白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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演習 終

コジマ准将による「Dマイナス」という無慈悲な公式査定が下された後。

ティターンズ・北米特務士官養成学校の敷地内は、先ほどまでの血を吐くような緊張感から一転して、極めて異様で、そしてある種シュールな光景に包まれていた。

 

「さあさあ、ティターンズの若い衆! 遠慮はいらねえ、腹いっぱい食ってくれよ!」

 

「ペイント弾の掃除は後で俺たちも手伝ってやるから、今はとりあえず肉だ、肉!」

 

基地の広大なグラウンド。つい数時間前までC・Lのモビルスーツ部隊が蹂躙劇を繰り広げていたその場所に、幾つもの巨大な野外グリルが並べられ、もうもうと食欲をそそる煙を上げていたのだ。

 

『親睦を深めるため』、そして『C・Lと学生たちとの間の垣根を越えさせるため』という名目で、C・L側が突如として主催した大掛かりな催し。それは、北米大陸の伝統とも言える豪快なアメリカン・バーベキュー(BBQ)であった。

 

もっとも、これだけの大人数を満足させる巨大な肉の塊を、一から野外の炭火で焼き上げるには圧倒的に時間が足りない。

 

そこで真価を発揮したのが、グラニのコック長であるタムラをはじめとする、C・L各艦の厨房を預かるベテラン料理人たちであった。彼らは降下作戦の最中、艦内の調理設備をフル稼働させ、巨大な牛肉や豚肉のブロックに絶妙な温度管理で「低温の火入れ(ロースト)」を施していたのである。

 

グラウンドに持ち込まれた肉塊は、すでに中心部までしっとりと火が通り、肉汁をたっぷりと湛えていた。あとはグリルの強火で表面を香ばしく焼き上げ、特製のBBQソースを絡めて切り分けるだけという、完璧なオペレーションが展開されていた。

 

「ほら、焼けましたよ! どんどん持っていって!」

 

C・Lのクルーたちが、陽気に笑いながら切り分けた肉を大皿に盛っていく。

だが、その「親睦会」に対して、ティターンズの養成所側にいる全員が手放しで良い顔をしているわけではなかった。

 

「……ふざけやがって。自分たちの圧倒的な力を見せつけておいて、今度は餌付けのつもりか?」

 

「俺たちを猿か何かと勘違いしているんじゃないのか。こんな屈辱的な肉、誰が食うもんか……」

 

グラウンドの隅に固まった多くのティターンズ候補生たちは、憎々しげな視線をC・Lの兵士たちに向け、配られた皿に手をつけようともしなかった。彼らにとって、自分たちのエリートとしてのプライドを粉々に砕いた相手から施しを受けることは、ペイント弾を撃ち込まれる以上の屈辱に感じられたのだ。

 

しかし。

 

そんな意固地になっている同輩たちを尻目に、配給された肉の塊を貪欲に、そして黙々と口に運んでいる三人の姿があった。

 

「……美味いな、これ」

 

ジェリド・メサは、分厚くスライスされた牛肉をフォークで突き刺し、豪快に噛みちぎりながらポツリと呟いた。

炭火の香ばしさと、艦隊のコック長が計算し尽くした絶妙な火入れ。悔しいほどに肉は柔らかく、噛むほどに旨味が溢れ出してくる。

 

「ああ。悔しいが、養成所の合成肉のステーキとは比べ物にならない」

 

向かいの席に座るカクリコン・カークラも、紙ナプキンで口元を拭いながら、素直にその味を認めていた。

 

「栄養価の計算だけで作られた食事と、実戦の中で兵士の士気を維持するために作られた『本物の食事』。その違いね」

 

エマ・シーン中尉は、プラスチックのナイフとフォークを器用に使いこなし、肉を一口大に切り分けながら静かに分析した。

彼ら三人は、養成所の中でもトップクラスの成績を誇る優秀なパイロット候補生である。

 

だが、彼らの本当の「優秀さ」は、単なる操縦技術や座学の成績にあるのではなかった。自尊心ばかりを肥大化させ、敗北から目を逸らして不貞腐れている周囲の学生たちとは根本的に異なる、極めて『柔軟な思考』を持っていたのだ。

