「うー……眠いいいぃ」
最近はどうも疲れが溜まってしまっている。仕事が楽しいのには変わりない……が、移動も多い。そうしたハードスケジュールのせいで、疲れが落ちずに蓄積していたのだろう。
「まさか、そのまま寝ちゃうなんて……」
翌日の打ち合わせ内容をベッドで確認しようとして、そのまま寝てしまうとは……
こうして仕事があるのは良いことだけども、連日打ち合わせ、本番の流れを繰り返してきた為にかなりの疲れが溜まっていたことを改めて自覚する。
本来ならマネージャーと話す予定があったのに、マネージャーは私の様子を見て起こさないでいてくれたらしい。朝に確認したら、大した話じゃないから気にしなくていい、疲れているんだから仕方ないわよ、と言っていたけれど……
「でも、それとこの疲れを一緒にしちゃいけないよね。それに……」
最近はポケモン達を自由にする時間も中々取れていない。一緒にダンスをする子なら多少の運動も出来ているけど、そうでない子は1日中モンスターボールの中にいたこともあったと思う。私ならきっと何処かで我慢の限界が来ると思う。
「ううう~~~~………」
ゲスト用のリクライニングシートで伸びをする。少しだけ疲れが取れたような気がしたけれど、時計を見てすぐに現実に引き戻される。現在の時刻は14時30分。今でこそ昼ご飯も食べ終えてポケモン達も自由にさせつつ一休み出来ているが、この後も仕事が入っていた。
「えーと……この後の予定は……と」
朝にレッスンは終えているので、今日は15時からタレント番組:おしえて ポケドルの本番、移動が入って18時30分からクイズ番組の本番リハーサル、19時30分から本番開始。その後は移動して別地方を特集した番組の打ち合わせ……
「……ふぅ、頑張らないと」
マネージャーも突然の仕事を避けるようにしているはずだが、それでも入ってしまう時は入ってしまう。ただ、次のお休みは確実に3日以上取れそうなのは確定している。これでようやく、体をゆっくりと休められる、というものだ。
「パッチール?」
ふと、部屋の中で自由にさせていたパッチールが不安そうに自分を見ている気がした。
「大丈夫よ。さ、本番頑張らないとね!」
今みたいに、楽屋裏ではルリとして疲れが出てしまう時はどうしてもある。だけど、ポケドルとしてルッコとしては……かっこいい大人になる為に頑張るのだと決めて仕事に精一杯頑張ってきた。だからこそ、やる時はバシッと決めるのだ、と自分に言い聞かせて休憩を終わりにする。申し訳ないが、ポケモン達にはボールの中に戻ってもらい、休憩室の扉を出た。
「……もう出てきたのね。休憩は大丈夫なの?」
マネージャーが不安そうに私を見ている。休憩時間は残っているからだろう。
「はい。昨日はマネージャーのおかげで沢山休めましたから、今日は元気いっぱいです」
「……あなたがいいならそれでいいけど、無理はしないことよ」
「はい。分かりました」
多少の空元気は見抜かれているのだろう。ただ、マネージャーはそれを指摘することなく私を送り出してくれた。
前回キョウヘイさんとライブキャスターで話をしてから四日後、イッシュに戻ってきた私はその日最後の本番を終えて、宿泊室で休んでいた。
「そうだ。そろそろ連絡しないと」
慣れた手で、キョウヘイさんのボタンを押す。そういえばまだ会ったこともないけれど、我ながらよく会話が弾むものだ。私がやっていることも、キョウヘイさんの目標も全然違うはずなのに。今日の連絡する時間は夜も遅い時間だ、出てくれるだろうか。
♪♪~~、♪♪~~、♪♪~~
数度のコール音が鳴っても応答が無かったので、流石に寝てしまったかと思ったその時。ライブキャスターの繋がる音がした。
