白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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リアルじゃない、リアルじゃない…故に、勝手な改変


演習

 

宇宙世紀0086年、1月中旬。

地球圏の人々が新たな年を迎え、各々が新時代へのささやかな一歩を踏み出していた頃。

 

ティターンズが管轄する特務士官養成学校の敷地内には、冬の凍てつく寒風を切り裂くように、候補生たちの怒号に似た気合の声と、軍靴が大地を踏み鳴らす重々しい音が響き渡っていた。

 

彼らに叩き込まれているのは、単なるモビルスーツの操縦技術や、一般的な連邦軍兵士としての軍規だけではない。

座学において徹底的に刷り込まれるのは、ティターンズとしての「心構え」と、彼らの視点から再構築された「先の戦争の歴史」であった。

 

『地球こそが、人類を育んだ唯一の揺り籠であり、不可侵の聖地である』

 

教官たちは教壇に立つたび、その言葉を呪文のように繰り返した。

ジオン公国が引き起こした一年戦争。そして、先のデラーズ紛争。それらの悲劇はすべて、宇宙へ上がった棄民(スペースノイド)たちが地球の恩恵を忘れ、その魂を宇宙の暗闇で腐らせた結果生み出されたものである、と。

 

ゆえに、地球の重力に魂を引かれた純粋なアースノイドたるティターンズこそが、この腐敗した宇宙世紀を正しく導き、管理する絶対的な「選民」なのだという、『強烈な地球至上主義』が前面に押し出されていた。

 

「――くそっ! 宇宙でのシミュレーションと勝手が違いすぎる! 重力下の姿勢制御ってのは、どうしてこうも泥臭いんだ!」

 

土煙が舞う屋外の地上訓練場。

訓練用の機体(ジム・クゥエル仕様のトレーナー機)のコックピット内で、ジェリド・メサは操縦桿を乱暴に叩き、悪態をついた。

 

彼の機体は、泥濘化した不整地での歩行訓練においてバランスを崩し、危うく膝を突きそうになっていた。スラスターを吹かして強引に体勢を立て直したものの、その動きには若さゆえの荒さと、エリート意識から来る「力任せ」な部分が目立っている。

 

「文句を言うなよ、ジェリド。この鬱陶しい地球の重力こそが、俺たちティターンズの特権であり、エリートの証明なんだからな」

 

通信回線越しに、余裕を含んだ皮肉げな声が響く。

僚機を操るカクリコン・カクーラーであった。

 

彼はジェリドの荒削りな機動を後方からカバーしつつ、巧みなペダルワークで機体の接地圧を分散させ、泥濘を滑るように進んでいる。 

 

彼もまた、選民思想の教育をたっぷりと浴び、野心に満ちた青年であったが、ジェリドの猪突猛進さを冷静に利用し、自らの立ち回りを計算する狡猾さを持ち合わせていた。

 

「分かってるさ! だが、俺はティターンズのトップに立つ男だ。こんな泥遊びみたいな訓練で手間取ってる場合じゃないんだよ!」

 

「威勢が良いのは結構だが、またオーバーヒートを起こして教官に絞られるのはごめんだぜ」

 

二人が回線で軽口を叩き合っていると、突如として彼らの横を、寸分の無駄もない完璧な歩行モーションで駆け抜けていく一機のトレーナー機があった。

 

「――私語は慎みなさい、二人とも」

 

凛とした、しかし氷のように冷たい女性の声が、ジェリドとカクリコンの耳に飛び込んできた。

 

同僚であるエマ・シーン中尉だ。

彼女の操る機体は、スラスターの推力に頼ることなく、機体の重心移動と各関節のムーバブル・フレーム(試験型)の連動を正確に計算し、足元の泥濘をまったく苦にすることなく走破していく。

 

「ティターンズの将校たる者が、この程度の地球の重力で泣き言を言ってどうするの。私たちは、連邦軍の規範となるべき存在よ。無駄口を叩く暇があるなら、足元のセンサーの感度を調整しなさい」

 

エマの言葉には、教え込まれた「地球至上主義」の狂信的な匂いは薄い。だが、その代わりに『規律』と『軍人としての完璧さ』を重んじる、生真面目すぎるほどの矜持が溢れていた。彼女にとってティターンズとは、選民の特権を振りかざす場所ではなく、誰よりも厳格に地球圏の平和を守るための「誇り高き盾」でなければならなかった。

 

「……チッ。相変わらずお堅いお嬢様だぜ、エマの奴は」

 

ジェリドは舌打ちをしながらも、彼女の完璧な機動に内心で舌を巻いていた。

 

「放っておけ。彼女みたいな優等生がいるおかげで、俺たちの少々の粗相も目立たずに済む」

 

カクリコンが軽く笑い飛ばし、機体を前進させる。

 

