アッツォのキッチンを出た後、アベニューを見て回ることにした。
ルリさんは相変わらず中々休みが取れないらしく、女性なのにショッピングをする機会すら中々取れないらしい。ここぞとばかりにアベニューの店だけではなく、ライモンシティ内にもあるお店を見て回ることになった。ポケモンに関する話なら俺でも出来たんだけど、ちょっとした事件が起きたのは、あるアパレルショップへ入った時のことだ。
正直な所、俺は今まで衣服には拘りがなかったし、イッシュ地方を旅していることもあって衣服は動き易くて丈夫なものであればいい……そんな風に考えていたんだ。けどあれは……うん、色々と衝撃的だった。
「これ、似合うと思う?」
「似合う……と、思う」
似合うと思う。色のバランスも派手じゃないからルリさんらしいと思う。けど、この答え、何回かやっているんだよなぁ、不味いよなぁ……
「むー……」
さっきからルリさんもプリンみたいになっているし……どうすればいいんだろうか、こんな時。
「……」
沈黙が辛い。うん、正直に言った方がいいかな。
「ごめん、あんまり服って分からなくて……」
「別に、謝って欲しいなんて言ってないんだけど」
「う、え、あ、そ、その……」
やばい、何か間違ったみたいだ……助けて、ヒュウ。
「キョウヘイ君、そのスポーティな服とかはお気に入りなんだよね」
「うん、動き易くて丈夫、汚れが落ちやすい方が旅をするには都合がいいからね。草むらは勿論、ポケモンの波乗りで移動する時もあるし、洞窟、後は……」
あ、プラズマ団の拠点を駆けまわりながら、あいつらが使うポケモンの攻撃を避けながら戦うことはもうないのか。
「……後は?」
あ、ルリさんはプラズマ団のことは知らないし、人に言い触らすつもりもないから……
「……ポケモンの技がたまに俺の方にも飛んでくることがあったからさ。遊びに行く時の服ってあんまり考えたことがなくて……」
「じゃあ、今までどんな服を着た人が印象的だった?」
女性でどんな人が印象的だったか、か。
「うーん、トレーナーだと……」
ベルさん、博士、色んな場所にいるトレーナー、うーん……
服……というよりは第一印象で、トレーナーとしての強さ、後は……
「そうだなぁ……フウロさんかな」
ジムの仕掛けとか、あれはなんなんだ一体。あれで安全に配慮してああなったと聞いたけどどういうことなんだろうと思ってチェレンさんに聞いたら、二年前は大砲を使っていたとか……うん、安全って何だろう。
「フーン……」
え、何かルリさんの視線が険しい。なにか不味いこと……あ。
「ちょっと待っててね」
声をかけようと思ったら、それよりも早くルリさんがあっという間に衣服を選んで試着室に向かっていった。
「あ、あー……」
え、どうなるの、これ。なぁ、お前達。こんな時はどうすればいい?
そこ、露骨に呆れた顔をするんじゃない。どうすればいいのか、全然分からないんだよ!
とりあえず、ルリさんが着替え終わるのを待つ。でも、試着室から出てきたルリさんになんて声をかければいいんだろう……
悩んでいる内にルリさんが着替え終わったらしく、控えめに試着室の扉を開けたんだ。
「これ、似合うかな?」
少し恥ずかしがりながら俺に聞いているんだろうけど、正直それどころじゃない。
「……………………」
それは、ローブシンが俺の頭にアームハンマーをしてきたかのような衝撃だった。
「キ、キョウヘイ君……?」
「……え、あ、う……うん。す、凄く、似合う」
試着室から出てきたルリさんは、落ち着きながらも大人びた印象に早変わりしていた。
ベージュの上着の下には白いシャツを着ている。下はルリさんの髪と同じピンクの長いスカートを着ていてとても大人っぽい。大人っぽいんだけど……その白いシャツは敢えてなのか、少しだけお腹が見えていた。そ、その、なんというか……
大人しい印象のルリさんが衣服を変えるだけで、ここまで印象が変わるとは思わなかった。
「そっか、良かった。えぇと……今日着ている服や帽子とどっちがいい?」
「え、ええと……」
この後、何て答えたのか全く覚えていない。確か、いつもの服の方が落ち着く……だっけ。分かることは結局、何も買わずにお店を出たことと、ルリさんが以降は上機嫌だったことだけだった。
その後も何軒かお店巡りをしている内に、外は夕方になっていた。
「もう夕方か、早いなぁ」
