時刻は23時。ようやく諸々の準備を済ませて後は眠るだけ。けど、ちゃんと眠れるかな。何しろ、明日はキョウヘイ君とのデート。
明日の予定はタチワキシティの駅で集合し、2人でキョウヘイ君が出演しているポケウッドの新作映画を見る。そうしてサザナミタウンでお昼を食べて最後にライモンシティの観覧車に乗る。
……デートと言うよりは旅こんな長距離移動になったのは私のラプラスがあまり水辺に出せていないから、どうせならサザナミタウンへ行ってはどうかというキョウヘイ君の案だった。寒くなり始めた頃に行くのも変な話だけど、寒くなり始めた今なら来る人もいないから二人きりの可能性が高い……ということに気付いた私も、そのプランに賛同したんだけどね。
「ふふ……」
明日用のサンドウィッチは既に作ってあるし、後は7時00発の電車に乗るだけだ。
「なに、パッチール?」
ブラッシングはもう済んだのに、パッチールがボールから出てきた。ふらふらふらふらと足元が覚束無さそうで意外にバランスを取っているパッチールが、モンスターボールの1つに触れる。
「プリンを出したいの?」
意図が分からないまま、私はプリンを出す。ただ遊び相手が欲しいだけだと思っていたんだけど……
♪♪♬~♪♪~
「あ……」
♪♪♬~♪♪~
ピピピピ、ピピピピ…………
「……はっ、今は何時!?」
時計を見れば朝の5時30分。いつの間にか、プリンとパッチールはボールへ戻っている。
「……もう」
多分、パッチールは私が眠れないと読んでプリンに歌うをさせたのだろう。それにしても、何時からこんなに気を遣う様になったんだろう。そんなに日頃から困らせていただろうか、それとも私が今日の事を楽しみにしていたのがパッチール達に気遣われる程伝わっていたのか。何れにしろ……
「いつもありがとう」
パッチールのおかげで、時間に慌てないで済むんだんだから。
髪の手入れは普段より時間をかけて、キョウヘイ君と会う時に着ている白いワンピースと帽子をつけて家を出る。勿論、昨日の内に準備していたお弁当も忘れない。
早めに出てきこれたお陰で、電車の中も人が少ない。だから、のんびり座ってタチワキシティまで行くことが出来る。流石に電車の中なので皆を出すことが出来ないけど、パッチールくらいなら出してもいいかなと思った時に、電車のモニターではポケモンバトルの映像が流れているのが目に移った。
「え、こんな朝から挑戦しているもの……って、流石にリプレイ映像か」
この時間だとバトルトレインの挑戦はやっていない。代わりに、CM以外にはバトルトレインのバトルで高評価だったり、ダウンロード数が多いバトルビデオの紹介をしている。その中には勿論、メイさんにキョウヘイ君もいる。メイさんは役者としても有名になりつつあったし、イッシュリーダーズトーナメントでキョウヘイ君と戦ったことからその人気は高い。シングルバトルとダブルバトル、共にその再生数やダウンロード数は上位10には入るらしい。
でも、そんなメイさんと同数、それ以上の再生数、ダウンロード数を持っているのがキョウヘイ君だ。これはイッシュリーダーズトーナメントを優勝した実力者というのもあるし、シングル、ダブル共に高い戦術性を持っているかららしい。私はまだ理解できない所があるけれど、傍目から分かるのは守るという技の使い方が上手だと思う。ポケモン達の立ち位置、技の組み合わせ、ポケモンの組み合わせ。シングル、ダブルでこんなにも戦い方が違うんだといういい教材になるほどに。
「…………」
リプレイの目玉シーンとしてキョウヘイ君が相手の手持ちを全てを倒したシーンや他の挑戦者が負けてしまったシーンが流れている。この辺り、私もダウンロードしたビデオで何度か見たなぁ……それにしても。
「挑戦者、沢山いるんだなぁ……」
