白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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始まり3

 

グリーン・ノア2の巨大な宇宙港(ハッチ)が内側から爆破され、濛々たるデブリと白煙を吐き出しながら、漆黒の機体が宇宙空間へと躍り出た。

 

ガンダムMk-III・1号機。

 

その背部スラスターから噴き出される強烈な蒼い推進光は、コロニー内部での戦闘の余韻を振り払うかのように、一直線に星の海へと伸びていく。

 

だが、その後ろ姿を逃さじと、ハッチの爆炎を切り裂いて三つの機影が猛然と追従してきた。

エマ・シーン中尉とカクリコン・カークラー中尉が駆るMk-IIIの2号機、3号機。そして、ジェリド・メサ中尉が搭乗するハイザックである。

 

「逃がすかッ! 貴様が何者かは知らんが、ティターンズの牙を甘く見るなよ!」

 

ジェリドの怒声と共に、ハイザックのビーム・ライフルから放たれた一条の閃光が、暗黒の宇宙を切り裂いて1号機の背中を掠めた。

 

『……ちぃっ!』

 

1号機のコックピット。全天周囲モニターに明滅するアラートの赤い光を浴びながら、アナベル・ガトーはギリッと奥歯を噛み締め、操縦桿を激しく横へと倒し込んだ。

 

最新鋭のムーバブル・フレームがキシリと悲鳴を上げ、機体は凄まじいG(重力加速度)を伴って軌道を直角にねじ曲げ、追撃のビームを回避する。

 

回避行動自体は成功した。

 

だが、ガトーの全身には、コックピットシートに押し付けられる強烈な圧迫感と共に、どうしようもない『焦燥感』が這い上がっていた。

 

(……反応が遅い! いや、機体ではない、私の感覚が鈍っているのだ!)

 

空間戦闘において、ガトーの駆る1号機は、先ほどコロニー内部で見せたような神業的な挙動を次第に失いつつあった。

原因は明白である。『長年の宇宙戦闘におけるブランクの露呈』だ。

 

この数年間、彼は地球の重力下――シドニーの瓦礫の山において、モビルスーツを重機として扱い、地を這うような作業を文字通り「手足のように」こなしてきた。地上におけるモビルスーツの操縦習熟度だけで言えば、彼はかつての一年戦争時よりも遥かに高い次元へと到達していた。

 

だが、ここは上下左右の概念が存在しない、無重力の宇宙空間である。

 

AMBACによる質量移動、三次元的な空間認識能力、そして全方位から迫る脅威に対する直感的な処理。これらは、地上での作業とは全く異なる脳の神経回路を要求される。

3年間、完全に宇宙から離れていたという事実。

 

それは、如何に彼が『ソロモンの悪夢』と恐れられた優秀なパイロットであろうとも、ニュータイプのような超常的な直感を持たないオールドタイプである以上、決して気合いだけで瞬時に埋められるようなものではなかったのである。

 

「もらった!」

 

「させるかッ!」

 

エマとカクリコンのMk-IIIが、左右から完璧なタイミングで挟み撃ちのフォーメーションを組んで肉薄してくる。

ガトーはスラストを細かく吹かして死角へと潜り込もうとするが、その機動にはかつてのような「先読み」の冴えがない。敵の動きを見てから反応する、後手後手の対応を余儀なくされていた。

 

(このままでは、ジリ貧だ……!)

 

ガトーは、自らのブランクを補うために、武人としての誇りを泥で汚す、ある一つの『汚らしい戦術』を選択した。

機体を大きく反転させ、巨大な円筒形をしたグリーン・ノア2の『コロニー外壁』を背にするように位置取ったのである。

大義と、護るべきもの

 

「なっ……! 卑怯な真似を!」

 

カクリコンが通信越しに舌打ちをした。

 

ガトーがコロニーを背にした瞬間、ティターンズの三機は、トリガーにかけていた指をピタリと止めざるを得なかった。

 

彼らの放つビーム・ライフルの出力は、モビルスーツを一撃で蒸発させるほどの威力がある。もしガトーに回避されれば、外したビームはそのまま後方のコロニー外壁を直撃し、外壁を貫通して内部の居住区画に壊滅的な被害(コラテラル・ダメージ)をもたらしてしまうからだ。

 

「撃つな! カクリコン、エマ! 射線をコロニーへ向けるな!」

 

「分かっています! 奴め、コロニーを盾にする気か!」

 

ティターンズと言えど、彼らは腐っても地球連邦軍の正規軍人である。

そして何より、彼らはアムロ・レイやコジマ准将率いる『C・L』の存在から、軍人としての在り方を嫌というほど学ばされていた。

 

