画面の先の別世界の君   作:久遠の語部

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ルリ編17:ルリとルッコの境界線

 久しぶりのキョウヘイ君との会話。本当は毎日でも話したいけど、キョウヘイ君は色々と忙しい人だから我慢、我慢。でも、こうして話せたのなら話は別だ。話せる限りの時間いっぱいで色々なことを話したい。

 

 「そう言えばこの前、観覧車で聞いていた悩みは解決したの?」

 「うん、いい切っかけがあってさ。自分なりに整理出来たと思う」

 「……良かった」

 「ありがとう。そうだ、交換したイーブイは元気?」

 「うん。妹や弟も構いに行ってて、元気いっぱいだよ。仕事仲間からは羨ましがられているけどね」

 「確かに、イーブイって野生で探そうと思うと全然見つけられないからね。俺も最初に捕まえた時は苦労したなあ……」

 「本当、何処にいるんだろう。最近はテレビでもイーブイの話で盛り上がっているみたいだけど、全然見つけられないから一部では幻のポケモン扱いされているんだよ」

 「あー……でも、イーブイも困っちゃうから、程ほどにして欲しいなぁ」

 

 キョウヘイ君と顔と声色で分かる、あんまりよく思っていなかったみたい。ごめんなさい。その原因は間違いなく私です……

 

 「最近は忙しくてそういうこと、全然知らなかったな。ポケモンの大量発生くらいは確認しているんだけど……」

 「やっぱりアベニューのお仕事とかが忙しいから?」

 「うん、他にもすることがあって」

 

 知っている。キョウヘイ君は言っていないけど、俳優のお仕事もしていて最近撮影が終わったことも。ただでさえ、ポケモントレーナーとしてイッシュ地方でも指折りの実力者、その上でアベニューの仕事もしていて、俳優の仕事も兼任している。私でさえ、ポケドルと言う仕事の枠組みで様々な仕事を頂いているけど、こうも沢山の仕事を熟しているなんて、キョウヘイ君は凄まじい。初めてライブキャスターで会話した時は同年代のポケモントレーナーだと思っていたけど、どんどん届かない人になっているような気がする。

 このままだと何時かキョウヘイ君は、本当に画面の中でしか話せない人になってしまうかもしれない。それは……嫌だ。

 

 「他にやっていることって……もしかして、ポケモン図鑑?」

 「……まぁ、そんな所」

 

 まだ、キョウヘイ君は何かを隠している。ただ、それを私が聞く事は出来ない。だって、私だって隠してる。ポケドルのルッコで、キョウヘイ君が俳優をしていることも既に知っている。質問責めすれば答えてくれると思うけど、キョウヘイ君がアベニューの実質的な管理人であることを伏せているように、私と同じように違う自分を纏っている。もし、私と同じようにこの時間を楽しんでいるのなら、簡単に聞くことはできない。それをする時はきっと……

 

 「…………ところで、ポケモンの大量発生ってなに?」

 

 踏み込もうとして、踏み込めないまま話題を変える。情けない私(ルリ)と変えないままでいられて安心する私(ルッコ)を画面の外へ追いやって。

 

 「原因はよく分かってないんだけど、ソウリュウシティの氷が溶けた後からかな。全体的にポケモンの活動が活発になっているんだって。その影響で色んな場所でポケモンが一時的に大量に出てくるみたいなんだ」

 

 そんな話はうっすらと聞いたことがある。以前のイッシュ地方では見かけなかったポケモン達が姿を見せるようになっている、と。

 

 「そう言えば、以前と比べればポケモンの種類が増えたって話を聞いたことがあるよ。小さい頃はあまり気にならなかったけど、今の仕事を通して色んな地方へ行くことになって、地方によって出てくるポケモンが全然違うことは知っているけど、そんなポケモン達がイッシュでも見かけるようになったんだ……」

 「そう。だから、色々と時間を見つけては調査も継続していきたいんだ。ポケモン図鑑を更新した時に知ったんだけど、その時と比べると倍ぐらいには増えているという話も博士から聞いていてさ」

 「……えぇ、そんなに!?」

 

 もしその調査もしているのなら、キョウヘイ君は私以上に忙しいはずだ。実力あるポケモントレーナーでありながら、アベニューの経営をしていて、バトルトレインでも多くの記録を残している。加えてポケウッドに大量発生の調査もしていれば、充実こそしていても心が休まる時間なんてないのかもしれない。

 

 「まあ、調査は俺自身興味あるから時間を作って調査したいんだけど……最近は、全然進んでいなくて」

 「そう、だよね。ある地方では特定の日にしか現れないらしくて、何日も同じ場所に滞在して調査する人もいるって聞いたことがあるよ」

 「凄い忍耐力だな、その人は。こんなことになるとは思ってもなかったけど、以前からいたポケモンのリストは大体集まっているから、後は新しく住み着いたポケモン達の調査が今後の中心になるかな」

 

 キョウヘイ君、楽しそう。やっぱり、ポケモンが好きなんだね。……あぁ、あっという間だ。もうじきマネージャーが来る時間になってしまう。

 

 「またね、キョウヘイ君。今度は……もっと早く話せたらいいな」

 

 私から連絡を取ってはいけないことに、怖さを覚えた。

 今までは忙しいというのは私も分かっていたし、私自身も忙しい日々を送っている。実際、三日後には生放送の予定がある。それでも、気軽に連絡を取れないことがとても怖いと思ったんだ。

 

 

 それから三日後。今日はイッシュ地方で最近流行した音楽を発表する生放送番組の日。その番組の中で私やテンマ君は司会もしながらステージへ上がることになっている。マネージャー達から聞いた話だと、スタジオのロビーには既に多くの関係者が慌ただしく行き交っている。

