剣と魔法とノスフェラトゥ   作:十二夜

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舞台は整い、化け物は揃い、幕は上がる

1978年の英国、ロンドン。

 

昼頃から降り始めた雨は一向に止まず、日が落ちても霧のような小雨となって街を覆った。

 

蒸し暑い夜だった。

 

友人はみなバカンスに出かけていたし、議会はとっくに閉会していてこれといったイベントも無い。

新聞はどれも面白みがなく、つまらなかった。

 

アーサー・ヘルシング卿は手に持った新聞をテーブルに放り投げると、目の前に座る小さなインテグラに目をやった。

 

眼鏡をかけた幼いその顔は、読書の合間に執事の入れた紅茶を優雅に嗜んでいる。

 

アーサーはふと何かを思い出したように、インテグラに声をかけた。

 

「最も恐るべき怪物とは何か。わかるかね、インテグラ」

 

唐突に声をかけられたインテグラは驚いて父の顔を見たが、ああ、新聞がつまらなかったのね、とすぐに当たりをつけると父に面と向き合ってから答えた。

 

「、、、吸血鬼」

「そうだ、その通りだよ。我らが宿敵吸血鬼だよ、インテグラ。では、何故吸血鬼はそれほどまでに恐ろしい?」

 

アーサーは急に一体何事だろうと面食らうインテグラを見て、笑いながら葉巻を咥えて続けた。

 

「吸血鬼は弱点だらけだ。ニンニクを嫌い、十字架を嫌い、聖餅や聖水は身を焼く。川、海、湖畔、流れる堀を渡れず、太陽に目をそむけ、聖書に耳をそむけ、ほとんどの吸血鬼は夜しか動けず、安息の()()()は唯一ツ、暗く小さな棺だけ」

 

そこでアーサーはゆっくりと息を吐き、インテグラを試すようにまっすぐ見据えた。

 

「それでも吸血鬼は無敵の怪物(モンスター)と呼ばれる。インテグラ、何故だかわかるかな?」

「、、、、、、、」

 

インテグラはしばし考えた後におそるおそる答えた。

 

「狼やコウモリを操る事?」

「それは決定的ではない」

「心臓に()()を刺さないと死なない?」

「少々役不足だ。倒す(ロウ)はそれに限らん」

「他人の血を吸い、いくらでも仲間と下僕を増やす?」

「それは確かに恐るべき事だ。だが無敵か、とは少し違う」

 

アーサーは次の答えを待つ。

 

「もっともっともっともっと、単純なことだ」

 

インテグラはやがてヘルシング機関を継ぐ者。

いわばこれはそのための授業。

インテグラの額からぽたりと汗が落ちた。

 

「、、、、、、、、、力が強い?」

「そうだ!」

 

アーサーはパンッと両手を打って満足そうに笑う。

 

「吸血鬼はとっても力持ちなんだよ、インテグラ。反射神経、集中力、第六感、身体能力、特殊能力、耐久力、吸血能力、変身能力、不死性、 etc etc,,,,」

 

だが、とアーサーは続ける。

 

「最も恐るべきはその純粋な暴力、、、『力』だ。人間達を軽々とぼろ雑巾の様に()()()()()。そしてたちの悪い事に吸血鬼達はその()を自覚している。単一能としてでなく、彼らの理知(ロジック)を持って力を行使する『暴君』だ」

 

紅茶の水面にインテグラの顔がゆらゆら揺れる。

一を聞いて十を知る聡い彼女のことだ、父が言わんとする事も、その純粋な「力」の恐ろしさも、既に悟っているだろう。

 

「吸血鬼との接近戦闘は死を意味する。いいかねインテグラ。吸血鬼とは知性ある()()う『鬼』なのだ。これを最悪といわず何をいうのか」

 

そう言ってアーサーは窓辺に立ち、窓の外に広がる闇の中から途切れ途切れにぼんやり浮かび上がるガスの光を眺めた。

 

「ただの吸血鬼でこれだ。彼なら、、、どれ程の、、、」

 

ふと頭に浮かんだその恐ろしい想像のつぶやきは葉巻の煙と共に立ち消えた。

 

雨は止んだが霧は街を覆い続けている。

 

葉巻の灰が一塊、ポトリとアーサーの手元から床に落ちた。

 

 

 


 

 

 

エクラン王国、その中央を貫く大通り。

そこに二つの人影があった。

片方がもう片方に肩を貸し、まっすぐ王城へ向かって走っている。

 

「ハァ、、、ハァ、、、済まぬ、ミレナ。面倒をかけた、、、」

「喋るな!傷口が開くだろうが!」

「わしの剣は、、、ハァ、、、あやつに、届かなかった、、、」

「回復魔法かけてるから動くな!あと喋るなと言っているだろうが!、、、ほら、どうだ?少しは楽になったか?」

「ああ、、、もう、わし一人で走れる」

 

息も絶え絶えに立ち上がるのはオボロ。

アーカードとの接近戦闘から生き残った『人間』である。

 

「まったく、緊急通信具にお前からの救援信号が届いた時は目を疑ったぞ。それで、なんなんだあの化物は?いくら『天晴』を持っていなかったとはいえ、お前と渡り合い、ましてや負かすなんて尋常じゃないぞ。私も、攻撃を受け止めた腕が痺れて使い物にならん。こんなことは初めてだ」

 

そう言って純白の騎士が頭兜を外す。

歳は20代前半、肩に付くぐらいの短い髪に凛とした顔立ちの美人だ。

なによりその澄んだ青色の瞳と金色の髪が、見る者の目を惹きつけてやまない。

 