スーパートレインだけで数十人いると思わなかった。それにしても、相手のポケモンが分からない状態で対戦をするのに、どうしてキョウヘイ君達は勝ち続けることが出来るんだろう。それだけ練った戦術、その戦術に合ったポケモンを使っているのだとしても。
電車のモニターや、端末に保存していたキョウヘイ君のバトルビデオを見ながら電車に揺られ続けること1時間が過ぎ……
「タチワキシティ、タチワキシティ」
「よし、着いたね」
キョウヘイ君とは駅の外で待ち合わせ。何時、来てくれるかな。
数分後、他の人から声をかけられないか、ちょっと緊張していた所もあったけど……
「え、もう来てたのルリさん」
「おはよう、キョウヘイ君」
「う、うん。おはよう」
待ち合わせの時間にはまだ早いのに、キョウヘイ君が来てくれた。その理由を聞いてみた所、昨日は実家のヒオウギに泊っていて、先に映画を見ていたキョウヘイ君のお母さんから、映画の感想を聞きたかったかららしい。ついでにさっさと行って来いと追い出されるように出てきたんだとか。
「けど、こうしてルリさんがいたんだから、早く出てきて良かったよ」
時刻は9時前でまだポケウッドは空いていない。その為の時間つぶしをどうしようかと悩むキョウヘイ君と2人で並んで歩いていると、キョウヘイ君の手の甲と私の手の甲が不意にぶつかった。
「あ」
「……えっと」
「……」
キョウヘイ君が少し照れている。そう気づき、私は勢いのままキョウヘイ君の手を繋ぐ。
タチワキシティは工業都市。正直、上映までの時間つぶしとしては工場見学以外にない。強いて言えば、工場の人も利用している食堂が人気らしいけど、今日は別の場所でお昼を取る予定だから今回はお見送り。そうなると、新作映画やホミカさんのライブを聞きに来る人達で随分と人通りが増えたこの街なんだし……
「ひ、人が多いって聞いているから……いいよね?」
もし、断られたら……と内心でちょっぴり思いつつも、キョウヘイ君の顔を覗く。
「う、うん、そ、そうだね!」
その反応が可愛くて指を絡めると、手全体にキョウヘイ君の熱が伝わってくる。その熱で、思わず私の顔が真っ赤になりそうだ。
「……」
「……じ、じゃあ、行こうか」
それからポケウッドに入った私達は、スクリーンの前でキョウヘイ君の出演した映画を鑑賞する。
普段、ルッコとしてステージの上に立っているけど、メイさんは映画というステージで迫真の演技をしている。インタビューで話していた時のようなとっつきやすい姿とはまるで違う。将来は名女優になるだろうという話を聞いていたけど、その理由がよく分かる。シーン毎の声や表情、そして動作。その全てが見る人の眼を引き付ける。
「……」
それでも、キョウヘイ君も負けていないと思う。確かにデビューしたばかりの私のようにぎこちない所はあったけど、アクションシーンはキョウヘイ君が勝っていた。だから、どっちがいいとかどちらが悪いとかではない。メイさんはその所作で観客の心を掴み、キョウヘイ君はアクションシーンで観客の心を掴んでいる……そう、思えたから。
上映が終わり、急ぎ足でポケウッドを後にした私達は電車に乗って次の目的地へ移動する。もう少し余韻を楽しみたかったけど、予定が予定だから仕方ない。
「それにしても意外だったよ。キョウヘイ君でも不慣れなことってあるんだね」
「え、どういうこと?」
「だって、キョウヘイ君って何でも出来るように見えていたから、上手くいかない時もあるんだなって安心しちゃった」
イッシュ地方のポケモンリーグを制覇した、イッシュ地方を代表するトレーナー。アベニューの実質的なオーナー。加えて、先日知った……プラズマ団の残党を倒した一人。そんなキョウヘイ君だから誰から見てもなんでも出来るように見えて……遠い人のように感じていた時もある。
