白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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演習 3

 

巨大な質量を持つ三隻の強襲揚陸艦が、地響きと共に北米の大地へとその重厚な艦底を沈めた瞬間。

完全に開け放たれた各艦の強襲用カーゴハッチから、まるで腹の底で暴れ回っていた漆黒の猟犬たちが鎖を引きちぎって飛び出すかのように、地球連邦軍・特殊作戦群『エコーズ(ECOAS)』の特殊揚陸班が怒涛の勢いで吐き出された。

 

「GO! GO! GO!!」

 

重低音を響かせる六輪駆動の特殊装甲車両(APC)と、機動力に特化したタクティカル・バギーの群れが、冬の凍てつく空気を切り裂いて爆走する。

 

彼らの第一目標は明確であった。敷地の中央に鎮座する、堅牢なコンクリート造りの巨大な建造物――ティターンズ士官候補生たちの『教育棟』であり、同時にこの要塞の頭脳である『防空指揮司令所(CIC)』を兼用する中枢施設である。

 

一切の躊躇いもなく、装甲車両が教育棟の正面エントランスの強化ガラスとバリケードを粉砕して突入する。

もうもうと舞い上がる粉塵の中から、タクティカルスーツと特殊バイザーに身を包んだエコーズの隊員たちが、流れるような無駄のない動きで四方へと散開した。

 

 

一方、エコーズの突入を支援するべく先行して降下していた『クレール・ルクス(C・L)』のモビルスーツ部隊は、すでに基地の制圧を「戦闘以前の次元」で完了させていた。

 

演習という名目である以上、実弾は使用されない。しかし、それを差し引いたとしても、この空間でモビルスーツ同士の大きな衝突(物理的な格闘戦)は一切発生しなかった。

 

なぜなら、ジェリドやカクリコンをはじめとするティターンズのパイロットたちがコックピットに乗り込み、機体を起動させた時点で、彼らの乗機はすでにC・Lの電子戦機によってシステムをハッキングされ、『兵装ロック』と『行動不能判定』を強制的に付与されていたからだ。

 

「……クソッ! 動け! 動けよこのポンコツ!!」

 

ジェリドはコックピットの中で操縦桿を叩きつけたが、モニターには冷酷な【撃破判定(DESTROYED)】の文字が点滅するのみ。

格納庫のシャッターは外側からペイント弾でマーキングされ、システム上は「破壊された瓦礫の下敷き」ということになっている。一歩でも外へ踏み出せば、それは演習のルールを逸脱した軍規違反(反逆行為)に他ならない。

 

実戦を経験した獣たちは、ティターンズの雛鳥たちに「剣を交える機会」すら与えなかったのだ。圧倒的な技量と情報戦の差による、完全なる封殺であった。

 

「内部の制圧はエコーズに任せる。我々は外を固めるぞ!」

 

アムロ・レイの乗る機体が、基地の制圧完了を告げるフレアを打ち上げた。

 

次々と仮想の「破壊判定」が下され、機能停止していく基地の施設群を背に、C・Lのモビルスーツ部隊は円陣を組むようにして外側へと向き直った。

 

彼らが警戒しているのは、内部からの反撃ではない。この騒ぎを察知して外部から駆けつけてくるかもしれない、ティターンズの援軍である。要塞を背後にして防御態勢を構築し、猟犬たちが仕事を終えるまでの間、一匹の蟻たりともこの敷地内には入れないという、強固な鋼鉄の壁を作り上げたのだ。

 

 

その頃、教育棟の地下にある防空指揮所(CIC)では、司令官が受話器を叩き壊さんばかりの勢いで怒鳴り散らしていた。

 

「ジャブローの総司令部でも、西海岸の防衛隊でもいい! すぐに援軍を呼べ!! これは単なる演習ではない、ティターンズに対する明らかな反逆行為だ!!」

 

だが、オペレーターの悲痛な声が、司令官の僅かな希望を無惨に打ち砕く。

 

「だ、駄目です! ミノフスキー粒子の濃度が高すぎて、無線通信は完全に遮断されています!」

 

「ならば有線を使え! 地下に埋設されている光ファイバー網があるだろうが!」

 

「それも……繋がりません! 基地の外部、通信ケーブルのハブステーションが物理的に破壊されています! メイン回線も、予備回線も、すべて切断されています!!」

 