「俺は誰の影にも隠れるつもりはない! 見てろよ、エマ! 次の格闘訓練では、俺がアンタの機体を土下座させてやる!」

 

ジェリドの野心的な咆哮が、訓練場の空に響き渡る。

彼らはまだ若い。

自らが絶対的な正義であると信じて疑わず、己の腕と仲間との切磋琢磨に明け暮れる、どこにでもいる野心的なパイロットの卵たちであった。

 

彼らが今立っているこの北米の養成学校が、間もなく『クレール・ルクス』と『エコーズ』という、連邦軍きっての猛獣たちによる苛烈な「強襲演習」の標的となっていることなど、知る由もない。

 

冷たい1月の風の中、ジェリドたちは目前の泥と重力に汗を流し、来るべき実戦の空を夢見ていた。

 

泥だらけの地上訓練を終えた後のデブリーフィング。

 

教官から下された本日の操縦評価は、やはりエマ・シーン中尉がトップであった。それに次ぐ形で、ジェリド・メサとカクリコン・カークラが僅差で競い合っている状態だ。新米のティターンズ・パイロットとして、彼らの腕が確かなものであることは教官も認めていた。

 

だが、ジェリドの胸中には、自身の成績がエマに届かなかったこと以上に、ある強烈な「不満」が燻っていた。

 

ジムであれ、最新のジム・クゥエルであれ、連邦軍のモビルスーツのOSを起動し、シミュレーションデータや基礎機動のログを読み込むたびに、必ずと言っていいほどディスプレイの端に表示される一つの名前がある。

 

『A. Ray』――アムロ・レイ。

 

シャワーを浴びて泥と汗を洗い流した後、三人は連れ立って基地内の士官用食堂へと赴いた。

ステンレス製のトレイに配給されたばかりの合成肉のステーキや温野菜を乗せ、手近なテーブルへと腰を下ろす。

 

「……どうにも、納得がいかねえ」

 

ジェリドは、フォークで肉の塊を乱暴に突き刺しながら、溜め込んでいた苛立ちを吐き出した。

 

「アムロ・レイ大尉のことか」

 

向かいの席でコーヒーをすするカクリコンが、からかうように笑う。ジェリドが、一年戦争の英雄であるアムロに強い憧れと尊敬を抱いていた過去を知っているからだ。

 

ジェリドにとって、アムロ・レイはまさに「連邦のプロパガンダ」が描く完璧な英雄像そのものであった。対ジオン戦における撃墜スコアは並び立つ者なし。現行の新たな戦果記録基準に照らし合わせても、堂々のトップに君臨している。地球連邦の平和を守り抜いた、連邦軍最強にして最高のパイロット。

 

だからこそ、ティターンズという「連邦軍のエリート中のエリート」に選ばれた自分たちのトップに、彼がいないことが許せなかったのだ。

 

それどころか、ここ数年の間、ジオンの一派を圧倒的な力で蹴散らしているにもかかわらず、実質的にティターンズと対立関係にある『クレール・ルクス』などという得体の知れない特殊部隊の中核に座っているという事実。それが、ジェリドの中にある「正しい連邦軍の在り方」とひどく矛盾し、彼の神経を逆撫でしていた。

 

「あんな辺境の遊撃部隊で燻っている器じゃないはずだ。あの人は、ティターンズを率いて地球圏を統べるべき人間だろうが」

 

「まあ、そう熱くなるなよ」

 

カクリコンが、周囲の席を少し気にするように声を潜め、テーブルから身を乗り出した。

 

「そもそも『ニュータイプ』なんていう、得体の知れない代物なんだぜ、あの人は。ジオンの残党を狩りまくってるってのは表向きで、本当はニュータイプの直感とやらでジオン・ダイクンの思想に被れちまって、裏でジオンのシンパになってるんじゃないかって噂もある」

 

「……シンパだと?」

 

「ああ。それに、行く先々でいい女を侍らせてるって目撃情報まであるらしい。英雄様も裏に回れば、とんだ生臭坊主ってことだ。俺たち純粋なアースノイドのエリートとは、根本的に作りが違うのさ」

 

カクリコンの口からポンポンと飛び出すのは、真偽のほどなど欠片もない、嫉妬と悪意が入り混じった呆れるようなゴシップばかりだった。

 

「……あなたたち、いい加減にしなさい」

 

呆れ果てたような、深く冷たい溜息。

エマ・シーンは、美しく姿勢を正したまま、食事の手を止めて二人に氷のような視線を向けた。

 

「軍のOSに組み込まれた実戦データに嫉妬したり、出所の分からない下世話な噂話で上官を貶めたり……。それが、エリートであるはずのティターンズ将校のすること? 恥ずかしくないの?」

 

「エ、エマ。俺たちは別に……」

 

「言い訳はいいわ。英雄がどこの部隊にいようと、私たちのやるべきことは変わらないはずよ」

 

