キョウヘイが戻り、立食パーティを終えて片付けを終えた頃、ウッドウはハチクを呼び出していた。
「全く、皆戻ってきたからいいけど、ハチクくんまでいなくなった時はどうしようかと思ったのよ」
「すいません」
「全く、ハチクくんが何やら取り付けてくれたようだけどね……ふぅ」
普段の畳み掛けるような話し方とは一変して、言葉を選ぶようにウッドウは慎重に口を開く。
「これは独り言だよ。キョウヘイは我々を守るために、ポケウッドを離れたんだろう」
「……はい」
「これ、独り言だと言っておる。そうだな。キョウヘイはイッシュ地方のポケモンリーグを制覇し、イッシュリーダーズトーナメントを優勝した稀有な存在じゃ。加えて、役者としての素養も高い。だから、役者の経験を優先的にやってもらって他の地方向けのポケウッド設立の足掛かりにしようと思っておる……思っておった。が、その考えは保留じゃな。彼も色々あるようじゃな。一地方のポケモンリーグを制覇したトレーナーが、あのような姿を見せたのだから」
わざとらしく咳払いしたウッドウは、先程の神妙な面持ちを崩し、普段通りにハチクへ声をかける。
「と言う訳で、ハチク君。今回、キョウヘイが何をしていたか僕はなんにも知らない。だから、ちょっと話をしておいて欲しいんだ。勿論、キョウヘイを追ったあのルッコというポケドルの子も含めて話をしても構わない」
「承知しました」
「それじゃ、頼んだよ!」
そうして、部屋にはハチクが残る。
「さて……」
マネージャー達の静止を振り切って、私はハチクさんが部屋から出るのを待っていた。これは私の身勝手で起こしたことなんだから。
「まず、ハチクさんにお礼とお詫びをして、それから……」
やらなきゃならないこと、やりたくないことが頭の中で次々と浮かんでくる。どうしようもなく、頭が痛い。それでも、キョウヘイ君を探さないで良かったかと言えば、違う。一呼吸して、まずハチクさんとウッドウさんが出てきた時に言うべき言葉を整理する。そうして、何を言うべきか決まった時に、ゆっくりとその扉が開かれた。
「ハチクさん、この度はすみませんでした」
でも、部屋から出てきたハチクさんの表情に曇った様子はない。いや、役者だから上手く演じているだけで……
「いやいや。この程度は迷惑の内に入らんよ。寧ろ、君がキョウヘイの異変に気付いてくれて助かった」
「ありがとう、ございます」
まさか、お礼を言われると思わなかった。結果的にキョウヘイ君が危なかった可能性もあったとは言え、ハチクさんを勝手に連れ出したのは私だ。もっと叱咤を受けることも考えていたけど……
「丁度ウッドウさんとの話が終わったから、君の部屋まで行こうと思っていた。この後少し、時間を貰えないか」
「分かりました」
人のいない部屋に案内され、椅子に座る。そうして、ハチクさんが口火を切った。
「確認させて欲しい。君は個人的にキョウヘイと接点を持っているな。勿論、キョウヘイを探していてる時にも言った通り、このことを誰かに公言するつもりはない」
役者とは違うけど、ポケドルも結果的に人を見る仕事だ。だから分かる。ハチクさんは私へ真剣に聞いている。
「はい」
「では3、4か月前、キョウヘイがポケモンリーグへ挑戦する前、何をしたか知っているか?」
え、ポケモンリーグ挑戦前に?
確か、あの時はソウリュウシティが凍り付いて大変だった時だ。連絡が繋がってホッとしたことは覚えている。後、全く見慣れない景色だったことかな。
「いえ、それは……」
「そうか。ただ、気にしないでほしい。その話自体が君のいる業界に広まること自体、マズいことだったからだ」
私はそれなりに交流を重ねて、キョウヘイ君を知ったつもりだったけどそんなことは全然なかった。私がポケドルを隠しているのと同様に、キョウヘイ君もまた、色々な秘密を抱えていた。アベニューのことでさえビックリしたのに、他にもあっただなんて……
「……キョウヘイ君に聞いたら、答えてくれるでしょうか」
「私から聞こうとは思わないんだな、君は」
そんなこと、考えもしなかった。だって、私は……
「私はずっと、キョウヘイ君にこの自分を隠して接していました。キョウヘイ君も私が仕事のことを隠しているのを知った上で続けてくれたんです。なら、私から聞かないと」
「……そうか。では、ここへキョウヘイを呼ぶか?」
……迷いはある。これをすることは、今までの関係を壊すことになり兼ねないから。それでも、今まで私はキョウヘイ君の好意に寄りかかっていた。より、深くキョウヘイ君を知りたいのなら、私だって何時かはこうして……
「一度、着替えてからでいいでしょうか。いつもキョウヘイ君と会っている時の服が控室にあるので」
「分かった。では君が戻ったら、キョウヘイにここへ来るよう伝えておこう」
控室に戻り、仕事は終わったものの、個人的な用事で残るとマネージャーへ話す。
「…………」
マネージャーのことだ。私がわざわざ残る理由なんて、分かっているはずだ。ただでさえ私が勝手な行動をして迷惑をかけているのだから、反対されると思っていた。
「……ほら、待たせているんでしょう?」
「え?」
「どうせ反対しても行くつもりなのに?」
「あ、そ、それは……」
「貴女のことだから、今まで隠していたことに負い目を感じていたんでしょう」
