昨日は考えもしなかったことが起きた。久し振りに直接会えたのは良かったけど、極めて心臓に悪い出来事だ。応接室で無理矢理落としたから疲れが妙に残ってる。というか、昨日は俺のベッドにルリさんが……
「あー、あー、あー!!!」
まだ、イチミさんとミライさんは来ていないから、声を出しても多分セーフ。朝だったら、ここ通る人もそう多くないから、多くないから……そう、だよね?
「…………」
モンスターボールにいる皆から、呆れた顔をされた。止めろ、分かっているんだ、これでも分かってはいるんだ。
「あー、アベニューの資料見ないと……」
本当はやるべきだった資料の確認、昨日進めたけど全然集中出来なかったんだよね……
「出来るかな……」
気を抜けば、ルリさんのことが過る。そりゃあ、何時も寝ているベッドで寝た訳だから、気にならないはずが無い。ルリさんが帰った後でも、部屋に入れる気がしないんだから……
「ダイ、ケンキ?」
昨日も俺の意識を落とすのに手伝って貰ったくらい付き合いの長いメンバーだけど、どうして外に行こうとしているんだ?
「ダイケンキー?」
ライモンシティじゃなくて、リゾートデザート方面に向かって一体何を……
「ブボォッ!?」
水!?
「っとぉ、いきなり撃つなって。何なんだ、一体……」
まず、急に水を撃つなって。それからなん……あぁ、何か分かったわ。
「よほど、腑抜けてたってこと?」
ダイケンキが珍しくため息ついた。今まで見たこと無かったぞ、そんな姿。そして、お前らも呆れたように頷くな。
「まぁ、でもそうか。今のも普段だったら避けられたはずだったし」
確かに、腑抜けてると思われて仕方ないか。でも、丁度よかった。水を受けたお陰でいい感じに目も覚めた。
「サンキュ、ダイケンキ。まずはやることやってから、だよな」
そうそう、ルリさんと連絡は取れるんだ。だったら、その時までにやれることはやっておかないとね。
昨夜も資料を確認していたから、何とかイチミさんやミライさんが来る前に終わった。
「確認、ありがとうございます。少し眠そうですが、大丈夫ですか?」
「あー、いや、うん。昨日、寝るのが遅くなっちゃってさ……」
「ポケウッドでの撮影で疲れもあるとは思いますが、無理はしないように」
「すいません……」
気分転換の為に執務室から出ると、アベニューの大通りから人の話し声が聞こえる。
それにしても、アベニューへ来る人が随分増えた。ホドモエシティで開かれたバトルトーナメントが好評だったから、他の地方からも人が来るようになったし、それに併せてイッシュの人も活気づいた……のかもしれない。最近のプラズマ団が起こした事件を終わらせた身としては本当に終わったんだな、と実感させてくれる。
「あ……」
そう言えば、今日はヒュウがアベニューに足を運んでくれる日じゃなかったか。急いで戻ろう。
「ご友人のヒュウ様がいらっしゃっています。応接室へ案内しておりますが体調は大丈夫……ですか?」
「あぁ、うん。昨日、ちょっと寝付きが悪かっただけだから……今すぐ行くよ」
それにしても、ヒュウがわざわざアベニューに来てまで話すことって何だ?