「あ……キョウヘイさんですか」
「はい、キョウヘイです」
「今、お時間は大丈夫ですか」
「はい。後はポケモンセンターへ戻るだけなので」
どうやら旅の途中だったらしい。それでも、キョウヘイさんは応じてくれた。夜に聞けるポケモンの鳴き声と共に、ゆっくりと草むらや道路を歩く音が声の外から聞こえてくる。そんなキョウヘイさんの状況から、そう言えば最近は散歩が出来ていない、と今更ながらに思い出す。
「良かった……あはは」
ライブキャスターの隅に表示された時刻を見ると、午後の10時過ぎ。旅に慣れておりポケモンを多数持っている彼であれば問題ないだろうが、弟や妹ならばとても危険と言える。それにしても、そんな時間まで一体何をしていたのだろうか。
「しばらく時間が空いたみたいですけど、やっぱりルリさんは忙しいんですね」
「はい。今は立て込んでいて……一休みするくらいの時間はあるんですけど……それが移動の時間だったりしてゆっくりと休めるほどのお休みではないんですよ。そのせいか、昨日はシャワーを浴びた後、直ぐに寝ちゃいました」
「それは大変ですね……ライブキャスターの返却は、ルリさんがしっかり休みを取れた時でいいですからね」
自分も旅をしていて、多少とは言えど荷物になっているはずなのに……
「……ありがとう」
「それに昨日がその状態で寝ているなら、今日も疲れている筈です。早めに休んだ方がいいですよ。俺も旅の生活をして思い知ったのですが、体調管理って本当に大事なんで」
旅の生活の方がよほど疲れるだろうし、キョウヘイさんの言葉には確かな重みがあった。もう少し話していたい気もするが、素直に聞いた方が良いだろう。
「そうだね。ありがとう。じゃあキョウヘイさんのお言葉に甘えますね。また今度お話しましょう」
電源を切ってから改めて気が付いたが、自分は既にうつらうつらの状態で会話をしていたらしい。
「うん、今日は休んだ方がいいね」
明日の仕事を頭に浮かべつつ、ベッドへ潜る。
「次はどんな話が出来るんだろう」
仕事以外で出来た親切な人も同様に思い浮かべながら、夢路についた。
翌朝、最近は早めに設定していた目覚まし機能に起こされることなく、すっきりとした朝を迎えた。
「んーーー…………今日は、あれ。いつもより少しだけ早いのに眠くない」
キョウヘイさんの言う通り、早めに休んで正解だったのだろう。おかげで、こうして朝寝坊することなくすっきり目覚めることが出来た。最近は隈が出そうで怖かったが、これなら心配ないだろう。
「パッチールもおはよう」
ボールから出てきたパッチールが手を挙げて応える。いつも意地っ張りだけど、今日は素直だ。
寝巻から着替えながら今日の予定を思い返す。確か……午前と夕方の仕事が一つずつ、合間に打ち合わせが一つあるけれど、予定としては比較的余裕がある。
「もうじき休みだし、お父さん達にも連絡して……」
時間を作って、キョウヘイさんにも連絡しよう。
コンコン
扉を叩く音がする。
「はーい」
「あ、ルリ。もう起きたのね。最近は忙しかったからまだ寝ていると思ったけど」
「昨日は少し早く眠れたので、今日はすっきりしています」
意外そうな顔を浮かべたマネージャー、最近の朝は確かに寝惚けた状態で会話することが殆どだったから、それも納得だ。
「そう。なら、安心ね。色々理由付けて期間を延ばしたんだから、オフの予定を考えておきなさいよ」
……あ、そうだ。ライブキャスターを返して貰わないと。
「それから……」
考える素振りを見せて……マネージャーは一体、何を言うのだろうか。
「見ず知らずの人に無防備な会話をしないこと。その辺、貴女は抜けているんだから気をつけなさいよ」