「うまくいかない時は全然うまくいかないよ。ジムリーダーとギリギリの戦いをしたことだってあるし、迷っていて力を出し切れずに負けかけたことだって何度もある。他にも、急がなきゃいけない時に体調を崩したこととか」
それでも、こうして話す姿を見て、聞いていると私と同年代の人なんだと安心する。
「それは旅で起きたこと?」
それから、ライモンシティ、サザナミタウンへ移動するまでに色々なことを聞いた。キョウヘイ君が経験したその旅のこと。インタビューでは聞かなかった撮影の裏側やその他の変化。私もポケドルとしてイッシュ地方を移動しているから、そこについての話と合わさって、予想外に盛り上がる。そうして話している内に、あっという間にサザナミタウンへ到着した。
サザナミタウンへ近付くにつれ、潮風が全身を駆け抜ける。
程よい風は私の帽子を飛ばさない程度の強さ、秋に近付きつつあるこのイッシュ地方で少し冷えを感じるかと思ったけど、意外にも砂浜は夏の日のように熱い。
幸いにして、サザナミタウンへ来ている海水浴客は殆ど居ない。そのこともあって、私達はポケモン達を自由にさせる。
特に普段から水辺に連れて行ってあげられないラプラスは、ボールから出た直後に海へ飛び出して楽しそうに泳ぎ出した。
時々私の方を見て、乗らないのかと言う目で見ていたけど、その準備が今は出来ていないので今回はお預け。
でも、何時か……仕事、プライベートのどちらでもいいから、ラプラスの背中に乗って思うままに水辺を走ってみたい。
「やっぱり、水辺に出ると水タイプのポケモンは生き生きしているよね」
「キョウヘイ君にもそう見える?」
「うん。まぁ、海と川で住んでいるポケモンが違うから、海に合わないポケモンを海に出しても直ぐに戻ってきちゃうんだけど、ラプラスは凄いな。川、海の両方に適用しているんだね」
言われるまで全然意識していなかったけど、確かにそうだ。海の塩水を嫌う水ポケモンはいるし、川や湖の水を嫌う水ポケモンだっている。作ってきたお弁当を2人で食べた後、キョウヘイ君のポケモンと私のポケモン達の様子をぼんやりと眺めていた。
その中で一番印象に残っていたのは、イーブイのこと。仲の良いポケモン達を育て屋さんのような自由に動ける場所で預けると、タマゴを持って来てくれることは私でも知っている。キョウヘイ君が交換してくれたイーブイの親は、きっと……あのサンダース。
そう考えると、胸が温かくなる。キョウヘイ君にとって大事なメンバーのサンダースともう一匹のポケモンが持って来て、そのタマゴから孵化したイーブイを私に渡してくれたということ。それだけ、キョウヘイ君は私のことを信頼してくれている……のだと思う。
もっと、距離を縮める為に何かした方が良かったのかもしれない。それでも、そのことやこのぼんやりと流れる時間をキョウヘイ君と過ごせるだけで、満足している自分がいた。
楽しい時間はいつもあっという間。気付けば、移動時間間近になっていたから、皆を呼んでボールへ戻す。イーブイは遊び疲れていて直ぐにボールへ戻ってくれたけど、ビーチの雰囲気に当てられたプリンがふわふわと浮き出して何処かに行きそうだったのを、キョウヘイ君のウォーグルが捕まえてくれた。
「あ、ありがとう」
「ううん、気にしないで」
電車に乗ってライモンシティを目指す傍ら、普段とは違う移動に疲れていた私がうつらうつらしていると、キョウヘイ君が肩を貸してくれて私の頭を乗せてくれた。その温かな体温に体ごと預けていると、瞼が重くなって……
「……さん、ルリさん」
「……ん」
「次は……ライモンシティ、ライモンシティ」
気付いた頃にはもう、ライモンシティへ到着する間近。
「あっ……」
……ということは、1時間近くも私、キョウヘイ君の肩を枕にして寝ていたってこと?
