用務員ちゃん、ウマ娘に囲まれる   作:わたっくし

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実際見学出来るのかは気になる。



第4話 学園潜入

 

「……こんなもんでいいか」

 

テーブルの上には、書き上げた履歴書と、トレセン学園のエントリーシートが並べられていた。ペンを置いた私は背もたれに寄りかかり、ふうと息をつく。

 

夏休みも終盤戦。来月から始まる選考に備えて、今月中には提出書類を仕上げておきたかったのだ。締切間際にバタつくのは性に合わない。

 

――とはいえ。

 

(……暇だ)

 

やることがなくなってしまった。

 

受験生への配慮か、学校からの宿題もほとんど出ていなかった。いわば、怠け放題の夏。…とはいえ私にとっては、何もせずぼんやり過ごす時間が日常だったりする。

 

扇風機の風に身を委ねながら、ぼーっと回る羽根を眺めていると、脳内にぽつんと一つ、突拍子もない考えが浮かんだ。

 

(……インターンシップでもしておこう)

 

それはつまり、トレセン学園の現地視察だ。ちょっとした下見。最近の学生は就職活動が早期化していると聞くし、「志望動機の強調」なんて理由をつければ、ちょっとくらいなら見学させてくれるんじゃないか――そんなズレた期待を胸に、私は重い腰を上げた。

 

「ま、ダメ元ってことで」

 

そう呟きながら、外出の準備を始める。

 

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「……大変申し上げにくいのですが、現在トレセン学園では、外部のお客様の来校は原則お断りしております」

 

「……ああ、そうなんですね」

 

対応してくれたのは、緑色の帽子をかぶった職員の女性。愛想よく、けれどきっぱりと断られてしまった。…この人も、もしかしてウマ娘なのかな。帽子で耳は見えなかったけれど、目元にどこか凛とした気配がある。

 

見学すらできないとは、完全に盲点だった。思えば、学園の内情を伝える映像や資料って、確かにあまり見た記憶がない。徹底した管理、ということなのだろう。

 

「……ちょっとだけでも、ダメ、ですか……?」

 

眉を下げ、涙を滲ませるフリで情に訴えてみる。普段そんな芝居がかったことはしないが、追い返されるのも癪だった。

 

「駄目なものは駄目、です♪」

 

――あっさり撃沈。

 

……うん、流石に鉄壁の警備体制だ。これ以上粘っても得るものはなさそう。

 

(ま、仕方ないか。来年、正々堂々と……)

 

立派な用務員になって、堂々と門をくぐる。そう心に誓った――

 

――という体で、私は裏門からこっそり侵入していた。

 

(警備、意外と甘いな……)

 

まさか侵入できてしまうとは。天下のトレセン学園といえど、全方位には目が届かないらしい。

 

帽子と伊達メガネを装着し、完全に変装モードで敷地内に足を踏み入れる。もしもの時に備えて、あらかじめ車に忍ばせておいたのだ。ふふん、私の危機管理能力も捨てたものじゃない。

 

(やっぱり……活気があるな)

 

夏休みとは思えないほど、学園内はにぎやかだった。通りを行き交うのは、個性豊かなウマ娘たち。キラキラとした汗を弾かせてランニングしていたり、カフェでおしゃべりをしていたり、芝生で寝転がっていたり……。

 

(……あれ、今のってアイネス?)

 

すれ違った小柄な少女がアイネスフウジンに見えた。手を振ってみたが、気づいた様子はない。まあ、気のせいかもしれない。

 

それにしても、どこを見ても絵になる景色だ。ウマ娘という存在が放つエネルギーは、なんだか人間とは別種の眩しさがある。

 

(……やっぱり、ここで働きたいな)

 

そんなことをぼんやり考えながら、校内を歩き回る。噂には聞いていたが、想像以上に広い。迷子になってしまいそうだ。

 

「おお……あれが噂の三女神像か……」

 

道なりに進んでいくと、正面玄関らしき場所にたどり着いた。中央にそびえるのは、トレセン学園の象徴・三女神像。その両脇にはカフェテリアらしきスペースが広がっている。

 

(……ちょうどお昼時か。なんか、食べていこうかな)

 

列にはかなりの人数が並んでいたが、面倒になって引き返すほどでもなかった。思考停止状態でそのまま列に加わる。

 

配膳台の上には、山のように積まれた料理たち。肉、野菜、炭水化物、すべてが「量」で圧倒してくる。――ああそうだ、ウマ娘ってとんでもない量を食べるんだったっけ。

 

私はというと、フレンチトーストとクロワッサンを二つ。自分でもあまりに貧相なトレーに一抹の不安を覚える。

 

(ま、いいや……)

 

周囲を気にせず並んでいた私だったが――その時、ふと、ある違和感に気づいた。

 

(……あれ?誰も財布出してなくない?)

