キョウヘイくんからライブキャスターを返してもらってから二日後、楽屋に早めに到着した私はマネージャーを待っていた。
「おはよう、ルリ。休み明けだけど体調はどう?」
「はい、ばっちりです。それから……」
ライブキャスターを取り出してマネージャーに見せる。
「きちんと返してもらっていたのね。本当に、拾ってくれた人に感謝しないと。ちょっと、ライブキャスターを貸してみなさい」
マネージャーはこの手の機械にも詳しいんだっけ。
「履歴とかの確認ですか?」
「ええ……あら?」
が、画面を幾つか確認しただけで直ぐに私に返してくれた。
「良かった、ほとんど使われていないみたいね。場合によっては知り合いを呼ぼうと思っていたけど、これなら必要ないわね」
「今回はご迷惑を掛けました、マネージャー」
「本当、これでようやく一安心よ。それで、拾ってくれた人とは会えたの?」
「はい、同年代の男の子でした」
同世代の男の子……そう聞いて、マネージャーが眉を顰める。当然だよね。
「その子には……貴女がルッコだということ、知られていないわよね?」
「なるべく帽子は深く被っていたし、誰かに似ているといった話題にはならなかったので、大丈夫だ……と思います」
「貴女が出来る範囲で気を付けていたと言うのなら、後はもう……その子を信じるしか無いわね。本当、最近は物騒なんだから、そんなタイミングで余計な気を遣わせないでよね~……」
「すいません。お父さんにも怒られました……」
「心配する気持ちも分かるわ。最近のイッシュは不審な黒い服装をした男女が沢多く出歩いているからね」
2年前と同じかは分からないけど、また何処かの誰かが騒ぎたてているらしいと聞いた。ただ、その集団は2年前の者達よりも粗暴らしく、私の周りでも良い印象を抱く人はいない。
「はい。それはお父さんからも聞きました。ただ、その後、喧嘩しちゃって……」
「……ルリが喧嘩!?」
「はい……ちょっと言い過ぎたな、って思っているんですけど」
「詳しく聞かせなさい」
うっ……これ、話すしかないかぁ……
喧嘩した内容を包み隠さず話す。何しろ、マネージャーとの付き合いは2年以上になる。私が分かりやすいこともあるらしいけど、僅かな動作で隠していることがあるかなど簡単にばれてしまうからだ。
一通り説明を終えた後、マネージャーを見ると……困ったような、呆れたような顔をしていた。
「……なるほどね。まぁ、最近の貴女は色々と抜けていたし、イッシュが物騒になっていたから、ルリのお父さんからすれば心配だったんでしょう」
「……でも」
「私のことも頭に過ったから、貴女は怒ったんでしょう。それはありがとうと言っておくわ。でも、本当はこの世界に送り出してくれたお父さんにはきちんと謝ること。もし、それが出来ないのなら、貴女はこの先どこへ行っても続かないわ」
「……はい」
「ま、意地になって怒ったから、直ぐに謝れない気持ちも分かるわ。だから、次の休みが終わるまでよ、いいわね?」
「はい、ありがとうございます」
事前に父とのわだかまりを話したからか、調子を崩すことなく仕事を終えることが出来た。
今日の仕事が終わり、明日の準備も終えて宿泊先のホテルで一休み。普段ならライブキャスターで家族と連絡を取っている所だけど……
「お父さんは……うん」
その内にかけなければならないと分かってはいるが、まだ心がむかむかする。それに連絡したとして、どんな言葉で謝ればいいんだろうか。そんな心持ちでライブキャスターと睨めっこをしていた時、着信音が鳴った。
「え?」
そして、表示された名前を見て思わず顔が綻んだ。これっきりの関係になるかもしれないと思っていた関係だったのに、早速連絡をくれたから。繋げようとする直前、お父さんと話す時とは別の緊張が走り、その手が止まる。
スー、ハー……
気持ちを整えて、通信をONにする。僅かな時間を置いて通信が成功し、キョウヘイくんの顔がアップで映し出される。
「あっ、キョウヘイくん」
