用務員ちゃん、ウマ娘に囲まれる   作:わたっくし

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私はまだ持ってません



第2話 ドライブ

 

早朝、職員室へと向かった私は先生に進路希望調査票を提出した。てっきり適当な大学名を書いてくるだろうと考えていた先生は、私の提出した紙を見て、目を丸くして結構驚いていた。その反応にちょっと優越感を覚える。

 

しかしすぐに表情を軽い笑みに変え、「ようやく決めたか。頑張れよ」とだけ言ってくれた。

なんだ、意外といいとこあるじゃん。普段は面倒事ばかり押し付けてくるくせに。

 

さて、トレセン学園の用務員になると決めたからにはやるべきことが沢山ある。資格とかも必要そうだし、勉強……もしておいた方が良いのかな?できれば避けたいけど、まあ、いざとなれば沙月にでも教えてもらおう。

 

取り敢えずやれるだけのことはやっていこう、と重い腰を上げた。

 

 

まずは車の免許を取得することにした。用務員といえば、広い学園内を車で移動するイメージがある。車を運転出来るだけで、やれることの幅がぐーんと広がるからね。

それに、いつかみんなを乗せてどこかへ行くのも悪くないな、なんて漠然と考えていた。

 

ちなみに私は既に18歳なので、年齢制限に引っ掛かることはない。4月生まれで良かった……。この年齢で教習所に通えるのはメリットの一つだ。

 

学校が終わり、その足で早速教習所に向かうと、思っていたよりも結構な数の人がいた。恐らく全体の7割くらいの人が大学生で、制服を着ているのは私だけだった。

別に嫌というわけではないけれど、高校生一人浮いてるな、という視線を感じてちょっとソワソワする。早く終わらせて帰りたい。

 

予約の時間まで適当に時間を潰していると、隣の席に誰かが座ってきた。ちらりと目線を横に動かすと、そこには見慣れない制服姿の女の子がいた。うちの高校の制服ではないな。他の地域の学校かな?

 

「あら、その制服。もしかしてこの辺の高校の子かしら?」

 

隣から、吸い込まれるような明るい声が聞こえた。そこにいたのは、陽光を吸い込んだような栗色の髪をしたウマ娘。いや、正確には、その髪の美しさに目を奪われた、というべきか。

 

サラサラと揺れる髪が、窓から差し込む夕日に照らされてキラキラと輝いている。こんなに堂々と、人を凝視してくるウマ娘も珍しい。

 

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話を聞くと、彼女の名はマルゼンスキーというらしい。マルゼンスキー……どこかで聞いたような名前だが、思い出せない。

教習所にいるということは勿論、彼女も運転免許を取りに来たということ………と、思いきや……。

 

「あら、免許ならとっくの昔に取ってるわよ。もちろんゴールドよん♪」

 

自信満々に胸を張る彼女に、私は思わず眉をひそめた。

 

「え?じゃあなんで教習所に……。それに確か、ゴールド免許って5年は「あら、そろそろ教習の時間じゃない? スズちゃん、頑張ってね!」

 

……うまくはぐらかされたような気がする。しかも、私の名前、いつの間に知ってたんだろう……まあ、いっか。

 

深く追及するのも面倒だ。ひとまず私は教本とキーホルダーを手に、場内へと向かった。

 

「ファイト~!落ち着いてやれば、問題ナシ子ちゃんよ♪」

 