「うん、あっという間だったね。最近はまとまった休日が無かったし、お出かけも全然出来ていなかったから、体調を崩してラッキーだった、かな?」
こう、下から覗き込むように言わないで欲しい。こう……
「そ、そうだったら良かった」
1つ受け答えするたびに、心臓がギガイアスのように大爆発を起こしそうだ。
「キョウヘイ君?」
「ああ、いや。何でもない、何でもない」
どうしたらいいのかが全く分からない。メロメロになったポケモンが中々技を使えないのってこういう感じなのか。でも、あれは異性に対してなら誰でも通じる訳で……
「ねぇ」
ルリさんの手の感触が伝わってくる。ちょっとひんやりしてて、その……
「な、なに、かな?」
「よかったら観覧車に 乗らない? ライモンシティの観覧車は眺めがきれいなことですごく有名なんだけど……」
そう言えば、前回の待ち合わせも観覧車付近だった。以前から乗りたかったのかな。俺はヒュウやチェレンさんと乗ったことはあったけど……
「う、うん。いいけど……」
観覧車の列を見れば相当な人数が並んでいる。
「帰る時間は、大丈夫?」
俺は最悪、ポケモンセンターかアベニューで寝泊りしているからどうにでもなる。けれど、ルリさんは相当に忙しい仕事をしているという。明日のことも視野に入れた方がいいかもしれない。
「うん、今日は大丈夫。それにね……」
ルリさんの俺の手を握る力が少しだけ強くなった。な、何だろう。
「私……キョウヘイ君と乗りたいの」
頭へギガインパクトをくらったような衝撃が襲ってくる。おまけに、一瞬だけ目が眩んだ気もする。
「それとも……キョウヘイ君は私と一緒に観覧車に乗るの……嫌?」
ルリさんの拗ねた声が、何度も俺の頭に木霊する。
「そ、そそ、そんなな、ことない、ないよ。分かった、急いで並ぼっか」
お。お、お俺は、ももも、もう、ひんし状態なんだ。
誰か、今すぐ、今すぐにでも俺に大爆発を指示して欲しい。文字通り心臓が飛び出しそうだし、声も上擦っている。
「……うん、いこっか」
ルリさんもルリさんで、ちょっと顔が赤いしさぁ!!
って、ボールがカタカタしている……?
「…………」
お、おお、おおお、お前達はモンスターボールの中で俺のことを笑うんじゃない!
「…………あ」
でも、また揶揄われたことで返って冷静になれたぞ。こういう時は深呼吸だ、深呼吸。後でこいつらから揶揄われるかもしれない、ここでしっかりしないと。
「そ、そう言えば、この観覧車に乗ったことはあるの?」
「ううん、今日が初めて。弟や妹はお母さんやお父さんと乗ったことがあったけどね」
「あー……」
ライモンシティ名所の1つだけど、一人では乗れないから観覧車前で涙を呑むか、観覧車付近でポケモンバトルする人がいるんだよね。そう言えば以前、チェレンさんがあんなことを言ってたなぁ……
──あいつ、夏だけは意地でも観覧車へ行かないようにしていた。一度、本格的に身の危険を感じた時があったらしいよ。キョウヘイ君もライモンシティにいることが多いだろうから、気を付けてね。
一体、何があったんだろう。知りたくもないけど。
ルリさんと他愛のない会話をしながら順番待ちをしていると、自分達の番がやってきた。係員へ二人分の料金を払い、早速乗り込んだ。
「あ、あの、お金……」
「ルリさんは普段忙しい人で時間を作って来てくれたんだから、これ位はね?」
「あ、ありがとう……」
ルリさんは普段から忙しい人で、そんな人が時間を作って来てくれたんだ。せめて、この程度のことはしないとね。
ゴンドラの座席は向き合うように座る形式だ。二人並んで座ることも出来るけど、今回は向き合って座る。
「それでは、閉まりまーす」
係員が扉を閉めると共に、ゴンドラがゆっくりと昇っていく。それにしても不思議な縁があったものだ。落とし物を拾って届けてそれで終わりかと思っていたけど、まさかここまで続くとは思わなかった。
「あっ、ええっと……なんだか緊張するね……」
このゴンドラの限られた空間のせいか、普段は画面越しでしか話せないルリさんが目の前にいることを、手を伸ばせば届く距離にいることを否応なく意識させられる。
「う、うん。そうだね……」
ゴンドラがゆっくりと上がっていく。さっきまで二人で取り留めのない会話をしていたというのに、緊張から思ったように話題が出てこない。
「…………」