 

嫌な予感がして、周囲を見渡す。すると、壁に掲げられた一枚の張り紙が目に飛び込んできた。

 

『お支払いは学園専用アプリで!現金は使用できません』

 

(……詰んだ)

 

当然ながら、私はそのアプリなど持っていない。現金しかない。そもそも、生徒でも職員でもない私が学園専用アプリを持っているはずがない。

 

(やばい。もう戻れない)

 

料理を元の場所に戻すのも気が引ける。列の途中で逃げるのも怪しすぎる。何より、下手に目立てば正体がバレる。

 

――そして、運命の順番が回ってきてしまった。

 

目の前の店員さんが満面の笑みでこちらを見つめてくる。私は震える手でトレーを差し出しながら、心の中で絶叫した。

 

(……終わった……!)

 

その瞬間――

 

「あー、この人の分まで、支払いお願いします」

 

背後から、柔らかな声が聞こえた。

 

振り返ると、そこには――薄い青緑の髪、左右に跳ねた毛先、気だるげで、それでいてどこか掴めない笑顔を浮かべた少女が立っていた。

 

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カフェテリアのテーブル。私の前には、さっき助けてくれたウマ娘――セイウンスカイが、にゃはっと笑いながら座っていた。

 

「……さっきは、本当にありがとう。助かったよ」

 

「あはは、どういたしまして~。お礼はー……そうだなぁ、今度デートでいいよ?」

 

「……デート?」

 

一瞬、反応に困る。が、スカイはそれが目的というより、私の反応を見るのが楽しいかのように、にやにやと口元を緩めていた。

 

「うそうそ、冗談冗談。でも、ありがたみはちゃんと伝わってるってことで~」

 

からかうように言いながら、トレーのパンをつついている。彼女の名前はセイウンスカイ。中等部の生徒だという。中学生……なのか?

 

「でさー、スズちゃんってば、どうしてこんなとこにいるの?職員さんって雰囲気でもないし……そもそも制服じゃないし」

 

もうスズちゃんって呼んでるし……

 

「あれ、違った? 鈴理ちゃん、だっけ。可愛い名前~。似合ってるよ?」

 

にへら、と笑いながらスカイは頬杖をついて、私をじっと見つめてくる。真っ直ぐすぎて、なんとなく目を逸らした。

 

「……トレーナー。新しく入ったばっかの新人……ってことで」

 

「へぇ~、夏休みに?……うーん……聞いたことないなぁ~?」

 

スカイの声色がわずかに低くなる。口元は笑っているのに、瞳だけが鋭い。冗談を聞いてるフリして、本質を見抜こうとしている目。ああ、これ誤魔化しきれないやつだ。

 

「……バレてた?」

 

「うん。とっくに」

 

苦笑いとともに、私は観念して真相を語った。侵入のいきさつ。就職希望のこと。見学を断られたこと。そして、せめて雰囲気だけでも見ておこうと裏門から……というところまで。

 

スカイはずっと「ふーん」「へぇー」と適当な相槌を打ちながら聞いていたが、最後まで聞き終えたところで――

 

「……いや、スズちゃんさ、既にめっちゃ目立ってるからね?」

 

「え?」

 

「だってさ、『なんか見慣れない子がいる』とか、『めっちゃ可愛い子が女神像の写真撮ってた』とか、さっきから学園内ざわざわしてるもん」

 

「…………うそでしょ」

 

冗談であってほしい。いや、むしろ冗談であってくれ。けどスカイは、そのへんの話をまるで他人事みたいに笑いながら続ける。

 

「みんな気になってんのに、話しかけられないんだよ~。だって、スズちゃん、可愛いし。ちょっと話しかけづらい雰囲気あるし。しかも、無意識に距離近いし」

 

「いや、それはそっちの……」

 