司令官は絶望に目を見開いた。

電波の届かないミノフスキー粒子散布下において、地下の有線通信網は生命線である。それを、C・Lの降下と同時……いや、それよりもさらに前の段階で、先行して潜入していた特殊工作員によってピンポイントで破壊されていたのだ。

 

何という周到さ。何という悪辣さ。

 

強大な権力を誇るティターンズの北米養成学校は、開戦からわずか数分で外部との連絡手段を完全に絶たれ、文字通りの『陸の孤島』と化していた。

 

「防衛隊はどうなっている!? 警備兵をすべて教育棟の防衛に回せ! 武器庫を開けろ!!」

 

司令官が最後の足掻きで叫んだその時。

指揮所の分厚い防爆扉の向こう側から、くぐもった爆発音と、短い悲鳴が連続して聞こえてきた。

 

「クリア!」

 

「ツー、クリア! 進行(ムービング)!」

 

教育棟の内部では、エコーズによる芸術的なまでの制圧劇が繰り広げられていた。

 

彼らの作戦行動は、ティターンズの警備兵たちが想定しているような「撃ち合い」ではない。通路の角、階段の踊り場、各部屋の入り口。あらゆる死角からスタングレネード(閃光音響弾)が投げ込まれ、ティターンズの兵士たちが視力と聴力を奪われて蹲った隙に、黒い影が躍り込んでくる。

 

「ぐあっ!?」

 

「動くな!!」

 

致死性の銃弾こそ使われないものの、放たれるのは強烈なゴム弾とテーザー銃、そして容赦のない近接格闘(CQC)による打撃であった。

 

温室で地球至上主義の座学に明け暮れていた教官や兵士たちにとって、本物の殺意の境界線を歩いてきた暗殺部隊の動きは、目で追うことすら不可能であった。武器を抜く前に腕を極められ、床に押し付けられ、手首を結束バンドで拘束されていく。

 

「第3ブロック、武器管理区域へ到達。……すでにロックされています」

 

爆薬(ブリーチ)で吹き飛ばせ。彼らに『玩具』を触らせるな」

 

エコーズの別動隊は、ティターンズの兵士たちが向かうであろう各所の武器庫や弾薬庫へ先回りし、電子ロックを破壊して扉を溶接するか、あるいは制圧用の催涙ガスを充満させて完全に封鎖していった。

 

反撃のための武器を手に入れる機会すら、ティターンズには与えられない。一つ、また一つと、教育棟内の重要区画が、彼らが状況を理解する前に次々と陥落していく。

 

「1階から4階まで、完全制圧(オールクリア)。抵抗勢力なし。……これより、地下の中枢区画へ移行する」

 

ダグザ・マックール中佐の声が、部隊の戦術通信回線に低く響く。

 

彼は数名のエリート・オペレーターを引き連れ、教育棟の最深部――地下CICのさらに奥に隠された、絶対防衛区画へと続くエレベーターシャフトをラペリングで一気に降下した。

ティターンズの教官たちが、通路にバリケードを築いて最後の抵抗を試みていた。

 

だが、ダグザたちは歩みを止めない。

 

催涙弾が通路を白く染め上げ、暗視ゴーグルと熱源センサーを装備したエコーズの隊員たちが、白い煙の中から死神のように現れる。警棒の鈍い打撃音と、ゴム弾の炸裂音が数回響いた後、通路には呻き声を上げて倒れ伏すティターンズの兵士たちだけが残された。

 

「……まったく。張合いの無い連中だ。これがジャミトフの私兵とは、笑わせる」

 

ダグザは倒れた兵士たちを冷たく一瞥し、重厚な電子防爆扉の前に立った。

ティターンズ・北米特務士官養成学校における、最重要機密が眠る場所。

 

「システム班、扉のロックを解除しろ。手こずるようなら指向性爆薬で蝶番ごと吹き飛ばせ」

 

「了解。……ハッキング完了しました。開きます」

 

プシュゥゥゥゥ……ッ。

重々しい排気音と共に、分厚い鋼鉄の扉が左右にスライドしていく。

薄暗い空間の中に、無数の青や緑のLEDランプが明滅する巨大なサーバー群が整然と並んでいた。

空調の冷たい風と、演算処理を行うファンの低い回転音だけが支配する静寂の空間。

 

――メインサーバー室。

 

「着いたぞ」

 

ダグザはバイザーを押し上げ、鋭い眼光でその無機質な電子の脳髄を睨みつけた。

 