背後から聞こえる、底抜けに明るい声。初対面なのに、ここまで砕けた態度で応援してくるウマ娘も珍しい。

だけど、その声には不思議と励まされるものがあった。私は軽い笑みを浮かべて、ひらひらと手を振って応えた。

 

~~~

 

「はー……緊張した……」

 

初めての運転はやはり緊張するもので、今でも少し手に汗をかいている。アクセルとブレーキの踏み間違いはしなかったものの、想像以上に神経を使った。

 

待合室に戻ると、そこには“待ってました”とばかりの表情をしたマルゼンスキーが、椅子に座って腕組みをしていた。

 

「お疲れさま。初めての運転、どうだった?緊張したでしょ?」

 

「うん、緊張したけど、思っていたよりかは大丈夫だったかな……。でも、教官の声が遠くに聞こえるような気がしたよ」

 

私がそう言うと、彼女は満足気な表情を浮かべる。なんでこの人がそんなに満足そうな顔をしてるんだ? ……それに今更だけど、なんで私にこんなに構ってくれるんだろう……?

まるで、私がここにいることを知っていたかのような、そんな雰囲気すら感じる。

 

私が受付に教本を返してマルゼンスキーの元へ向かおうとすると、彼女はいきなり私の手を握ってこう言った。

 

「この後、予定は?」

 

突然の行動に、私の思考回路は一瞬停止する。

 

「ない、けど……?」

 

「よぉし、じゃあ今からドライブデートね♪ 最高の景色を見せてあげるわ!……あ、もちろん私が運転ね」

 

「……は?」

 

あまりにも唐突な誘い。しかも、運転する気満々だ。私の返事も聞かず、有無を言わさぬ勢いで腕を引かれる。

 

……かくして、無気力で流されやすい私の人生に、あまりにも唐突なマルゼンスキーとのドライブが始まるのだった。

 

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「おお……」

 

手を握られたまま教習所の駐車場へ向かうと、そこにはひと際目を引く、真っ赤なスポーツカーが悠然と君臨していた。周りの車が全て色あせて見えるほどの存在感だ。あれ、公道走っていいのか?

 

「こちら、私の相棒のタッちゃんよ」

 

楽しそうに話す彼女の表情からは、よっぽどこの車が大好きなんだろうなということが見てとれた。

 

彼女が車に近づき、小さなボタンを押すと、ドアは上方向へと開き始めた。シ、シザースドア……初めて見た。漫画かアニメの世界でしか見たことなかったぞ、これ。

 

彼女に手招きされ、恐る恐る助手席に座る。すごい良い座り心地だ。革張りのシートが体に吸い付くようだ。

車体の後部にエンジンを積んでいるため定員は2名とのこと。つまりこれ、二人乗りか。

 

「そういえばまだあなたのお名前を聞いていなかったわね。教官はスズちゃんって呼んでいたけど、下の名前で呼ばせてくれるかしら?」

 

「え、あ、うん。鈴理……。みんなからはスズって呼ばれてる」

 

「スズちゃん。うん、とってもキュートな名前ね♪ 私のことはマルゼンって呼んでくれて構わないわよ」

 

彼女はこちらを向いて、ニカッと笑顔でサムズアップする。私の名前を褒められて悪い気はしなかった。ちょっと恥ずかしいけど。

 

エンジンキーに鍵を刺し込み、車に「ブオォォン!」と重低音が響き渡る。心臓に響くような、凄い音だ。

お互いにシートベルトを装着して、いざ発進!………する前に、一つ彼女に聞いておかねばならないことがある。なんとなく、聞いておかないと後で後悔しそうな気がした。

 

「……マルゼンさん。どうして今日、私に話しかけてくれたんですか? 初対面ですよね?」

 

私がそう言うと、先程まで元気だった彼女の動きがピタッと止まる。まるで時間が止まったかのようだ。

何か言葉を発するかと思いきや、ずっと黙ったまま、さらには少しずつ顔を俯かせる始末。あれ、私が何か変なこと言った?

 

……無言の空間に、スポーツカーのエンジン音だけが「ブォォォン……」と重く鳴り響く。流石に私も気まずくなってきたので、何か話題を変えようと必死に頭を回転させていると……。

 

「…………れよ……」

 

「……え? 何か言いました?」

 

小さい声で、彼女が何かを言っている。聞き取れなくて、思わず聞き返した。心なしか顔も赤いように見える。

 