多分……いや、絶対にバレてる。マネージャーは言わないだけで、私が度々キョウヘイさんと……家族、仕事の人間関係以外の特定の個人と時間に余裕があれば連絡していることに気付いている。
「は、はーい……」
思わず、声がぎこちなくなったのも仕方ないだろう。
「ま、最近は忙しかったもの。だけど、その先に続くのなら、くれぐれも気を付けなさいよ」
手痛い言葉が身に染みる──そう言えば、キョウヘイさんは私のことをどう思っているんだろうか。
番組の収録も終わり、休憩室で一休み。司会の方にレッスンしているポケモン達も褒められたし、最近は色々と調子が良いかもしれない。先ほど家族には連絡して、しばらく振りに多めの休みが貰えたことを話せたし、その話の中で、折角だからライモンシティへ行く話になった。なら、そこでライブキャスターを返して貰えたら一石二鳥だろう。
「そういえば……」
何やら、最近はライモンシティの近くにショッピングが出来る大通りが出来たとも聞いた。同じポケドルのテンマ君が行ったらしく、色々な店があるのだとか。そのアベニューを作ったのは他の地方でも似たようなことをしている人物がいるらしいけど、今その場所を管理している者は別にいるらしい。
どうやら、関係者はその管理者を知っているが他の人は誰も知らないのだとか。ライモンシティの近くにあるのに、管理人が分からないなど不思議なこともあるものだ。……そう言えば、その辺りキョウヘイさんは知っているのだろうか。
「そうだ。キョウヘイさんに連絡を取ろう」
♪♪~~、♪♪~~
「あ……キョウヘイさんですか」
今回は繋がるまでが早かった。バッグの整理でもしていたのかな。
「はい、キョウヘイです」
「今、お時間は大丈夫ですか」
「大丈夫ですよ」
聞いた所、今はリゾート地で有名なサザナミタウンにいるらしい。砂浜でのんびりしていたから直ぐに取れたのだか。
仕事で行ったことがあるが、潮風が気持ち良かった記憶がある。それを一人で気ままに旅している中で感じられるのだから、若干羨ましい気持ちにもなる。まあ、私の場合はプライベートで行くにしても中々勇気が必要なのだけど。
「そう言えば、ポケモンリーグのバッジは何処まで集めたんですか?」
「もうじき……8つ全て集まります」
「凄い。キョウヘイさんってジムバッジをそんなに集められるほど、すごく強いんですね」
バッジ集めも順調で後一つという所まで来たらしい。これは稀に見る凄いことだ。若い内に一つの地方でバッジを8つ集めることは極めて難しい。一つの地方で5人出れば良い方だとか。それなりに年を取ってからバッジを8つ集める人もいるが、大抵は一度ギブアップしてしまった人が殆どだ。昔は秘伝マシンの為に必死に集めていた人も多いそうだが……今は秘伝マシンさえあれば、戦う時でも使えるらしくその辺りから必死になって集める人は減った……らしい。
それから他愛のない話が続く。仕事のことを直接は話せないが、ある程度なら遠回しで話していても気付かれることはないだろう。そう思って、音楽のことを聞いてみたり、キョウヘイさんからポケモンや旅のことを聞いているとあっという間に時間が過ぎていく。
そうして、私から話せることも無くなり、次の話題をどうしようかと考えていた所、キョウヘイさんが悩みながらこう話してくれた。
「そうだ。一つお聞きしたかったんですが、まだお時間は大丈夫ですか?」
「……はい、答えられる範囲であれば」
心臓がドキリ、と大きく音を立てる。
一体、何を聞かれるのだろうか。やっぱり、仕事のことかな。でも、キョウヘイさんとは仕事のこと抜きで話をしたい……けれども、聞かれたからには、なるべく嘘のない範囲で答えたい。
「実は、名前を決めることになりまして……」
……へ、何の事だろうか?