 

「負けは負けだ。実弾が装填されていれば、俺たちはコックピットに座る前に全員死んでいた」

 

ジェリドは、空になった皿を見つめ、拳を強く握りしめた。

 

「あの手際の良さ、電子戦との連携、モビルスーツの降下タイミング。……もしアレが『本物の実戦』だったらと思うと、背筋が凍るぜ」

 

「そうね。彼らは私たちを嘲笑うために来たわけじゃない。ティターンズがどれほど隙だらけの温室組織であるかという『現実』を、物理的に教えに来たのよ」

 

エマが、冷たいジンジャーエールで喉を潤しながら同意する。

 

「彼らの動きには、一切の無駄がなかった。カタログスペックや地球至上主義なんていう精神論では、あの歴戦の部隊には絶対に勝てない」

 

彼らは、C・Lの理不尽な蹂躙劇を「屈辱」として片付けるのではなく、「重い指標」として正確に受け止めていた。

 

エリート意識という殻を破られ、中身が空っぽであることを思い知らされた。ならば、その空っぽの器に、あいつらの持っている強さを根こそぎ詰め込んでやればいい。

 

「……おい、見ろよ」

 

カクリコンが、顎でグラウンドの中央を指し示した。

そこには、談笑しながら肉を頬張るC・Lのパイロットたちの姿があった。彼らの立ち振る舞いには、ティターンズの教官たちが強要するようなガチガチの規律はない。だが、その背中には、数々の死線を潜り抜けてきた者だけが持つ、鋼のような余裕と連帯感が滲み出ていた。

 

「……貪欲に取り込ませてもらうぜ。彼らの戦術、機体の動かし方、そしてあの『本物の空気』ってやつをな」

 

ジェリドの瞳に、強い野心の炎が再点火された。

それは、地球という重力に守られた偽りのエリート意識ではなく、本物の強さを渇望する「飢え」であった。

 

「同感だ。俺たちがティターンズのトップに立つためには、ここでの敗北は最高の授業料になる」

 

カクリコンが、残っていた肉を一口で放り込み、不敵に笑う。

 

「ふふっ……あなたたち、案外逞しいのね」

 

エマは、立ち直りの早い二人の同僚を見て、小さく微笑みをこぼした。

 

「でも、負けないわよ。私が一番に彼らの動きを解析して、次のシミュレーションの教本を書き換えてみせるわ」

 

バーベキューの煙と、賑やかな喧騒が包み込む夕暮れのグラウンド。

垣根を越えたこの奇妙な親睦会の中で、ジェリド、エマ、カクリコンの三人は、ただ敗北に打ちひしがれるだけの雛鳥であることをやめた。

 

彼らは、目の前にいる強大な敵の姿をその目に焼き付け、彼らの糧を食らい、貪欲に自らの血肉へと変えようとしていた。

 

宇宙世紀の次なる嵐が吹き荒れる時、この日味わった圧倒的な敗北と、美味すぎる肉の味を知る彼らこそが、ティターンズの真の牙として成長していくことなど、今はまだ誰も知る由もなかった。

 

―――

 

宇宙世紀0086年、2月上旬。 

 

ダグザ・マックール中佐率いる特殊作戦群『エコーズ』が、ティターンズの北米特務士官養成学校から抜き取った極秘データ。それは厳重な暗号化を施されたまま、連邦軍上層部の穏健派、ならびに議会内部の反ティターンズ派のネットワークへと行き渡った。

 

情報解析班が徹夜でロックを解除し、こじ開けた「パンドラの箱」。

 

そこから溢れ出したのは、予想を遥かに上回る真っ黒な事実の羅列であった。

アナハイム・エレクトロニクス社をはじめとする巨大軍産複合体や、各サイドの多国籍企業からの非合法な政治献金。ダミー会社を幾重にも経由したティターンズへの莫大な資金援助。さらには、連邦軍の正規予算からティターンズの裏金へと流れる、血税のロンダリングの全容。