見た所、外ではない。夜だから休んでいるのかな。
「こんばんは、ルリさん。今、話しても大丈夫?」
「うん、今は大丈夫だよ。あのね……この前はありがとう!」
その後、色々な話をした。好きなポケモンのこと、キョウヘイくんの手持ちのポケモンのこと、私自身のこと……そうして、色々な話をしているとあっと言う間に時間が過ぎていく。
それにしても、キョウヘイくんはポケモン博士なんじゃないか、と思う。軽い気持ちで相談してみたら、おすすめのみずポケモンやくさポケモンを沢山紹介してもらった。お陰様で妹へのプレゼントも決まりそうだ。後は本人が気に入るか……だけどね。
「……そうだ、もう一つ相談してもいいかな?」
「いいですよ」
さっきまでは忘れていた……けど、確かに私の中で出てきている大きな悩みだ。この悩みを、キョウヘイくんはどう感じるだろうか。
「実は、お父さんと仕事のことで喧嘩しちゃって……」
「言える範囲でいいですよ。それで、どんなことで喧嘩をしたんですか?」
キョウヘイくんの柔らかい声が、私の心を楽にしてくれる。
「ありがとう。私、今の仕事を楽しいって思っているの。疲れるし、移動も大変だし、中々家にも戻れないけど……それでも、色んな人が笑顔になってくれるし、楽しんでくれている。だから、頑張れるの」
「凄いですね、俺もポケモンバトルだったら全力を出せるけど……仕事、仕事か」
「なんだけど……お父さんから最近は色々物騒なことも起きているし、疲れているようにも見える。一旦休んでみてはどうだって……」
お父さんが心配する気持ちも分かる。だけど、せっかく今はいい波に乗れているのに、ここで休んでしまったら……と考えて、強く言い返してしまったことを今は後悔している。だからこそ、謝りたいと思っているけれど、心が、体がそのように動かない。私のこの自分勝手な悩みを……キョウヘイくんはどう思うのだろうか。
「俺は仕事を仕事としてやっていないからまだ分からないですけど……ルリさんは今の仕事が好きなんですよね」
「うん」
大変だし、苦労することもある。それでも多くのレッスンを重ねて、上手になって、色んな人と関わって、今がある。
「その仕事を……今はまだ続けていきたいと思っているんですよね」
「うん」
マネージャー達のおかげでイッシュは兎も角、他の地方でも名前が売れるようになったのだ。だからこそ、今は自分が出来ることを精一杯やっていきたいとも考えている。
「だったら、その気持ちを素直に伝えてみたらどうですか。喧嘩したばかりだときっかけが作り辛いと思いますけど……」
「うん。私も言い過ぎたって分かっているんだ……だけど、どうしてもカチンと来ちゃったの。謝らなきゃいけないんだけど……」
「そういうカチンとくること、ありますよ。……じゃなくて、自分本位な人とか」
……何て言おうとしたんだろう、プ……って最初に言ったと思うんだけど……
「そういう人がいるんだ。私の周りではあまり見ない、かなぁ……」
「ああ、なら良かったです。俺はそういう嫌なことがあった時、時間を作ってポケモンの毛繕いをします」
やっぱりトレーナーだから、そうしたケアもしっかりやっているんだね。凄い。
「それはどうして?」
「無心で出来るし、何より落ち着くんです」
何か、分かる気がする。
「毛繕いする、と言っていたけど、どうやってしているの?」
「普段やっているのは、手で梳いた後に櫛で軽くブラッシングするくらいかな。特別なことはあんまりしていない、はず」
「そうなんだ。私もポケモンを部屋の中で自由にさせることはあるけど、ブラッシングはあまりやっていなかったなぁ」
一緒に番組に出る時は、メイクさんが整えてくれていたからなぁ。
「是非やってみてください。ブラッシングしていると細かいけど色々なことが分かるんです。例えば、季節によって毛並みが変化したりとか、ポケモンバトルした後はちょっと毛先が痛んだりとか、汚れがあったりとか……そんな、細かいことだけど変化があるんです。まぁ、最近は夜のポケモンセンターでしかやれていないですけど。それでもブラッシングしていると抱えている嫌な気持ちがすっかり無くなったことがあったから、おススメです」
