白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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演習 2

 

「状況を報告しろ! 一体何が起きている!!」

 

ティターンズ・北米特務士官養成学校の地下深くに位置する防空指揮所は、文字通り蜂の巣をつついたような大パニックに陥っていた。

 

つい数分前まで、ここは地球至上主義のエリートたちが温かいコーヒーを片手に、退屈な平時のモニター監視業務をこなすだけの「安全地帯」であった。しかし、その弛緩しきった空気は、突如として鳴り響いたレッドアラートの絶叫によって無惨に引き裂かれた。

 

「レーダー、完全にロスト! 各種センサー群、急速にダウンしています!」

 

「馬鹿な、機器の故障か!?」

 

「違います! これは……ミノフスキー粒子の戦闘濃度散布です! 基地周辺の粒子濃度、レッドゾーンを突破!」

 

オペレーターの悲鳴にも似た報告に、防空司令官の顔面から血の気が引いた。

ミノフスキー粒子の戦闘濃度散布。それはすなわち、電波通信やレーダーによる長距離探知を完全に無効化し、有視界におけるモビルスーツ同士の近接戦闘(殴り合い)を強要するための、絶対的な「開戦の合図」である。

 

「なぜだ!? 散布源はどこだ! 早期警戒網は何をしていた!!」

 

「上空です! 熱源多数、大気圏外より急速降下中! 高度一万……五千……駄目です、速すぎます! 基地の防空システム、ロックオン不可能です!」

 

平時に慣れきり、圧倒的な権力の上に胡座をかいていたティターンズの将校たちにとって、自らの頭上から奇襲を受けるなどという事態は、マニュアルのどこを探しても存在しない「想定外」であった。

彼らが対空砲火のシステムを物理的に再起動し、迎撃の承認コードを慌てて入力しようとしている間に、勝負はすでに決していた。

 

――ズドドドドドォォォンッ!!!

 

指揮所の分厚い防爆扉とコンクリートの壁越しにすら、大地がひっくり返るような凄まじい着底音が連続して響き渡った。

 

「有視界カメラ、繋がります! 映像出ます!」

 

メインモニターの砂嵐が晴れ、外部カメラが捉えた映像が映し出された瞬間、指揮所の全員が息を呑み、絶望的な沈黙に包まれた。

 

そこには、巻き上がる土煙の中から悠然と立ち上がる、十数機の重装甲モビルスーツ群の姿があった。その肩には、地球連邦軍のエンブレムと共に『C・L』という凶悪な文字が刻まれている。

第13外郭独立艦隊、クレール・ルクス。

 

実戦の地獄を潜り抜けてきた本物の獣たちが、温室の扉を蹴り破って現れたのだ。

 

「各ハンガー、および対空砲座に応答なし! 基地の通信回線、次々とジャックされています!」

 

防空指揮所が後手後手の対応に終始している間、地上ではC・Lのモビルスーツ部隊による、息を呑むほどに洗練された「蹂躙」が展開されていた。

 

彼らの動きには、一切の躊躇や無駄がなかった。

降下した直後、C・Lの『ジムⅡ』や『ジムⅡ・スナイパー』等は、スラスターの推力を完璧に制御しながら基地内を滑るように展開。ティターンズの誇る最新鋭の対空砲座や、防衛用の自動砲台群の死角へ瞬時に潜り込むと、手に持ったライフルから次々と弾丸を放った。

 

パァァァンッ!! パツンッ!!

着弾した瞬間、炸裂したのは炎や爆発ではなく、極彩色の『特殊蛍光塗料』であった。

ド派手なネオンピンクやイエローの塗料が、対空砲のセンサー部や装甲をベットリと塗り潰していく。

 

「ああっ! 第1から第4防空ブロック、完全に沈黙! 『撃破判定』を受けました!」

 

「格納庫(ハンガー)Aブロック、Bブロックのシャッターにペイント弾着弾! モビルスーツの発進ゲート、システム上で『破壊』とロックされました!」

 

信じられない速度だった。

ティターンズ側がスクランブルのサイレンを鳴らし、パイロットたちが格納庫へ向かって走り出すよりも早く、C・Lの部隊は基地の主要な出入り口や防衛設備を物理的かつシステム的に「占拠・撃破」の判定で塗り潰してしまったのだ。

 

「迎撃だ! 何をしている、残っているモビルスーツをすべて出せ!!」

 

司令官の怒号が飛ぶが、もはや指揮系統は完全に麻痺していた。C・Lの電子戦機が散布する妨害電波によって通信は分断され、外で何が起きているのかすら、正確に把握できない状態に陥っていた。

 

「どけッ! 道を空けろ!!」

 

大混乱に陥っている基地内の通路を、数名のパイロットたちが必死の形相で走り抜けていた。

彼らは、座学の講堂からいち早く飛び出し、まだ「撃破判定」を受けていないC・Lの死角にある地下の予備格納庫へと向かっていた。エマ、ジェリド、カクリコンといった優秀な候補生たちを含む、少数の新鋭パイロットたちである。