「名前、ですか。キョウヘイさんのポケモンのニックネームなどではなく?」
「そうなんですよ……ポケモンの名前じゃなくて……何というか、アーティさんのような芸術家が作品を作ったら、名前を付けるじゃないですか」
「そうですね。アーティさんのような方は独特なネーミングをされるとか」
もしかしたら、キョウヘイさんにとっては言い辛いことなのかもしれない。私だって仕事のことを内緒にしているのだ。一つや二つ、あってもいいものだ。それよりも、そんな悩みを私に相談してくれたことが嬉しかった。
「実は、ちょっと前に頼まれ事を受けたんですけど、そろそろ名前を付けるよう言われてしまいまして……何か、名前を付ける時の考えってありますか?」
あー変な質問でごめんなさい、と言うキョウヘイさんの声が聞こえる。
「その……キョウヘイさんがつけることになったモノは何ですか?」
おや、反応が鈍い。
「すみません。ちょっと言い辛くて、ただポケモンや道具のようなものではないんですよ。詳しくは言えなくてごめんなさい」
私も仕事のことでプライバシーは言えない身だ。その心はよくわかる。だけど、それ以上に。
「よく引き受けましたね。その話」
「断るタイミングが無かったんです」
不思議と、画面の外でがっくりと項垂れている様子が目に浮かぶ。
「ふふっ」
「何ですか、急に笑ったりして。あまり大きな声では言えないですが、割と困っているんですよ」
「ごめんなさい。まだ会ったこともないのに、実にキョウヘイさんらしいな、と思いまして」
「ああ~~~……」
照れ隠しからか。唸る声が聞こえて尚更微笑ましい。が、このままだと少しキョウヘイさんが可哀相だ。
「そうですね。キョウヘイさんが名付けるモノはアーティさんのことを例に出したことを踏まえると……それなりに人の耳に触れるようなモノ……でいいんでしょうか」
「まぁ……ざっくりと言えば」
──うん、それだったら力になれそうだ。
「そういった名称でしたら……呼び易さ、受け易さ、かな。こう……自分たちじゃなくて周囲の人たちが言いやすい、覚えやすい名前がいいと思います」
「ありがとうございます。そこで悩んでいるのですが、一つの意味じゃなくて複数の意味を付けたい時ってどうすればいいですかね?」
──コンコン
キョウヘイさんはキョウヘイさんなりに考えているものの、決め手が欠けていると感じているのだろう。何か良いアドバイスは出来ないだろうか……あ!
「……それだったら略語とか、どうですか?」
「略語?」
「はい、BLTバーガーってキョウヘイさんは知っているかな?」
「はい。偶に食べますので……あ」
「そう。BLTのBはベーコン、Lはレタス、Tはトマトの略だけど……そういった形で一つの言葉として表せたらいいんじゃないかな」
「なるほど、参考になりました」
──コンコンコン
声に明るさが戻った気がする。良いアドバイスが出来ただろうか。今、何か音がしたような。
「いえいえ。キョウヘイさんも悩むことがあるんですね」
「そうですね。旅に出る前だったら、ポケモンを捕まえて、育てて各地のジムへ挑戦するだけが考えることだと思っていたんですけど……色々ありまして、考えることが多くなったんですよ。ルリさんに相談出来て良かったです」
その声色は先ほどよりも少しトーンが低い。本意ではないのだろう。
コンコンコンコン!
「…………あっ!」
しまった、思った以上に話し込んでしまっていた。
「先輩に呼ばれちゃいました。そろそろ仕事に戻りますね。では、さようなら」
急いで通話を切って、扉を開く。
「──ごめんなさい」
「どうやら、相談に乗っていたみたいだったけど……いいお話は出来たのかしら??」
マネージャーの顔が怖い。あくタイプのポケモンも逃げ出すのでは?
「ま、一つだけ良かったのは……相手がルリの事情を分からないながらに気遣って話題を選べる人だ、ということかしら?」
「もう移動する時間なんだから、今後は気を付けなさい。それから、返して貰ったら自分からは連絡をしないこと、いいね」
……自分から連絡してはいけない、か。
「──はい、分かりました」
自分でも酷くがっかりした。折角の話し相手すらも欲してはいけないのだ、と。
──この時はまだ、マネージャーから言われた言葉の意味に気付くことが出来ずにいた。