ポケドルとして人気をじわじわと伸ばしている女性、ルッコ……もとい、ルリは大きく安堵していた。最近は有難いことに仕事が多く入っていたが、その量が多過ぎた。休みの無い日が続き、最後に家でゆっくり寝たのは何日前だったかさえ覚えていない。そんな状況だったからだろう……ライモンシティでの仕事の休憩中、散歩していた時にライブキャスターを落としたことにも気付けなかった。マネージャーとの移動中にそのことを指摘されて、ようやく気付いたほどだ。
「あ~~……………」
慌ててマネージャーの旧型のライブキャスターから自身のライブキャスターへ連絡を取ったところ、タイミングよく拾ってくれた人がいた。
──いいですよ
ポケドルを始めて、その時以上に安堵したことは無かった。マネージャーからはルッコも最近疲れていたことに気付いていなかったのは私のミスだ、もうちょっと余裕を出せるようにすれば良かったわ、と怒られることなく、寧ろ謝りすらされた。とは言え、今の仕事に目途が付くまで休暇はお預けなのだけども。
ポケドルをやっている関係上、新型のライブキャスターを持っていた。最近のCM等で試供品として頂いたものだから、連絡先の登録も殆どしていなかったのは不幸中の幸いだった。それに、家には旧型のライブキャスターも残っていたから、当分は旧型のライブキャスターで皆と連絡をすることになった。
元々使っていた機種だ。二日もあれば直ぐに慣れた。ただ、それ以上に慣れなかったのは……
「……掛けた方がいいよね」
パッチールがまだ通話しないのか、と言いたげに私を見ている気がする。
「お仕事以外で男の人と話すなんて、なぁ……」
ジムリーダーの人と話をする、番組の関係で同年代や世代の違う人と話すことはあったが……それは仕事上の話だ。プライベートと仕事では訳が違う。とは言えど、最近は仕事が立て続けに入っており、ゆっくりと時間を掛けて話すことも難しい。イッシュ地方の各地を回ってのインタビューやポケドルとしての活動はやりがいを感じているが、ここ最近は疲れが溜まっていた。だからこそ、そんなイージーなミスもしてしまったのだろう。
「……えい」
思い切って通話のボタンを押す。数回のコール音が鳴ると共に、自身の手も震えているような気がする。そうして、本番前と同じ……それ以上に緊張しながら、連絡が繋がるのを待つ。
「あの……キョウヘイさんですか?」
「はい、ルリさん」
何か、何か話題を出さないと……
「そう言えばルリさんって男性ですか。それとも女性ですか。俺はこの通り男ですが」
「へぇ、キョウヘイさんて男の子だったんですか?」
顔が互いに見えないというのは意外と不便なものだキョウヘイさんの声は高く、若い雰囲気だと思うけれど……丁寧に話しているので、意外と年上かもしれない。
「顔が見えないのってけっこう不便ですね。ちなみに……私は女の子ですよ、ふふっ」
「そうですよね。その高い声で男性って言われたら……ドレディアにオスがいたって位、信じられないです」
「あはは……ドレディアにオスはいないと聞いたことがありますよ。ところで、キョウヘイさんは普段、何をされているんですか?」
「ポケモントレーナーです。今、バッチ4つと言う所です」
男の子は総じてポケモンリーグの制覇を目指す傾向が多い。キョウヘイさんもその例に漏れず、ポケモンジムへ挑戦しているようだ。それにしても……
「凄い、3つくらいで諦める人も出てくると聞くのに……大変なんじゃないですか?」
「まぁ……カミツレさんは強かったです。正直、どうしようかと思いました」
カミツレさんと言えばモデルでもあり、ライモンシティの……でんきタイプのエキスパートでもある。それにしても、よくキョウヘイさんはカミツレさんに勝てたものだ。私だったらきっと、直視しただけで動けなくなっちゃいそう。
「それじゃあ、カミツレさんにはどう勝ったんですか?」
何故か、妙な間が空いた。
「何か、あったんですか?」
「──ああ、いや。笑い話なんですけどね」
「笑い話、ですか」
ジム戦で……それも、ジムリーダー戦で笑い話になるようなことがあるのだろうか。
「はい。ライモンシティに着いた時、ポケモン達を散歩させていたんです。それで、戻って来た時にガーディがかみなりの石を持ってきてくれたんですけど……ボール遊びの要領でその石を弾いてですね」
「はい」
「近くに居たイーブイに当りまして……」