ミレナと呼ばれたその女は苦笑いしながら右腕をぶらぶらと振って見せる。

肩から下の感覚が消えており、今日一日はまともに動かせないだろう。

 

その異常さが分かるからこそ、オボロもミレナも目は一切笑っていなかった。

 

「わしにも分からぬわ。ただ一ツはっきりしているのは、、、」

「おい!貴様ら止まれ!ここより先は王、、、城、、、、」

 

二人を止めた門番がまずオボロの顔を見て、次に騎士を見、眩しいくらい美しい金髪を認識するにつれだんだん声が小さくなり、ただならぬ形相の二人に何かを察したのか、顔を青くしながら頭を下げた。

 

「これは、ご無礼をお許しください!陛下は大広間におられます!」

 

言い終わらないうちに二人は大広間に向けて早足に歩を進める。

 

あの化物からはほんの微かにエクラン香がした。

 

エクラン香とはその名の通りエクラン王国にしか生息しない花で作られ、それも王族にしか献上されない特別な香水である。

それゆえ、王城内のすべての部屋にはエクラン香が撒かれている。

 

オボロの超人的な嗅覚が嗅ぎ取った痕跡だった。

 

アーカードはこの城に来ていた。

 

となれば話は変わってくる。

なぜアーカードは平原に来たのか。

 

エクラン王国から続く街道はどれも平原を経由しない。

つまりアーカードはわざわざ遠回りをしたのだ。

 

何故?

 

二人の歩く速度が上がる。

そのまま駆け足の速さで大広間の扉を乱暴に開けた。

 

空の玉座。

それはそうだ、他国の王を差し置いて座れるわけがない。

王座に続く階段の踊り場には急遽こしらえた三つの王座が並んでいる。

 

階段の下には各国の大貴族が勢ぞろいしていた。

 

おそらく形式的な御前会議でもしていたのだろう。

 

王座に座る三人の人物がオボロを見る。

その横に立つミレナを見る。

 

オボロの傷だらけの恰好を見て、いち早く察したのはもちろん公王だった。

 

「、、、!?まさかッ、、、!」

 

オボロが腰に手をやる。

右手が刀に添えられる。

 

それだけで糸が張り詰めたように場が静まった。

 

壁際に控えていた大量の兵も、貴族も、王も。

誰一人動くことは叶わない。

 

この場に四英雄は居なかった。

それがすべての答えだった。

 

オボロの静かな怒りが空間を支配する。

 

下手に動けば、首が落ちる。

 

「うぬら、わしらに一体『何を』けしかけよった」

 

刀の柄をしかと握る。

 

「死んだぞ。敵も味方も、全てが消え去った。うぬら、一体『何を』けしかけた」

 

帝国が誇る最大戦力、「双璧」。

 

オボロ・ミナヅキ。

ミレナ・エストリア。

 

「攻」と「防」に関して、人外の域を踏み越えた二人である。

 

 

 

 

×××

 

 

 

 

オベロン公国首都、貴族街のとある片隅。

 

そこには異様な様相が広がっていた。

 

まるで森の一部を切り取ってきたかのように、そこだけ木が円形に分厚く生い茂っている。

 

明らかに異常だが、道行く人は当たり前のように誰も気にかけない。

 

見えていない訳ではない。

ただ、知っている。

森の中に誰が居るのかを。

子供のころから知っている。

 

だから通り過ぎる人はみな森に向かって軽くお辞儀をする。

 

木に囲まれるように、木で隔離するように、その中心には一軒の屋敷が建っていた。

 

住民はただ一人。

 

彼は無数の水晶が置かれた広い部屋で葉巻を一本咥えた。

 

葉巻。

彼が700年前に開発した娯楽用品である。

 

そして、一つの水晶の向こうに映る二人の人物を眺める。

 

魔導水晶。

彼が55年前に発明した魔道具である。

 

水晶に映し出されるのは赤いコートに紅いドレス。

まっすぐ公国の方へ向かってくる。

 

彼は目を細めて、大きく吸った煙を吐き出した。

 

「こんな所まで来ても、まだ神は降りて来ないのかい、伯爵」

 

月を眺める。

夜空を裂いたような三日月が、地平に沈もうとしていた。

 

「そろそろ寝るか」

 

誰にともなく呟いた男は窓のカーテンを引き、寝室へ向かう。

 

ドアが閉じられ、その部屋は闇に包まれた。

 

同時刻、書斎。

 

図書館と言っても過言ではないほどの蔵書量を蓄えたその書斎の机で、一本の蠟燭が今にも消えようとしていた。

 

机には、主が書斎を去るまで読んでいた一冊の本が開かれている。

 

主は既に寝た。

もはや蝋燭は必要ない。

 

蝋燭の火は最後に激しく燃え盛ってから完全にかき消えた。

だがその光で、開かれていたページが一瞬間、明るく照らされる。

 

王冠をいただいた人頭の鳥が、自らの翼に喰らいつく奇妙な絵。

 

その下には解説と共に赤い文字でこう書かれている。

 

THE BEDE OF HERMES IS MI NAME ETING MI WINES TO MAKE ME TAME.

 




お久しぶりです。
この物語を待っているような物好きな人が居るのかは知りませんが、夏休みを十分に満喫してきたので、またボチボチ更新を始めようと思います。
素人ながら最終話までの設定や話を練ってきました。
ただ、なにせ筆が遅いので、また行方不明になった際は「あ、こいつ苦戦してるんだな」と笑ってください。
ではでは、引き続きアーカードの異世界旅をお楽しみください。
おさらば~
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