──この電話もあと数回の縁……そう思えば思う程、電話に掛ける手が止まることが増えた。
「……ふう」
ある日の収録の後、休憩時間で髪型のセットを外して休んでいたものの、どうも心が落ち着かない。家族との連絡は既に終えているので暫くは自由にしていいのだが、どうも電話をする気になれない。近付く休み……そして、家族でライモンシティに行っている間にライブキャスターを回収する。そこまではいい。でも、その後は。
「……今は、やめようかな」
正直、キョウヘイさんについて分かっていることは、ポケモントレーナーであることくらいだ。家族や仕事仲間以外で過ごせる、楽しい時間。もっと話したいと思うけれども、話そうと思えば思う程……自分の仕事が柵になっていた。何か話題を探そうと、最近は取り留めのないことでも頭に留めるようになっている。おかげで、クイズ番組でもいい成績が取れる程にいいことが続いていた。
だからこそ、このライブキャスターを通した奇妙な関係が終わるのを、とても恐れていた。
「ルリ~……何してんの?」
あれ、移動にはまだ時間があると思うけど……
「あ、マネージャー。どうしました」
「いや、何時もならライブキャスターで、彼とでも話しているのかと思ったから」
「彼……!??」
思わず、顔も紅くなる。というか、そんなに頻繁に掛けていたの、私!??
「何だ、違うのね」
「そもそも、まだ直接会ったこと無いですよ!」
「ああ。そうだった、そうだった。いやてっきり、ルリの様子がフラれたように見えたからさ」
「フラれ……って、それはマネージャーが」
あ。
「ん、私が何か言った?」
「──返して貰ったら、自分からは連絡をしないことって……」
折角で来た話し相手ともう話すななんて……え、え。マネージャーはどうして、一生懸命に笑いを堪えているの?
「……あっはっはっはっはっはっは!」
な、何で突然、マネージャーは笑い出したの!?
「あー可愛い。可愛いなぁ、ルリは。これをファンの人が見たらどう思うかな?」
な、何なんですか一体……
「いやぁ、ねぇ……休憩時間は好きにしていいと思うわよ。だけどね、自分から定期的な連絡という名目で電話をしながら、仕事に支障をきたすレベルで話し込まれても此方が困るの。だってそうでしょう。貴女は只でさえ売れっ子なんだから、変な噂が出まくるわよ」
あー、もう。と大きくため息をついてマネージャーが口を開く。
「だから、向こうから電話させればいいじゃない。関係性、悪くないんでしょ?」
「あ……」
言われてみれば、確かに。
「ここまで言わないと分からないなんて、ルリも本当に硬いというか……のめり込んでいるわね~。私としては気を付けて、としか言えないけど」
「あ、はい……」
「そう言う訳で、次の仕事に行く前にセットを直しましょう」
先程までとても休める心持ちじゃなかったけど、今はそうじゃない。何処か、胸のつかえがとれたみたいだ。でも、マネージャーの笑みに嫌な予感が。
「でさー。返して貰ったら、教えてよ。彼のこと」
「言いません!!」
「ダメ。ルリに見合うか見てやるんだから!」
マネージャーはマネージャーでどうして揶揄ってくるかなぁ……きっと、心配が大きいんだろうけど。そんな些細なことで言い合いをしながら、次の現場へ移動した。
本日最後の仕事が終わり、ようやく家に帰れる時が来た。ここ最近はずっと外泊だったから、ライブキャスター越しにしか見ない家族とも久し振りに会えるのでかなり楽しみだ。
「じゃあ、ルリ。私もだけど、暫くぶりのお休みね」
「はい、マネージャーもお疲れ様です」
「そうねー。時折家には戻っていたけど、戻ったら戻ったで片付けが大変でねー」
「あー……そうですよね。ここ最近は本当に忙しかったし」
「本当よ。まぁ、お陰で暫くはのんびり出来ると思うから、この休みも謳歌しようと思うけどね。それから、ライブキャスターの件は忘れずにね」
「はい、ありがとうございます。それじゃあ、また次の仕事前にお会いしましょう」
そう言葉を交わして、マネージャーと別れた。
「んー……久し振りだな。散歩もしたいし、料理もしたい。けど、まずは弟と妹の様子も見ないとね」
帰りの電車を待ちながら時計を見ると午後9時30分を回っていた。それは人も少ない訳だ。10分待ってガラガラのクロスシートの電車に乗る。疲れていたので、帽子を深く被り直してシートの端に座った。
「あー……」
家に戻った時のやるべきことを思い浮かべていく。確か、ライモンシティに家族で行くからその時に弟と妹の面倒を見て、余裕があったら買い物をしよう。それから、ライモンシティに行くのなら、ライブキャスターを返してもらって……それで……
「…………zzz」
考えが浮かんだのはそこまで。やはり、充実していたとは言え、連日の仕事が祟っていたらしい。温かい空調、ゆりかごのような揺れから直ぐに眠気がやってきて……その続きを想像する間もなく、一時の眠りについた。
「ただいまー……」
家に戻れば午後11時を回っていた。靴を脱いで、部屋に入る。そして、無雑作に荷物を置いて瀕死のポケモンみたいに我が家のベッドに倒れ込む。
「あ~……………」
ホテルのベッドも柔らかくていいものだが、やはり気兼ねなく休める我が家のベッドの方が落ち着ける。
「…………」
このまま寝てしまって、いいかもしれない。
「ご飯、どうするの~」
あ、お母さん、作っていてくれたんだ。
「……少し、食べとかないと」