 

「冗談じゃない! 相手が味方だろうが何だろうが、こんな一方的な蹂躙を許して堪るか!」

 

ジェリドは、額に青筋を立てながら吼えた。

自らが絶対的なエリートであるというプライドが、この屈辱的な奇襲によってズタズタに引き裂かれていくのを感じていた。

 

「落ち着けジェリド! 相手は実戦を経験しているバケモノ揃いだ、単機で突っ込めば秒で落とされるぞ!」

 

カクリコンが冷静さを装って制止するが、その声もまた、激しい動揺と焦燥に震えていた。

地下格納庫に飛び込むと、そこには暗がりの中で整備中だった数機の『ジム・クゥエル』と、彼らの乗機であるトレーナー機が鎮座していた。メカニックたちもパニック状態に陥り、右往左往している。

 

「ノーマルスーツを着ている暇はない! 機体を起動しろ、強制発進だ!」 

 

ジェリドはハシゴを蹴り上げるようにして駆け上り、自身のジム・クゥエルのコックピットへと滑り込んだ。

背後からエマやカクリコンも続く。

 

バタンッ!

 

重厚なハッチが閉ざされ、外部の喧騒が遮断される。密閉された空間に、自身の荒い呼吸音だけが響いた。

 

「……やってやる。ティターンズの力、見せつけてやる!!」

 

ジェリドは震える手でメインコンソールのスイッチを乱暴に叩き、ジェネレーターに火を入れた。

 

ギュィィィィィン……!!

機体が低く唸りを上げ、動力炉にエネルギーが充填されていく。

全天周囲モニターが瞬時に立ち上がり、外部の惨状――ネオンカラーのペイントで辱められ、沈黙した味方の施設――が映し出された。

 

武器管制システムを起動し、マニピュレーターにビーム・ライフルとビーム・サーベルの出力を直結させようと、トリガーに指を掛けた。ジェリドの脳内は、敵を撃ち落とすという血の昂ぶりで完全に支配されていた。

 

だが。

 

ピピピッ……!!

突如として、ジェリドの、そしてエマやカクリコンたちのコックピットのメインモニターの中央に、赤い警告ウィンドウが大きくポップアップした。

そこには、機体のOSから強制的に割り込まれた、無機質で冷酷な一文が明滅していた。

 

【 WARNING 】

『本システム領域において、実弾ならびにビーム兵器の出力・使用を固く禁ずる』

『兵装システム・ロック承認:演習モード(TRAINING OVERRIDE)に移行』

 

「……は?」

 

ジェリドは、トリガーに掛けた指を止めた。

全身の血が逆流するような殺意と緊張が、まるでバケツで氷水をぶっかけられたかのように急速に冷え、同時に理解不能な困惑へと変わっていく。

 

「兵装が……ロックされた? 演習モード、だと?」

 

通信回線越しに、カクリコンの間の抜けた声が聞こえた。

 

「システムへの強制介入……。発進ゲートを通過する前に、基地のメインサーバーごと、C・Lの部隊にハッキングされているのよ」

 

エマの低く、押し殺したような声が響く。彼女の機体もまた、すべての火器管制がセーフティで縛られ、模擬戦用の出力に固定されていた。

 

ここで、勘の良いパイロットであれば、現在の状況が何を意味しているのかを痛烈に理解するのであった。

 

これは、ジオン残党による死に物狂いのテロでもなければ、狂気に駆られた友軍の反乱でもない。

 

軍上層部の承認を得た上で、完全な合法性をもって行われている「限りなく実戦に近い、悪辣な模擬戦」なのだ。

 

実弾も、ビームも使えない。

自分たちが本気で殺意を向け、命を懸けて迎撃しようとしたこの奇襲は、相手からしてみれば「ちょっとした親睦を深めるための訓練」に過ぎないという事実。

 

ミノフスキー粒子の散布から、電撃的な降下、施設の制圧、そして機体のOSの乗っ取りに至るまで、すべてがティターンズの対応能力を嘲笑い、その無力さを骨の髄まで分からせるために計算し尽くされた「舞台装置」であった。

 

「ふざけるな……ッ!」

 

ジェリドは、操縦桿をへし折らんばかりの力で握りしめた。

恐怖よりも、命の危機よりも、何百倍も屈辱的だった。

エリートであるはずの自分たちが、実戦を経験した本物の獣たちから「お前たちは、本物の銃弾を使う価値すらない雛鳥だ」と、物理的に宣告されたに等しいのだから。

 

「実弾が撃てないなら、格闘戦で叩き伏せるまでだ! 出るぞ!!」

 

ジェリドのジム・クゥエルが、怒りの咆哮を上げるようにスラスターを吹かし、格納庫のシャッターを強引にこじ開けて外の光の中へ飛び出していった。

 