エマはピシャリと言い放ち、手元のフォークを優雅に動かした。

 

「配給された食事を前にして無駄口を叩く暇があるなら、さっさと済ませなさい。午後の座学に遅れるわよ」

 

圧倒的な正論で横面を張り飛ばされ、ジェリドとカクリコンはバツの悪そうな顔を見合わせる。二人はそれ以上言葉を返すこともできず、黙って冷めかけたステーキを口に運ぶしかなかった。

 

午後、階段状に配置された広大な大講堂。

 

ジェリド・メサ、エマ・シーン、カクリコン・カークラの三人は、巫山戯る事なく真剣な眼差しで教壇の大型ホログラムを見つめていた。

 

彼らが公聴しているのは、高度な軍事戦術理論、コロニー管理における連邦法に照らし合わせた治安維持プロトコル、そして大規模テロ事案に対する事態対処など、極めて高度で専門的な士官学校らしい内容ばかりである。

 

真新しい制服に身を包み、背筋を伸ばしてペンを走らせる彼らの姿は、傍から見れば非の打ち所がない「エリート」そのものであった。座学における成績も常にトップクラスで競い合い、戦術シミュレーションでも完璧なスコアを叩き出している。

 

だが、彼らにはたった一つ、決定的に欠落しているものがあった。

 

それは『実戦経験』である。

シミュレーターの中ではない、本物の血の匂い、泥の冷たさ、そして圧倒的な暴力の前に晒される死の恐怖。それを知らぬまま、彼らはティターンズという名の温室の中で「自分たちこそが選民である」という自尊心だけを肥大化させていたのだ。

 

そんな講堂で、彼らが今日も互いに切磋琢磨していた、まさにその時だった。

 

――ヴゥゥゥゥンッ!! ヴゥゥゥゥンッ!!

 

突如として、講堂内の照明が血のような赤色(レッドアラート)に切り替わり、鼓膜を劈くようなけたたましい警報音が鳴り響いた。

 

『緊急事態発生。緊急事態発生。全職員ならびに士官候補生は、直ちに地下シェルターへ避難せよ。各防衛大隊は第一種戦闘配置。迎撃用意――繰り返す!』

 

「な、何事だ!?」

 

ジェリドが、ペンを弾き飛ばすようにして席から立ち上がる。

 

「ジオンの残党か!? 馬鹿な、ここは地球の、それも北米の絶対防衛圏内だぞ!」

 

カクリコンも顔色を変え、講堂の強化ガラスの向こう、冬の空を見上げた。エマは冷静に周囲の候補生たちのパニックを抑えようと努めていたが、その瞳にも隠しきれない動揺が走っていた。

彼らが見上げた冬の空。

 

そこには、ティターンズの驕りを打ち砕く、信じられない光景が広がっていた。

 

大気圏の摩擦熱を帯びた幾つもの巨大な火球が、空を切り裂き、真っ直ぐにこの要塞施設へと落下してくる。 

 

空中で耐熱用のバリュート・システムをパージし、スラスターの爆音を響かせながら見事な姿勢制御を行って大地に舞い降りてくる、重厚なモビルスーツ群。重力下の降下作戦など、弱体化したジオンの残党にできるはずがない。

 

ならば、どこの軍隊が――。

 

ズドォォォォンッ!!

大地を揺るがす轟音と共に、要塞の防衛ラインの内側に巨大な鋼鉄の塊が次々と着底した。

 

もうもうと舞い上がる土煙が冬の冷たい風に流され、降下してきた機体のシルエットが明確に現れる。

 

重装甲に身を包んだジムⅡ、長距離からの狙撃姿勢を崩さないジムⅡ・スナイパーカスタム、そして見たこともない可変機構を備えたウェイブライダー。

 

彼らは実弾火器こそ構えていなかったが、演習用のペイント弾と模擬格闘兵装を携え、圧倒的な威圧感と共にティターンズの防衛網を嘲笑うかのように堂々と立ち塞がった。

 

そして、ジェリドたちの目が、その機体の肩口に描かれたマーキングを捉えた。

 

地球連邦軍の正規エンブレムの横に、誇り高く、そして凶悪に刻まれたアルファベット。

 

『 C・L 』

 

「……C・Lだと……!」

 

ジェリドは、窓ガラスにへばりつくようにして絶句した。

 

「なぜ、味方であるはずの連邦軍の部隊がここに降下してくるのよ!」

 

エマが、信じられないものを見るように声を震わせる。

 

ムラサメ研究所を潰し、ティターンズの喉元に刃を突き立てた第13外郭独立艦隊『クレール・ルクス』。

 

彼らは、実戦という名の地獄をくぐり抜けてきた正真正銘の「獣」たちである。

 

温室で育てられたティターンズの雛鳥たちのプライドを根底からへし折るための、理不尽で凶悪な「合同演習」が、今まさに始まろうとしていた。

 

 

 

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