「ごめん、待たせたよねヒュウ」
「別に。そっちこそ悪いな、忙しいのに」
「いや、ヒュウだって忙しいでしょ。怯えているポケモンを世話するのって大変じゃないか」
「まぁな。けど、それはまだ他の元……でも出来ることだ。俺よりも前からずっとやっているから、どうしても暴れそうなポケモンが出た場合に取り押えて落ち着かせている」
ヒュウによれば、未だに手元に戻れないポケモンも多い。ヒュウの妹のように、時間が経ったことで元のトレーナーを忘れてしまったポケモンも、その逆も多いという。
「凄いじゃん。前まではあんだけ敵意剥き出しだったのに、もう任されているんだな」
「ま、あの元……がやっていることに嘘はねぇからな」
一緒にヒオウギを旅立ったヒュウは、今でも気楽に話せる数少ない相手だ。とは言え、一応言い辛いこともあるからこうしてぼかして話すこともある。例えば口に出し辛いある集団をどう呼ぶか、とか。
「それにしても、イッシュリーダーズトーナメントぶりだっけ」
「そうそう。前から知ってはいたけど何処までも強くなるな、キョウヘイは。さっき秘書の人から聞いたけど、今度は映画俳優もやっているんだって?」
「流されて、だけどね。ホミカさん経由して伝えられたから断り辛くて……」
「すげーじゃん。大体、スカウトされる程見込まれる人なんて早々いないんだから、やりたいようにやればいいんじゃないのか?」
それはそうかもしれないけど、さ。
「……アベニューを管理しながら、図鑑集め、それに新しいトーナメントの出場にも誘われている。そこに俳優って考えるとさ。色々、厳しくて。これでも回答は先送りしていたんだけど、断り切れなくてさ」
「あー……そりゃ、キョウヘイも体は1つだしな」
「中途半端にやるのもどうかと思ったんだけど、繋ぎを作る意味でやったらどうだってイチミさん達から言われてさ。幸い、アベニューは安定しているし、折角だから新しいことをしてみたらどうだって言ってくれたから、やってみることにしたんだ。だけど……」
「珍しく弱気だな。ジャイアントホールでやったことに比べたら、どれも大した事じゃないだろ。お前は凄い奴なんだから、もっと堂々としてればいんだよ」
確かに、重さという意味ではあっちの方が重いか。プラズマ団か、プラズマ団と言えば……
「よく数人で倒せたよな、あの時」
「そりゃチェレンさんやシズイさん含めて、色々な人が協力してくれたからな。キョウヘイが祀り上げられてないのも、チェレンさんやシャガさんが手を回してくれたからだって聞いたぞ」
「やっぱり、そうだったのか」
通りで、イッシュリーダーズトーナメント関連以外で連絡が来ない訳だ。
「今、お前がどう考えているかなんて分からないけどさ、納得できる理由があればいいんじゃないか」
「……」
「珍しく悩んでいるから聞くけど、どうして俺に協力したんだ。まぁ、よっぽど嫌がらない限り巻き込むつもりだったけどさ」
「そりゃ、ヒュウの妹の沈み具合やヒュウの荒れようを知っていたし、放って置けなかったから……」
「……っていう理由をさ、見つければいいんじゃないか。多分、お前の中で納得出来ていないからなんだろ、そんなに悩んでいるのは。だったら、見つければいい。俺が今の……に協力しているのだって、俺自身で納得出来たからだ」
付き合いの長いヒュウには見抜かれたけど、それでいいのかもな。ハチクさんもそう言っていたし。あぁ、自分で納得できる理由、か。確かに、そうかもしれない。
「サンキュ、ヒュウ」
「気にすんなよ。大体、それを言うならキョウヘイがいなかったら、レパルダスは未だにあいつらに囚われたままだったんだ」
「……そう言えば、レパルダスはどうしているんだ。確か、威嚇はしなくなったんだろ」
「あぁ、それがよ!!」
お、おおう。
「私もレパルダスと一緒にヒュウ兄やキョウヘイさんみたいな旅をしたい……だってさ!」
以前の姿が無くなったのは手放しで喜べる。でも、俺とヒュウの旅路は真似しない方がいいよ?