その、落ち着く匂いがするというか、もっとキョウヘイ君の体温を感じていたかったというか。その……
「……ほら、行くよ?」
「うん」
慌てふためく私を気にせず、自然と差し出された手を繋いでギアステーションの改札を通り抜けた。
最後に行く場所は何時ものようにライモンシティの観覧車。さっきまではビッグスタジアムでテニスの試合を少し見ていたけど、立見席だと球を追えなくなったから切り上げて観覧車のある場所まで。人伝に聞いた話だと、この観覧車は相当前に建てられているらしく取り壊しの話も出ているらしい。他にも様々なアトラクションが出来ていることから、年々利用者が減っているそうだ。確かに空へ移動するだけならポケモンで良いという人も多いし、別の地方ではポケモンとそのドライバーが移動の手助けをしている。
だから、今はこうして乗れていたとしても、何れは取り壊しされてしまうのかもしれない。それでも観覧車が営業している間は、出来る限りキョウヘイ君と一緒に乗りたいと思っている。
「もうじき順番だね」
日も沈み始め、ライモンシティの空は橙色から藍色に変わり始めている。キョウヘイ君と乗る観覧車は何時も特別だけど、それでも今の空模様は特にいいシチュエーションだと思う。
「……」
夕焼けと藍色のマジックアワー。野外ライブで稀に見ることがあったけど、こんな穏やかな気持ちで、落ち着いた気持ちで見た事は……今の仕事を始めてからは殆ど無かったと思う。でも、妹や弟、お父さんやお母さんが一緒でも、こんな気持ちになれるかな。ううん、きっと違うよね。だからやっぱり、特別だ。キョウヘイ君と乗る時間が、観覧車の中でゆっくりと上るこの時間が、私とキョウヘイ君以外いないこの空間が、一層特別な時間にしてくれる。
「あ、次だね」
「今日は思ったより、早かったね」
キョウヘイ君の言う通り、今日はあまり人が並んでいなくて、数分で乗ることが出来た。早速席に乗り込むと、係の人が止めていたゴンドラはゆっくりと動き出す。
地上ではライモンシティの絢爛が、空は紫混じりの濃い青色が広がっている。
「何度乗っても素敵な景色だね……」
私はキョウヘイ君のウォーグルのようなポケモンを持っていないし、仕事は建物の中やステージが多い。だから、蛍光灯やネオンを始めとした光の景色は見慣れていた。それでも、この景色には声が漏れた。
この何処までも広がる空と、眼下に広がるネオンの光。見れば見るほど、今の私達のよう……というのは考え過ぎかもしれない。それでも、ポケモントレーナーの君とポケドルの私。
全然違う生き方をしていた私達がライブキャスターの落とし物から始まって、こうして今も観覧車に乗っているだなんて、キョウヘイ君とやり取りを始めた時は考えもしなかった。
過労で倒れた時は、ポケドルを辞めることも頭に過った。だけど、お休みしている時に見たあの画面の先で戦っている君は、誰よりも堂々としていた。そんな君に追い付きたいと思って、もう一度頑張ろうって思えたんだよ。普通だったらこの景色を話し合ったり、いいムードだからと思わず口づけすることもあるだろう。それ含めても、全てが温かいと感じるのは……
「貴方と一緒だからかな?」
でも、そんな呟きがキョウヘイ君には聞こえていたようで……顔を紅くして横を向いていた。私も私で声にならない声を上げそうになって、慌てて視線を空に映す。でも、結局はゴンドラの席から反射して見えるキョウヘイ君の顔にばかり目が向かう。
もどかしく、それでも胸いっぱいの時間はあっという間だ。
「あっ、もう終わっちゃうね……」
ネオンを中心とした灯りが段々と大きくなっていく。賑やかで、煌びやかな灯り飛び交う、いつものライモンシティの景色がこの二人きりの時間の終わりを告げた。
ゴンドラから降りた後、キョウヘイ君が買ってきてくれた美味しい水を手に火照った顔を冷ましつつ、観覧車から離れた場所のベンチに座る。
「今日はありがとう。キョウヘイ君、楽しかった?」
「うん。自分の出ている映画には……思う所もあったけど、楽しかった」
「大丈夫だよ、キョウヘイ君。だって、他の役者さんは何度も熟しているから上手に見えるだけで、キョウヘイ君だって役者として負けてないよ。今回出来ていなかったことを次に繋げれば大丈夫だよ。キョウヘイ君も、以前そう言ってくれたでしょ?」
その話をしたのは結構前だ。だけど、キョウヘイ君にアドバイスしてもらったことは今でもよく覚えている。
「そう、だね。次、同じことをしないようにしないとね」
「うん。だから、次の映画も観に行こうね!」
キョウヘイ君はこれからアベニューの方へ向かうという。きっと、これからアベニューの資料を見るんだろう。有名なポケモントレーナーで今度ダブルバトルのトーナメントに参加する立場な上、役者もやっているのによくそこまで出来るなぁと感心する。
「うん。その時はまた誘うよ」
「ありがとう」
キョウヘイ君は助けてくれている人がいるから出来ていると言うけれど、1つくらいやらなくたっていいのに、それを投げ出さずにやっているのだから、凄い人だと思う。
「またね、キョウヘイ君」
ただ、そんなキョウヘイ君だからこそ、何時か私とキョウヘイ君の関係がバレてしまう日が来るのかもしれない。
その時が来ても、キョウヘイ君の隣に立てるように頑張れるよう、これからも頑張っていこう。
その手を、何時までも隣で繋いでいられるように。