 

 普段だったら、もう少し気持ちを整えて本番に臨むところだけど……どうしてだろう、気持ちが遠くにある。大勢の観客が来てくれて今日を楽しみにしている人が多いのに、ずしりと何かがのしかかっているような……そんな感覚。ただ、その気持ちが上がらない理由なんて、もう分かり切っていた。

 

 ──これもきっと、キョウヘイ君の目には届かないんだろうな……。

 

 彼が新しい音楽を聴いていることは、前に聞いた。しかも、その歌手は若い女性だと言っていた。もしかしたら、もしかしたらその中に、私の歌も含まれているかもしれない――そんな淡い期待はある。あるけれど、それだけじゃ足りない。今日のこのステージを、彼に直接見てもらえるわけじゃない。

 本当は聞いてもらえているだけで満足していると思っていたのに……足りないの。

 

 まずい。もうじき本番前の休憩が終わってしまう。

 

♪♪♪~、♪♪♪~、♪♪♪~

 

 「え……?」

 

 楽屋の部屋からライブキャスターの着信音が響く。見慣れた表示に、心臓が跳ねた。こんな時に……でも、いや、こんな時だからこそ、だった。あと2、3分で控え室から移動しなきゃいけない。だけど……画面を繋ぐわけにはいかない。この衣装姿は決して、彼には見せられない。ルリとしてじゃなくて、ポケドルのルッコとしての私は、まだ彼に知られてはいけない存在だ。それでも、話したい。今、キョウヘイ君の声を聞きたい。慌てて画面をオフにし、通話だけをオンにする。

 

 「お、遅くなってごめんね、あはは……」

 「い、いいんだけど、どうしたの。画面が映っていないみたいだけど……」

 

 その声だけで、張り詰めていたものがふっと緩む。ああ、やっぱり、キョウヘイ君だ。彼の声は、どんな疲れも忘れさせてくれる。忙しいはずなのに、こうして連絡をくれることが、どれほど救いになっているか――

 

 「仕事の途中だったけど、お話したかったから声だけで返事しちゃった」

 

 本当は、顔も見せたかった。彼がどんな表情で話しているのかも見たかった。でも、それを叶えるには、私の“今の姿”があまりにも知られすぎていた。だけど、ほんの少しだけ。いつか、今日みたいな姿も彼に見てもらえたら――そんな淡い想いが、心の奥で小さく灯る。

 

 「そ、そっか。でも、大丈夫なの。この前みたいに倒れるようなことはしちゃ駄目だよ」

 「ありがとう。仕事が忙しくてへとへとだったんだけど……キョウヘイ君の声を聞いたら元気が出てきた……かな」

 

 短い言葉に乗せて伝えた気持ちが、ちゃんと届いてくれていたらいいのに。もっと話したかったけど、腕時計にちらりと視線を落とすと――いけない、もう移動しないと!

 

 「……あ、もう時間みたい。そろそろ仕事に戻らなきゃ。次は顔を見てお話したいな……じゃあ、またね」

 「うん、頑張ってね」

 

 その言葉を最後に、通話は切れた。

 声だけの僅かな触れ合い。それでも、こんなにも心が温かくなる。もっと、君の声が、顔を見ていたい──

 

 生放送からの数日経って、別の番組の収録が終わった。

 以前倒れてしまった時以降、ステージに立っていなかったから緊張もあったけど何とかやりきれたから、翌日の新聞とかでは完全復活とか書かれてしまって、お父さん達からは困った顔をされちゃったけど。

 

 一日の休みを経て、私は夕方にある番組へ出ていた。最近はポケモンに関する番組依頼も増えていて、色々勉強させてもらっている。時間を見つけてもう一度挑戦したバトルトライアルでは、以前よりも評価が上がったこともあって以前よりも興味を持てている……気がする。

 

 そのきっかけも全てキョウヘイ君だ。以前教えてもらったブラッシングは欠かさずやっているから、皆の変化も分かるようになってきた。パッチールは以前からの付き合いだから変化はないけど、毛並みが少し良くなったと思う。

 

 プリンは楽しくなるとふわふわ浮かんだり、機嫌が悪いと体を風船のように膨らませて私の顔に近付いてくる。それもまた可愛いんだけど、その勢いのまま歌おうとするのだけは勘弁してほしい。そんな時はいつも、パッチールが口を塞いでくれるんだけど。

 イーブイはまだまだ育ちざかり。プリンやパッチールとも遊んで元気に交流している。時折、テンマ君が遊びに来たりしてイーブイと遊んでくれているけど、番組の中ではまだ出していない。何処で捕まえてきたのか言われた時に答えられなかったし、イーブイも番組の空気にちょっと怖がっていたから。

 

 一方、ラプラスは中々出してあげる機会が無くて、ストレスを溜めてしまっているのではないか……そう思ってしまう。仕事柄、中々水辺に行ける機会がないから、ゆっくり泳がせてあげる時間を取らせてあげられていない。生放送翌日の休暇では水辺へ行って泳がせてあげたけど、やっぱり楽しそうだった。

 キョウヘイ君が技マシンを使ってくれたお陰で私としては心強いポケモンだけど、あの楽しそうな姿を見る度に自分がトレーナーでいいのだろうか、と思う時もある。でも、パッチールやプリン、イーブイとも仲良くやっているので、引き離したくないと思っている私もいる。

 

 そんな賑やかになった私の元にキョウヘイ君からの着信が入る。大仕事を終えて一息ついて、加えて仲良くしているポケモン達を背中にしていたからか……やってはならないことをやってしまった。

 

 「お、遅くなってごめ……あ!」

 

 しまった、私まだ着替えが終わって……

 

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