夜、王城。
客人が泊まる部屋でもっとも上等な一室に二人は居た。
絢爛という言葉がしっくり当てはまる部屋には様々な芸術品と最高の調度品で埋め尽くされ、それでいて豪華すぎないという見事な美を作り上げている。
部屋の中央には重厚なテーブルが置かれ、複数の扉の先には、浴場や小さな図書館の如き書斎まで付いている。
そんな部屋になぜ二人が居るのかというと、もちろん泊まるためである。
「お二人は今夜この部屋でお過ごしください。浴場などもどうぞご自由に。明日の朝、面会の準備が整い次第呼びに来ます。ご入用の際はメイドに申し付けてください」
レケンスがにこやかに笑みを浮かべる。
二人を連れて王城にたどり着いたは良いが、そこで思わぬ問題に出会うことになる。
ブリート帝国の皇帝とオベロン公国の大公。
その二人が国王と話をするためにやって来ているのである。
この世界の人類のトップ。
その全てが揃っている場にいきなり化物二人を連れ込むのは流石にまずい。
万が一があっては
そう判断した四人は、面会の場を万全に整えてから改めてアーカード達を王たちと引き合わせることにした。
そうなると今日中には間に合わないので、アーカード達にはこの城で一晩を過ごしてもらうしかない。
不慮の事態とは言え自分たちが連れてきたのだから、なるべくアーカードとリルの機嫌を損ねないように急遽最高の部屋と環境を手配した。
そして今に至る。
では僕はこれで、と言って去っていくレケンスの背中を眺めながら、二人は顔を見合わせる。
その顔にはめんどくさいという色がありありと浮かんでいた。
深夜。
アーカードはベランダへ持ち出した椅子に座って、夜風にあたりながら静かに目を閉じている。
水浴びではなく生涯初の入浴を済ませたリルが、五人は優に寝転べそうなサイズのベットの上に裸で座ってアーカードを見つめていた。
やはりまだ慣れないのだろう、身に着けていたドレスや手袋は壁に丁寧に掛けられている。
風呂上がりの湿った髪は一つに束ねられ、まだ若干火照っている白い肌は汗ばみ、月の光を反射していた。
「お腹が空いたわ。ねぇあなた、生肉を持ってきて頂戴。なるべく血が滴ってるやつ」
そう言って壁際に空気のように控えていたメイドを呼びつけると、メイドは音もなく近づいて頭を下げ、
「申し訳ございません、フェンリル様。生肉は衛生上お出しすることができません。僭越ながらも代替案を申し上げさせていただきますと、ステーキのレアが最も生肉に近く、お口にもお合いになるのではないかと愚考いたします」
「じゃあそれで良いわ。アーカード様も要る?」
「要らん。今夜は肉の気分ではない。しかし、そうだな、、、、赤ワインを寄越せ。とびっきり上等な奴だ」
「かしこまりました。直ちにご用意させていただきます」
そう言ってメイドが部屋を出ていくと、二人の間に奇妙な沈黙が下りた。
先程からリルが何回も口を開きかけては閉じ、アーカードをちらっと見てまた口を開き閉じを繰り返している。
やがて覚悟を決めたのか、顔を上げて真っ直ぐにアーカードを見つめると緊張したようにアーカードに声をかけた。
「ね、ねぇ、アーカード様」
「なんだ」
「アーカード様は、、、、貴方はなんで」
コンコン
ドアをたたく音が部屋に響いた。
頼んでいた食事を持ってきたらしい。
「、、、、、、、、、入っていいわよ」
「失礼します」
銀のワゴンに蓋をした皿とワインを載せてメイドが部屋に入ってくる。
そしてリルの前で止まると、皿の蓋を取った。
「こちら、料理長が腕によりをかけて調理した、白牛のレアステーキでございます。盛り付けはお好みに応じてお召し上がりください」
「へぇ、良い肉使うじゃない。白牛は脂が甘いし柔らかくて美味しいのよね。焼いたらどうなるのか知らないけど」
