白き流星の羽搏き   作:丸亀導師

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門出

 

シャイアン近郊・アムロ邸

 

セイラは家主のいないそこにいる。帰りを待つように、彼がここに戻ってこれるようにと、一人待ち続けるかのように。

しかし、彼女は決して一人ではない。

 

シャイアンには、軍大学の医学部の方で幾人かの友人が出来た。勿論、誰かと同棲しているだとか、そう言った浮ついた話などはあまり話すような間柄ではないが、少なくとも同好の士とも言える者達である。

 

医学を志す彼女にとって、軍大学という物は決して居心地の良いものではないが、汎ゆる局面において様々な医療行為を行うには、その技術は決して無駄にはならないだろう。

そのまま軍医になる者も勿論いるが、彼女は軍医になるような考えは持っていなかった。

 

そもそも、彼女は戦争というものが嫌いである。争いも勿論、大嫌いだ。

いつも彼女の周囲から、親しい人を奪っていくのは争いで、そんな世界に生きるなど、戦後では考えたくもなかった。

 

 しかし、そんな思いとは裏腹に、そんな世界に身を投じようとする彼…アムロと言う人を見ると胸を締め付けられるような、そんな思いであった。

 

聞いた話によれば、彼は実の母親から自らを否定されるような、そんな酷いことを言われたのだという。

本来、優しくも子供を愛してくれるはずの母親が、窮地に陥った子供を助けるような言葉を言うのではなく、その生き方を否定する…。セイラ,アルテイシアとしては、そんな物があると言うのがどうも信じられなかった。

 

親が子を愛するのは当然の事だと、そんな幻想がセイラの脳裏の片隅にはあって、アムロが勘違いしているだけだとそう思いたかった。

だけど、アムロはその事を深く話そうとはしなかった。セイラに迷惑をかけると思ったのだろう、彼は話さずに今軍務に就くために遠い学校に行っている。

 

だから、帰ってきたならそんな話をしたいと、彼女はいつも胸に秘めているが、いざという時話そうとする勇気が持てずにいた…。

 

「難儀なものですね、人の恋路なんて私にはわからない。けど、誰かを愛したいって事はわかる。私も、家族を愛したかったから…。」

 

家の前にある、少し小ぶりな内庭。周囲にある非常に大きなそれとは違い、人一人で管理できる程度の、そんな誰かが暇に弄ることを目的として創られたその場所。

そんな場所の庭木に水をあげていると、後ろから声をかけられた。

 

セイラが振り向けばそこには、一人の軍人の少女クスコ・アル。彼女の姿があった。

いつの間にやらいたのか、果たして彼女がここにいるのは理由があった。

 

元ジオン軍人である彼女は、やはり一部連邦軍からの監視の目があった。

監視の目を少なくするに、危険な人物は1箇所に纏めた方が良い。そこで考えられたのが、アムロのいない邸宅に彼女を住まわせると言う結論だった。

 

あからさまなその行為であるが、別に反対するような事もなく、やましい事もないセイラにとってそれは、話し相手が出来るだけである。連邦軍も完全に自由を奪うような、そんな行いはする気もない。

 

「……、何を言っているのかしら?私はそんな事、考えてはいなくてよ?」

 

「ジオン・ダイクンの忘れ形見。それが貴女なら、貴女も愛したい人を喪った。貴女から全てを奪った人達は、もういない。けど…私の友人を奪った人は、貴女が愛する人。それだけは覆らない。」

 

クスコ・アル、彼女の記憶にあるのは誰よりも優秀な成績を残した、一人の少女の姿。ララァ・スン、一人で行ってしまったそんな彼女の姿。もし生きていたのならと、同じように生きて行けていたかもしれないそんな彼女の姿。

 

「彼にあった事なんて一度もない、けれど貴女は迷っているの。だってそうでしょ?このまま一緒にいても、互いに籠の鳥でしかないかもしれないのなら、せめて帰る場所にならなければと自分を枷に嵌めている。」

 

「だったら何をしろというの?私だけで全てを動かすことなんて、到底無理だわ。私は私が出来る限りをやるだけよ、高望みなんてしない。」

 

何かを、思い至ったのだろう。セイラは水やりを終えると、屋敷の中へと戻り自室へと籠もるように扉を閉めた。

それを見たクスコは、不思議そうに外を見続ける。連邦軍の服を着ていながらも、静かな怒りを持ちながらこの屋敷の主人を待つように…。

 

 

家主が帰ってきたのは、それから数日後の雨の日だった。

珍しく大雨の降りしきる中、彼は自らが運転する車で家にまで帰ると、家の内装が一部変わっていることに気がついた。

 

「ただいま。」

 

「あら、お帰りなさい。定期の帰りね、今度はどんな事をやらされているのかしら?」

 

アムロが、士官学校へと入学して早1年。学期末となり、訓練期間の合間の所謂準備期間に突入していた。

2年生となるアムロたちであるが、そのうち幾つかの選択肢が置かれ彼は一つのルートを辿る。

 