ルリ自身、色んな可能性を持つノーマルタイプが好きだ。イーブイを貰えるとか、羨ましいと個人的に思う程に。それ故に、キョウヘイの手持ちであるイーブイに何があったかを悟った。
「じゃあ、進化して……」
まさか、どの進化系にするか選べなかったとは……私だったら、イーブイのままにするかもしれないけれど……多くのトレーナーの楽しみでもあり、大いに悩む部分だ。
「でも、それがカミツレさんとの闘いで決定打になったんですよね」
「ふふっ、キョウヘイさんのガーディは先が見えていたんですかね」
「そうなんですかねぇ……そうすると、ルリさんにも感謝ですかね」
「何で、ですか?」
どうして自身が関係しているのかよく分からず、首を傾げる。
「実はイーブイがサンダースに進化したの……その直後なんです。ルリさんライブキャスターを拾って、通話したあの時の」
「えっ!?」
「いやー本当に、リゾートデザートまでもう一度ポケモンを捕まえに行くか、考え直していましたからね……進化しちゃったから、やってやるという気持ちになれたというか……」
「そうだったんですか……」
そうして話が一区切りついた所で、誰かの声がした。休憩時間の終わりが近いのだろう。
「あっ!先輩に呼ばれちゃいました。そろそろ仕事に戻りますね。では、さようなら」
「はい、また今度」
通話が終わったと共に、扉からマネージャーが入ってきた。
「もう移動時間なんだから急いで準備を……って、ライブキャスターね。ま、いいわ。ご家族か拾ってくれた子かは分からないけど、いい気分転換になれば」
「はーい」
私の不手際から始まったキョウヘイさんとの関係だが、キョウヘイさんは優しい方なんだろう。短い間とはいえ、何とかやって行けるだろうという気持ちにさせてくれた。
それから三日後、最近はイッシュだけではなく、他の地方からも仕事があるのは有難いが、生憎とポケモンのように身代わりなんて使えず、体は一つ。仕事で別の地方へ移動するのはもう慣れたものだが、移動の疲れはやはり残っていた。けれども、ホテルの一室で休む時間だって台本の読み込みが必要な時もあり、ここ最近は休みらしい休みが取れていない。
「ふぅ。ようやく一息ついたね」
日に三度はポケモン達をボールから出して自由にさせているが、きっとこの子達も疲れている。次の休みで一気に疲れを取りたいところだが、後30分もしたらマネージャーから次の仕事の説明がある。幸いにして今はすることがない。となると……
「そうだ。今なら話しても問題ないはず。ライブキャスター、ライブキャスター……と」
定期的な連絡と言いながら三日も経ってしまったことに申し訳なさを覚えつつ、通話のボタンを押した。
「あの……キョウヘイさんですか?」
「はい、ルリさんですね」
「時間が空いてしまってごめんなさい。定期的に連絡すると言ったのに、早速時間が空いてしまうなんて……」
「いやいや。お仕事が忙しいんですよね、仕方ないことですよ。確かにそんなに忙しいなら交番ではなく、拾った人に預けたくなるのかもしれませんね」
そう言われれば、どうして交番や各街の警察の方に届けるという発想が出なかったのだろうか。最悪、マネージャー経由で取りに行ってもらうことも出来たはずだ。
「あ……」
「俺は気にしませんよ。今はジム巡りであちこち動いている身ですし、ルリさんほど用事がある訳ではないので、基本的に通話は出来ると思いますから」
「……ありがとう。仕事をしていたら、時間があっという間に経っちゃって」
ポケドルとして活動している中で、一番怖いのが身バレだ。かつては、強烈なファンによって住所を特定された人がいて、それを切っ掛けに辞めてしまった先輩もいる程だ。そんな気持ちを感じさせない相手が拾ってくれたというのが、非常に有難かった。
「俺も今はジム制覇を目指して頑張っていると、時間が直ぐに過ぎてしまうんです。だから、お互い様ですね」
もう少し話していたい……ものの、自分の中の話題では何処まで言って良いかが分からない。咄嗟に頭の記憶を総動員させて、先日会話した時のことを思い出した。
「そう言えば、前回お話した時はライモンシティのカミツレさんに勝ったという話でしたけど、その後はどうされたんですか。次はホドモエシティのヤーコンさんですよね」
我ながら、良い話題ではないだろうか。
「良く知っていますね。実は、ジムリーダーへ挑む前にジムトレーナーと戦ったんですが、苦戦しちゃったんで鍛え直しています」
