「串刺し公」「ドラキュラ伯爵」
アーカードを言い表す二つ名はいつの時代にも事欠かない。
五百年前、彼がブカレストの地においてオスマン帝国軍に処刑される今際の際、首を落とされるその寸前、たった一滴の血液を啜ったことがその後の人間の歴史を決定付けた。
敵を殺し、味方を殺し、守るべき民も、治めるべき国も、自分さえも滅ぼしつくし、人であることを捨てて化物に成り果て、他者の命を際限なく取り込み続ける伝説の吸血鬼。
そんなアーカードは今、返り血に全身を染めながら、
「なんぞここは……おいおいさっきも見たぞこの木」
ドン引きレベルで道に迷っていた。
というか既に朝にもかかわらず、そもそも森からすら出れていなかった。
太陽が容赦なくアーカードの顔を照り付ける。
それを一瞥したきり、アーカードはまた歩き出す。
吸血鬼にとって日光は致命、まともに浴びようものなら瞬時に燃やされ塵に還る。
しかし、吸血鬼としての弱点を持たないアーカードにとっては、微塵も効果は無い。
日光は「大嫌い」、ニンニクは「臭いだけ」だというのだから、もう笑うしかない。
そうこうしている内に、またもや同じ木に戻ってきたアーカード。
もう何回目なのか、数える気すら起きない。
なぜだ、なぜこうなった。
あまりにも良い夜だったからつい城に引き返して、残ってた化物共を鏖殺してきたのがいけなかったか。
まさか呪いか何かをかけられたんじゃなかろうな。
くそっ
そんなことを考えながらぐるぐる回っていると突然、見たことないほどカラフルなキノコが生えている木が目に飛び込んできた。
先程まで見たことのなかった木だ。
つまり無限ループから抜け出せたということ。
そう思いキノコのそばを通り過ぎようとした。が、
「……」
異世界のものは無条件にアーカードの好奇心を刺激した。
永い時を生きてきた分、人間の進歩にも慣れ、地球では代り映えのしない闘争の日々を過ごすのみ。
しかし、ここは異世界。
キノコを木からもぎ取ると、アーカードはじっとキノコを眺め始めた。
匂いを嗅いでみる。無臭。
ぺろりと舐めてみる。少しピリッとした。
「…………」
毒があることなんて分かりきってる。
分かりきっているんだが…
小腹が空いていたということもあって、結局好奇心には勝てなかった。
食った。
死んだ。
××××
エクラン王国、王都。
その中央にそびえ立つ王城の中で、一人の兵士が必死に走っていた。
そして会議室にたどり着くと、勢いのまま扉を乱暴に開け放つ。
途端に幾つもの咎めるような視線が突き刺さる。
このところ勢いを増す魔王軍の侵攻。そして昨夜起こった「赤い夜」。
その対応と民衆への説明を話し合うために今、会議室にはこの国の重鎮が勢ぞろいしていた。
既に議論は二日目を迎え、誰もかれも疲労困憊で気が立っていた。
あまりにも言語道断、本来ならば即刻処刑なのは兵士も分かっているのだが、今はそんなことを言ってる場合ではない。
兵士は声の限り叫んだ。
「報告!報告します!四英雄より伝言!!何者かにより魔王は魔王城から逃走、魔王軍幹部は全滅、魔王城は中に居た魔物と共に崩壊しました!!!!」
時が止まった。
何事かと兵士を咎めるように見ていた王や宰相、国の重鎮たちは一様に沈黙。
やがて王がかすれた声を絞り出した。
「い、今…なんと……もう一度……」
「はっ!魔王は失踪!魔王軍幹部は全滅し、魔王城が崩壊……!人類に、人類に…希望が……ッ!!!」
最早堪え切れずに兵士は涙を流した。
やがてその情報を理解した者から兵士と同じように涙を流し、
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」
歓声が爆発した。
「早く、早くブリート帝国とオベロン公国にも知らせよ!すぐに会談の約束を取り付けるのじゃ!希望じゃ、我々に希望が見えよった!」
王は感極まって踊り始めていた。
それほどまでに人類に希望は無く、もたらされた知らせは大きなもの。
これで人類は勝てるかもしれない。
今まで夢物語だった計画が、現実味を帯びた瞬間だった。
「して、誰がそのような偉業を成し遂げたのだ?何者とは誰か、公国の賢者か、それとも帝国の「双璧」か?」
宰相は興奮しながらも冷静に情報を得ようとする。
しかし、兵士は困ったような顔になり、
「それが……不明でございます。まったく見知らぬ人物だそうです。四英雄が接触を試みようとしていますが……」
そう告げた。
同時刻、森の中。
「ガルルルルルル……」
「なるほど……確かに此処は異世界だ」
いつの間にか森の中心まで迷い込んでいたアーカードは、不自然に視界が開ける場所に出ていた。
木が全く生えていないむき出しの大地が、およそ半径200メートルの円を形作り、森にぽっかりと空いている。
怪訝に思ったアーカードは円の中へ一歩踏み入れる。
瞬間、アーカードの目の前に巨大な物体が落下してきた。
周囲の気温が急激に下がり、放つプレッシャーが空気を歪ませる。
音もなく降り立ったそれは、純白の狼だった。
巨木ほどもあろうかという前足。
牙と爪は、鋭く尖り、触れただけで引き裂かれるのは想像に難くない。
さらに普通の狼との決定的な違い、それはその背骨に沿うように生えている細長い氷の毛。
絶えず冷気を生み出しながら不規則に揺らめいている。
「ゴガァアアアアアッッッ!!!」
たった一度の咆哮。
それだけで森が震え、周囲は氷結。
近くにいたモンスターは一目散に逃げだした。
遅れて、空から鳥の死体が雨のように落ちてくる。
狼はそれらが当たり前であるかのように気にも留めない。
アーカードを睨みつける瞳は、知性すら宿っているように感じられた。
魔王がこの森に城を建てる際、排除することが叶わなかった唯一の存在。
その力故、人類が実に五百年もの間、この森に立ち入ることが出来なかった原因。
森の王、氷狼フェンリル。
「ク、フフフフフ、どうやら俺はお前の
そんな理外の化物を前にして、アーカードは不敵に嗤う。
闘争だ。
闘争が出来るぞ。
手には既に銀と黒、二丁の拳銃が握られている。
銀の拳銃。
454カスールカスタムオートマチック。
漆黒の拳銃。
対化物戦闘専用13mm拳銃「ジャッカル」。
彼のためだけに創られた二丁の拳銃である。
全長39㎝、重量16㎏もある、銃というよりは砲である「ジャッカル」をアーカードは目の前の敵に突きつける。
「一つ教えておいてやろう、狼。この森は既にお前の狩場ではない。油断するな、慢心するな、出し惜しみするな、神経を尖らせ、俺から目を逸らすな」
アーカードの唇が弧を描く。
眼球は紅く光り、顔は引き裂かれたかの如く凄惨な笑みを浮かべ、
「お前が、餌だ」
闘争の第一声を撃ち鳴らした。
やっぱりアーカードはかっこいいですね
ちなみにフェンリル、この異世界では最強の一角です。
出会った相手が悪かったな(すっとぼけ)