白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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拭えぬ温もり

 

地球連邦軍、北米シャイアン宇宙港基地。

地下深くに建造された巨大な複合施設に、久方ぶりに重厚な活気が戻っていた。数ヶ月に及んだ「作戦行動の自粛」という名の、軍上層部からの事実上の謹慎期間が明け、第13外郭独立艦隊『クレール・ルクス(C・L)』の主要メンバーたちが一堂に会したのである。

 

広大なメイン・ブリーフィングルームの円卓には、アムロ・レイ大尉やブライト・ノア大佐をはじめ、各艦の艦長やモビルスーツ部隊の指揮官たちが顔を揃えていた。

 

彼らの多くは、この数ヶ月の休暇を各々のやり方で上手く切り抜け、英気を養ってきたようで、その顔つきには以前のような切羽詰まった疲労感はない。

 

機体のオーバーホールに付きっ切りだった者、家族との時間を過ごした者、あるいは独自のルートで情報収集に奔走していた者。それぞれの休息を経て、来るべきティターンズとの暗闘に向けて静かに牙を研ぎ澄ませていた。

 

だが、その円卓の端で、ただ一人。

 

海兵隊上がりの荒くれ者たちを束ねる女傑、シーマ・ガラハウ中佐だけは、普段の不敵な笑みを潜め、どこかひどく複雑で、穏やかならざる面持ちで腕を組んでいた。 

 

(……チィッ。どうにも、調子が狂うねぇ)

 

シーマは、苛立たしげに自身の軍服の袖口を引いた。

彼女は謹慎期間中、自身の部下たちを休ませる傍ら、スペースコロニー『スウィート・ウォーター』に設立された孤児院へと足を運んでいた。そこは、先の戦乱で親を失った子供たちや、戦災孤児を保護するためにC・Lが支援している施設である。

 

彼女の心を乱している原因は、そこで出会った一人の少女――アンネ・ケラーの存在だった。

 

アンネは、戦火のショックから心を閉ざし、言葉を発することはおろか、表情を変えることすらほとんどない、ひどく無口で小柄な少女だった。

 

なぜかそのアンネが、口調も態度も荒っぽいシーマにひどく懐いたのである。シーマが孤児院の中庭で煙草をふかしていると、いつの間にか足元にちょこんと座り込んでいる。シーマが書類仕事をしていると、その背中に黙ってしがみついてくる。

 

最初は「鬱陶しいガキだね」と邪険にしていたシーマだったが、かつてジオン公国軍によって使い捨てられ、帰る故郷(マハル)をコロニーレーザーとして沈められた己の凄惨な過去が、無意識のうちにその孤独な少女と共鳴してしまったのだろう。いつしか彼女は、不器用ながらもアンネの頭を撫で、傍にいることを許すようになっていた。

 

そして、謹慎期間が明け、シーマが「シャイアン基地へ戻る」と告げた、出発の日の朝。

事件は起きた。

 

『……いかないで』

 

荷物をまとめるシーマの軍服の裾を、小さな両手がきつく、千切れるほどに強く握りしめた。

振り返ったシーマの目に飛び込んできたのは、ぽろぽろと大粒の涙を零し、必死に嗚咽を堪えながら懇願するアンネの姿だった。

 

『いかないで……シーマ……!』

 

その場に居合わせた孤児院の大人たちは、全員が息を呑み、信じられないものを見るような目で少女を凝視した。

施設に引き取られてから数ヶ月、どんな心理療法士がアプローチしても、決して口を開かなかった少女。その彼女が、声を出して泣き、初めて明確な言葉を発して、一人の軍人にすがりついたのだ。

 

『アンネ……あんた……』

 

シーマは、その小さな温もりと、魂を絞り出すような泣き声に、心臓を鷲掴みにされたような衝撃を受けた。

血生臭い戦場で、幾千の命を奪い、幾千の恨み言を浴びてきた自分。誰かに「生きて傍にいてほしい」と泣いてすがられることなど、彼女の壮絶な人生において、一度としてなかったことなのだ。

 

(……馬鹿なガキだ。アタシみたいな人殺しに懐いたって、ロクなことにはならないってのに)

 

シーマはあの時、咄嗟に膝をつき、自身の野戦用マントでアンネの小さな体を包み込むようにして抱きしめた。

 

「……悪いね、アンネ。アタシは軍人だ。行かなきゃならない場所がある」

 

そう言って、泣きじゃくるアンネの背中を、不器用な手つきで何度も、何度も撫でて宥めた。

 

「だが……約束する。アタシの仕事が終わったら、必ずまたアンタの顔を見に来てやる。だから、それまで泣くのは我慢しな」

 