純白の皿には見事に盛り付けられたステーキが乗っていた。
味付けは塩胡椒のみ、サッと焼いた両面は薄茶色で中の赤身が良く映えている。
盛り付けはマッシュポテトと焼いた野菜。こちらも一目で美味しいとわかるほど完璧に火入れされていた。
さすがは王城といったところか。
「そしてアーカード様にはこちら、427年のジュエ・ド・ムルギューレでございます。427年のワインはかつてないほどの出来として知られており、特にこのジュエ・ド・ムルギューレは現存するワインの中でも最高の逸品と言われております」
「ほう、、、」
ワイングラスにワインを注ぎながらメイドが説明する。
異世界のワイン事情などアーカードにはてんで分からないが、一口含んだ瞬間に満足そうな笑みを浮かべた。
「素晴らしいワインだ。礼を言おう、召使」
「恐縮に存じます。では、夜が深まってまいりましたので私めはこれにて失礼させていただきます。お二人とも、どうぞごゆっくりおやすみ下さい」
扉の前で深々とお辞儀をしてメイドが去っていく。
アーカードはしばらくワインを楽しんでいたが、リルがステーキを食べ終わったタイミングで声をかけた。
「リル、俺に聞きたいことがあるんだろう?問題ない。言え」
「う、うん、、、わかったわ。あの、、、貴方はどうして、、、、」
「ーーーあの時、お前を殺さなかったのか、か?」
「、、、そうよ」
リルの長いまつ毛が伏せられる。
瞳は不安そうに揺れていた。
「私と貴方は全力で殺し合いをしていたわ。あの時の私は今ほどはっきりした自我は無かったけれど、それでも記憶には焼き付いてる。貴方が私を殺す気で血を吸ったのも、分かるの。でも、図らずも私を眷属にしてしまった。私はもう、貴方に戦いを挑むことも、殺意を向けることも無い」
リルはそう言って一度言葉を区切ったのち、緊張をほぐすように大きく息を吸い込んで、
「どうして私を生かしてくれるの?私が眷属になった時点で、貴方の興味は尽きたはず。貴方ならいくら眷属の吸血鬼といえども、殺すくらい造作も無いでしょう?」
そう言って答えを待つようにアーカードを見つめる。
アーカードはワイングラスをテーブルに戻し、しばし宙に視線を彷徨わせてから困ったように口を開いた。
「向こうの世界にも一人、眷属がいる。そいつはお前と違って何の力も持たないただの人間だった。俺は人間を崇拝しているが、しかし、なぜ俺が死にかけのアイツを眷属にしようとしたのかは正直未だにさっぱりわからん。だがリル、お前はこの俺が認めた化物だ。お前を生かしたのは、情が移ったのかもしれんし、興味が湧いたのかもな。もっとも、デカいペットが欲しかっただけかもしれんが」
そう言ってアーカードはクツクツと面白そうに笑った。
リルはしばらく呆けた顔でアーカードを見ていたが、やがて、
「ふふっ、わかった。それで納得してあげる。私をペット扱いするなんて思ってもみなかったわ」
にこやかな笑みを浮かべると、少し顔を伏せて、
「私は生まれた時から最強で、ずっと一人だった。それが普通なの。生き延びたければ狩りをして、死にたくなければ強敵と殺し合う。私が死ぬのは負ける時だと思っていた。だから初めてなのよ。隣に誰かが一緒に居てくれるのも、誰かの下に付くのも、、、そして、誰かに命を貰ったのも。だから、、、」
リルは柔らかく微笑みながらベットに潜り込んで、
「最後まで面倒見ないと怒るわよ」
そう言って愛おしそうにアーカードを見つめてから、
「おやすみなさい、アーカード様」
安らかな顔で眠りについた。
それを見たアーカードは再びワインを傾ける。
夜の空気は澄み渡り、ほど良い冷たさがアーカードの頬を撫でて過ぎた。
大小二つの月の輝きを眺めながら、ワインを一口含んだアーカードは本人も気付かないほど微かに笑った。