「そこまで良くなったんだ」
「あぁ、俺の時はもう少し時間が掛かったから不安だったんだけどさ。チェレンさんにも見て貰ったけど、かなりいい状態なんだ。多分、ポケモンバトルももう少しで出来ると思う。それで何時か、ライモンシティのミュージカルにレパルダスと一緒に出たいんだってさ!」
あぁ、ヒュウみたいに復讐……いや、取り返す為の旅じゃないんだな。うん、本当に良かった。確かミュージカルと言えば……
「行ったことないけど、自分の自慢のポケモンをお披露目したい人が集まっているって聞いたことがある。最近はポケモンバトルのブームもあってか、バトルが苦手な人でも楽しめるよう、初心者向けのミュージカルステージを検討しているって聞いた」
「お、マジか。それにしても、この前のトーナメントでお前に勝っていれば、妹にももう少し旅の成果を見せてやれたんだけどな……」
通りで張り切っていた訳だよ。あぁ、トーナメントと言えば……
「前から聞きたかったんだけど、どうしてあのトーナメントに参加してたんだ。ヤーコンさんからは応募してないって、聞いたけど」
「それなんだけどさ。ヤーコンさんは元々自分が参加するって言い張って聞かなかったらしいけど、他の参加者達が畏縮しちゃったらしくてさ。後で聞いたんだけど、ホドモエトーナメントでは控えてたから今度こそは……って、滅茶苦茶意気込んでいたらしいんだ」
確かに、あの人ならそう言いそうだ。
「で、その分を一枠既に確保していたけど、他の人の反応から仕方なく今回は諦めることにしたんだ。イッシュ再興を記念してだから出ても良かったと思うけど、色んな人の意見を聞いたんだろうな。で、だ。生半可なトレーナーに俺の代わりを任せる訳には行かないぞ、と考えていた時に俺を見掛けたらしくてさ」
「あぁ、それで」
「あの人だし、変な優遇させる訳にはいかねぇって言い出しそうだろ。急遽、勝ち抜きダブルバトルに参加したんだ」
「その状態であの順位って凄くないか。あれ、そう言えばヒュウの家族は来る予定って無かったんだろ?」
確か、トーナメント後に家族でライモンシティとジョインアベニューに寄ったって聞いたけど。
「それはあの人が用意してくれた」
「ヤーコンさんならそれ位はするか。それであの予選、何連戦したんだ?」
「3連戦だな。戦闘不能になったポケモンは予選が終わるまで出来ないってルールでさ。かなり危なかった」
それ、俺でも結構きついと思うんだけど。調整期間とか無かっただろうに、よく勝ち上がってこれたな……
「そうだ。落ち着いた時に聞こうと思っていたんだけどあのバッフロン、凄くタフだった。どうやってあんなタフに……」
「……」
自分のポケモンのことなら自慢すると思ったんだけど、何かヒュウらしくないな。
「あのバッフロンは元々……いや、譲り受けたんだよ」
「じゃあ育てた人がよっぽど強い人だったのか」
「そうかもな。だけど、トレーナーとしては最低の部類だよ」
妙だな、知らないトレーナー相手にはっきり言えるものなのか。これ、あんまり深入りしない方がいい話か。って、そうだ。どうしてヒュウは今日、俺と直接会って話をすることに拘ったんだ……?
「……そっか。けど、ヒュウの手に渡ったなら安心しているだろうなバッフロンも。それで、どうしてわざわざ会いに来たんだ。バトルなら受け付けるけど」
予想はしていたけど、やっぱり何かがあったらしい。黙り込んだヒュウの次の言葉を待つ。
「……キョウヘイ、最近誰かに見られているとか、そんな感覚はあるか?」
……ちょっと待て。
「……何で、それを」
最近、俺も薄っすらと感じているそれを、ヒュウも感じたことがあるってことだよな。一体、誰なんだ。
「この前、ホドモエで泊まった時にあいつらが来た」
「ヒュウがホドモエに泊まる用事なんて1つしかないだろ……って、まさか」
ヒュウがホドモエシティで宿泊するなら、決まって元プラズマ団が集まっているあの教会だ。そこにやってきて、俺にだけ話すってことは……
「あぁ、あいつらだ」
間違いなく、イッシュ地方を旅する中で俺達を苦しめたあいつらだ。プラズマ団の船は消息を絶ち、ゲーチスもあいつらが運んで行った。だから、完全に終わったことだと思っていた。それでもまだ……
「ダーク、トリニティ」
「伝えたからな。俺も警戒しておくけど、キョウヘイも注意しろよ」
そう言って、ヒュウは応接室を後にした。