「ジャミトフの隠し財産のルート、アナハイムとの裏取引の証拠、そして……オーガスタから持ち出された『強化人間研究』のバックアップデータ。……この箱の中に眠っているチリ一つ残さず、すべてぶっこ抜け」

 

「イエッサー!」

 

エコーズの電子戦スペシャリストたちが、携帯端末と極太のケーブルを抱えてサーバーラックへと群がり、直接物理ポートからのデータ強奪を開始する。

 

表のモビルスーツ戦による派手な蹂躙劇は、すべてこの数分間のための壮大な「目眩まし」であった。

 

ティターンズの若きエリートたちが、自らの無力さに絶望し、空を見上げて屈辱の涙を流しているその足元の暗闇で。

地球圏を支配しようとするジャミトフ・ハイマンの野望の根幹を揺るがす致命的な「真実」が、音もなく、着実に、猟犬たちの手によって奪い去られていくのであった。

 

 

―――

 

 

ティターンズ養成学校の最深部、メインサーバー室からエコーズのダグザ中佐による『制圧完了。および、目標データの奪取完了』の暗号通信がC・Lの戦術ネットワークに流れると、基地を包み込んでいた殺伐とした緊張感の質が、わずかに変化した。

 

「……作戦の第一段階、クリアだ」

 

旗艦グラニのブリッジで、ブライト大佐が小さく息を吐き出した。

外の防御陣形を維持しているアムロ・レイたちモビルスーツ部隊も、通信回線越しに安堵の気配を漂わせている。彼らが最も恐れていたのは、データ奪取の前にティターンズが自暴自棄になってサーバーごと施設を自爆させることだったが、エコーズの神速の制圧劇がそれを許さなかったのだ。

 

「さて、ここからが第二段階の始まりだな」

 

リリー・マルレーンの艦橋で、シーマ少佐が楽しげに唇を舐めた。

三隻の巨大な宇宙艦艇の指揮官たちは、すでに沈黙したティターンズの要塞を見下ろしながら、一人の人物の到着を静かに待っていた。

 

今回の作戦――表向きの「親睦を深めるための合同演習」――の総責任者であり、第13外郭独立艦隊『クレール・ルクス』の総司令官である、コジマ准将である。

 

彼らが降下してから遅れること約5分。

 

ミノフスキー粒子が濃密に散布された冬の空を切り裂いて、独特の低い重低音とジェットエンジンの混合音が響き渡った。

 

現れたのは、三機の『ミデア輸送機(後期型)』であった。

連邦軍で古くから使われているずんぐりとしたシルエットの輸送機だが、後期型はエンジン出力と積載量が大幅に強化されている。

 

ティターンズの対空砲火が完全に無力化されていることを確認するかのように、ミデアの編隊は降下してきたモビルスーツ部隊の円陣の只中へと、悠々と、そして堂々たる軌跡を描いて着陸した。

 

シューゥゥゥゥ……ッ!!

 

砂塵を巻き上げながら駐機状態に入った三機のミデア。

その巨大なフロント・コンテナのハッチが一斉に下方へと開き、スロープが形成される。

 

そこから、怒涛の勢いで吐き出されてきたのは、C・Lのエンブレムを描いた『61式戦車』の群れと、重武装の陸戦隊員たちであった。

 

彼らは降下したモビルスーツ部隊と連携し、ティターンズの要塞を完全に制圧・占領するための「地上占領部隊」である。

 

そして、その揚陸作業とまるで交差するかのように、教育棟から撤収してきた漆黒の部隊――任務を完遂した『エコーズ』の装甲車両と隊員たちが、空になったミデアのコンテナの中へと素早く、音もなく吸い込まれていく。

 

証拠データを奪取した彼らは、この「演習」の記録に一切残ってはいけない存在である。ゆえに、地上部隊の展開という混乱に乗じて、速やかにこの場を離脱するという算段なのだ。

 

コンテナのタラップの傍らで、ミデアから降り立ったコジマ准将と、撤収の指揮を執るエコーズのダグザ中佐がすれ違った。

 

「……鮮やかな手際だったな、ダグザ中佐」

 

コジマが、周囲の喧騒に紛れるほどの小さな声で労う。

 

「お陰様で。……要求されたブツは、すべてコンテナの奥に積み込んだ。これでジャミトフの首を絞めるだけの『ロープ』は編めるはずだ」

 