 

これだけの物証があれば、ティターンズという組織の根幹を揺るがし、ひいては組織の首魁を法廷へと引きずり出す決定打になる。誰もがそう確信した。

 

しかし――。

 

連邦の特捜部がどれほどデータの海を深く潜り、証拠の糸をどれほど執念深く手繰り寄せようとも、そこから『ジャミトフ・ハイマン』という男に繋がる決定的なフィンガープリントは、何一つとして出てこなかったのである。 

 

指示書、電子署名、通信記録。

あらゆる場面において、彼の存在を示す痕跡だけが、まるで最初から存在しなかったかのように、綺麗さっぱりと拭き取られていた。

 

それもそのはずである。

 

ジャミトフ・ハイマンは、第13外郭独立艦隊『C・L』による北米基地への強襲と、それに伴うエコーズの潜入を、事前に完全に察知していたのだ。

 

軍内部に張り巡らされた諜報網か、あるいはアナハイムの二重スパイからの密告か。いずれにせよ、彼は牙を剥いた獣たちが自らの喉元へ飛びかかってくることを知った上で、あえて防空網を脆弱なまま放置し、あのメインサーバーを「無防備な餌」として差し出したのである。

 

地球上のどこか。

 

一切の照明が落とされ、深い静寂に包まれた広大な執務室。

窓から差し込む冷たい月明かりだけが、重厚なマホガニーのデスクと、そこに深く腰掛ける一人の初老の男のシルエットを浮かび上がらせていた。

 

「……若き獣たちは、よく働いてくれたようだな」

 

ジャミトフ・ハイマンは、グラスに注がれた芳醇な赤ワインをゆっくりと揺らしながら、暗闇の中で一人、低く呟いた。

彼の狙いは、ティターンズという巨大化しすぎた組織の『濃縮』であった。

 

権力を手にした途端、ティターンズには特権階級の甘い汁を吸おうとする羽虫や、軍の威光を傘に着て私腹を肥やす俗物たちが群がってきていた。ジャミトフにとって、地球圏の真の統治と人類の管理を目指す崇高な計画において、そうした目先の金に目が眩む者たちは、組織の足並みを乱すだけの『不純物』でしかなかったのだ。

 

だが、自らの手で彼らを粛清すれば、組織内に不要な軋轢を生む。 

 

そこで彼は、C・Lとエコーズという「外部の敵」を利用した。

あえて彼らに持ち出させたデータの中身は、ジャミトフ自身に繋がるルートを完全に切断した上で、ティターンズ内部の腐敗分子や、用済みとなった企業、そして連邦議会に巣食う貪欲な政治家たちをピンポイントで告発・破滅させるための、いわば『毒入りの名簿』であった。

 

「……これでまた一つ、邪魔な膿が出た」

 

ワインを一口含み、ジャミトフは静かに目を閉じた。

その真意が、単なる権力闘争の勝利を喜ぶものなのか、それとも、腐敗しきった地球連邦そのものを内側から破壊するための冷酷な大義から来るものなのか。暗闇に溶け込む彼の無表情からは、何一つ読み取ることはできない。

 

しかし、確かなことが一つだけあった。

 

エコーズが持ち帰ったデータが連邦上層部で波紋を呼んだその直後、地球連邦議会の内部で、ティターンズへの「闇の資金還流システム」を構築し、最も私腹を肥やしていた有力な大物議員が一人。

 

心不全か、あるいは自殺か。

 

不自然なほど静かに、そして痕跡すら残さず、この世界から「姿を消した」のである。

アムロ・レイたちC・Lの圧倒的な武力による示威行動も、エコーズの命を懸けた潜入工作も。

 

すべては、この底知れぬ暗闇の底で嗤う、ジャミトフ・ハイマンという巨大な蜘蛛が張り巡らした、壮大な手のひらの上の出来事に過ぎなかったのだ。

 

―――

 

 

同じ頃、北米のオーガスタ研究所。

厳しい冬の寒さに包まれた外気とは対照的に、地下深くに設けられた特別開発ブロックの中は、大型コンピューター群が発する熱気と、技術者たちの静かな熱意に満ちていた。

 