「……一目惚れよ……!」

 

蚊の鳴くような声から一転、はっきりとした声でマルゼンスキーは告白した。

 

「………え?」

 

「だーかーらー!一目惚れなのよ!初めて会った時から、スズちゃんにロックオンだったの!」

 

……まずい、理解が追い付かない。一目惚れってとこは勿論、昔会ったことあるなんてことも初耳だしでパニック状態だ。私の顔も恐らく今、真っ赤であろう。この状況、どうしたらいいんだ?

 

「……昔会った時って、いつですか……? 私、マルゼンさんとお会いした記憶が……」

 

「やっぱり覚えてないのね……」

 

彼女は再度俯きながら軽い溜息を吐く。その表情は、少しだけ寂しそうに見えた。

 

「……少し前、近くのファミレスに可愛い店員さんがいるって噂があったの。どんな子かしら~って軽い気持ちでいざ入店してみたら、もうびっくり仰天!激マブのウェイトレスさんがお出迎えしてくれたの!……まあ、貴方だったのだけれど……」

 

近くのファミレスって……ああ、あの。同僚の女の子がストーカーになったせいで、速攻で辞めたバイトか。まさか、あの時の客だったなんて。

 

「初めて会った時は緊張してうまく喋れなかったから、次に会うときは絶対に連絡先ゲットするわよーって、意気込んでたのに………貴方、いなくなっちゃうんだもの。本当に残念だったわ」

 

ああ、ストーカーが原因で辞めました!……なんて、言えるわけがない。言ったら絶対に面倒くさいことになる。というか、またストーカーの話を掘り返されるのも嫌だ。

 

追及されると面倒くさいことになりそうだから、何か話題を変えないと……!こういう時、どうすればいいんだ、私!

 

とっさにスマホを取り出し、友達追加の画面を表示して、彼女の目の前に差し出した。

 

「じゃあ……今交換する?連絡先」

 

すると彼女は目を見開いた後、堰を切ったように喜びの声をあげた。よし、成功だ。面倒事を回避できた。

 

「きゃーっ!スズちゃんの連絡先、ゲットしちゃった♪……もう逃がさないわよ?」

 

私の連絡先を手に入れてご満悦の様子。そんなに欲しいならいくらでもあげるけど。私のスマホにも彼女のアカウントが表示される。

 

【人生はフルスロットル!】

 

……ステータスメッセージは一言で完結させるタイプ……意外だ。もっとこう、キラキラした長文かと思ってた。

 

適当に彼女のプロフィール欄を見ていると、一つ気になる記述を見つけた。

 

「……トレセン学園…中央校所属?」

 

私の声が聞こえたのか、彼女はこちらの方に顔を向けた。

 

「あら、そういえば言いそびれていたわね。私こう見えて、トレセン学園じゃブイブイ言わせてるのよ?みんなからはマルゼンスキー先輩って呼ばれてるの!」

 

マジか。トレセン学園中央校ってなると、在籍しているだけで相当な実力者のはずだ。しかもそこで幅を利かせているなんて……私が思っている以上に、彼女は凄いウマ娘なのかもしれない。

 

……もしかしたら、トレセン学園で会う可能性もあるんだ……。いや、確実にあるはず。用務員として働くことになったら、毎日顔を合わせることになるんじゃないかな……

 

用務員のことを彼女に話すか少し悩んだが、今は言わないことにした。どうせ面倒なことになるのは目に見えている。来年、トレセン学園で再会して、彼女が驚く顔を見るのも悪くない。サプライズしてやろう。

 

「それじゃ、そろそろ出発するわよ? 準備はOKかしら?」

 

ハンドルを手にかけ、こちらに問いかけてくるマルゼンスキー。うん。と彼女の方を向いて答えると、彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は、どこか悪戯っぽい光を宿しているようにも見えた。

 

「よーし!念願のドライブデート、かっ飛ばしていくわよー!!!」

 

大きな声を出したかと思えば、彼女はアクセルペダルを思いっきり踏み始めた。グオンと地面を蹴るように動き出すタッちゃん。え、ちょっと待ってちょっと待って待って!

 

「発進する時はゆっくりでええええうわああああああ!!!」

 

