね。
「お弁当を食べ終えた後、一度マネージャーの部屋の近くまで来たんです。その時、例の船がまた確認されたって会話が聞こえちゃいまして……」
「ああ。あの時、既にこっちへ来てたのね。それで家族に連絡をしていた、と」
相手は家族じゃなくてキョウヘイ君だけど、不安になって身近な人に連絡したのは確かだ。
「はい、すみません」
「まぁ、いいわ。それだったら、私にも非があるんだし」
「詳しく聞くつもりはないけど、何で髪型のセットだけにそんな時間掛っていたの?」
……先程からマネージャーが痛い所を突く。普段の衣服からルッコの衣装に着替えて、髪型のセットをしていればそりゃあ時間が掛ってしまう。
「あ、いや……ちょっと気が気じゃなくて、普段より手元が狂っちゃってて……」
「……まぁ、そんなこともあるか。とりあえず、本番ではしっかりね」
「はい!」
ふぅ、なんとか誤魔化せた。でも、本番前に不安だったことが解消されて、良かったなぁ。