だが、その視線の先で彼らを待ち受けていたのは、ペイント弾を装填したライフルを余裕の構えで弄びながら、ティターンズの雛鳥たちが飛び出してくるのを「今か今か」と待ち構えている、歴戦のC・Lパイロットたちの底知れぬ威圧感であった。 

 

平和の幻想に浸っていた養成学校は、かくして、一発の実弾すら発射されることなく、完全なる敗北と屈辱の泥沼へと引きずり込まれていったのである。

 

―――

 

C・Lのモビルスーツ部隊が地上で圧倒的な蹂躙劇を展開し、ティターンズの雛鳥たちをパニックの底へと突き落としていたのと同じ頃。

養成学校の頭上、冬の凍てつく空が、さらに巨大な絶望によって真っ二つに引き裂かれようとしていた。

 

雲海を吹き飛ばし、姿を現した三つの巨大なシルエット。

 

第13外郭独立艦隊を束ねる旗艦、ペガサス級強襲揚陸艦『グラニ』。

それに追従する、シーマ艦隊の母艦であるザンジバル級『リリー・マルレーン』。

そして、重厚な武装を誇るもう一隻のペガサス級『トロイホース』である。

 

通常、これほど巨大な質量を持つ宇宙艦艇が大気圏に突入すれば、激しい断熱圧縮によって船体は灼熱のプラズマに包まれ、火の玉と化す。だが、彼らは船体を覆うようにミノフスキー粒子を散布・制御し、その力場の効果によって断熱圧縮と空力加熱を極限まで軽減しながら突破を図っていた。

 

結果として生み出されるのは、破壊的な炎の壁ではなく、まるで青白い光の羽衣を纏ったかのような、幻想的な降下軌跡であった。

 

「……各艦、ミノフスキー・クラフトの出力安定。降下角、および侵入ルートに誤差なし」

 

旗艦グラニのブリッジにおいて、ブライト・ノア大佐は鋭い視線を眼下の要塞へと向け、乱れのない指揮を執っていた。

 

その右翼を下るリリー・マルレーンの艦橋では、シーマ・ガラハウ少佐が扇子を片手に「さあ、派手なショーの始まりだねぇ」と不敵な笑みを浮かべ、左翼のトロイホースでは、ガディ・キンゼ少佐が冷静沈着に計器の数値を読み上げ、ティターンズの防空網の完全なる沈黙を確認していた。

 

歴戦の指揮官たちに統率された三隻の艦隊の降下。

地上からそれを見上げるティターンズの兵士や候補生たちにとって、それはまるで重力という概念を忘れてしまったかのようにひどく緩慢で、息を呑むほどに「優美」な光景であった。

 

空から舞い降りる神々の船団。そのあまりにも完成された威容の前に、迎撃の意志すら挫かれ、ただ空を見上げて立ち尽くす者も少なくなかった。

 

――だが。

 

その優美で神々しい外殻の内側、重厚な装甲に守られた艦艇の腹の中(強襲用カーゴベイ)では、外の光景とはおよそかけ離れた、血生臭い光景が広がっていた。

 

「……降下プロセス最終段階。衝撃に備えろ。ハッチ開放まで、残り三十秒」

 

薄暗い格納庫に、無機質なカウントダウンが響く。

そこにひしめき合っているのは、漆黒のタクティカルスーツと特殊バイザーに身を包んだ、地球連邦軍・特殊作戦群『エコーズ』の隊員たちであった。

 

ダグザ・マックール中佐率いる突入部隊の面々は、一切の私語を発することなく、手にしたアサルトライフルやプラスチック爆薬の最終チェックを黙々と行っている。彼らの背後には、要塞の分厚い防壁を粉砕するための六輪駆動の特殊装甲車両(APC)群が、重低音のアイドリングを響かせながら整列していた。

 

表のモビルスーツ部隊がどれだけ派手に暴れ回ろうと、艦隊の降下がどれほど優美であろうと、彼らには関係がない。

彼らの目的はただ一つ。ティターンズの養成学校の最深部に隠されたメインサーバー室へ物理的に侵入し、非人道的な強化人間プロジェクトや非合法な資金ルートのデータを根こそぎ強奪すること。

 

「……十五秒前」

 

エコーズの隊員たちのバイザーの奥の瞳が、暗がりの中でギラギラとした飢えた獣の光を放ち始めた。

 

彼らは知っている。外でティターンズの若造たちがペイント弾に怯え、空を見上げている今この瞬間こそが、敵の喉元に最も深く牙を突き立てる絶好の機会であることを。

 

「五、四、三……」

 

彼らは息を殺し、全身の筋肉をバネのように引き絞る。

艦底の巨大なハッチが開き、冷たい冬の空気と、ティターンズの要塞内部へと続く血路が示されるその一瞬を。影の猟犬たちは、今か今かと待ち侘びていたのである。

 

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