……言われてみればその通りだ。多分、マネージャーに反対されていたら、この控室から逃げ出してハチクさんの待っている部屋に行っただろう。私は確かに、キョウヘイ君に負い目を感じていた。何時かは言わないとと思いつつ、あの距離感が心地よくてキョウヘイ君にずっと甘えてきた。
「けど、あのキョウヘイ君なら今後も黙っていてくれるでしょうね。彼もまぁ、色々あるようだし」
でも、キョウヘイ君の抱えているものを知った。だからこそ、キョウヘイ君に話したいと思ったんだ。
「一つだけ、確認させて」
「はい」
「貴女はまだ、ポケドルを続けるつもり?」
マネージャーと別れて、私はポケドルのルッコからルリへ着替え、ハチクさんと話をしていた部屋へ戻る。もう、ハチクさんからキョウヘイ君には話が伝わっているらしくて、もう少ししたら到着するらしい。今までのどんな仕事よりも緊張しているし、受け止めてもらえるかが怖い。それでも、こうして私は会う事を決めたんだ。
「えっと、ハチクさんに行くよう言われたのはこの部屋だったか」
聞き慣れた、キョウヘイ君の声がする。
「失礼します」
扉を閉めて、キョウヘイ君は私を見た。
「…………」
キョウヘイ君の沈黙が胸に痛い。思わず、いつもの帽子を深く被り直したくなったくらいだ。
「…………」
だけど、キョウヘイ君は驚きよりも納得した表情で私を見ている。もしかして、私だと気付いていたのかな。
「キョウヘイ君、まさか仕事先で会うなんて……思わなかったな」
「それはこっちもだよ……ルリさん。いや、ここではルッコさんと呼んだ方がいい?」
「ううん、いつも通りルリで。それよりも……」
自分の正体とかそんなことよりも、これだけは言っておかなければならない。
「ハチクさんと一緒に探している間、本当は怖かった。キョウヘイ君が焦った様子でポケウッドを出て行って……そのまま、戻ってこないかもしれないってお思ったから」
「……ごめん」
「なんで謝るのかな。だって、キョウヘイ君は何かを解決しに行こうとしていたんでしょう?」
「怒っているよね、やっぱり」
怒っていると言えば怒っている。だって、キョウヘイ君が戦っていた相手は……だったんだ。
「別に。私だって隠し事をしていたから、そこはお互い様。だけどね、バックは泥だらけ、全身に土を被るような真似をして、顔だって少し切れていた。私はキョウヘイ君のようにポケモンバトルに精通していないけど……結構危なかった、ってことだよね?」
「…………」
ハチクさんから聞いた、キョウヘイ君へ助太刀したトレーナーの話を聞けば、嫌でも気付く。
だから、最後はキョウヘイ君の口から確認したい。
「キョウヘイ君がかつてジムバッジを集めている間に敵対していた相手は……プラズマ団の残党だったの?」
「……気付いていたんだね」
「知ったのは、さっきだけどね」
2年前のように言うのなら、キョウヘイ君はイッシュ地方の英雄なんだろう。でも、その象徴のポケモンをキョウヘイ君が私に見せたことはないし、あのイッシュリーダーズトーナメントでも見ていない。それに、他の人がどんなにキョウヘイ君を持て囃そうとも、私はそのような肩書がつく前からのキョウヘイ君を知っている。私が落としたライブキャスターを拾ってくれて、相談にも沢山乗ってくれた優しい人。そして……
「ごめん、アベニューの方に予告状が来ていてさ。向こうが時間を調整してくれる訳も無いし、かと言ってポケウッドの方で時間をずらして欲しいなんて……とてもじゃないけど言えなくて」
「それって、今回は大丈夫だったとしても次があるんじゃあ……」
「いや、その可能性は低いと思う」
「なんで分かるの?」
だって、私で言えば家や身元をバラされたようなものだ。そんなの、落ち着ける訳が……
「ルリさんも知ったから言うけど、この間までポケウッドの撮影をしていた間に、プラズマ団の動向を調査してたんだ」
「……え?」
「それで、船に乗っていた大部分のプラズマ団なんだけど、4ヶ月くらい前までプラズマ団をまとめていた人が自ら解散させたんだよ。だから、俺を狙うかもしれないプラズマ団は今回狙ってきた奴等だけで5人もいない」
つまり、プラズマ団はもう、ソウリュウシティを氷漬けした時のようなことは出来ない……でいいんだろう。でも……
「まだ……いるんだよね」
「そうだね。ただ、その居場所も検討がついていてさ」
「そう、なの?」
「うん。なんとなく、だけどね」
キョウヘイ君は一定の確信があるみたい。なら、それは信じていいんだろう。でもね、でもね……
「私ね、凄く心配したんだよ。帰って来なかったらどうしようって本気で思ったんだからね」
「……ごめん」
「だから……無事で良かった」
「ありがとう」
プラズマ団の残党を倒したのは、キョウヘイ君と助太刀をしたトレーナーやチェレンさんを初めとしたジムリーダー達なんだろう。確かに、こんなことが明らかになったら、テレビは過剰に祀りたてる。そうすれば、2年前の二の舞だ。きっと、関係者のジムリーダー達が挙って口を閉じたのは、そういうことなんだろう。キョウヘイ君がそう望んだから。だから、私もそれを口にしない。それ以上聞かない。代わりに1つ、キョウヘイ君にお願いする。
「ねぇ。今度の休みにまた、観覧車に乗ろうよ。それから……キョウヘイ君の旅について教えて欲しいな」