ダグザは表情一つ変えずに答え、バイザーの奥で短く瞬きをした。

 

「……健闘を祈る、コジマ准将。ティターンズの若造たちに、良い『教育』をしてやってくれ」

 

「ああ。引き受けよう」

 

二人は無言で、だが互いの任務への敬意を込めて、短く鋭い敬礼を交わした。

ダグザがミデアの機内へ姿を消すと、タラップが跳ね上がり、三機のミデア輸送機はエコーズという「劇薬」を腹に抱えたまま、すぐさま離陸し、冬の空へと飛び去っていった。

証拠は、完全に持ち去られた。

 

ミデアの編隊が空の彼方へ消え去ると、基地の制圧状態は完全に「クレール・ルクスによる演習の成功」という既成事実として固定された。

 

「さて……」

 

コジマ准将は、制服の襟を正し、教育棟(指揮司令塔)へ向かってゆっくりと歩き出した。

彼の背後には、数名の副官と、完全武装の陸戦隊員たちが護衛として付き従っている。

 

バギーや車両を使えばすぐに到達できる距離である。

 

だが、コジマはあえて「徒歩」での移動を選んだ。

ザクッ、ザクッ、と。

軍靴が、冷え切った冬の大地と、モビルスーツの着底によって荒らされた土を踏みしめる音が、異様なほど静まり返った基地内に響き渡る。

 

周囲には、C・Lのモビルスーツ群が巨大な神像のように立ち並び、その足元では、武装を解除され、膝をつかされたティターンズの兵士や候補生たちが、屈辱に震えながらコジマの歩みを見上げていた。

 

それは、まるでジリジリとした時間を使って、ティターンズのエリート意識を足の裏で削り取っていくような、精神的な「威圧」の行軍であった。

 

(……見ろ、ティターンズの雛鳥たち。これが、お前たちが机上の空論で見下してきた『実戦』の空気だ)

 

コジマは、ジェリドやエマたち……機能停止したジム・クゥエルのコックピットから引きずり降ろされ、唇を噛み締めている若きパイロットたちを冷たい視線で一瞥し、歩みを進めた。

 

地球至上主義という歪んだ思想に染まり、自らを超越者であると錯覚していた彼らに、圧倒的な「現実」という冷水を浴びせかける。それが、同じ軍人としての、コジマなりの最後の情けであり、そして最も残酷な『教育』であった。

 

やがて、コジマは教育棟の入り口を抜け、破壊されたバリケードを踏み越えて、防空指揮所へと足を踏み入れた。

 

そこには、エコーズに拘束を解かれたばかりの防空司令官とティターンズの将校たちが、青ざめた顔で立ち尽くしていた。

彼らの頭上では、メインモニターに【EXERCISE OVER《演習終了》 】の赤い文字が嘲笑うかのように明滅している。

 

「……き、貴様ら……ッ!! これが演習だと!? ふざけるな、これは立派な反逆行為だ!! ジャミトフ閣下がこの事態を黙って見過ごすと思っているのか!!」

 

防空司令官が、充血した目でコジマを睨みつけ、唾を飛ばして絶叫した。

だが、コジマ准将はまったく動じず、その怒声を受け流すように、静かに、そして極めて事務的な口調で告げた。

 

「……第13外郭独立艦隊、総司令官コジマ准将だ。連邦軍総司令部からの認可に基づき、これより本作戦――『ティターンズ・北米特務士官養成学校に対する、防衛機能の抜き打ち査定演習』の公式な評価を下す」

 

コジマは、震える司令官の鼻先に、一枚のデータパッドを突きつけた。

 

「査定結果……『Dマイナス(落第)』。

 

「奇襲に対する早期警戒網の不備。指揮系統の脆弱性。パイロットのスクランブル対応の遅れ。……実戦であれば、貴官らの基地は開戦後わずか5分で完全に消滅し、全滅の憂き目に遭っていただろう」

 

「な……っ……」

 

「これが、我々からの『親睦の証』だ。貴官らが育てている雛鳥たちが、本物の戦場で無駄死にしたくなければ、せいぜいその地球至上主義とやらの教科書を書き直すことだな」

 

コジマの冷徹な宣告が指揮所に響き渡った瞬間。

ティターンズという特権階級の驕り高き要塞は、完全に、そして法的な意味においても、彼らの足元にひれ伏したのであった。

 

 

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