私が覚えている限りここ最近で一番の大声を発したが、スポーツカーのエンジン音と風切り音にかき消され、まるで彼女の耳には届いていなかった。というか、そもそも聞く気もなさそうだった。

 

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まさか彼女がこんなにもスピード狂だとは思ってもいなかった……。おかげで今の私は助手席でぐったりである。体中の血が、後頭部に集まっているような感覚だ。シートに体がめり込みそう。

 

「この辺を道沿いで良いのよね?」

 

「……あー…うん……」

 

ドライブを終えた私たちは、現在住宅街を走っていた。私の自宅まで送ってくれるのだそう。流石の彼女も、住宅街では徐行運転に切り替えている。助かった。このままのスピードで走られたら、今日中に死んでたかもしれない。

 

ちらりと車窓に目を向ければ、辺りはもう真っ暗である。出発した時にはまだまだ明るかったので、結構な時間の間ドライブをしていたのだろう。

 

……正直、乗車中はずっとパニクってたので、適正な時間感覚は完全に失われていたのだが。気づけば、もう夜か。

 

「よーし、到着よ!」

 

タッちゃんが滑るように動きを止める。横を向けば、この辺では一番大きいであろう三階建ての一軒家が。我が家である。

 

「……今日はありがとう。すごく、楽しかった……」

 

「いいえ、こちらこそ。スズちゃんとドライブデート出来るなんて、まさに夢見心地だったわ♪ありがとう!」

 

車から降りて、運転席にいるマルゼンスキーと話す。改めて、綺麗な栗毛のロングヘアーを風になびかせながら、真っ赤なスポーツカーに乗る彼女は、本当に格好良くて様になっている。絵になるな、この人。

 

「それじゃ、この辺で!」

 

「うん、またね。……次はもう少しゆっくりだと嬉しい」

 

「あはは!これでもスピード抑えてた方よ~? スズちゃん、肝っ玉が小さいんだから!」

 

そう言いながら彼女は楽しそうに笑い、車を発進させて地平線の彼方へと姿を消していった。

 

……あれで、スピードを抑えてた方……?普段はどんな速度を出しているんだこのウマ娘は。

 

これ以上考えるのは怖いので早々に思考を切り上げて玄関へと向かった。

 

「……取り敢えず今日は早めに眠ろ……。明日も教習所か……」

 

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タッちゃんのエンジン音を響かせながら、私は夜道を滑るように走っていた。バックミラーに映る、スズちゃんの家の明かりがだんだん小さくなっていく。

 

「ふふっ……」

 

自然と笑みがこぼれる。初めてのドライブデートは最高の気分だった。スズちゃんは途中からずっと「うわああああ」とか「止めてぇぇぇぇ」とか叫んでたけど、あれもまたキュートでたまらない。彼女が必死になって私にしがみついてくる感触は、今も腕に残っている。

 

昔、あのファミレスで彼女を見かけた時、まさに稲妻に打たれたような衝撃を受けた。あの無気力そうで、でもどこか人を惹きつけるオーラを持ったウェイトレスさん。

絶対に連絡先をゲットしてやる、と意気込んでいたのに、まさかいなくなってしまうなんて。あの時は本当にショックだったわ。

 

だから、今日教習所で偶然会った時はまさに運命だと思ったわね。これもタッちゃんと私の愛の力かしら。

なんにしろ、あのクールなスズちゃんの連絡先をゲットしちゃったんだから、今日の私はまさにパーフェクトだったわね。

 

それにしてもスズちゃん。私がトレセン学園のウマ娘だと知った時のあの驚いた顔!たまらないわね。彼女がこれからどんな道に進むのかしら。大学かしら、それとも就職かしら?

 

「待っててねスズちゃん。きっと、またすぐに会えるわ。その時は、もっともっと、キュンとしちゃうようなデートに誘ってあげるからね!」

 

私はアクセルを少しだけ踏み込み、夜空の下を颯爽と駆け抜けた。私の心は、スズちゃんという名の最高の獲物を見つけた狩人のように、高揚感に満たされていた。

 





(ウマ娘と車ってどっちが速いんだろう……)
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