お互いに無言、何もしないままだと真っ直ぐルリさんを見つめているようで……恥ずかしくなった俺は、サンバイザーを下げて目元を隠してしまった。ただ、それはルリさんも同様らしい。帽子のつばをさげているけど、顔の向きは俺を向いている。
「あなたって不思議…… 話していると元気になれる……」
ぽつりと溢した言葉は、日頃忙しいルリさんの本音なのだろう。
「そ、そうかな。だったら良かった。けどそれは、ルリさんだけじゃなくて俺も。ここ最近、色々と気を張るようなことが多かったんだけど、ルリさんと話す時はそんなことが気にならなかった。それに……この前の名前の相談とかも参考になったんだ」
このゴンドラももうじき一番高い所につく。この観覧車が終われば、いつものようにライブキャスター越しの会話になってしまう。だから、普段の会話では言えなかったことが口に出来たんだと思う。
「……そっか。私、色々と相談していたけど、私もキョウヘイ君に力になれていたんだね……良かった」
少し紅潮したルリさんの顔を見て、気恥ずかしくなった俺はルリさんから目線を外す。そうして、昇っていくゴンドラから見える景色が──
「──……あぁ」
夕焼け空から見下ろすイッシュ地方がとても綺麗だと思った。チャンピオンロードまで向かった俺はイッシュ地方の大部分を回った。だからこそ、今までの旅路を思い出す。ジムバッヂを集める為にジムへ挑戦したこと、ヒュウと一緒にプラズマ団を追った日々のこと、チェレンさん達も蔭ながら協力してくれたから、プラズマ団を倒すことが出来た。
全ての道路、全ての街を回った訳じゃあないけれど、自分の脚で回ったからこそ、この眼に映る景色がとても大事なものだと……そう、感じたんだ。
「わぁ、凄くいい眺めだね」
大体、ルリさんとのこの一時もゲーチスを倒さなかったら無かっただろうし。
「うん、こんなに綺麗だったんだな」
「……キョウヘイ君?」
ここ最近までプラズマ団やらアベニューの施策検討やらで慌ただしくしていただけに、そう思う。うん、こういう時間っていいな。
最頂点を過ぎたゴンドラがゆっくりと下りていく。
「もう、半分過ぎたんだね」
「そうだね。今日と同じであっという間だ」
どうせなら少しだけ、頂上で時間が止まればいいのになぁ……さっきまで見えていたセイガイハシティやサザナミタウン、ソウリュウシティの場所も見えなくなる。
……アナウンスが鳴った。
どうやら、あと少しで降りなければならないらしい。
「今日は会えてよかった。私、最近まで色々と相談してもらっていたから。だから、会って言いたかったんだ。ありがとう…… って」
「それは俺もだよ。最近は本当に色々あって……でも、ルリさんと話している時間はそんなことを考えなくても良かったんだ」
二人でゴンドラを下り、観覧車に並ぶ人達から離れて、近くのベンチへ座った。
「そうだ。急だったけど、今日は楽しかった?」
「うん、それは勿論。それにね……あはは……キョウヘイ君にはすっごく感謝してるの。やっぱり、今の仕事を頑張れるのも、キョウヘイ君のおかげだと思う」
ドクン、と大きく心臓が跳ねる。同時に、温かい気持ちが広がっていく。
「出来れば、これからも話し相手になってくれると嬉しい…… かな」
「うん、また連絡する」
普段、ルリさんが何をしているかは未だに分からない。けど、忙しい中でも、ヘトヘトになりながらも頑張っているルリさんのことを応援したい……そう、思ったんだ。
「じゃあ、そろそろ帰るね……今日はすごく楽しかったよ。またね、キョウヘイくん!」
ルリさんは帽子を深く被り直して、遊園地区画を後にした。その姿が見えなくなるまで見送って、大きく息を吐く。
「あぁ、これでまた当分はライブキャスターでの会話かぁ……」
だけど、ルリさんは仕事で頑張っているんだし、俺もその頑張りに負けないように。
例えば……ポケモンリーグ。バッジこそ集めたけれど、まだポケモンリーグ制覇は出来ていない。ポケモンリーグ制覇は俺の目標ではあるけれど、他にも色んなことがある。アベニューだってその一つだし、ポケモン図鑑を使った調査もまだまだ道半ばだ。他にも色んな話をジムリーダー達から聞いたけど、まずはリーグの制覇を目標に頑張ろう。
気を取り直して空を見る。
既に夕日は落ち、既に東の空から昇った月が顔を見せていた。あぁ、確かあんな空の色を瑠璃色って言うんだっけ。
「……よし、俺も頑張ろう」
画面の先のあの人が頑張っているように、俺も今できることを確実にやっていこう。