軍隊とは、ただ敵を殲滅するためだけの暴力装置ではない。一般市民の命を護る盾であり、コラテラル・ダメージを軽視する者は、どれほど戦果を挙げようともテロリストと何ら変わらないのだと。

 

今回のガンダム強奪事件は、間違いなく軍事的な『有事』である。

 

しかし、ジェリドたちはコロニー周辺という特殊な環境下において、自らの意志で有事対応(無制限の武力行使)ではなく、平時対応(治安維持的側面)での戦闘を勝手に余儀なくされていたのだ。

 

「馬鹿野郎が……! コロニーの壁一枚の向こうには、俺たちが護るべき市民がいるんだぞ! それを盾にするなんて、貴様、それでも男かッ!」

 

ジェリドは、怒りに顔を歪めながら、ビーム・ライフルを捨ててビーム・サーベルを抜き放ち、格闘戦でガトーをコロニーから引き剥がそうと突進した。

 

一方。

ジェリドのその叫びを通信の混線越しに聞いたガトーは、コックピットの中で、ふっと息を吐き、微かな『安堵』の表情を浮かべていた。

 

(……見事だ。連邦の若き狼たちよ)

 

もし彼らが、任務遂行のためなら民間人の犠牲をいとわない血も涙もない殺人鬼であったなら。ガトーはどれほど絶望したことだろうか。

 

だが、彼らは撃たなかった。彼らには彼らなりの大義があり、市民を護るためにパイロットをやっているという矜持が、その機体の動きから痛いほどに伝わってきたからだ。

 

『……貴様らのその大義、確かに受け取った! だが、私もここで墜ちるわけにはいかんのだ!』

 

ガトーは、ジェリドの斬撃をシールドで弾き返し、巧みなスラスター・ワークで機体をコロニーの外周に沿うように滑らせた。

敵の良心を利用する泥臭い戦法。

 

それでも、ジリジリとした時間が長続きすれば、ブランクのあるガトーの体力と精神力は削られ、次第に多勢に無勢となっていくことは確信できた。

 

エマ、ジェリド、カクリコンの三人もまた、サーベルとバルカン砲のみという制限された武装の中で、少しずつ、確実に強奪犯を追い詰めているという実感を持って事に当たっていた。

 

「エマ中尉、右から抑えろ! 俺が下から突き上げる!」

 

「了解! ジェリド中尉、タイミングを合わせます!」

 

ティターンズの連携が、ついにガトーのMk-IIIを完全に袋小路へと追い込んだ、まさにその時であった。

 

暗黒の宙域から、突如として『四つの高エネルギー熱源』が猛スピードで接近してきた。

 

「増援!? 連邦の警備艦隊か!?」

 

カクリコンがセンサーの反応を見て叫ぶが、エマの声がそれを否定した。

 

「違います! 機影のデータパターン、ティターンズの所属機ではありません!」

 

三機のティターンズ機の前に姿を現したのは、異様な機体であった。

 

一見するとザク系統のシルエットを持ちながら、全身を禍々しいオレンジ色(あるいは赤茶色)に塗装されたモビルスーツ。

 

問題は、その姿が明らかに旧式のザクではなく、ジェリドの乗るハイザックに近しい、いや、それ以上に洗練された装甲形状を持っていたことである。

 

そして何より、その機体の『機動性』は異常であった。

 

背部と脚部に増設されたスラスター群が莫大な推進力を生み出し、Mk-IIIには一歩劣るものの、ハイザックの限界性能を遥かに凌駕する高次元の空間戦闘軌道を描いていたのだ。

 

エゥーゴがアナハイム・エレクトロニクス社と裏で結託し、極秘裏に開発を進めていた次世代の汎用量産機――『マラサイ』。

それが、四機もの編隊を組んで、突如として戦場に姿を現したのである。

 

「ガトー少佐! お迎えに上がりました。我々が盾になります、一気に宙域を離脱してください!」

 

マラサイ部隊の隊長機から、暗号通信がガトーのコックピットに飛び込んでくる。彼らは、ガトーのMk-IIIを回収し、アーガマへと無事に送り届けるために派遣されたエゥーゴの特務部隊であった。

 

「……味方の増援か。だが、数が多すぎる。ここは一度退くぞ!」

 

ジェリドが舌打ちをし、ハイザックを後退させようとした。

だが、カラバのパイロットたちは、ガトーを救出するためだけに動いたのではなかった。彼らの目的には、「最新鋭のMk-IIIを駆るティターンズのパイロットたちを、ここで確実に殲滅しておく」という冷酷な任務も含まれていたのだ。

 

「ティターンズの猟犬どもめ、ここで塵になれッ!」

 

マラサイの編隊が、一斉に高出力のビーム・ライフルを構えた。

その銃口が向いている先。それは、ジェリドたちの機体であり――そして、彼らの背後に広がる『グリーン・ノア2のコロニー外壁』であった。

 