両隣の部屋には弟と妹がいる。何をしているかは分からないけど、起こさないように静かに部屋を出て、リビングへ向かう。
リビングに行くと、テレビを見ながら私を待っているお母さんがいた。
「起こしちゃってごめん、お母さん。少し、食べる」
「いいのよ。録画していたドラマを見ていただけなんだから」
そうは言っているものの、コンロに置かれた鍋を見れば、ただレンジで温め直したのではない事くらい、容易に想像がつく。
「……ありがとう」
「うん。疲れているんだから、出来る範囲で食べておきなさい」
「……あ、美味しい」
うん。仕事場ではお弁当ばかりだけど、やっぱりこういう食事の方がいいよね。
「案外、食べるわねぇ……」
「うん。やっぱりお弁当とはやっぱり違うなあ、って」
「そ。なら作った甲斐があったわね。それで、休日はどうするの。もう寝たけど、二人共ライモンシティに行くの、楽しみにしていたわよ」
「うん。ちゃんと行くよ。この前は仕事でドタキャンしちゃったし」
「分かったわ。それと……」
「うん。ライブキャスターのことね」
「悪用されてないでしょうねえ」
まぁ、連絡は私しか取っていないんだから、気にはなるだろう。
「それは無い……と思う。預かってくれている人はイッシュ地方を旅している人でジムバッヂも沢山持っているんだって」
「……そう。一応、行く時はお父さんも近くにいるようにするって言っているから、気を付けなさいよ」
「うん。分かった」
疲れてはいたけど、久し振りの温かい食事に自分でも思った以上に匙が進み、気が付けばお母さんが用意してくれた料理を全て食べきっていた。
「あら、結構食べたじゃない」
「うん。自分でもこんなに食べられると思わなかった」
「片付けはやっておくから、早くシャワーを浴びちゃいなさい」
「はーい、ごちそうさまでした」
翌日、私達は朝食を食べた後、地下鉄でライモンシティへ遊びに来ていた。同じような目的の人も多く、電車には座れない人もいる程だ。その移動中……
「そう言えば、最近はライモンシティの近くにアベニューが出来て人気なんだって。ルリは行ったことある?」
「え。アベニュー?」
さて、仕事で多くの街には行くが、そんな話は……あったような、無かったような。
「そうそう。今日はまずそこに行こうって話を、お父さんとしてたんだ」
そう言われると気になってきた。大体新しい所は仕事で行くから、知らない場所に行くと言うだけで少しワクワクする。
「そうなんだ。私も行ったことないから、どんな所か案内してね」
「はーい」
ライモンシティの地下鉄を下りる。どうやら、電車内の興行としてポケモンバトルが見られるけれど……あの中にもキョウヘイさんがいたりするんだろうか。
「着いたー!」
弟が我先にと地下鉄を出る。どうやら、ポケモンバトルを見たせいでうずうずしていたらしい。
「全く、もう!」
今回は迷子になることなくて、良かった。それにしても、やはりライモンシティは若い人たちの街なんだと改めて実感する。先ほど出てきギアステーションもそうだけれど、ミュージカルホールにビッグスタジアム、リトルコート遊園地とイッシュ地方一の遊興地だ。初めて来た人は一日では見て回り切れない、と言うし、イッシュに住む人でも何度も足を運ぶらしい。そんなライモンシティなのに、その近くに新たなアベニューが追加された。ライモンシティはこれからも遊興地として発展するのだろう。
そして、そんな妹と弟は真っ先にそのアベニューへ案内してくれた。どうやら、少し前まで正式な名前が決まっていなかったらしいけど、最近決まったそうだ。アベニューの入り口には立て看板があり、セールも同時に行っているみたい。
「LAWDアベニュー……?」
「うん。何かの略だったけど……何だったっけ?」
「でもでも、色んな施設があって、ライモンシティとはまた別の楽しみがあるんだって!」
弟も妹もここの話を友達としたことがあるのか、何処かワクワクしているように見える。
「そっかぁ。なら、楽しみだね」
入った直後の印象は、別の地方へ仕事で行った時に見かけた商店街のイメージだ。だが、アベニューの天井には装飾が施されているし、元々がヒウンシティとライモンシティの間にあるからか、横幅がかなり広い。なるほど。これなら店を置いても十分に人が通れるだろう。
「へぇ~、色々な店があるのね」
カフェが2つ、他にも花屋や美容室、マーケットなどの様々なお店がある。なるほど、ライモンシティが遊興地ならば、ここは買い物をする場所なのだろう。あるいは、ライモンシティを回って疲れた時に一休み出来る場所なのだろう。それにしても、短い通りの割に様々な種類の店がある。見て楽しむ分にはライモンシティの遊興施設にも負けないかもしれない。
「へぇー、私初めて来たよ、お母さん」
「そうなの。確かに今の名前になったのは最近だって聞いたから、ルリも知らなかったのね」
「うん、ここのところ忙しくて。マーケットに寄っていくの?」
「いいえ。それは帰りでいいわ。少し見て回ったら、遊園地やリトルコートに行きましょう」
「はーい」
「じゃあ、私達は遊園地のジェットコースターに行くわね」
「わーい。楽しみ」
お母さんが妹と弟を連れていき、私も続こうとしたが……お父さんがあることを耳打ちしてくれた。
「ああ、ライブキャスター……返してもらわないと困るだろう」
「……あ、それじゃあ連絡して見るね」
「待ち合わせをしていなかったのか」
「昨日、連絡しようとして寝ちゃって……」
「まぁ、仕方ないな。少し、静かな場所で電話をしようか」