どうにかアンネを宥めすかし、シャトルに乗ってシャイアンへと帰還したシーマだったが、彼女の胸の奥には、今もまだあの小さな手の感触と、強い罪悪感がべっとりと張り付いて離れなかった。

 

平和なコロニーで、あのままアンネの傍にいてやれたなら、どれほど良かったか。だが、ティターンズという怪物が地球圏を跋扈している限り、あの孤児院の平和すら、いつ瓦解するか分からない砂上の楼閣に過ぎない。

 

(アタシは、戦うしか能のない女だ。……なら、あのガキが泣かずに済む世界を作るために、この手を血で汚すしかないだろうが)

 

シーマが自嘲気味に息を吐き出し、強引に意識を現実へと引き戻したその時、ブリーフィングルームの正面ドアが開き、基地司令であるコジマ准将が、数名の見慣れない士官たちを引き連れて入室してきた。

 

「総員、起立!」

 

号令と共に全員が立ち上がり、敬礼で迎える。

コジマ准将はそれを手で制し、円卓の最上座へと腰を下ろした。

 

「休め。……諸君、まずは長い自粛期間、ご苦労だった。各々、休養は十分に取れたものと推測する」

 

コジマの低い声が響き渡る。その表情は厳格であり、これから語られる内容が、単なる訓練の再開などではないことを雄弁に物語っていた。

 

「上層部からの監視の目も、一時的にではあるが緩みつつある。ワイアット大将をはじめとする穏健派の働きかけにより、我々『クレール・ルクス』の作戦行動が正式に認可された。

……さて、長きにわたる休暇の明けとして、諸君らの鈍った勘を取り戻してもらうための、ちょうど良い『演習』が用意されている」

 

コジマが手元のコンソールを操作すると、円卓の中央に巨大なホログラム・モニターが展開された。

そこに映し出されたのは、地球の北米大陸の山間部――シャイアンからもさほど遠くない場所に位置する、広大な要塞施設の立体図であった。

 

「……標的は、ここだ。ティターンズ・北米特務士官養成学校」

 

その言葉が出た瞬間、ブリーフィングルームの空気が一瞬にして凍りつき、直後にピリッとした好戦的な熱を帯びた。

 

「養成学校、ですか。……ティターンズの雛鳥たちを育てている、あの悪名高き施設ですかね」

 

ブライト大佐が、鋭い視線でホログラムを睨みつけながら言った。

 

「いかにも」

 

コジマは頷く。

 

「表向きは連邦軍の若きエリートを育成する士官学校だが、その実態は、ジャミトフ・ハイマンの地球至上主義を叩き込み、ティターンズの狂信的な私兵を量産するためのプラントだ。

……今回、我々C・Lは、この養成学校に対する『強襲訓練』を実施する」

 

「……強襲訓練、ね」

 

腕を組んでいたシーマが、鼻で笑った。

 

「要するに、アタシらでティターンズのガキ共の寝首を掻きに行けってことかい? 随分と血生臭い演習じゃないか」

 

「誤解のないように言っておくが、シーマ中佐。これはあくまで、連邦正規軍とティターンズの間の『親睦を深めるための合同演習』という名目だ」

 

コジマは、まったく笑っていない目でそう言い放った。

 

「親睦、ですか」

 

アムロ・レイが、呆れたような、しかし事の本質を正確に理解した声で呟いた。

 

「……つまり、示威行動ですね。ティターンズの上層部に対して、我々クレール・ルクスの牙は少しも丸くなっていないと。彼らが育てている雛鳥たちなど、我々が本気になればいつでも捻り潰せるということを、物理的に証明して見せるための……脅し」

 

「その通りだ、アムロ大尉」

 

コジマは深く頷いた。

 

「ムラサメ研究所の一件以来、ティターンズは我々に対する警戒を強め、同時に連邦軍内での発言力を不当に高めつつある。

彼らがこれ以上、好き勝手に地球圏を私物化する前に、明確な『力の差』を見せつけておく必要がある」

 

訓練という名目での、合法的な軍事圧力。

実弾こそ使用しないものの、ペイント弾や模擬格闘プログラムを用いた限界スレスレの強襲をかけ、ティターンズの防衛網を完膚なきまでに蹂躙する。彼らのプライドをへし折り、『C・Lを敵に回せばどうなるか』という恐怖を、未来のティターンズ将校たちの骨の髄まで刻み込むのだ。

 

「なるほど。ムラサメで拾った恨みを、こんな形で晴らさせてくれるとはね。……ガキを泣かせるだけの能無し共に、本物の戦争の恐ろしさを教えてやるのも悪くない」

 

シーマの唇の端が、三日月のように吊り上がった。アンネを泣かせたこの理不尽な世界を作っている元凶たち。その一端を合法的に叩きのめせるというのなら、今の彼女にとってこれほど胸のすく仕事はない。