「しかも無防備だし、ふとした瞬間に色っぽいし。これはもう天然ウマ娘たらし認定ですね~」

 

どこから突っ込めばいいんだ。ていうか“天然ウマ娘たらし”ってなにそれ。

 

「……もう、帰っていい?」

 

「やだ。だってデート中でしょ?」

 

スカイはきゅっと、私の手を握った。指先がやけに細くて、温かい。さっきまで冗談っぽかった彼女の表情が、一瞬だけ、ほんの少しだけ真剣になったように見えた。

 

「……でも、これ以上騒ぎになったら」

 

「大丈夫大丈夫、セイちゃんに任せて~。ほら、ついてきて」

 

言うが早いか、彼女は私の手を引いて、ぐいぐいと歩き出す。いつの間にか完全にペースを握られていた。私って、こんなに流されやすかったっけ。

 

連れてこられた先は、中等部の校舎前。

 

「ちょっと待っててね~。準備するから」

 

そう言って彼女は建物の中へ消えていった。

 

ぽつんと置いていかれた私は、落ち着かない気持ちを持て余していた。さっきまで平気だったはずなのに、今はなぜか、視線が気になって仕方ない。ちらちらとこちらを見てくるウマ娘たち。……絶対に話題になってる。むしろ、なってなきゃおかしい。

 

(……やっぱり、帰ればよかったかな)

 

そう思った時、パシャッと軽いシャッター音が聞こえた。

 

(……おい、誰だ今撮ったの)

 

振り返ろうにも、周囲は人が多すぎて特定できない。柱の影にそっと身を隠し、なるべく目立たないように縮こまる。これはこれで怪しいけど……もうどうしようもない。

 

軽くパニックになりかけたその時――

 

「お待たせ~」

 

後ろから、あの脱力した声がかかった。

 

振り返ると、スカイが紙袋を持って立っていた。

 

「こっちこっち~。ささっ、入って入って~」

 

案内されたのは――女子更衣室だった。

 

「……いや、ちょっと。なんでここ?」

 

「ふふーん、ちゃんと用意したんだよ? じゃじゃーん♪」

 

彼女が袋の中から取り出したのは、トレセン学園の制服。そしてウマ娘の象徴――“つけ耳”。

 

「ふふん。つけ耳、ちゃんとスズちゃんサイズに調整してあるよ」

 

「まさかとは思うけど……」

 

「そのまさか~。だってスズちゃんが人間のままじゃ、もう逃げ場ないでしょ?変装して、それっぽくなっちゃえば、バレないバレない♪」

 

得意げに笑うスカイ。

 

冗談みたいな提案――だけど、案外、悪くないかもしれない。……このままだと、マジで危ないし。

 

「……ほんと、私、何やってるんだろう」

 

制服を受け取る手に、ちょっとだけ汗が滲んでいた。

 

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更衣室の奥で、私は制服をまじまじと見つめていた。

 

(……ほんとに、着るの?)

 

疑問は浮かぶけれど、現状を考えれば他に選択肢はなかった。スカイに言われた通り、逃げ道は潰れてる。

 

制服に袖を通し、髪を整え、仕上げに“つけ耳”を装着する。カチッと頭にフィットする感触がして、鏡の中には“それっぽい”ウマ娘が映っていた。

 

(……意外と似合ってる……?)

 

恥ずかしいけど、悪くない。遠目には、完全に学園の生徒に見えるかもしれない。

 

「スズちゃん、可愛い~♪ やっぱりセイちゃんの目に狂いはなかったね~」

 

「……からかわないで」

 

「ほんとほんと。これはもう保護欲と恋心が同時にくすぐられちゃうやつだよ~?」

 

彼女はからかうように笑いながらも、どこかうっとりと私を見ていた。……気のせいかな。

 

「よーし、それじゃあ……」

 

スカイが、私の手をぎゅっと握る。

 

「学園デート、いってみよー!」

 

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「ここがグラウンドだよ。内側から見るのは初めてでしょ?」

 

目の前に広がるのは、果てしない芝と、重厚な観客席。そして、その上を駆けるウマ娘たち。

 

汗と風が混ざるような空気に、ただ立っているだけで胸が高鳴った。

 

「おお……」

 

(このターフの整備とかも……私がするんだろうな)

 

用務員といえば裏方かもしれない。でも、この場所を支えるのもまた、誰かの手なんだ。そう考えると、少し誇らしい気持ちになる。

 