「……メインスラスターの推力軸、ガンダムℵの背部マウントラッチとの同期誤差、プラスマイナス0.002。……まだだわ。これじゃあ、最大推力時にフレームに歪みが出る」

 

クリスチーナ・マッケンジーは、作業用のツナギを身に纏い、充血した目を擦りながらメインモニターの複雑な立体図面と睨み合っていた。

 

画面に映し出されているのは、通常のモビルスーツのシルエットではない。巨大な可動式リニア・ブースター、耐弾性を極限まで高めた追加装甲、そして航法支援用の各種センサーが一体となった、異形の『強化パーツ群』であった。

 

モニターの隅には、このプロジェクトの正式名称が誇らしげに、そして禍々しく明滅している。

 

『 Gundam Aerial Penetration Linear-booster Armored Navigation Tactical-weapon 』

――頭文字を取って、開発コード『GAPLANT(ギャプラン)』。

本来、軍の上層部やティターンズが描いていた構想において、この「ギャプラン」という計画は、常軌を逸した推力と加速度(G)で敵陣を強行突破する、単体の可変モビルアーマーとして設計されるはずのものであった。

 

そして、その殺人兵器めいた殺人的なGに耐えうるのは、薬物と洗脳によって肉体と精神を強制的に引き上げられた「強化人間」のみとされていた。

 

しかし、この世界線……オーガスタ研究所において、クリスたちが進めているベクトルは全く異なる。

 

このGAPLANTは、強化人間をすり潰すための鉄の棺桶ではない。かつてのV作戦の頭脳たちが集結し、既存の機体の改修などではなく、完全にゼロからのオリジナル機として生み出した究極の拡張兵器――『ガンダムℵ』。

 

その中枢システムと完全同期し、機体を戦術的・局地的に特化させるための「超高機動型・追加ブースターアーマー」の試作機であった。

 

「……クリス主任。やはり、ブースター点火時の初期加速度がパイロットの許容量を超えています。薬物投与による強化兵士を前提とした基本設計を、オールドタイプや通常のニュータイプ用にデチューンするのは、根本的に……」 

 

助手のメカニックが、悲観的なデータを示しながら進言してくる。

だが、クリスはキーボードを叩く手を止めず、キッパリと首を振った。

 

「駄目よ。パイロットの命を削って出すスピードなんて、ただの欠陥品だわ。……ガンダムℵの強度は、フランクリン博士たちが保証してくれている。問題は、その衝撃をどうやってコックピットへ伝えないようにするかよ」

 

クリスは、追加装甲の接続部やブースターの基部に、航空機のフレーム等にも用いられる微細化された特殊緩衝材を挟み込む構造変更を瞬時に図面に書き加え、同時にOSの同期アルゴリズムの書き換えを進めていく。

 

(……この機体は、誰も傷つけないために作るのよ)

 

クリスの脳裏に、上のフロアで穏やかな冬の日差しを浴びながら、少しずつ人間としての心を取り戻そうとしているフォウやロザミア、そしてゲーツたちの顔が浮かんだ。

 

彼らのような子供たちを、二度とあんな狂気のマシンに乗せてはならない。

 

そして、彼らを守るために、常に最前線で一人血を流し続けているあの不器用な英雄の背中を、少しでもこの技術で支えたい。

 

「……同期プログラム、第4フェーズへ移行。推力ベクトルの分散処理、ガンダムℵ側のムーバブルフレーム制御とリンクさせます。……絶対に、普通の人間が扱える仕様に仕上げてみせるわ」

 

クリスの碧い瞳には、技術者としての意地と、オーガスタの子供たちを守る「姉」としての深い愛情が燃えていた。

 

来るべき戦乱の嵐に向けて、ティターンズが人を部品として消費する兵器を量産する一方で。オーガスタの地下では、人の命を守り、その可能性を拡張するための「優しい翼」が、静かに、しかし確かな産声を上げようとしていた。

 

 

 

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