「色々とね、少し思う所があるんだ…。宇宙に行けってそう言われたよ、教官達に…。」

 

レインコートを脱ぎながら、彼は出迎えたセイラの瞳を観てそう言う。

そんな彼の瞳は、恐怖に揺れていた。

この恐怖はいったいなんであろうか、その正体がなんであるのか。セイラには身に覚えがあった。

 

あの、とんがり帽子。ジオンのモビルアーマー・エルメスに搭乗していたパイロット、それと深く絆されたアムロにとってそんな存在を自らの手で殺した事に、深く傷付いていた。

 

ニュータイプにとって、他者との交信というものがどれだけのものであるのか?それは研究機関でそれぞれに見解が分かれることだろうが、実際に交信した彼から言わせれば互いに誤解なく分かり合えたと言うことである。

 

ならば、あの時彼は全てを理解したのだろう。

断末魔の中、彼女が感じた焼かれる苦痛とその熱さ死の恐怖を…。

常人では考えられない程のそれを、体感したに違いない。同時に、死に瀕する中彼女の彼に対する励ましの言葉も感じ、彼の心はグチャグチャになった事だろう。

後悔の無念の中にあって、それでも彼は今も生き続けている…。

 

彼にとって、宇宙とはトラウマの場所なのだ。ララァとまた出逢ってしまうかもしれない、と言うのは建前で、また同じ様な哀しみを背負うかもしれないというのが、彼には一番堪えることであった。

 

「そう……、それは……。大丈夫よ、だってほら色々とあったりもしたけれど、貴方はいつも歩いているじゃない?それに…、本当に嫌になったらここに戻ってこれる…、そうじゃなくて?」

 

「そうかな…、でも怖いんだよ。また、親しい誰かを喪う事とか…。」

 

戦うことに対する恐怖は慣れているが、喪う恐怖に慣れは来ない。そうなってしまえば、完全に壊れてしまう。

それが、どれ程恐ろしいことかここ1年の間みっちりと勉強に励んだ彼には、それも分かっていた。

そして、自分の今の状況がPTSDの類なのだろう事も。

 

「諦めて…やるしかないんだ……。」

 

「可哀想な人、誰かを護るための力があるのに、誰かを護ることが怖いなんて。」

 

2人の会話に誰かが割り込んできた。

アムロには聞き覚えのない声、でもどうしてだろうか?誰かに似ているような、そんな感覚が彼の肌に鳥肌を毛羽立たせる。

帰ってきてからの違和感、セイラの身の回りで誰か友人が増えたのだろう事を予感していたが、それがこんなにも身近にいるなどと思っていなかった。

 

見れば、その服装は何処から見ても連邦軍のそれである。にも関わらず、アムロにはそれが着せられたものであるように見えて、実際違和感しか無かった。

 

「その人は…?」

 

「後で紹介しようと思っていたのだけれど、ちょうど良いわね。彼女は…。」

 

「クスコ、クスコ・アルです。以後よろしくお願いします。」

 

そう言う姿とは裏腹に、まるでアムロを値踏みするようなその視線。

そして、その違和感の正体に彼はなんとなくだが、気がついた。

 

「君は…、なんの為にここへ?僕を殺しに来たのかい?」

 

「どうでしょう…、それを今から見極めようと思っています。」

 

2人の間にピリピリとひりつく空気が流れ始めるも、彼は努めて冷静で、セイラもコレに対して及び腰になるような事はない。

 

「こんなところでの立ち話は嫌よ?アムロも、まずは先に身体を流して来なさい。風邪ひくわよ?」

 

「うんそうするよ、少し待っててください。」

 

 

……十数分 

 

カラスの行水もかくやと言うくらいに、身体を流すのを程々に寝巻きに着替えたアムロは、何食わぬ顔でリビングのソファへと腰を掛けた。

リラックスしているのだろう、敵意を感じていないからこそ出来る諸行だ。

 

「それでは改めまして、僕はアムロ・レイ。言わなくても分かっていると思うけど…。」

 

「はい、貴方の事はここにいる彼女から充分に聴きましたから。私は、元ジオン公国軍ニュータイプ研究機関フラナガン機関に所属していました。クスコ・アルです。今は、貴方のかわりにここの基地に配属されています。

連邦の裏取引で…。」

 

「そうですか、と言うことは…ララァと面識が有るとそう言うんですね。僕の所に来たのは、仇討ちでも考えているから…?ですか?」

 

彼は何の気なしにそう聴く、衣を着せぬその言い方は人によってはどうと捉えるか分からないが、良いようには聞こえないだろう。ただ、険悪な空気は流れていない。寧ろ、信頼しての言葉なのだろう。

 

「仇討ちですか?フフ、その方が気が楽だった。そうではありませんか?そういう相手なら、貴方は気兼ねなく殺せるから…そうでしょ?ジオン兵を最も多く殺した貴方なら、やろうと思えば出来るはず。」