「スカイは走らなくていいの?」

 

「んー? 今日はオフ。っていうか、サボりの日~。誰にも見つかってないからセーフなのです」

 

「……それ、オフって言わない気が」

 

「気にしなーい。スズちゃんと一緒にいる時間の方が大事だし?」

 

「……」

 

どこまでが本気なのか、分からない。けど、さらっとそんなことを言えるのがスカイらしいとも思った。

 

学園を一通り巡ったあと、スカイは「とっておきの場所があるの」と言って、私を引っ張っていった。

 

たどり着いたのは、校舎の裏手。人気の少ない、静かな建物の裏側だった。

 

「ここねー、セイちゃんの特等昼寝スポットなのです」

 

彼女は何のためらいもなく芝生の上にごろんと寝転がる。背中に伝わる草の感触が気持ちよさそうだった。

 

「ほら、スズちゃんも。こっちおいで~」

 

手招きされて、私は彼女の隣に腰を下ろす。

 

芝生は想像以上に柔らかくて、身体を預けた瞬間、じわりと眠気が押し寄せてきた。……今日は色々あったから、確かに少し疲れてる。

 

「もうちょい、こっち」

 

ぐい、と腕を引かれた。

 

「え、ちょっと……近くない?」

 

「ん~? くっついてると、あったかいよ?」

 

無邪気な声。けれど、腕が絡まった状態で、私たちはぴたりと密着していた。息が当たる距離。頬が触れそうな距離。少し顔を動かせば、たぶん――

 

(……まあ、寝るだけなら)

 

横になると、ふわりと草の匂いと、スカイの髪の香りが混ざる。

 

「……ちょっとだけ、ね」

 

私はそう呟いて、ゆっくりと瞳を閉じた。

 

(……前にも、こんなこと、あったような……)

 

その時――

 

「……しちゃっても、バレないよね……?」

 

誰かの囁き声が耳元でふわりと流れた。

 

けれど、私はもう夢の中に半分沈んでいて、言葉の意味までは追えなかった。

 

------------------------------------------

 

(……ん)

 

うっすらと開いた目に、差し込む茜色の光。

 

目の前には――セイウンスカイ。至近距離。ちょっとだけ、微笑んでいた。

 

「あ、起きた。おはよーございまーす、スズちゃん」

 

寝起きの声で、私は頭を振って意識をはっきりさせる。空を見上げれば、もうすっかり夕暮れだった。こんなに寝てたなんて。

 

「そろそろ、帰らなきゃだね」

 

起き上がりながら言うと、スカイはふふっと笑って、芝生に寝転がったままこちらを見上げてくる。

 

「スズちゃんが帰っちゃうの、ちょっと寂しいな~。……今なら、私の部屋でお泊まりもアリだよ?」

 

「……だめ。本格的に大事になる前に、撤退しなきゃ」

 

「む~、お泊まりしたら、スズちゃんが夢の中で何を言うか聞けたのに~」

 

「言わないから」

 

ちょっと頬が熱くなる。……まさか、あのとき何か言ってたんだろうか。スカイが目を細めて、からかうように笑うのが、やけに引っかかる。

 

「……ところで、この制服。洗って返す?」

 

「ん~ん、それね。私のお古だから、そのまま持って帰って飾ってよ~。スズちゃんが着てくれた記念品ってことで」

 

「私物なんだ、これ……。どうりで、やけにサイズぴったりだったわけ……」

 

脱いだ制服を見下ろしながら呟くと、スカイがなにやらスマホを取り出して、画面をもじもじいじり始めた。

 

(……あれ。もしかして)

 

私は何も言わず、自分のスマホでQRコードの画面を出して、彼女に差し出す。

 

するとスカイは一瞬、目をぱちくりさせ――

 

「……も、もう~、タイミング完璧じゃん~……」

 

と、ぶつぶつ言いながら顔を赤らめて、私のコードを読み取った。

 

「学校の中で手繋げるのに、連絡先交換するだけでそんな顔?」

 

「う、うるさいな~……それはそれ、これはこれ……」

 

照れくさそうに俯きながらも、スカイはちゃんと「友達追加」を押してくれた。

 

(……きっと、こういうのが彼女なりの本気なんだろう)

 

そんな気がして、私は何も言わず、ただ微笑んだ。

 