 

「だが、諸君。今回の作戦の目的は、単なる示威行動(脅し)だけではない」

 

コジマが再び口を開き、彼の背後に控えていた見慣れない士官たちへ視線を向けた。

 

「本作戦において、我がC・Lの各艦には、地球連邦軍・特殊作戦群――通称『エコーズ(ECOAS)』の部隊が随伴することになっている」

 

『エコーズ』

 

その名を聞いた瞬間、歴戦の猛者揃いであるC・Lの指揮官たちの間に、どよめきにも似た緊張感が走った。

 

Earth Colony Asteroid Special mission force。

 

地球、コロニー、小惑星、あらゆる領域において、非合法スレスレの潜入、工作、破壊、暗殺を完遂する、連邦軍の「裏の顔」とも呼べる対テロ・マンハンター部隊である。

 

正規の軍服ではなく、特殊なバイザーと漆黒のタクティカルスーツに身を包んだ彼らは、モビルスーツ戦よりもむしろ、生身での白兵戦や電子戦、施設制圧において右に出る者はいない。

 

「初めまして。第920特殊作戦中隊、ダグザ・マックール中佐だ」

 

コジマの背後から一歩前に出た、顔に深い傷跡を持つ筋骨隆々の男が、無表情のまま短く挨拶をした。彼を含め、随伴しているエコーズの隊員たちからは、血と硝煙、そして一切の感情を排除した機械のような冷たさが漂っている。

 

「エコーズが、我々の演習に随伴……?」

 

ブライトが、不審げに眉をひそめた。

 

「コジマ准将。モビルスーツ部隊による強襲演習に、特殊部隊が随伴する意図とは何です?」

 

「簡単なことだ、ブライト大佐」

 

ダグザが、コジマに代わって淡々と答えた。

 

「あんたたち第13外郭独立艦隊が、派手に正面からティターンズの防衛部隊を蹴散らし、基地の目を引きつけている間に、我々エコーズのチームが養成学校のメインサーバーへ物理的に侵入する。

……狙いは、ジャミトフ・ハイマンが独自に進めている非合法な資金ルートのデータと、各地のニュータイプ研究所から持ち出されたとされる『強化人間プロジェクト』のバックアップデータだ」

 

ダグザの言葉に、アムロの目の色が鋭く変わった。

 

「……ティターンズは、ムラサメを潰された後も、まだ強化人間の研究を諦めていないということですか」

 

「彼らが簡単に諦めるような連中ではないことは、あんたが一番よく知っているはずだ、アムロ大尉」

 

ダグザはホログラムの要塞網を指し示した。

 

「ティターンズは、この養成学校の地下に、ダミー会社を経由して仕入れたアナハイムの兵器データや、非人道的な研究のデータを隠匿しているという情報がある。

我々の任務は、その証拠を抜き取り、ティターンズを法的に追い詰めるための『弾』を連邦議会に持ち帰ることだ。」

 

 

 

C・Lによる圧倒的な武力デモンストレーションは、ティターンズのプライドを砕くための「表の顔」。

そして、その混乱の隙を突いて証拠データを奪取するエコーズの暗躍こそが、この作戦の「真の目的(裏の顔)」であった。

 

「……なるほど。ワイアット大将も、随分とえげつない手札を切ってきたものですね」

 

アムロは、ふっと息を吐き出した。

 

「表門から堂々と殴り込みをかけ、裏口から金庫の中身を根こそぎ奪っていく。……まさに、戦争ですね」

 

「左様。これはもはや、同じ軍服を着た者同士の、血を流さない内戦だ」

 

コジマ准将は、円卓の全員を力強く見渡した。

 

「諸君らに与えられた任務は、ティターンズの若造たちに『本物の恐怖』を味わわせること。そして、エコーズの潜入が完了するまでの間、彼らの目を完全に外側へ釘付けにすることだ。

……手加減は無用。ペイント弾と模擬刀のみで、奴らの基地を徹底的に制圧しろ!」

 

「了解!!」

 

ブリーフィングルームに、C・Lの指揮官たちの力強い、そして腹の底に獰猛な闘志を秘めた返答が轟いた。

数ヶ月の沈黙を破り、地球連邦軍きっての猛獣たちが、再びその鎖を引きちぎる。

 

ティターンズという傲慢な怪物の喉元へ食らいつくための、最も派手で、最も悪辣な「合同演習」の幕が、今ここに切って落とされようとしていた。

 

(……待ってな、アンネ。アタシの仕事は、ここからが本番だ)

 

シーマ・ガラハウは、己の胸に刻み込まれた小さな温もりを燃料とするように、その鋭い瞳に、かつての『海兵隊』の時以上の、凶悪で誇り高い輝きを宿していた。

 

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