「なっ……! 馬鹿野郎、その射線で撃てば!!」

 

ジェリドの絶叫を嘲笑うかのように、四機のマラサイから無慈悲なビームの豪雨が放たれた。

 

彼らは、ジェリドたちが恐れた『コラテラル・ダメージ』など、一欠片も気にかけてはいなかった。いや、ティターンズのエリートを始末できるのであれば、ティターンズのコロニーに住む人間が何人死のうが知ったことではない。そんな、憎悪に凝り固まった狂気が、そのトリガーには込められていた。

 

閃光が宇宙を奔る。

 

ジェリドたちは機体を限界まで捻って回避するが、彼らを逸れた極太のビームは、無防備なコロニーの外壁に次々と直撃した。

 

ズガァァァンッ!!

 

宇宙空間に音は響かない。だが、コロニーの分厚い装甲がドロドロに溶解し、内部の空気が真っ白な水蒸気となって宇宙空間へと激しく噴き出す凄惨な光景が、ジェリドたちの目に焼き付いた。

 

「コロニーに穴が……! 中の人間が宇宙に吸い出されるぞ!!」

 

エマが、信じられないものを見たというように悲鳴を上げた。

 

「あいつら……頭がイカレてやがる! 民間人がいるコロニーに、躊躇なくライフルを撃ち込みやがった!!」

 

カクリコンもまた、恐怖と怒りに顔を引き攣らせた。

大義を語り、連邦の腐敗を糺すための組織。それが、目の前で罪なき人々の命を無差別に刈り取ろうとしている。

 

ティターンズの若きエリートたちは、反体制組織というものが持つ『恐るべき狂気』の真実を、この時初めて目の当たりにしたのである。

 

そして、その狂気を前にして、最も激しい絶望と怒りに打ち震えていたのは、他でもないアナベル・ガトーであった。

 

コロニーに穴が開き、内部の気圧が急激に低下していくのがセンサーから見て取れる。

 

先ほどまで、自分を倒すためであってもコロニーへの被害を避けるためにビームを封印していたティターンズの兵士たち。

 

それに対して、自分を「救出」しに来たはずの自らの味方は、何の躊躇いもなくコロニーの壁を打ち抜いたのだ。

 

シドニーで、孤児たちに銃口を向けたあの工作員と同じ。

大義という名の下に、弱者を平然と踏みにじる冷血な獣たち。

ガトーの武人としての魂が、誇りが、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

 

「貴様らぁぁッ!!」

 

ガトーは、コックピットの中で血を吐くような絶叫を上げた。

 

「やめんか!! 恥を知れ、貴様らに大義はあるのかァァッ!!」

 

味方であるはずのマラサイ部隊へ向けられた、悲痛な怒声。

彼は、コロニーへの被害を食い止めるため、味方へ向けてMk-IIIのライフルを構えようとすらした。

 

だが、その声は閉鎖回線の中で空回りし、暗く冷たい宇宙の真空の中へと、誰にも届くことなく虚しく消え去っていった。

 

『ガトー少佐! 何をモタモタしているのです、早く離脱を!』

 

『ティターンズどもは、コロニーの穴塞ぎで手一杯だ。今のうちに!』

 

マラサイのパイロットたちは、ガトーの悲痛な叫びなど全く意に介さず、作戦の成功を喜ぶ声を上げていた。

彼らにとって、コロニーへの被害は「敵の足止めに成功した素晴らしい戦術」でしかなかったのだ。

 

「……くそっ、くそぉぉぉっ!!」

 

ジェリドは、遠ざかっていくオレンジ色の機体と漆黒のガンダムを追うことを、血の涙を流さんばかりの悔しさと共に諦めた。

 

「エマ! カクリコン! 追撃は諦めろ!! 被害区画に急行して、デブリで穴を塞ぐんだ! 一人でも多くの民間人を助けるぞ!!」

 

「了解……ッ!」

 

「ふざけるな、エゥーゴのテロリストどもめ……絶対に許さんぞ!!」

 

コロニーの破孔から吹き出す白煙を背に、ティターンズの三機は、己の無力さを噛み締めながらレスキュー活動へと機体を反転させた。

 

遠ざかる彼らの背中を、ガトーはただ黙って、モニター越しに見つめることしかできなかった。

自分が奪った機体が、自分が所属した組織が、彼らの手を血に染めさせたのだという消えない罪悪感。

 

宇宙世紀0087年、春。

グリーン・ノアの宙域で交わされたこの凄惨な衝突は、やがて地球圏を焼き尽くす巨大な戦火の、極めて絶望的で、悲劇的な『歪んだ正義』の幕開けであった。

 

 

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