「それじゃあ、また来年」

 

私がそう言うと、スカイは少しだけ間をおいて、言葉を返した。

 

「……絶対、受かってね」

 

その声には、これまでと違う響きがあった。からかいでも、冗談でもない。真剣さと、願いと、少しの期待が混ざった、彼女の本当の声だった。

 

「……うん」

 

その言葉にだけは、曖昧な返事をしたくなかった。ちゃんと正面を向いて、きっぱりと答えた。

 

スカイはにぱっと笑って、手を振りながら寮の方へと帰っていった。去っていく背中を見送るその光景は、どこか既視感があった。

 

(ああ……アイネスのときも、こんな感じだったな)

 

あの時も私は“外側”の人間だった。でも今は――

私はウマ娘の制服を着て、トレセン学園にいた。わずかな時間だったけど、その一歩は確かに踏み出せた。

 

車へと戻るため、裏門までの道を辿る。

 

ふと、視線の先に“あの人”がいた。

 

緑色の帽子を被った受付の職員さん。静かに立っているその姿は、まるでこちらを待っていたかのようで――

 

(……バレてない、よね?)

 

一歩、二歩と門をくぐろうとする。

 

「今回は……見逃してあげます。次からは、立派な用務員さんになってから……ね?」

 

その声に、背中が一瞬ビクッと震えた。

 

(……やっぱり、バレてたんだ)

 

思わず振り返って、職員さんに一礼する。叱られるかと思ったけれど、その表情はどこか、優しさすら感じるものだった。

 

大人の余裕。私にはまだ遠い感覚だけど、少しだけ憧れた。

 

つけ耳を外して車に乗る。

 

エンジンをかけ、窓の外を見ると、トレセン学園の校舎が夕闇に照らされていた。光が反射して、まるで宝石のように輝いている。

 

その輝きを見ながら、私はそっと目を閉じる。

 

『……絶対、受かってね』

 

スカイの言葉が、耳の奥に残っている。あの声が、笑顔が、瞼の裏に焼きついている。

 

「……よし、気合入れていこう」

 

強く握ったハンドルの先には、確かに未来があった。

 

煌めく夜のトレセン学園を背に、私はアクセルを踏み込んだ。

 

----------------------------------------

 

……ぽかぽかしてるなぁ。

 

お昼寝日和、ってやつ。芝生の温度が、まだ私の背中に残ってる。

 

ついさっきまで、ここにスズちゃんがいたんだよね。

 

制服着て、つけ耳つけて、「……恥ずかしい」なんて、ちょっとだけ頬を赤くしながら。

 

――かわいかったなぁ。

 

すぐ顔に出さないし、感情の起伏もゆるいし、……でも、そのぶん、時々ぽろっと落とす一言が、やけに胸に響く。

 

「ありがとう。楽しかった」

 

ねぇ、それってさ、本音だった?それとも私が勝手に浮かれてるだけなのかな。

 

……うーん。どっちでもいいか。

 

スズちゃんは、気づいてないだけで、なんかこう、天然のたらしっていうか……ズルいくらい人を惹きつけるんだよねぇ。

 

そういうとこ、ほんと、罪。

 

でも――

 

だからこそ、ちょっとだけ欲張っても、いいよね?

 

「……絶対、受かってね」

 

さっきそう言ったけど、ほんとはその先も、言いたかった。

 

『受かったらさ、また一緒にサボろ?』

『あの芝生で、ぎゅって、もっとくっついて寝よ?』

『スズちゃんが目を閉じてる間に、こっそり……』

 

――うん。さすがに、それはまだナイショ。

 

彼女がまた来てくれるその日まで、私は今日のこと、たぶん何度も思い出すんだろうな。

 

「……ま、いっか」

 

スズちゃんの制服姿、写真撮っておけばよかったなー。でも、それじゃ本気すぎるって思われちゃうかも。

 

……あれ、もう本気なのかも?

 

風が吹いた。芝生がざわざわと揺れる。

 

「ねぇ、スズちゃん」

 

どこかにいるかのように、私は空に向かって呟く。

 

「来年も、ここで昼寝しよ? また、となり、空けとくからさ」

 

そしたら今度は――もうちょっとだけ、図々しくなってみても、いいかな。

 

……ね?

 





(……これが理由で落とされたりしないよね…?)
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