「ありがとう、キョウヘイくんに話を聞いてもらったらなんだかすっきりしちゃった。そうだよね、色々と自分の中で溜め込んじゃっているから良くなかったんだね。うん、素直な気持ちでお父さんに謝ってみるね」
時計を見ると長針がほぼ1周していた。相当に話こんでいた。本当はもっと話していたいけど、明日の予定もある。
「今日は色々とありがとう、キョウヘイくん。じゃあ、またね」
次の日の夜、お父さんが早めに帰ると聞いていたので、仕事の休憩時間を使って連絡を取っていた。
「あ、お父さん」
「ルリか、どうしたんだ?」
幾らキョウヘイくんに勇気を貰ったとはいえ、いざ言うとなると緊張する。けど、素直な気持ちで、素直な気持ちで。
「この前はごめんなさい。折角お父さんが機会をくれて……マネージャーさんにも助けてもらって……ようやく今、ここまで来れたの」
「…………」
「次の機会がいつ来るか分からないと思って、焦ってたの。ひどいこと言ってごめんなさい!」
どう、答えてくれるだろうか。
「……いや、謝るのは私の方だ。ルリが望んでその仕事についているのを知っていたのに、心配し過ぎていたんだろう」
お父、さん……
「ううん。いつも心配かけてごめんなさい……それから、やっぱりまだ」
「分かっている。最近のルリの様子やイッシュ地方の治安が乱れていたから、私も過剰に心配していただけだ。好きにやっていきなさい」
「……ありがとう」
今度帰る時、何か買っていこうかな……
「あ、そうだ!」
「どうした」
「この前、ダウジングマシンを使っていたら、面白いアイテムを見つけたから今度のお休みにあげるね!」
勢いのままに言ったけど、ダウジングマシンを持って散歩していた時、思わぬアイテムを見つけたんだった。キョウヘイ君に聞いたらポケモンに持たせるアイテムらしいんだけど……喜んでくれるかな?
「そうか。楽しみにしているよ。それじゃあ、体調に気を付けて頑張りなさい」
「うん、お父さんも気を付けてね!」
ライブキャスターの電源を切り、振り返る。
「え?」
あれ、何時の間にマネージャーが。
「仲直りは終わった?」
「はい、何とかなりました」
「貴女のことだからもう少し時間が掛かると思っていたけど、早期に解消出来て良かったわ」
「はい、これからもよろしくお願いします」
「それにしてもいったい誰がルリに入れ知恵を……あ、もしかして、ライブキャスターの彼のお陰だったり?」
!!!!!!
「え、え、え、どうしてマネージャーがキョウヘイくんを……あ」
あ、ああ、ま、ま、まねーじゃーの顔が、すごく、たのしそう。
「ふーん、キョウヘイくんって言うんだ?」
あ、ああ、あああああ、ああああああああああああ…………
「ま、今までの経緯はある程度知っているから、聞かなかったことにしてあげるわ。もう少し昔なら関係を切りなさいと言った所だけど……これからも付き合っていく気なら、気を付けなさい。それから明日は夕方からソウリュウシティでシャガさんへインタビューをするから、それの準備をしておきなさい」
「は、はい……」
顔がクリムガンとはこのことだろう。そうだ、くーるだうんにはぶらっしんぐがいいってきょうへいくんが言っていた。ぶらっしんぐ、ぶらっしんぐ……
ボールから出してパッチールのブラッシングをしていると、その昔に聞いたことを思い出す。パッチールと言えば、様々なぶちを持つポケモンだ。確か、ぶち模様がどれだけあるか研究している人もいるんだっけ。
確かに、キョウヘイ君の言う通りだ。嫌と言うよりは恥ずかしいだけど、その気持ちを吹き飛ばすことが出来た。うん、これならいつも通りのルッコとして振る舞えそうだ。
まさかこの翌日、ソウリュウシティが凍り付くという異常事態に見舞われるとは思ってもいなかった。