 

「それは……、確かに命の危機が有れば殺るしかないかも、でもそうじゃないんでしょう?やりようは幾らでもあった筈だ。」

 

「はあ…その言葉を聞けて安心しました。腑抜けているのなら、本当に殺してしまおうかと、思っていましたから。」

 

物騒な会話である。お互いに殺し殺されの会話というものは、聞きたいものではない。ただ、そんな話を横目にセイラは紅茶を嗜んでいる。互いに暴れるような、そんな相手ではないことを良く理解しているのだろう。

そんな事をするのなら、この場で会わせる訳がない。

 

「それで、本題は?僕に何か不満があるのですか?」

 

「そうですね……。ララァ・スン、彼女の事をあまり深く考えない方が良いと、そう言いに来ただけです。

あの子は確かに優秀だった、けど普通の恋する乙女そんな娘だった。(被験者達)知ってた、シャア・アズナブルだけがそれを知らなかった。

 

貴方よりも問題なのは、その男の事です。」

 

「だからこの子は私に接近したらしいの、兄が生きていることはわかったけれど、あの兄が復讐を終えたあと何をしだすのか。わかったものじゃないわ。」

 

どうやら、アレを心配するのは妹だけではなく、外野もまたあの男に対して何やら思う事があるのだろう。

だから、アムロにそれを伝えようとした誰かが、彼女をよこした。

 

「あの男は、きっとララァの遺言を別の方向に解釈します。貴方のような前向きなものではなく、もっと先鋭的な自分勝手に解釈をして…。それを止めるられるのは、貴方しかいない。」

 

「いや……僕以外に止められると思うよ。君は、君を送ってきた人は僕を過大評価してる。そんな、大それた事できっ来ない。

シャアだって…。」

 

アムロは否定しようとした。彼は自分を過小評価するきらいがある。ともかく、自分のやろうとする事に対して理由を付けて、自分の限界を設定しようとする。

ここ数年の彼は、こんな感じなのだ。能動的に動くことしかしない、士官学校ですらクリスが背を推さなければ行かなかっただろう。

 

だが、行ってみてどうなった?寧ろ、彼という人間は周囲と比べられることで、自分が如何に浮いた存在で有るのか、そしてどうやって改善すれば良いのか何となく分かっているはずだ。

彼は聡い、それ恐らくはこの時代に生きる人間の中では上位に入るくらいには。

 

今、唯一彼に足りないのは一年戦争期に見せた積極性だろう。

 

「貴方は自分を過小評価している。ジオン兵は貴方の事を聞けば必ず震え上がり、戦いを避けようとすらする。死兵は兎も角として…、貴方にはそれが出来るだけの力も影響力もある。

外野から見ればそうよ?あの男だって、きっとそう思っているはず。」

 

「そう…、それで僕に何をして欲しいんだ?」

 

「それは自分で考えてください。どうやったら幸せを掴めるのか、貴方は分かっているはず。」

 

クスコは一方的にそう言うと、席を立つ。

帰り支度を始めたのだ。

 

「もう帰るの…、まだ話したい事はあるのではなくて?」

 

「いいえ?彼はもう、答えを持っています。私がいなくとも、時間が解決していたでしょうが…、発破をかけただけですね。

それでは、勝手ですが帰らせていただきます。」

 

そんな彼女を停めることを、アムロはしなかった。ただ目を瞑って、何かを考えている。深く深く、何かを感じようと…。

 

そんな彼の姿を見てセイラは立ち上がり、アムロの肩に手を置く。誰かがいれば、答えも出やすいだろうとそう思ったのだろう。

 

 

……5日後

 

そこには、軍服をピシリと言う音が聞こえてくるような姿で着こなすアムロの姿があった。

彼の片手には、バッグがあり何か憑き物が落ちたかのように、空を覆う太陽の光のように清々しい。  

 

「マーク、機体整備怠るんじゃないぞ?」

 

「クリスさん、大尉への昇進が決まったらしいですけど、頑張ってください。」

 

「直ぐに追いついてくるんじゃない?卒業したら、君はたぶん中尉になるだろうし。」

 

何人かの見送りが、彼を前に横列を組んでいた。シャイアン基地の面々も鼻高々であろう。多くの者達が押し寄せた。

一人ひとりに声をかけていく、その中で特にセイラには長めに話をした。

いつ返ってくるのか、休みは何時で連絡はどこでするのか等など鬱陶しいくらいである。

 

「はあ…もうそれくらいにして頂戴?粘着質は嫌われる元よ?」

 

そういう彼女であるが、嬉しそうである。

最後に並んでいたのは、クスコ・アルであった。何の気なしにそこにいた彼女に、アムロは視線を送る。ただ一言

 

「ありがとう。」

 

そう言って、彼女は返答をしない。

 

「それでは皆さん、行ってきます。」

 

その言葉を最後に、彼はくるりと全員に背を向け歩き出す。ただもう、彼は振り向かないだろう。

 

 




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