確かにカミツレさん、ヤーコンさん、フウロさんは親米トレーナーの鬼門とも言われ、ここで諦める人もいるらしい。キョウヘイさんも負けてこそいないが、その洗礼を受けているようだ。
「そうなんですね。私はあまり対戦をしないから分からないのですが、やはりジムリーダーは強いんですか?」
「そうですね。ジムリーダーはジムトレーナーと比べて1段階強いと思います。特に、そのタイプのエキスパートだから、苦手なタイプが来たとしても全く動じていないというか。冷静に対処してきますので、油断するとこっちが負けてしまいそうになるんです」
確かに、挑戦者であれば弱点をついてくるだろう。それを物ともせず冷静に、常日頃から立ち回るなど……今の自分に出来ているだろうか。ポケドルという場所で、彼らのようなかっこいい人になれるだろうか。
「それは凄いですね。やっぱりその地方のタイプエキスパートを名乗られる実力がある、ということですね。それじゃあ、今はどの辺りにいらっしゃるんですか?」
「ライモンシティの近くですね」
「もしかして、若い人が集まる街ですからトレーナーと対戦して鍛えている、とかですか?」
「……そんな所です。スタジアムとか左右の道路にもトレーナーや野生のポケモン達がいるんで、そこでしっかり鍛えてから挑戦したいと思っています」
「先輩から聞いた話ですけど、カミツレさんやヤーコンさん、フウロさんといった方々から強さが一段上がってジム制覇を諦める方もいらっしゃるそうです。大変だとは思いますが、細やかながら応援しています」
一時、ポケドルとポケモントレーナーを両立する、と威勢よく言い放った人がいたらしいが……あえなく撃沈したらしい。タイプのエキスパートの猛者がリーダーとして務めているのだ、早々に勝ち抜けるほど甘くはない。
親元を離れ、そうした中での一人旅の精神的負担は想像を遥かに超えてくるだろう。もしかしたら、キョウヘイさんは口に出さないだけで、心寂しいと思うこともきっとあるかもしれない。私のようにマネージャーがいる訳ではないのだから。だからこそ、頑張って欲しい。
「ありがとうございます」
「ところで、キョウヘイさんは色々なポケモンを捕まえていると思うんですけど……どんなポケモンが好きなんですか?」
どう答えようか、と色々悩んでいるのか小さく唸る声が聞こえる。
「……こう、何といいますか。燃えるような気持ちにさせてくれるポケモン、ですかね?」
燃えるような……
「へぇ、キョウヘイさんてほのおタイプが好きなんですか?可愛いポケモンが多くていいですよね、ほのおタイプ」
バオップ、ロコン、ガーディ、イーブイの進化形のブースター……うん、やっぱり可愛いポケモンが多いよね。
「そ、そうですね。後、進化させると一段と強くなる印象があって、育て甲斐があるというか」
「確かに、ガラッと姿が変わる子もいますね。進化の時はいつも驚きです」
「そこがポケモンを育てていて面白い所ですね。似ているポケモンだったとしてもタイプが違っていたり、タイプが同じ進化系だと思ったら覚える技も皆違う。だから、その人がどう戦うのか、どうポケモンと過ごしているかが分かるので、ポケモン対戦が好きですね」
声こそ高いけれど、考えが深いような……もしかして、思っている以上に年上なのだろうか。顔の見えない相手の想像をしていると、休憩室の扉からコンコンと拳で叩く音が届く。いつの間にか時間が経っていたらしい。
「あっ!先輩に呼ばれちゃいました。そろそろ仕事に戻りますね。では、さようなら」
「はい、また今度」
もう少し話していたいと思っていたが、改めて時間を見ると25分も経っていた。確かに、もういい時間だ。
「はい、マネージャー」
「お、今日は直ぐに来たわね。ご家族と連絡は出来た?」
「あ」
こんな時、私は直ぐに顔に出てしまう。だからこそ、眉を顰めたマネージャーも私が誰と連絡していたのか想像がついたのだろう。
「例の……拾ってくれた男の子?」
……うう。
「はい」
「ちょっと、会ってもいない子にのめり込まないでよ。ただでさえ、ルリは騙されやすいんだから」
それには少し抗議をしたい。幾ら私だって、身バレには極力気を付けているのだから。
「え、ちょ……私、そんなに騙されやすそうですか?」
「ええ、とっても」
マネージャーの自信たっぷりな笑みと声に、反論が出来なくなってしまった。