「、、、面倒な犬を拾ったものだ」
異世界の夜は長い。
良い夜だった。
×××
翌朝。
面会の準備が整ったため、レケンスがアーカード達の部屋の扉をたたく。
アレスとアルテは礼儀が稚拙だし、ニィクスは口数が少なすぎる。
こういう時、貧乏くじを引かされるのは決まってレケンスだった。
「おはようございます。面会の準備が整いましたので、これからお二方にはーー」
「あら、もう来たの?早いのね」
「じぇいっっ!!」
変な声が出た。
アーカードはベランダの椅子に座りながら顔だけをこちらに向けている。
その表情から感情を読み取ることはできないが、問題なのは、
「どうして全裸でうろついてるんですか!!!」
「へ?ダメかしら?」
レケンスは瞬時に全筋肉を動員し、抜刀よりも素早く扉を閉める。
そしてリルの裸体を脳裏にちらつかせながら、全身全霊を込めて叫んだ。
「服を着ろ!!!!」
「今から我々の王と帝国の皇帝、公国の公王に会っていただきます」
レケンスが二人を連れて長い廊下を歩く。
「失礼が無いように、とは言いません。ですが、なるべく自重していただけると幸いです。僕も貴方たちとは戦いたくない」
そう言ってレケンスが比較的小さな扉の前で立ち止まる。
会議室だった。
「お許しを。非公式な上に大広間の王座は一つだけ、三人の王が集まる今回の面会には適しません」
コンコン
レケンスが扉をたたく。
「レケンス・エルロン、アーカード様とフェンリル様をお連れいたしました!」
「入れ」
扉の向こうから威厳に満ちた声が響く。
レケンスが扉を開けて中に入り、中から二人を手招く。
思っていたよりも広い空間だった。
純白の壁と床に敷き詰められた柔らかな絨毯。
四面の壁には四英雄を初め、国の要人がずらりと並んでいる。
大急ぎで準備したのだろう、大量にあった机や椅子は消え、窓を背に三つの机と椅子が横に並んでいるのみ。
そこに三人の男が座っていた。
真ん中に座るのは立派な髭を蓄えた老人。
両隣には六十前半の精力的な目をした初老の男が二人。
「初めまして。私はアーカード。大英帝国対化物組織『ヘルシング機関』のゴミ処理屋、、、、、インテグラル・ファルブルケ・ウィンゲーツ・ヘルシングに仕える、吸血鬼だ」
「、、、、その眷属のフェンリルよ」
すると真ん中の老人が二人が名乗ったことに驚いたように目を見開いて、
「儂はこの国の国王じゃ。お初にお目にかかる、アーカード殿。そして、、、フェンリル殿。まさかかの神獣にお目通りできるとは、いやはや、夢にも思わなんだ」
「私は隣のオベロン公国の公王です」
「俺は帝国の皇帝、更に隣だな」
王たちの自己紹介が終わったところで、壁際の一人から鋭い視線が突き刺さる。
皇帝に付いてきた、帝国の要人。
「貴様ら何を突っ立っているのだ!頭を垂れよ!御三方の御前であるぞ、無礼であろう!」
「ちょっ、、、」
四英雄が慌てて止めようとするも間に合わず。
向けられた視線をそよ風と流し、アーカードは馬鹿にしたように、
「生憎、
「なっ!?貴様ァ、、、!」
「良いッ!!!!!!」
一喝。
「し、しかし、、、」
「
皇帝が男を睨む。
尋常じゃない圧力を受けた男が気圧されて下がった。
「さ、差し出がましい真似、失礼いたしました」
「悪かったな、アーカード殿、フェンリル殿。どうか許して欲しい」
「問題ない。それで、お前たちは私に何を望む?」
「まずは、アーカード殿について聞かせてもらえないじゃろうか?儂達はそなた達についてあまりに知らなすぎる」
そう言って三人の王はアーカードの反応を待つ。
「いいだろう。とは言うものの、語ることは少ないがな」
そしてアーカードは魔王に召喚されてからのことを話し出した。